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断罪の悪役令嬢  作者: 夾竹桃


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17/20

17.アーサーの疑問

この話から本編より過去のお話。

「何でフラニーちゃんは、愚弟を王太子にしようと思ったの?」


珍しい茶葉と菓子が手に入った、そんな表向きの理由で開いた茶会で、アーサーは唐突にフランチェスカへ質問した。

フランチェスカは少しだけ思案した後、扇子を開いて口を隠した。少し離れた所にいたヴィルヘルミーナとディートリントは、フランチェスカの考えを理解して動く。

茶会と言ってもほとんどがフランチェスカ陣営の令嬢だ。彼女たちはヴィルヘルミーナとディートリントの指示に従って、それぞれの場所へ陣取る。


「怖いね。ボクにはできない芸当だ」


令嬢たちの位置は、フランチェスカとアーサーの会話が聞き取りにくい位置、かつ二人の周囲に誰かが近寄ればすぐに判明する場所だった。


「優秀な二人がいて、わたくしは幸せ者です」


「天性の人たらしだからね、フラニーちゃんは。ボクには無理だな、かつて敵対した子を陣営に組み込んで仲良くするの」


「人は一人では何もできない、ということです」


クスリとフランチェスカは笑う。ヴィルヘルミーナとディートリントは、最初からフランチェスカの側近ではなかった。

現在の二人の様子からは想像もつかないが、かつての二人はフランチェスカを毛嫌いしていた。彼女たちだけでなく、フランチェスカと直接交流のない令嬢のほとんどは同じだった。

原因はクラウスだ。傲慢で自分勝手、王族を除けば自分が一番良く思われなければ癇癪を起こす、評判が良くなる理由が皆無だった。

その影響でフランチェスカまで悪く思われていた。無論、今では『クラウス様は駄目だが、フランチェスカ様は素晴らしい』が主流の考えだ。


「初めてお目にかかった時のことを覚えていらっしゃいますか」


「ん? ああ、グデーリアン公が全力で愚弟を殴った日、だっけ?」


「……変な覚え方をされていますね」


アーサーの覚え方にフランチェスカはため息を吐く。

婚約者同士の初顔合わせ日、クラウスはフランチェスカに様々な暴言を吐いた。目つきが悪いだの、髪の色が汚いだの、思いつく限り言われた記憶がフランチェスカにはあった。

今では全く動じないが、当時は言われるがままだった。それは王族にたいして反論するなど不敬だと思っていたからだ。

ただクラウスの暴言を知ったフランチェスカの父ニクラスは大人げなかった。手加減一切なく、全力でクラウスを殴り飛ばした。周囲が止めなければ二発目が入っていた。

いくら何でも大の大人が子どもを全力で殴るのは大人げないのでは、と思ったフランチェスカだが、何故かニクラスの行動は賞賛された。


「当時は父が不敬で処罰されるのでは、と毎日不安でした」


「あー、愚弟が泣きついてきたなぁ。下らない話でボクの読書の時間を邪魔しないで欲しいな、と言ったら凄い顔していたな。思わず指さして笑っちゃったよ」


「毎度思いますが、アーサー殿下は兄弟に対して割と酷い態度を取りがちだと思うのです」


アーサーはフランチェスカの言葉に首を傾げる。彼は能力とカリスマが非常に高い。しかし、欠点として他人に対して一切の共感がないサイコパスに近かった。

身内には一応の情が見えるので、完全なサイコパスとは言い難いが、それでも共感が欠落しているので酷い言動も悪意なく行えた。


「それで、クラウス様を王太子にした理由ですが……惚れた弱みは違いますね。どちらかと言えば、どこまでやれるか知りたかった、でしょうか」


「それは愚弟を国王にする気は最初からなかった、ということかな?」


アーサーの問いに、フランチェスカは少し間を置いて頷いた。国王にする気がなかったのに、クラウスを王太子にした。

場合によっては国への反逆と受け取られても不思議ではない。

それを知らないフランチェスカではない。アーサーが衛兵に伝えれば、彼女は引っ捕らえられて処罰されるのは確定だ。


「面白い話だね。詳しく聞いても良いかな」


王家にたいして無用の混乱を招いた、という思考はアーサーにはなかった。思いつくことすらなかった。

単純にフランチェスカの考えが楽しそうだと思っただけだ。


「国王にする気がない、というより国王になれない、が正解でしょうか。わたくしの予想では、クラウス様は数年で自滅すると思います」


フランチェスカの腹蔵ない意見にアーサーは頷く。現状、フランチェスカがいるから、辛うじてクラウスは王太子の座を死守出来ている。

その上、アーサーは王太子の座を取り戻す気がなく、たまにクラウスへちょっかいかけるのはフランチェスカと遊びたいからだ。

元から国王に興味がないディーデリヒは何もしない。ただ、クラウスに従う気は全くなく、仮に彼が国王になったら適当な領地に引きこもると宣言している。

エレオノーラは幼馴染で、隣国の第四王子の元へ嫁ぐ予定だ。クラウスが国王になったら二度と帰ってくることはない、とこちらも没交渉を宣言している。

王族のほとんど、更に貴族もクラウスに従う気はない。面従腹背が得意な貴族は、おべっかをして権益を得つつ義務は放棄する構えだ。


「そうかな? ボクは学園にいる間に馬鹿やって自爆すると思うよ」


「市井で流行っている令嬢恋物語のように、卒業式でわたくしと婚約破棄を言い出しますかね」


「まさか」


クスクスと笑うフランチェスカの冗談に、アーサーは馬鹿らしいと笑い飛ばす。

彼女の言った令嬢恋物語はアーサーも知っている。読書家というより、市井で流行っているという点に興味を持った。

読み終えた後、ご都合主義だらけで書いたのは平民だな、がアーサーの感想だ。


「仮に愚弟が婚約破棄なんて言ったら、待っているのは身の破滅だよ。グデーリアン公爵家が後見になっているから、彼は王太子の席争いに参加できている。もしもフラニーちゃんとの婚約を破棄するなんて言ったら、よくて辺境の地に幽閉されるよ」


「あの本は少女が素晴らしかったですね。最後に少女を支持した貴族たちに向かって、私と王子様の恋を応援してくれてありがとう、と宣言ですよ。物語だから許される発言です」


「ボクが貴族なら、寝言より権益よこせって思うよ。まぁ物語に突っ込み入れるのは野暮なんだけども、色々と知っていると、ついつい思っちゃうよね」


「まったくです。野暮だと理解しても、どうしても思う所が出てしまい、物語を純粋に楽しめませんでした。話を戻しますね。わたくしとクラウス様の初顔合わせは五歳の時です。それから数年は頑張って愛そうとは思いましたが、いつも冷たい態度を取られていたので数年でそんな気持ちは霧散しました」


クラウスのフランチェスカへの横柄な態度は当時から有名だった。それゆえ愚鈍な王子として認識され、クラウスに近づく貴族は皆無と言えた。

後見人の娘を不当に扱って、このまま王族として生きていけるのかとさえ言われていたが、幼少から耳が飾りだったクラウスはそんな貴族の冷笑に気付かなかった。


「しかし、わたくしの婚約は王命です。生半可なことでは白紙になりません。ならば、わたくしの人生はあの男によって無駄に浪費されるのか、と察した時、思ったのです。巫山戯るな、と」


王命である以上、貴族の一員であるフランチェスカは従わなければならない。王妃と王太后が乗り気である以上、グデーリアン公爵家が何を言っても聞き流される。

それを理解した時、フランチェスカは目の前が灰色になった。クラウスの能力や普段の態度を見れば、まともな役職など貰えるはずはない。お飾りの役職を与えられて放置されるのが良い所だ。


「家に押し込められてなるものか、そう思ったわたくしはすぐさま行動に出ました。自分の才を他人に認められなければ、何も始まりませんからね。ですがスタートラインは最悪でした。何しろクラウス様の悪評のお陰で、わたくしが何をしようが王家の威光を利用していると思われましたからね」


「おまけにフラニーちゃんが何をしても、愚弟が余計なことをして評価は下がる一方だったね」


「泣きましたよ。ですから、王家の威光が通じないことで実績を上げるしかありませんでした」


「それが愚弟を王太子にする、ってことに繋がるのか」


アーサーの言葉にフランチェスカは頷く。既に王太子となっていたアーサーを引きずり下ろし、クラウスを王太子にすれば必ず実績として認められると考えた。


「結果はわたくしの予想通りでした。ですが現実は……小娘が政治を混乱させただけでした」


能力も人望も何もないクラウスを王太子にする。

今を思えば国に余計な混乱を招いた愚行だったが、当時は必死でその後のことを何も考えていなかった。


「別に愚行じゃないと思うよ。ボクはとても楽しかった、それで十分さ。ま、クロンたちはいい迷惑だと愚痴っていたけどね」


「……人の心を読まないで下さい。結局の所、わたくしは何処までも自分勝手なのですよ。国のため、民のため、そんなのは言い訳に過ぎません。ただ自分の生を無意味なものにしたくなかった。それだけです。失望しましたか?」


「いや、全然。それに、ボクだって自分勝手だからね。君との権力闘争が楽しくて、何年も皆を振り回していたしね」


「やはり、あの時は本気ではなかったのですね」


フランチェスカがグデーリアン公爵家の娘とはいえ、当時は政治も何も経験したことのない小娘だった。王宮で権力闘争を勝ち抜いたアーサーと渡り合える程の経験もない。

誰もがすぐに潰されると思っていた。だが周囲の予想に反し、フランチェスカはアーサーに食らいつき、ついには王太子の椅子を手放させた。

王宮では誰もが言葉を失い、貴族社会を激震させる事態が起きたと貴族たちが右往左往した。

だが勝ったフランチェスカは全く喜ばなかった。


『手加減した上に、お情けで勝ちを譲るとは何事ですか! これほどの屈辱を受けたことはありません! わたくしのような小娘を相手にする気がないなら、二度と立ち上がれないほど叩き潰しなさい!!』


それどころかアーサーに手加減されたと知り、直接乗り込んでアーサーを怒鳴り散らした。

勝って優越感に浸ると思っていただけに、アーサー陣営はフランチェスカの怒鳴り声に酷く混乱した。

そして皮肉なことに、この時のフランチェスカの行動が、彼女が切望してやまなかった自分の評価を高める起因となった。


「確かに最初は君に興味を持って、ボクと同じ高みまで来て欲しいなと思っていたから、教育みたいなことをしていたのは否定しないよ。あの時、人から見れば手加減していると思われても、まぁ仕方ないかな。ただね、それも含めてボクは本気だったと言えるよ」


「そうなのですか?」


「今だから言えるけど、当時のボクは世界が色あせて見えていたんだよ。灰色の世界ってやつかな。ともかく毎日が退屈で、死にたいと思ったことも一度や二度じゃすまない」


一瞬、いつもの冗談かと思ったフランチェスカだが、アーサーからは冗談でいっているような雰囲気はない。何より滅多に見たことがないほど、目は真剣味を帯びていた。


「弟も妹も愚弟も、クロンやフォーリー、ゼッタ、そしてこの国にいる人の誰もがボクに熱をくれなかった。何でもそつなくこな(・・・・・・・・・)せる不幸(・・・・)ってやつは厄介だったよ。でも、ボクの世界が真っ黒になりかかった時、君がボクの前に立った」


当時のことを思い出したのか、アーサーはクスクスと笑った。


「最初は何だこの小娘は、と思ったよ。でもね、すぐに分かったんだよ。クサい言い方をすれば、君は誰よりも命を輝かせていた。灰色の世界にいたボクが眩しいと思えるほど、ね。それからずっと愛おしくて、憎くて、激しく嫉妬していたよ。ボクが欲しいものを、君はあっさり手に入れているんだからね。でも同時に実感したよ、ボクは生きているんだって」


「負の感情を持って、ようやく生を実感するとは歪んでいますね」


「だろうね。そこは否定しないよ」


「嘘でも否定はしましょう」


「ボクは正直なのさ」


苦笑しながらフランチェスカは突っ込みをいれるが、アーサーは軽く聞き流して肩をすくめる。


「そうですか。ではその話が事実だった場合、一つ疑問が残ります」


「なにかな?」


「そこまでわたくしとの対立を楽しんでいたなら、どうして唐突に王太子の座を降りたのですか?」


アーサーは後見の侯爵家をフランチェスカに奪われたが、それでも彼自身の才能とカリスマで王太子の座は不動だった。

ディーデリヒやクラウスと違って、アーサーは後見がいてもいなくても良かった。誰もが次代の王だと認める、それがアーサーの揺るぎない評価だった。

そんなアーサーは唐突と言えるほど、突然クラウスに王太子の座を譲ると表舞台から姿を消し、裏舞台で暗躍するようになった。


「今ならおわかり頂けるでしょう。わたくしが怒鳴り込んだ理由を」


「うん、そうだね。ボクの説明不足だったね。ま、今から説明するからそれで機嫌を直して」


「もう怒っていませんよ」


「そう、ありがとう。あのね、怒らないで欲しいんだけど、ボクが王太子の座を降りたのは銀の女王が理由なんだよ」


「お姉様が?」


突然ライトマイヤー王国の現女王の二つ名が出てきてフランチェスカは首を傾げる。


「フラニーちゃんは銀の女王と『姉妹』だけど、彼女はフラニーちゃんの能力も高く評価しているんだよ。で、運良くボクは銀の女王がフラニーちゃんを自国の人間にしようと暗躍していることに気付けたんだ。愚弟の婚約者じゃ国力の差もあって、ボクたちはフラニーちゃんを手放すしかない。かといって面と向かって言って、後で何言われるか分からない。結果、ボクが王太子を下りて、愚弟を王太子にすれば、君は王子の婚約者ではなく次期国王の婚約者、つまり次代の王妃となる。流石に銀の女王も、他国の次期王妃をかっさらう真似は出来ないさ」


「そういう事情があったのですね。すみません、怒鳴ったりしてしまって」


「構わないさ。簡単に教えられる話じゃないしね。下手なことをいえば、へそを曲げられてライトマイヤー王国へ行っちゃうのでは、と父と母、祖母は危惧したんだよ」


「それですんなりクラウス様の王太子が確定したのですね」


長年の疑問が解けてフランチェスカは胸のつかえが下りる。アーサーが王太子から下りても、周囲の説得がまだ残っているとフランチェスカは思っていた。

だが彼女の予想に反し、アーサーが王太子の座を降りるとすぐさまクラウスが王太子となった。貴族とはここまで手のひらを返すのか、と不快感を覚えたが、銀の女王が手出し出来ないようにするためと言われれば納得だ。


「所でフラニーちゃん的に、銀の女王はどういう人と思っている?」


「残念な人です」


フランチェスカの評価にアーサーは声を上げて笑う。世界広しと言えども、ライトマイヤー王国の現女王を『残念な人』と評価するのはフランチェスカしかいない。

大半の人は『できれば関わりたくない人種』だからだ。気付いたら銀の女王にとって都合良い形で交渉が終わるのだから、誰だって関わりたくないと思うのは当然だ。


「まぁ銀の女王については詳しく聞かないでおくよ。彼女、フラニーちゃんになら何を知られても構わないだろうけど、他人が知ったら殺しにくるだろうからね」


「それはない、と言えないのがお姉様ですね」


「でしょ?」


「はい。それとお姉様がわたくしを自国へ連れていく話ですが、実は以前から話を受けていました。全部、お断りしていますけどね」


「そうだったんだ。じゃあ別に王太子やめなくても良かったなぁ」


「もう一度、王太子の座をかけて争いますか?」


フランチェスカの挑発するような視線に、アーサーは苦笑しながら首を横にふる。


「次やったら父が倒れちゃうよ。それにボクの後見だったアインハルト侯爵家と令嬢は、既にフラニーちゃんの陣営にいるじゃない。今さら、後見を探そうとしても無理だよ」


「無理ではないでしょう?」


「そうだね。言い替えよう、面倒だね」


「そうですか。お茶がなくなりましたね。新しいのを用意させます」


屈託無く笑うアーサーにつられて、フランチェスカもまた小さく微笑んだ。


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