15.そして問題だけが残った
クラウスが卒業パーティー兼夜会でフランチェスカに婚約破棄を宣言した日から数日後、様々な思惑を抱えた人間が謁見の間に集まった。
現国王のジギスヴァルト、彼の息子アーサー、ディーデリヒ、娘のエレオノーラ、宰相のニクラス、加えて彼の息子であるフランツとフランク、そしてフランチェスカの計8名だ。
「此度は愚息がしでかしたこと、誠に申し訳なく思う」
「フラニーは寝言ほざく馬鹿を避ける為に蟄居中だぞ。謝罪だけのためなら、無理言って呼び出すな」
ジギスヴァルトの謝罪をニクラスは冷たい態度で斬り捨てる。本来は不敬にあたる行動だが、今の王家はクラウスの件で、ニクラスに強気で出られなかった。
もっとも、それがなくともニクラスとジギスヴァルトの関係はいつもと変わらないが。
「父上、お怒りの気持ちは分かりますが、ここは話し合いをすすめましょう。フラニーとの時間を多く確保するためにも」
フランクが冷静に、とニクラスに進言するが、彼からは『早く話を終わらせろ』と語っているのが態度からありありと分かった。
隣にいるフランツは黙ってはいるものの、フランクと同じ思いなのはすぐに分かった。いつも通りなのはフランチェスカのみだった。
彼らが怒るのも無理はない。元々、フランチェスカとクラウスの婚約話自体、グデーリアン公爵家にとってはメリットが薄かった。
今さら王家と強く繋がる必要もなく、またグデーリアン公爵家に権力が集中していると、他家から余計な茶々を入れられ、痛くもない腹を探られる状態に陥る。
フランチェスカにも本来背負わなくて良い義務を背負わせ、しなくて良い苦労をさせてしまった。これが一年や二年ではなく十年近くなのだから、彼らの怒りの根深さが伺える。
「それで、フラニーまで呼んで話がしたいと言ったが」
「あー、うん。まずはアーサーが王太子になるが、異論はないよな?」
「それに関してはない。元の形に戻るだけだからな」
「ディーデリヒとエレオノーラも承知している。で、だ……つまりだな」
言葉を濁したジギスヴァルトにニクラスは彼が何を言い出すか察した。
「却下」
「……まだ何も言っておらんぞ」
「言わなくても分かる。フラニーをアーサー殿下の婚約者に、とでもいうつもりか?」
図星だったようでジギスヴァルトが苦々しい顔をする。
「ふざけんなよ。そんな話、承諾する訳なかろう。クソガキが駄目だったから第一王子を、と言われてみろ。またフラニーが余計な苦労を背負い込むじゃねぇか!」
ニクラスの怒鳴り声が謁見の間に響き渡る。
彼はクラウスと同じようにアーサーを毛嫌いしている訳ではない。性格に難はあるものの、才能も能力も決断力も立派で、次期王としては申し分ない。
ただし、今は時期が悪すぎた。
クラウスとの婚約破棄は、フランチェスカの事前準備で何とか『クラウスは伯爵令嬢とともに売国しており、それを阻止しようとしたフランチェスカを疎ましく思ったため、あの様な暴挙に出た』とプロパガンダが可能だった。
だがアーサーとの婚約となれば、最初からそれが目当てだったと言われても否定材料がない。そうなれば貴族社会でフランチェスカが悪く言われるのは目に見えていた。
「しかしのぅ、こう見えてアーサーはモテないんじゃぞ。今から次期王妃捜ししても見つかるかどうか……」
「なんでか令嬢が怖がっちゃうのよねぇ。不思議だねー」
ジギスヴァルトの重々しい言葉に、アーサーはあっけらかんとした態度で呟く。アーサーの見た目は悪くない。
艶やかな金色の髪に甘いマスク、均等の取れた肢体、傲慢な態度が一切見えない友好的な言動、どれを取っても非常に魅力的な男性に見える。
淑女がため息を漏らしそうな外見をしていながら、それら全てを無意味に帰すものがアーサーにあった。
彼は才能がありすぎたため、他人に一切共感できない性格に育ってしまった。
外見が魅力的な男性だったため、周囲がアーサーの本性を知るのはかなり後だった。その頃には矯正不可能となり、結果アーサーは令嬢たちから遠巻きに見られるだけの男性となった。
「ああ? そんなの知るかよ。適当に他国の王族引っ張ってこい。本性がばれる前に結婚まで済ませれば完璧だろ」
ジギスヴァルトが喋れば喋るほどニクラスの態度が悪くなる。フランツもフランクも父のニクラスを止めない時点で同意見だということが分かる。
フランチェスカが意見を述べないのは、事前にニクラスから発言するな、と命じられているためだ。
「そうなると銀の女王が面倒になるのぅ」
「頑張れ。まぁ無理に連れ出せばフラニーが自害する気だと、前回の時によく理解しただろうが……銀の女王だからな」
「陛下、父上、発言の許可を頂けないでしょうか」
ジギスヴァルトとニクラスが銀の女王で頭を悩ませていると、フランチェスカが発言の許可を求めてきた。ニクラスは一瞬だけ悩んだがすぐに頷いた。
ジギスヴァルトも了承の意味で頷くと、フランチェスカは扇子で口元を隠す。
「ありがとうございます。お姉様に関してなら、こちらで何とかなります。流石に国に関することは無理ですが、わたくしをライトマイヤー王国に連れて行くのは個人的な話ですので、妹様に助力を得て対応します」
「宝石姫か。うーむ、確かに身内には幾分甘い銀の女王なら、何とかなるかな」
(甘いというより、妹様を怒らせたくない、が本音でしょうね)
ライトマイヤー王国は銀の女王が君臨しているが、彼女は妹の宝石姫には甘い。甘い上に宝石姫の怒りを苦手としている。
現状、損得抜きで銀の女王を止められるのは宝石姫かフランチェスカの二人だけ、がライトマイヤー王国の王族たちの認識だ。
「では銀の女王はフランチェスカに任せよう。で、アーサーとの婚約は」
「現状では無理でしょう。何より時期が悪すぎます。クラウス様の件で王家への信頼は揺らいでいる時に婚約の話を出せば、王家はグデーリアン公爵家にすがったとますます侮られます。今は地盤固めを優先する方が良いかと思います」
「うーん、アレは元から駄目扱いだったから、そこまで王家の評判は悪くならないと思うけどなあ。まー時期が悪いのはフラニーちゃんに同意。暫くは反発する連中をオモチャにするかな」
フランチェスカの言葉にアーサーは頷く。さらっと危険な発言をしたが、ディーデリヒもエレオノーラも、そして国王のジギスヴァルトも聞き流した。
下手に突っついて矛先がこちらに向かれては困る。つっかかる馬鹿が生贄になるなら万々歳、それが三人の認識だった。
主要な軍部や貴族の人間も、アーサーが何かしても文句は言わない。むしろ王妃一人を生贄に、魔王のアーサーが大人しくなるなら諸手を挙げて喜ぶだろう。
突っかかるのはこれまでアーサーがしてきたこと、そして彼が『他人』に一切共感できない性格だということを忘れた愚か者、もしくは自殺願望者だけだ。
「ねぇディーデリヒ、軍部で突っかかる人間とかいない?」
「……いてもアーサー兄上には教えない。ろくな結果が待っていないだろうから」
「えー、いいじゃん、教えてよ」
「以前『戦争が好きなの? じゃあ好きなだけさせてあげる』と言って、強権派を引き連れて戦争したよな? あの後、強権派の連中がどうなったか知っているよな!?」
「普通に戦争していただけだよ?」
首を傾げるアーサーにディーデリヒは思いため息を吐く。アーサーは外見から身体を鍛えているようには見えず、以前は軍部に侮られていた。
それを知ったか否かは不明だが、唐突にアーサーは軍部の中から強権派を引き連れて戦争をした。だが、それは彼らにとって地獄の始まりだった。
毎回、アーサーは作戦を考えてきたが、断れば軍人としての面子は丸潰れ、実行すれば勝利するが損害は酷い、実行してわざと手を抜けばやはり面子丸潰れ、と嫌らしい作戦ばかりだった。
『死ぬほど戦争が好きなんでしょ? だから死ぬまで戦争をさせてあげるよ』
その台詞に軍部はようやく相手がどれだけ危険な存在かを認識した。
「完全に断れない状況に追い込んで、えげつない作戦を実行させるのが普通な訳ねぇだろ! 怪我しようが容赦なしだったよな! 後、助命嘆願してきた親族を『彼らは戦争が好きなんだから、取り上げたら可哀想だよ?』と容赦なく斬り捨てたよな! それがアーサー兄上の普通なのか!」
「だってボクに突っかかってくる程、戦争がしたかったんだよ? じゃあ戦場で死にたいと思うのは普通じゃん」
「だからって本当に死ぬまで戦争させるなよ! まぁようやく軍部は王家の権威によって権力を得ていること、王命を断れば自分らの立場も揺らぐことを理解したけどさ。でもあんなことで教えたせいか、軍部はアーサー兄上には恐怖心しか抱いていないぞ」
「酷いなぁ、ボクは優しいよ?」
その言葉にディーデリヒは疑わしげな視線をアーサーに向ける。
どれだけ理由を並べてもアーサーは作戦変更に頷くことはなく、逃亡をはかれば容赦なく追いかけて捕まえて前線に立たせた。
腕をもがれようが、足が折れていようが、『他人』に一切共感できないアーサーは、痛みを理解しても恐怖心は理解しない。言葉通り、本当に戦争で死ぬまで戦わせた。
軍部も何とか巻き返そうとしたが、それが余計にアーサーの娯楽心に火を付けた。軍部が完全にアーサーへ屈服した時には、死屍累々の地獄絵図だった。
アーサーとディーデリヒが会話している頃、フランチェスカはニクラスから叱咤されていた。
「これフラニー、勝手に話をすすめるな。お前の言い方では、時期が良ければ婚約は可能と思われるではないか。わしはお前に、これ以上王家に関わって欲しくない」
散々、王家の騒動に巻き込まれたフランチェスカを、これからも巻き込む気はニクラスになかった。
彼はフランチェスカにはグデーリアン公爵家を継いで領主を、フランツとフランクは将来的にどちらかが宰相となり、もう一人は宰相補佐にと考えていた。
他家へ嫁がせる、という考えはニクラスの中には無かった。何しろ彼はグデーリアン公爵家当主、フランチェスカの婿も選ばれるではなく選ぶ立場だ。
それでもフランチェスカの婿になりたいと考える人間は多い。ルイス王国で筆頭公爵家と名高きグデーリアン公爵家との縁が手に入るのだから、多少の無茶はしても手に入れたい立場だ。
だが彼らは知らない。たとえフランチェスカの婿になったとしても、実権も何もないお飾りだけの存在となることを。
「お言葉ですがお父様、次期王妃を決め、王妃教育をするには時間が足りないかと存じます」
「別に王妃がおらぬとも、たとえばディーデリヒ殿下の子を次期国王にする、などとすれば問題なかろう」
「うぇ!?」
唐突に話題が自分にふられたことにディーデリヒは変な声を上げる。
彼は最初から自分には関係ない、と他人事のように構えていた。それゆえ、自分へ矛先が向くとは露程も思っていなかった。
「それが落としどころでしょう。わたくしは隣国との友好で、他国に嫁ぐ身ですゆえ、子を養子にするのは難しいかと思います」
良い生贄ができた、そう思ったエレオノーラがここぞとばかりにたたみ込む。
「いや待て。まだアーサー兄上の嫁がいない、と決まった訳ではない」
「元婚約者の令嬢は、フランチェスカ様の陣営に行ったためにアーサー兄上との婚約は破棄となりましたが、彼女は泣いて喜んでいましたよ」
「あ、ま、まぁ……な」
「酷いなぁ。あの時のボクは割と傷心だったんだよ?」
ディーデリヒとエレオノーラに色々と言われて、アーサーが傷ついた表情をする。だがそれに騙される人間は、残念ながら王家の中にはいない。
「父上、王家の方々は方針が決まっていないご様子。一度、課題を持ち帰りしては如何でしょうか」
今まで黙っていたフランクが唐突に発言する。
「そうだな。無理なもんは無理だし、フラニーも疲れているだろうから話し合いは終わりだ」
「待て、こっちの話はまだおわっとらんぞ」
「却下だ却下。第一、フラニーである必要はないだろ。適当な奴を拾ってこい」
「しかしな、フランチェスカ嬢を次期王妃として、あちこちで売ってきたから、今さら変えるのは難しいのだ」
「お前なんて事しやがる!」
「我が国は女性の活躍が低いし、これまで王妃が外交の場に出てこなかったから丁度良かったんじゃ」
「良かった、じゃねぇよ! なんで相談もせず勝手にやった!」
「そりゃあお前、絶対反対するだろうと思ったからな!」
ニクラスとジギスヴァルトがあれこれ言い合う。置いてけぼりを食らった残りの面子は、小さくため息を吐いた後、未だ言い合う二人を放置して謁見の間を後にした。




