12.優秀な人材は敵でも採用します
「……え?」
予想外だったのかレティが呆けた顔をする。
「子細を語る義務はございませんが、お情けを与えましょう。彼が貴女を説得するために危険を冒してまで我が国に潜入したとき、貴女は彼の元に破落戸を送り込みましたよね。それを知った第一皇子は、貴女を諌める所か彼が国外逃亡したと勘違いして暗殺しようとしたのですよ。寸前でしたが、わたくしの手の者が彼を救い出しました。全部を知ったとき、それはもう御立腹でしたよ。それで、彼の妻と娘をラムダ帝国から救う代わりに、彼はわたくしに雇われたのですよ」
それと、と一呼吸置いてフランチェスカは言葉を続ける。
「先ほどの言葉は訂正してください。彼は使えない男ではなく、貴女や第一皇子に彼の才能を使う頭がなかった、ですわよ。物事は正確に語りましょうね」
「あああああっ! ムカつく! ムカつく! そのすました態度も! 上から目線の言葉も! 何もかもムカつくのよ!」
怒りに任せて暴れるレティだが、王立騎士団の騎士に押さえつけられているので蓑虫のように蠢くことしかできない。
「上から目線になるのも当然ですわ。わたくしはグデーリアン公爵家、貴女はゼンケル伯爵家。相手の身分に合わせた態度をするのは貴族として当然の礼儀です」
学園には多くの貴族の子弟が通っている。学園の性質上、生徒同士は平等な関係とうたっているが、中身は貴族社会といっても過言ではない。
当然ながら学園には貴族社会のルールやマナーが暗黙の了解として存在する。
階級が下位の者は、先生に用事を頼まれる等、やむを得ない事情を除いて上位の者に話しかけてはならない。もしも話しかける場合はまず相手の親戚などにお伺いを立て、本人は勿論、周囲の人間が承諾して初めて話しかけられる。
反対に上の者が下の者に話かけるのは単純で、自分の都合が良いときに話しかければ良い。相手の都合は無視しても許される。
他にも自己紹介を済ませていない間は知らない仲、自己紹介のときにはまず名前を名乗り、続いて家名を含むフルネームを名乗るのが礼儀(家名を名乗らないのは相手を軽んじていることになる)など、細かいことをあげればきりはない。
「貴族社会のルールを貴女は学んだはずですが……残念ながら何も身についていなかったようですね。何人かが貴女に諌言したはずですが?」
「あたしはそんなカビ臭いルールを守る気はないわ。だって無駄だもの」
「……貴族社会のルールは王を頂点とした秩序を守る為のものですわ。それをカビ臭いなど……なるほど、貴女が貴族社会のルールを軽んじるのは、自分は今の地位ではなくもっと上にいける。もしもできないなら、それは世の中が間違っている、とでも思っているからでしょうか?」
「ッ!」
「おや、図星でしたか。その程度だったとは、何と浅はかな考えでしょう。時代に合わないルールもございますが、何百年と貴族社会で守られ続けてきたルールです。貴女程度の浅い人間が軽んじて良いルールではないのですよ。もっとも、何を言っても貴女には届かないでしょうね」
「ふんっ!」
言い返せない、けど素直に認めるわけにもいかない。そんな心情からそっぽを向いたとフランチェスカは察した。
「それで、ぐだぐだと語るのは終わりかしら。あたしは死刑なんでしょ。ああ、やだ、貴族ってのは血生臭いことが好きだねぇ」




