11.化けの皮がはがれる
「レティ様がスパイに身を堕とした理由は状況から察するに、図に乗りすぎたのでしょう」
「どういうこと?」
レティがスパイになった理由を既に知っているアーサーだが、彼は知らないふりをして質問をする。
ニヤニヤと笑っている様から、レティが絶望に落ちる所を見るのを楽しんでいるようだ。
「彼女は生まれてから10年と少しまで、毎日食い扶持を確保するだけで精一杯の庶民でした。そんな人が両親が亡くなると同時に貴族となり、メイドや執事が畏まっている光景を目にしたら、後はおわかりいただけるでしょう?」
「諌めてくれる大人がいない上に、ドレスや宝石が並んでいる光景を目にしたら……まあ調子に乗るよね」
「レティ様の父親、ゼンケル伯爵家当主様はやり手で資産も伯爵家には不釣り合いなほどお持ちでした。そして金に溺れることなく、商人に資産を奪われることもありませんでした。それほどの傑物ならば、娘に対してもお金の使い方は厳しく躾ける所です。ですが運の悪いことに、ゼンケル伯爵家当主様は『東方の格言に曰く、金は抱えるのではなく、世で回さなければならない』という心構えをお持ちでしたので、娘の浪費もある程度は見逃してしまいました。それがレティ様の考えを歪めることと知らずに」
「それで程よく調子に乗った所に、フラニーちゃんを蹴落として王妃の座につかないか、という誘いに乗ったのね」
「そうですね。娘に最低限の教育をした後、すぐに学園へ通わせたのも、ゼンケル伯爵家当主様の不幸に拍車をかけました。学園は全寮制、しかも中での情報は本人が語らなければ、それほど細かく知ることができない。ゼンケル伯爵家当主様は夜会が苦手で、どうしても参加しなければならないとき以外は甥を代理人にした上に、両名とも情報収集能力が低かった。結果、娘が国を裏切っていることを把握できなかった」
「悲惨だね」
ちっとも悲しそうに思っていない声色でアーサーは呟く。
「……あいつは作戦は完璧だって!」
もはや取り繕う余裕すらないのか、レティから保護欲を誘う仮面は剥げ、憎悪に満ちた鬼の表情が浮かび上がっていた。
何人かが息を吞む。レティを今まで『天真爛漫な優しい女の子』と思っていた連中なのか、それとも突然鬼の形相をしたレティに怯えたのか、どちらだろうとアーサーもフランチェスカも興味はなかった。
「彼の作戦は良くできていましたよ? 貴女が編入してから半年の間、一切尻尾を掴むことができませんでしたからね。それでも彼の作戦が破れたのは、彼がレティ様の性質や能力を把握していなかったことでしょう」
『お前が阿呆だったから作戦は失敗したんだよ』と皮肉を込めてレティへ語る。しかし、貴族流の嫌味をレティは理解できなかった。
「駄目だと分かったときに計画を練り直せば、私はこんな目に遭わなかったのに! 本当に使えない男!」
「……軌道修正しようとしたけど、貴女は最高に調子に乗って聞き入れず、第一皇子も状況を正しく理解できる頭がなかったのですよ。どうやって計画の軌道修正をすれば良いのでしょうかねぇ?」
「もっと強く言えばあたしも聞いていた!」
「一か月も説得に時間をかけていたらしいですが、その間貴女はクラウス様と人目も憚らず逢瀬を楽しんでいましたよね。おまけに貴女、彼からの手紙は読まずに燃やしていたとも聞いていますよ。どこを見たら、説得に応じると思えるのでしょうか」
「うっさいわね! 聞くったら聞くわよ! それとさっきから彼のことを知っているような口をきくけど、あんた何様なのよ!」
「配下のことを良く知るのは、雇い主として当然の義務ですよ?」




