10.断罪されるのは君たちだよ?
「それと君が思っている以上に、君の敵は多いよ。何しろ君は今までフラニーちゃんをずっと不当に扱ってきたのだからね。彼女を慕う人間は多いよ? 今まで王族だったのと、フラニーちゃんが押さえていたから何とかなったけど、それがなくなるのだから今後は大変だろうね」
アーサーの言葉にクラウスは笑い飛ばせなかった。この場にいる貴族が今夜の事を家へ持ち帰れば、その後に起こる事は簡単に想像がつく。
貴族にとって家の存続は何よりも優先されるべき事だ。ゆえに、どの貴族も今や平民に成り下がったクラウスに味方しない。
王立騎士団だけでなくアーサーまで動かしたフランチェスカに睨まれてまで、クラウスを助ける義理も義務もない。助ける旨みも利用価値もない。
「……」
「今更後悔かい? 遅いよ、今までのツケはしっかり払ってね。じゃあね、お馬鹿さん」
それが合図かの如く、クラウスを押さえていた王立騎士団の人間が彼を引きずっていく。最初と違い、クラウスは抵抗らしい抵抗をせずされるがままだった。
やがて入り口の向こうにクラウスが消えると、アーサーはニッコリと笑みを浮かべた。
「ごめんね、フラニーちゃん。黙っているつもりだったけど、王家の不始末は王家がつけないと外聞がね」
「構いませんわ。それに、王太子殿下のお気持ちは十分理解ーー」
「どうして! 兄弟なんですよね! どうして、あんな酷いことができるんですか!」
フランチェスカの言葉は、レティの叫び声でかき消される。会話を邪魔されたことに眉をひそめたフランチェスカだが、アーサーは和やかな笑みを浮かべたままだった。
「それで?」
「え……?」
アーサーの反応がよほど予想外だったのか、レティは先ほどの必死さが嘘のように呆けた表情をする。
「あの馬鹿は超えちゃいけない一線を越えた。なら、責任を取るのが人として当然じゃないかな。それにボクたちは王家だよ。『国』の為にならない奴は親兄弟でも排除するのが当然の義務さ。そうしないと不幸な人がたくさん出るからね」
王家とは『国』の為に存在する。ならば『国』にとって害となる存在は、たとえ王家の血を引いている者でも始末しなければならない。
それだけの覚悟があり、有言実行するからこそ貴族は王家に仕え、民は王家の支配を受け入れるのだ。
「国のためにならないって……」
「おや? 身に覚えがない、とでも言うのかい?」
ゾワリとレティの背中に悪寒が走る。先ほどからアーサーは笑っているが、目が全く笑っていなかった。
「王太子殿下、身に覚えがない、ではなく、あり過ぎてどれのことか分からない、ではないでしょうか」
「そっちの方が近いかなぁ。何にせよ、証拠は挙がっているのだから、今更言い逃れをしようとしても無駄だよ? ラムダ帝国のスパイさん」
スパイという言葉にレティがビクリと震える。その反応に気をよくしたアーサーはニコニコと笑みを深める。
ラムダ帝国とは、アーサーやクラウスの父が治めるルイス王国から少し離れた所にある大国だ。15の植民地を持ち、軍事力はルイス王国をはるかに凌ぐ。
力押しが可能なラムダ帝国が、現地住民をスパイにするようなまどろっこしい真似をしているのは、ルイス王国がある同盟に加入しているからだ。
それは大陸一の国であるライトマイヤー王国を宗主国とした奴隷解放同盟である。奴隷禁止令は勿論のことだが、他にも様々な法律を施行して初めて加入できるが、その恩恵は非常に高い。
反対にラムダ帝国は今もなお奴隷制度を採用し、現在の大陸でもっとも奴隷を生産している国だ。
「最初は何故わたくしを目の敵にしているか分かりませんでしたが、ラムダ帝国の回し者なら理由は明白ですわ」
「そうだね。大方、ラムダ帝国一の阿呆と名高い第一皇子が、君の『姉』に大恥をかかされたから、仕返しに『妹』のフラニーちゃんに大恥をかかそうと思ったんだろうね」
「明らかに人選ミスですわ」
「違いない」
フランチェスカの冷静な突っ込みにアーサーは喉を震わせる。反対にレティの顔色は真っ青から白色になっていた。古今東西、スパイ行為が発覚した後の末路は決まっている。




