01.断罪
「フランチェスカ! 貴様との婚約をこの場で破棄する!」
豪奢な夜会に漂う楽しげな雰囲気は、突如木霊した叫び声によって霧散する。
多くの者が声の発生源へ顔を向けると、大広間の真ん中辺りで男女が相対しているのが視界に入った。
片方はフランチェスカと呼ばれた令嬢一人、もう片方はフランチェスカに対して殺意にも似た敵意を向ける男たち、そして男たちに守られるような形で令嬢が一人いた。
「王太子殿下、御自身が何をおっしゃったか理解しておいででしょうか?」
複数の男たちに敵意を向けられ、突然の婚約破棄宣言にも関わらず、フランチェスカは余裕の表情を崩さない。
彼女に王太子殿下と呼ばれた人物は、フランチェスカの言葉に眉をつり上げる。
「貴様! この期に及んで見苦しい態度をッ!」
周囲はぼう然としていたが、何人かの令嬢が状況を理解して彼女に駆け寄ろうとするも、フランチェスカは彼女たちを手で制する。
「その言葉をもって理解していないと判断させていただきます。随分前から察しておりましたが、正直ここまでとは思いませんでした。わたくしもまだまだですね」
扇子で口元を隠しながらフランチェスカはため息を吐く。自分の愚かさを反省しているように見えて、その実大人が悪いことをした子供をたしなめる態度であった。
誰が大人で、誰が子供か彼女が語らなくても周囲は理解した。そして男たちも理解したからこそ、王太子と彼の側近候補であろう男たちは更に怒気を発した。
だが、フランチェスカは王太子と側近候補を冷ややかな目で見る。
「婚約破棄にも、手順と相応の場が必要でございます。夜会にこのような真似をして、後のことを考えていらっしゃいますの?」
「王族に向かってその態度、不敬にも程があるぞ!」
「いいえ、お情けでございます」
王太子の激怒を聞き流し、フランチェスカはしれっと反論する。余裕しゃくしゃくの態度を崩さないフランチェスカに、王太子のイライラは増加の一途を辿る。
思い返せば、最初から気に入らない女だと王太子は思った。最初の顔合わせの日から今もなお、フランチェスカは自分を『聞き分けの悪い男』としてしか見ていなかった。
「ふん、冷酷な女め。その厚い面の裏で、貴様はレティを苛めていたのだろう!」
王太子は一瞬、後ろにいる令嬢に優しげな目を向けたが、すぐに憎悪の目をフランチェスカに向ける。
「初めましてレティ。わたくしの名はフランチェスカ、フランチェスカ・グデーリアンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
にこりと笑うとフランチェスカはレティに淑女の挨拶をする。丁寧な挨拶だが、今初めてレティの存在を認識したような態度に、レティよりも王太子と側近候補の方が興奮する。
「改めて申し上げるまでもありませんが、わたくしは彼女の名を知っていても自己紹介は今回が初めてです」
フランチェスカの指摘に王太子が言葉につまる。レティがフランチェスカと自己紹介をしていないのは誰もが知っている。
何しろ王太子たちはフランチェスカがレティの存在を知る前から、レティを守るんだと意気込んでフランチェスカを遠ざけていた。
今、二人は自己紹介した間柄、と言っても誰も信じない。むしろ嘘を言った王太子側の心証が非常に悪くなるだけだ。
「まさか王太子殿下ともあろう御方が、夜会のマナーを御存じないなんて事、ありませんわよね?」
夜会では互いに相手の名前を知っていても、自己紹介をしていなければ「知らない仲」で対応するのがマナーである。
ゆえに、フランチェスカがレティの名を知っていても、初めてお会いしたという態度を取るのは貴族として当然の対応だ。
もしも自己紹介前に知った仲の態度を取れば勉強不足、礼儀知らずと嘲笑われ、陰口を叩かれる。それを理解したからこそ王太子は口をつぐんだ。




