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生意気と魔王(笑)

残酷な描写があるかもしれません。

 



 乱暴に椅子から立ち上がり気炎を吐いたのは俺よりも若そうな青年。革の鎧を身につけ、腰にはまだ新しいであろう長剣を下げている。

 こちらを睨みつける瞳は反抗的に輝いており、今自分がギルドの中で一番目立っていることにも気づいていないようだった。


「勝負したら何かあるんですか?」

「はっ、テメエの嘘を暴くんだよ!ホブゴブリンを倒せるってことは相当強いんだろ?ならあの大手クラン《双月の幻冬》に所属している俺にも負けるわけないよなァ?」


 クラン名を出してビビらせようとしたのか自信満々の表情をしているところ悪いんだが俺は何も知らないんだなあ。


 《クランとは冒険者がギルドに申請する事で設立可能な、冒険者が集まった組織です。いくつものパーティーが集まって独自の依頼を受けたり、専属の生産者を抱えたりしていますが彼の言ったクランはこの街でも1、2を争う大規模なもので、名前の影響力なら領主にも並ぶほどです。》


 それで彼の地位は?


 《なんとか末席に加入させていただいた、という感じですね。冒険者歴も2年目でクランでの評価は、生意気だけどそこそこやるヤツ、だそうです。》



 天との会話を刹那の内に終わらせ彼を見下げる。まあ誤差みたいなもんだが俺の方が背が高いので張り合ってみる。


「ッ…テメッ!」


 名前に動じずあまつさえ見下してくる俺に対して明らかに怒りの感情を増した彼は、拳を固く握り締め殴り掛かろうとしてきた。


 俺は性格が悪くないので、521レベルを最大限に利用して彼の腕の軌道から予測した、殴られるであろう左頰を中心に鉄よりもオリハルコンよりも硬質化する。

 傍目には頰が硬くなったことなんて分からないので、誰の目からも俺が恐怖で動けなくなったように見えただろう。


 ゆっくりと迫る拳をぼんやり見ながら待っていると空気が揺らぐのを感じた。次の瞬間には《瞬光》の二つ名をもつ優しげスキンヘッドさんが彼の横で腕を掴んで止めていた。


 なるほどこれが《瞬歩》か。さすがはBランク、スキルを使いながらも寸分の互いもなく彼の腕に動きを合わせるなんてしっかり使いこなしてるな。


「待ちなアルト。ここで争い事はご法度だ」

「でもガントスさん!」


「なあボウズ」


 優しげスキンヘッドさんが申し訳なさそうに話しかけてくる。


「なんでしょう」

「一度コイツと戦ってくれないか?」


 生意気ボーイと戦うのかぁ。今も敵を見つけた犬みたいに興奮してるし戦わなきゃ一生絡まれそうだな。


「構いませんがどこでですか?まさかここで?」

「それこそまさかだ。マーズさん、地下を借りていいか?」

「地下修練場ですね?構いませんけど…」

「よし!行こうガントスさん!」


 ギルドの裏口に地下への階段があるそうで外へ出て行ってしまった。俺を置いて。

 ここで2人を無視して帰ったらどうなるんだろう。あ、そうだ。


「あの、魔石って結局換金していただけるのですか?」

「は、はい。こちらがホブゴブリンの魔石75個の代金で7万5千オンとゴブリン討伐の750オンを合わせた7万5千750オンとなります」

「はい、ありがとうございます」


 お金の入った袋を受け取り《無限収納》にしまう。今日はもうお金も手に入ったし宿屋に泊まって休みたい気分になってきちゃったがそうはいかないんだよなあ。



「ルリ、行こうか」

「うん、あの子弱いからやりすぎて殺さないようにしないとねー」


 まあ今の玄武と朱雀に比べたら殆どの生物は弱いに分類される気がする。


「ステータス見たのか?」

「見たよ。でも特筆すべきものはなかったよ?」

「あー、そうぽんぽん面白いスキルは出てこないか」




 話しながらギルドの裏口に回って2人でしばらく階段を降りていくと拓けた場所に出た。魔道具が隅々まで照らし、外のような明るさが保たれたドーム状の広場だ。


 中央では生意気ボーイが剣を振って準備運動をする傍ら、優しげスキンヘッドが機械のようなものを操作していた。


 機械の方からカチッと音が鳴ると広場全体が透明な膜に覆われたのを感じた。

 これ何?


 《あの魔道具により張られた結界の一種ですね。結界内で対象が死亡した場合、結界の外で肉体が万全の状態で復元されます。怪我した場合も同じですね。》


 死ぬのを恐れずに戦えるってことね。



「はっ、逃げずに来たか」

「逃げてもよかったんですかね」

「んなワケねぇだろ!テメエもさっさと剣構えて準備しやがれ!」


 あー、剣か。武器どうしようかな。

 勇者が持ってる聖剣エクスカリバーの模造品を使ってもいいんだけど、ここはひとつ。


「ほいっと」

「んなっ、テメエ今何をした!」


「おいあれって」

「すごいな…自分の想像通りに作るのだって難易度高いのにその上無詠唱だったぞ…アイツ本当に登録したてのFランクか?」


 なんて事はない、ただ刀を《土魔法》で作っただけなのだがすごい驚かれてしまった。無詠唱も高度な技術なのか?

 俺としては刀の造形を褒めて欲しかったのだが。


 というかいつの間にか観客席にギルドの中にいた冒険者が集まって座っている。そのうちの1人にはさっきルリをいやらしい目で見ていた190cmの大男もいた。取り巻きも引き連れてカップで何か飲んでる。


 《お酒です。》


 おおう。



「さてそれではこれより模擬戦を始める。結界は起動させたので思う存分やってほしい」


 優しげスキンヘッドがこの戦いの審判をするようだ。


「それじゃあルリ、その辺で見ていてくれ」

「うん。頑張ってね、チュッ」


 勝利の女神からのキスを貰い、負けるはずがない戦いに臨む。

 生意気ボーイは今のやり取りを見て表情を憎らしげに歪めている。うむ、羨しかろう?



 思ったが彼は革鎧で俺は防御力なんて皆無の洋服なのだが誰も気にしないのだろうか。まあ本体が鉄の鎧なんかより超越してるから別にいいけどさ。


 お互いが剣を構えて向かい合う。


 へっ、すぐにけちょんけちょんにしてやるよ、みたいな表情している彼に真顔で返す。

 こんな時どういう顔をすればいいのか分からない。教えて。


「両者構えて、始め!」


「うおおおおおおお!!!」


 開始の合図と共に飛び出した生意気ボーイは大きく剣を振りかぶり、向かう勢いそのままに振り下ろしてきた。


「おわっ」


 彼が例え今の10倍の速度で来ようとも当たる訳はないが、演出として足を縺れさせ、ギリギリで躱す。


 バランス崩してるのだから追撃をかければいいのに彼は一度距離をとった。


「へっ、やっぱりな」

「何がでしょう」

「その魔法で作った歪な剣と今の動きを見るに、テメエはガッチガチの後衛タイプだ。ハッタリで剣を作ったみたいだが実は魔法しか出来ねえんだろ?」


 ビシッと指で指しているが、なかなかの迷推理だ。そもそも刀の存在を知らないとは探偵失格だな。


「ははっ」

「今なら泣いて謝れば許してやってもいいんだぜ?」


 許されないといけない事あったっけ?

 ちょっと思いつかないので彼の両足を《土魔法》で固定する。不意に地面が蠢き彼の足に絡みつくように足首から下を包み込んだ。


「うわっ!なんだこれ!くそッ取れない!」

「確かに私は魔法が得意ですよ。何故さっきのうちに倒さなかったのか不思議に思っているのですが」


 全然動けない魔法使いなんて余裕だと判断して舐めてたんだろうなぁ。

 彼は足を固定する土に剣で斬りつけたりして脱出を試みるもキンッという音と共に虚しく弾かれている。


「ぐっ、テメエ外しやがれ!」

「外したらあなたは襲うでしょう」

「ッたりめぇだろ!」


 足元に躍起になっている彼は無防備すぎてもはや哀れに思えてくる。


 どうしよう。倒していいのかな?



「あのう、もう外せないようですし降参してくれませんか?」

「はぁ!?降参なんかするワケねぇ!!テメエなんざ動けなくても殺せんだぞ!!」


 意固地になってない?近距離武器でどう殺すのよ。剣を投げる?避けて終わるぞ。


 天、この結界ってどの程度の殺し方までなら復元される?


 《爆散でも細切れにしたとしても結界の外に元どおりになって転送されます。何も気になさらずやって大丈夫です。》


 それはいい。じゃあもう殺しちゃおうか。


 まだ懸命に抗っている彼に向かって両手を前に伸ばす。

 それを見てビクッと震えた彼だが、まだ戦意は衰えていないようだ。


 何か叫んでいるが外せーとかテメエーとかだったので聞き流しながら彼の左右に高く土の壁を作り出す。彼の倍ほどもある高さと圧倒的体積の壁の幅をゆっくり狭めていく。


 ゴゴゴゴゴ…!と重い音を響かせて彼を圧殺せんと迫る壁に、前世のテレビで1度か2度見た脱出ゲームを思い出しながら彼の様子を眺める。


 あ、まさしく脱出ゲームなのか!徐々に自分に近づいてくる壁を見て死を幻想したのか、顔を青くしながら足を抜こうと引っ張る様は、まさしくスリルの溢れる取れ高たっぷりの番組になるだろう。

 こんなリアリテイが桁違いで緊迫する場面のせいか観客席も呼吸すら忘れたかのように静かになっている。


 あ、もうすぐ彼に触れるほどに狭まってる。

 当の彼にはこの方法が精神的に応えたようで、顔を涙と鼻水で汚し、半狂乱に叫びながら土の拘束を素手で殴っている。

 鉄の剣すら受け付けない硬さの拘束を殴り続ける手の皮はボロボロに裂け、血はドクドクと流れているが彼は無意味な抵抗をやめなかった。


 真っ赤なおせんべいになるまで後50cmの位置から更に追い込むようにゆっくり進めているので、彼の心も追い詰められているだろう。


 泣き叫ぶ彼は何か思いついたのか地面に落としていた剣を両手で持ち、刃の先端部分と持ち手である柄を強く握りしめて自分の足首の上、土の拘束がされてないところに全力で振り下ろし、両足とも斬り落とした。


「ギィィィヤアアアア!!!」


 壮絶な痛みと引き換えに自由を取り戻した彼は血で染まった両手で地べたを這って進み、丁度隙間なく閉じた壁を後ろに見ながら無事脱出した。


 いくら復活するとは言え痛みはそのままなのによく足を切り落としたなあ。


 這って進みながらこちらを汚れまみれの顔で睨みつける彼の両手をさっきと同じように拘束する。

 肘まで地面に埋まっていくのを呆然と見つめる彼の左右に、うず高く積んだ土の壁を作りだす。


 さあ今度はどうする?


「くひっ」


 動かない腕から目線を上げた彼に悪夢の化身が見えてしまったのだろう。引き攣った声を上げた瞬間、白い光に包まれて結界の外に弾き出されて行ってしまった。


 え、終わり?





普通に無双回のつもりだったのに……



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