- 王国復活 -
戦艦ドラケンスバーグでの滞在を終えて、再び大気圏内に戻ってきた。今、私はクルーズ殿と共に、王都へ向かっている。
ついに今日、王都奪還へと動き出す。まだ夜も明けぬうちに、私は王都クルムに降りる。帝国の使節を迎える準備をするためだ。
アータリア帝国には、すでに交渉官殿がトール王国の返還について打診している。トール王国とは交渉を締結済みであり、その国家の存続を保証することは地球519政府の意思であると伝えたそうだ。
これを受けて「はい、お返しします」などと言ってくれるほど、帝国は甘くはない。
帝国からの回答は、「そのような王国は存在しない」というものだった。
クルムは元々帝国の一都市であって、どこかの国の王都ではない。王などいないから、王国があったという証拠がない、というのが彼らの主張だ。
すでに王族を姫様を除き1人残らず殺してしまったのだから、こういう主張ができてしまう。聞けば聞くほど傲慢で、腹立たしい主張だ。
おまけに姫様のことを「詐欺師」呼ばわりしてきた。架空の国家、架空の王族を語る不届き者というわけだ。なんという国だ。これがこの大陸で最大、最強の国家のすることか?
だが、交渉官によれば、この程度のことはすでに想定内だという。その上で、王国奪還作戦を立てているのだという。
ただし王都、王国の奪還は、あくまでも「民主的」に行うことが、交渉官殿をはじめ、地球519の総意だ。
「民主的にとおっしゃいますが、それは王都市民が姫様を受け入れるかどうかにかかってるんですよね?」
「そうですよ。帝国が存在しないと主張する以上、そうでないという民意が必要になります。我々は、その民意を守るための組織ですから。」
「だ、大丈夫ですかね、クルーズ殿。国王陛下や姫様は、元々民意によって選ばれたわけではないので、果たして民衆が受け入れてくれるかどうかは…」
「大丈夫ですよ。うまくいきますって。我々に任せてください。」
ただ、私にはこの「民意」に不安を覚える。民が、姫様を受け入れてくれるかどうか、正直言って自信がないからだ。
亡くなられた国王陛下は、広く民の意見を聞き入れて、善政を敷いた名君として知られている。だが今回、トール王国の王となろうとしているのは、民衆に対してなんら実績を持たない姫様だ。
姫様自身は教会での慈善活動などに積極的に参加しており、決して悪い印象があるわけではない。だが、政治となると話は別だ。国王陛下の娘が、必ずしも同じ政治手腕を発揮するとは限らない。
おまけに、姫様は帝国に攻められた際に、王都やその市民を放置して、王都の外に逃げ出している。やむを得ないこととはいえ、王都の民衆が果たしてそのような姫様を受け入れてくれるだろうか?
不安を抱えたまま、私は王都に向かう。いくら考えたところで、もはや引き返しようがない。人事尽くして、天命を待つだけだ。
私を乗せた哨戒機は、教会の裏の広場に降り立つ。着陸すると、バーナンド司教が現われた。
「ディアナさん、いよいよですな。」
「はい、いよいよです。司教。」
ついに王都奪還に向けて、行動する日がやってきた。私の役目は、トール王国の代表者として帝国の使節と面会する事だ。
無論、帝国の使節が私のことを王国代表などと認めるはずはない。おそらく、詐欺師などと手汚い言葉で責め立てるだろう。忍耐の一日になりそうだ。
王都クルムを、帝国の使節が交渉官殿と共に視察に訪れる。ここが帝国の都市の一つに過ぎないのか、それとも別の国家なのか、それを交渉官殿が見極めるというのが、今回の視察の表向きの目的だ。
私とクルーズ殿は王都の中央広場に向かう。その広場は円形で、王都内のすべての道がここで放射状に交わっている。この王都で最も広い広場、その広場の東の端で、帝国の使節と交渉官殿と合流することになっている。
まだ夜明け前の王都の通りは、職人や商人、それに公衆浴場を利用するものや、教会に礼拝する者が行き交う。通り沿いにはパン屋が、職人らを相手に忙しそうにパンを売っている。
まだ国王陛下がご存命の時と変わらぬ風景。街の人は、帝国に支配された今をさほど不満もなく過ごしているように見える。これで姫様が戻られても、本当に姫様は民衆から支持されるのだろうか?私の不安は、ますます増大する。
だが、使節相手に不安なところを見せるわけにはいかない。私の役目は、トール王国の存在をを帝国の使節に認めさせること。どんなことがあっても、一歩も譲るわけにはいかない。
王都の中央広場にたどり着いた。帝国の使節はまだ到着していない。見張りの帝国兵もまだらだ。
じっと待つ私に、クルーズ殿が声をかける。
「ディアナさん、あまり硬くならないでください。相手はきっと高飛車な物言いをしてくるはずですが、最後には我々が勝つんです。胸を張って、堂々と迎え撃ってやりましょう。」
「は、はい、クルーズ殿。」
とは言ったものの、これから乗り越えなくてはならない壁の大きさに、どうしても私は怖気づいてしまう。
心を落ち着けようと、石畳の道路をじーっと見つめていた私。そんな私を、突然クルーズ殿が抱きしめてくる。
「な……なにをするんですか!クルーズ殿!」
「いやあ、ディアナさんって、やっぱり可愛い!!」
「こんな時に、何を言い出すんですか!私怒りますよ!!」
「怒った顔も可愛いですよぉ~!」
「もう!クルーズ殿!!いい加減にして下さい!!」
急にふざけた態度に出るクルーズ殿。この帝国の使節との決戦を目前に、一体何を考えているのか?
「……どうです?頭に血が上って、少しは緊張が解けましたか?」
突然、クルーズ殿は冷静に話しかける。
「は、はい、多分……」
「よかった。じゃあ、これで使節相手に戦えますね。」
そういって、私の両肩に手を添えて、私と面と向かって話しかけるクルーズ殿。私を発奮させ、緊張に押しつぶされるのを防ぐ作戦だったようだ。そういえばクルーズ殿はあの駆逐艦の作戦参謀、こういう行動一つにも策士としての一面が垣間見える。
「あの、クルーズ殿。」
「はい、ディアナさん。」
「ご迷惑でなければ、もう一度私を抱きしめてくれませんか?」
「よろしいですよ。何度でもお抱き致します。」
私よりもずっと背の高いクルーズ殿。私の顔の高さは、クルーズ殿の胸の辺りになる。そのクルーズ殿の胸に顔をうずめていると、なぜか気持ちがとても安らぐ。
クルーズ殿の胸の内で、私はこう念じる。勝てる、今日は絶対に勝てる。勝って王都を、王国を奪還できる。何度かそう考えているうちに、だんだんと落ち着いてきた。
「ありがとうございます。クルーズ殿。なんだかとても自信がわいてきました。」
「いや、よかったです。今日の昼頃には、きっとその自信が現実へと変わっているはずですよ。」
こうしてクルーズ殿に励まされ、私は帝国の使節の到着を待った。
日が昇り、辺りがすっかり明るくなった頃、交渉官と共に帝都の使節が現れた。
神経質そうな顔つきのその使節。私を見るなり、こう言ってのける。
「ふん、そなたが偽の王国の者であるか。今日はその王国が偽物であることを、はっきりと示して差し上げましょう。」
まあ、予想通りの展開だ。だが、クルーズ殿に勇気をもらった私は、その程度の言動に動じることはない。
「では、参りましょうか。ここが王国か、それとも帝国の一部なのか。交渉官殿にしっかりと見ていただくことにいたしましょう。」
そのまま、王都クルムの要所を巡ることになった。王宮、商店街、大聖堂、広場、役場……主な建物や場所を視察する。どこも帝国の赤地の旗が掲げられており、ここが帝国の都市であることを示している。人々も、特に何かを強制されているようなそぶりもなく、皆それぞれに平和な生活を営んでいるようだった。
「ご覧の通り、ここは秩序ある帝国の一都市でございます。住人は皆、平穏な生活を営んでおり、この詐欺師どもが言うような、武力で制圧された街には見えないでしょう。トール王国の当主を名乗るその王族なるものが、偽物であることは明白でございます。」
ずいぶんと自信満々な使節殿だ。そこで私は一言、その使節に向かって言う。
「まだ全てを視察し終えたわけではありませんよ。交渉官殿と使節殿には、最後に立ち寄っていただきたい場所がございます。」
「ほう……よろしいですよ。いくらでもお付き合いいたしましょう。王国が存在したなどと言うたわごとが二度と言えなくなるまで、私はどこまでも参りますよ。」
挑発的な物言いを続ける使節殿を連れて訪れたのは、あの教会だった。
教会に入る私とクルーズ殿を見て、怪訝そうな顔をする使節殿。ここは大聖堂に比べたらずいぶんと小さな教会。今さらこんな教会に訪れる意味が分からないといった様子だ。
だが、交渉官殿も教会の中に入る。こうなると帝国の使節も、中に入らざるを得ない。
「やれやれ、今さらこんな小さな教会などに入って、一体何をするおつもりか?」
不機嫌そうにつぶやきながら、礼拝堂に入る使節殿。正面には、バーナンド司教が立っていた。
「これはこれは、帝国のお方ではありませんか。こんな小さな教会に、一体どのような御用で?」
「ふん、その小娘に聞いてくれ。なんでも、トール王国なる架空の国をでっち上げて、我が王国からこの街を奪い取ろうと画策しているのだ。全く、不愉快極まりない。」
「なるほど、王国ですか。そのトール王国とは、このようなものではございませんか?」
司教は軽く手をあげる。礼拝堂にいた何人かの人々が集まって、何かを広げ始めた。
それはあのトール王国の旗であった。白と青の下地に、隼の紋章。これを見た使節殿は、声を荒げる。
「な、なんじゃ!?何故ここに王国の旗があるのだ!?」
それを聞いた交渉官殿。すかさず使節殿に食ってかかる。
「おや?使節殿は、なぜあれが王国の旗だと言えるのですか?あれが王国のものなどと、誰も一言も申してはおりませんが。」
思わず「王国の旗」と言ってしまった使節殿。その場を取り繕おうと試みる。
「な、何を言うか!そこの司教が、王国などというから、王国の旗だと言っただけのこと!大体、王国などというものは……」
「往生際が悪いぞ!帝国の者よ!」
礼拝堂の奥から叫び声がする。奥から、一人の人物が現れる。
少し赤みのかかった白地のドレスに、銀色のティアラを付けたその人物。そう、この王国最後の王族、姫様だ。
「な……お前は、トール王国の……」
「そうじゃ。妾はトール王国の第1王女、マルガノールである!」
突然現れた姫様を見て狼狽する使節殿。実はこの使節殿、一度だけ王都にやってきて、姫様と対面したことがある。その様子を見て、交渉官殿はさらに詰め寄る。
「おや、こちらの姫君をご存知で?」
「い、いや、知らぬ!このように王国を語る詐欺師など、私が知るわけがない!」
「彼女がトール王国の者だと、あなた自身がつぶやいていたではありませんか。」
「いや、私はそんなことを言った覚えは……」
「使節殿よ、そろそろこの辺で茶番は終わりにしましょうや。あんたもいう通り、この人はトール王国の姫君。そしてここはその王国の首都。どんなに強気にあんたが主張したって、その事実は変わらんじゃて。」
「何を言うか!この教会の外はどこも帝国旗がひるがえり、帝国の支配が及んだ街であることが見て取れるではないか!」
「ま、ここらで外に出ましょうか。どちらが正しいか、答えが出てるはずじゃて。」
交渉官殿に言われて、教会の外に出る使節殿。その目の前には、驚くべき光景が広がっていた。
先ほどとはうって変わって、人混みにあふれている。先頭には王国の旗を高く掲げて歩く者がいて、その後ろを多くの人々がぞろぞろとついていく。
使節殿が教会に入ると同時に、王都の各所で衛兵達が国旗を掲げて現われることになっていた。その旗を見て集まる人々を、王都の中心部にある中央広場に導くのが彼らの役目である。
無論、こんな旗を掲げて歩けば、帝国兵が黙ってはいない。それぞれの旗には、地球519の地上部隊が護衛としてついた。
だが、彼らが何もせずとも、帝国兵は民衆に手が出せない。その旗に集まった人々があまりに多過ぎるからだ。人の数に圧倒されて、帝国兵はただそこに突っ立ってるしかなかった。
中央広場に向かって歩く人々の数はどんどんと増えていく。列が途絶える様子がない。
「さあ、使節殿。参りましょうや。」
交渉官殿は、使節殿を連れて中央広場に向かう。私と姫様、それにクルーズ殿も、中央広場に向かって歩いていく。
バーナンド司教が、ひときわ大きな旗を掲げて歩いてきた。司教自ら姫様の前に立って、この大きな旗を掲げる。それを見た人々は、口々に叫ぶ。
「あ!姫様だ!」
「本当だ、姫様だ!姫様が帰ってきたぞ!」
司教の掲げる旗に集う群衆はどんどんと増えていく。姫様は集まった人々に手を振る。それを見てますます民衆が集まってくる。その群衆は数を増やしながら、姫様と共に中央広場に向けて歩む。
井戸で水をくんでいた女達も、その場に桶を置いてこの列に加わる。通り沿いのパン屋は、売れ残ったパンを持ち、周りの人に配りながら列に加わる。修復作業をしていた職人も、その場に道具を置いて、作業半ばに列に加わる。
姫様が中央広場に着くころには、すさまじい人数が集まっていた。皆、歓喜にあふれ、姫様もその人々に手を振って応える。この中で生きた心地がしないのは、帝国の使節殿だけだ。
そして我々は、ついに中央広場にたどり着いた。そこで私と姫様、それにクルーズ殿は、広場に広がる光景に目を疑った。
もはや、どこまでが広場かわからない。ところどころに掲げられるトール王国の旗と、その周囲に集まる群衆が、中央広場を埋め尽くしており、地面が全く見えないためだ。人口3万人の王都クルム。その人口のほとんどは、今この中央広場に集っていると思われる。
姫様の居場所を示すひときわ大きなトール王国旗が現れると、その群衆からはどよめきが起こった。
姫様は、中央広場にある石像の前の檀上に立つ。姫様の姿を見た群衆は、再び歓声を上げる。
「姫様ー!」
「トール王国、ばんざーい!」
「お帰りなさい、姫様ー!」
口々に姫様の帰りをたたえる人々。それに応えて手を振る姫様。あちこちから歓声が上がる。今、王都の民衆は、一つになった。
唖然とする帝国使節に、交渉官殿は話しかける。
「あんたの言う架空の王国の旗の元に、これだけの人が集まっとる。これはもう、架空だの詐欺だの言うとる場合じゃなかろう。いい加減認めなさいな、この地上にトール王国という国が存在し、ここがその王都であることを。」
「こ、交渉官殿!我ら帝国を愚弄するか!我ら帝国は、この地上で最強、最大の国家!その帝国が認めないものは、存在しないも同じこと!よって、トール王国などという国は存在しないのだ!」
「あんたらよりはもっと大きな地球519政府、および宇宙統一連合は、トール王国の存在を認めとるよ。現にこれだけの人々が集まっておるのじゃから、認めざるをえんでしょう。」
誰がどう見ても使節殿の負けだ。クルーズ殿や交渉官殿の言う「民主的」な力を前に、使節殿も帝国兵も手が出せない。
だが私自身、まさかこれほどたくさんの人々が集まるなどとは予想していなかった。気が付けば、王都のほとんどの人々が姫様の支持にまわっていた。
使節殿は隠れるようにして、すごすごと広場から出ていく。これだけの民衆の前で、もし帝国からの使節だとばれたら、袋叩きにされるかもしれない。恐怖にかられながら、広場から出て行った。どうやら王宮にも戻らず、どこかの役場か、宿泊所にでも逃げたようだ。
広場に集まった群衆は、なかなか立ち去る気配がない。姫様の周りにいる人々は、皆姫様と握手をする。それに応える姫様。日が暮れるまで、姫様は王都の民衆と手を取り合っていた。
勝った。本当に勝った。しかも、交渉官殿が言う「民意」によって勝利を手にすることができた。
その日はあの教会で寝泊まり下姫様。その翌日には、帝国側は王宮の明け渡しに応じ、帝国兵も王都を退去した。流血の事態に陥ることなく、平和的に王都は奪還された。
王宮に入る姫様。久しぶりに歩く中庭。そして、玄関ホール。一部の内装が替えられてはいるものの、ほとんど無傷の王宮。王族は皆殺しとなったが、侍従や侍女達は生き残っており、そのまま王宮で働いていた。侍従たちの歓迎を受ける姫様。まさか生きて再び会えるとは思わなかったので、私も侍従長や他の侍女と泣きながら手を取り合った。
王都に帰ってきた姫様は、彼らから帝国軍に占領されていたこの王都の出来事を聞く。
帝国軍は王宮を占拠し、中にいた王族をすべて捕らえ、南にある林の中で全て惨殺したようだ。遺体はそのまま林の中に埋められたそうだ。
だが、王族や反抗する一部貴族や住人には苛烈な態度を取った帝国だが、従順なものには手を出さない姿勢をとる。帝国兵には王都内での略奪、暴行の一切が禁止されたため、王都の中は比較的平穏に占拠されることになった。
しかし、これがかえって帝国兵の不満となって現れてしまう。
我々の戦では、勝者が敗者の物を略奪するのが当然。帝国兵の多くは、たいした賃金をもらっているわけではなく、占領先の物資をあてにして戦争に参加している人がほとんどだ。だが、帝国はこの王都の交易による利権を得るために王都を占領したのだ。兵の略奪を許し、街が破壊されては元も子もない。そこで帝国軍は、略奪、暴行を禁止した。破った者には、厳罰が下されると通達された。
ところが帝国兵からすれば、せっかく物が豊かな交易都市を占拠したというのに、全く手が出せないため不平が募る。そのうっぷんを晴らすように、些細なことで王都の住人を剣で斬りつけるという事件が頻発する。多くの住人が、帝国兵によって命を落とされた。
一見、何事もなく平和な王都に見えたが、実際には帝国への恐怖と猜疑心がくすぶっていたのだ。
クルーズ殿によると、そこに地球519の工作員が目をつけた。王都のあちこちで姫様が存命であることを触れ回り、姫様が戻れば帝国兵は出ていかざるを得ないと、盛んに触れ回ったのだ。
その甲斐あって、姫様の帰還にあれほどの人々が熱狂し、集まったのだ。
逃避行からちょうど20日目。ついに姫様と私は、王都クルムに帰還を果たす。そしてその3日後、帝国はトール王国の存在を公式に認め、王国内からの撤退に応じた。
こうして、トール王国は復活した。復活と同時に地球519とトール王国の条約は締結し、この星で最初の「同盟国」となる。
王宮にて、姫様は正式に女王に即位する。大司教から王の証である冠を被せられ、ここに正式にトール王国は復活した。
ただ、通例では即位後に行われる社交界は行われなかった。国内が混乱状態にあって、社交界どころではないからだ。即位された陛下は、早速国内の体制の整備に取りかかる。
私は、生き残った貴族に陛下の書簡を持って走り回る。新たな王国を作るために、貴族の協力は不可欠だ。まずは、地球519と交わした条約の履行に協力してもらうよう、残った貴族の合意を取り付けるのが私の役目だ。
貴族の同意もなく、姫様と私だけで決めてしまった同盟関係。これに不快を示す貴族も多い。そこで、私だけでなくクルーズ殿や広報官殿も一緒になって、貴族達を説いて回る。
宇宙から持ち込んだ珍しい品を貴族達に振る舞う。食べ物や家電、それに服などを贈った。もちろんこれは、彼らを懐柔するための貢物であるが、同時に宇宙からもたらされる物品の豊かなことを知らしめる役割も果たす。これを見れば、宇宙との交易によってどんな利益があるのか、交易で財を成す我が王国の貴族なら理解するはずだ。
そんな日々が1ヶ月ほど続く。大方の貴族の協力を取り付けて、王都のすぐそばでは宇宙港の建設が始まった。最初のドックが完成し、駆逐艦3310号艦が試験入港を行う。
とうとうこの王都に、宇宙船を迎え入れる場所ができた。まだ一隻分だが、1週間もすれば20~30隻の船を受け入れ可能な港となる。そうすれば、駆逐艦だけでなく、交易船もやってくる。この王都クルムは交易の街。海から空へと変わるものの、交易を国の柱とするのは今後も変わりない。宇宙港の完成は、新たな交易国家としての第一歩となる。
そんな忙しい日々を過ごしていたある日のこと。私は陛下に呼び出される。大事な話があるらしい。一体なんだろうか?私は王宮に作られた、陛下の執務室に向かう。
「おお、来たな、ディアナよ。」
書類の束が積み上げられた机に座る女王陛下。
「大事な御用があると聞いて参りました。何でしょうか?」
陛下は立ち上がり、私に向かってこう言った。
「ディアナよ。お前には、妾の侍女を辞めてもらう。」