- 艦隊戦 -
駆逐艦に戻った私は、すぐに姫様にあの教会の出来事を報告する。姫様はバーナンド司教に感謝すると共に、まだ地上に帰る場所を失っていないことを知って涙した。
30人の衛兵達にも知らせた。王国復活に向けて着実に前に進んでいることを彼らも察したようで、この知らせを聞き、ある者は狂喜乱舞し、またある者は涙を流す。この船に拾われるまでに姫様や私の盾となって死んでいった120人の衛兵達にも、我々はやっと顔向けできる。
だが、まだ王国が復活したわけではない。喜ぶのはまだ早いのはわかるが、私としては緊張の日々が続き、ここで少し喜びに浸って気を抜きたかったのかもしれない。私は食堂で、クルーズ殿と一緒に食事をする。
「まだ王国は復活していませんが、大きな山を超えることができました。これもクルーズ殿のおかげです。ありがとうございます。」
「いや、私はただ軍人としての責務を全うしただけのこと。それに、ディアナさんが命を懸けて頑張ってきたおかげですよ。」
3日前に出会ったときは恐ろしい力を使う悪魔のような男に見えたクルーズ殿だったが、王国復活に向けて共に奔走し、今ではすっかり衛兵達と同じ私にとっては大事な同志となっていた。
「それにしてもクルーズ殿は、なぜ見ず知らずの王国の復活のためにこれほど一生懸命になって下さるのですか?長らく王国の恩恵を受けた者ならいざ知らず、クルーズ殿は姫様とは出会ってまだ3日。恩義もない相手にこれほど懸命に手助けしてくれる者など、普通はありませんよ。」
「いや、それが私の仕事ですし、なによりも私は『正義の味方』になりたいんですよ。」
「正義の味方?なんですか、それは。」
「アニメという、動く絵を使った作品があってですね、その作品に使われる物語でよく出てくる存在が『正義の味方』です。簡単に言えば、困っている人を悪から救い出す、そういう存在ですよ。」
「へぇ、面白そうな話ですね。私も見てみたいです。でもその正義の味方というのは、一体何が目的でそんなことをするのです?」
「さあ、これといって目的はないですね。報酬ももらわず、人を助けたあとは颯爽と去っていく。その潔さが、またカッコいいんですよねぇ。」
「ふうん、確かに称賛すべきお方ですが、それでは生活が成り立たないのではありませんか?」
「ううーん……なにぶん架空の物語ですし、その辺りのことはあまり考えられてはいないですね。」
聞けばクルーズ殿は、その正義の味方というものあこがれて軍隊に入ったのだという。いつか困っている人を助けられる強い存在になる。それがクルーズ殿の夢だったそうだ。ところが、軍隊というところは悪の組織と戦う存在というわけでもなく、普段はひたすら訓練をするだけの毎日だったという。
「そんなところに、いかにも残忍そうな帝国兵に追われたお姫様が現れて、私に助けを求めてきたんですよ!もう助けるしかないじゃないですか!これで私もヒーローですよ!」
「でも、クルーズ殿のいう正義の味方って、なんの見返りも求めない人物なんですよね。そんなものになって、どうやって満足感を得るんですか?」
「えっ!?それって、すごくカッコよくないです?」
この人、本気で無欲なのだろうか?彼をここまで無欲に仕立て上げた、その正義の味方の登場するアニメという物語を、私もぜひ見てみたいものだ。
それから10日ほどの間、私とクルーズ殿は哨戒機で王都に通う日々が続く。
朝暗いうちに哨戒機であの広場に降り立ち、そのまま教会に行く。王都内での活動に必要なもの、防犯センサーに武器、食料、その他多くの資材・物資を哨戒機で運び込んだ。
その哨戒機に乗り、王都に戻った衛兵達も何人かいる。駆逐艦内で拳銃やバリアと呼ばれる新しい武器の使い方を習得し、あの教会で護衛にあたっている。
また王都の各所にカメラを取り付けた。これで帝国兵に不穏な動きがあれば、すぐに察知できる。この映像は教会と、上空の駆逐艦にも送信されている。
安全が確保されれば、この教会に姫様が立ち寄ることになっている。そうなれば、ここを拠点に王国復活の狼煙を上げることになる。
と言っても、武力蜂起するわけではない。クルーズ殿や交渉官殿の言葉で「民主的」な方法を取るという。教会を拠点に、王国復活支持者を増やし、帝国に王国の復活を容認させるらしい。だが、武器も使わずどうやって国を奪い返すのだろうか?私にはこの方法の終着点が全く見えない。
ところで、私が王都に出向いている間、姫様は会議室や自室でテレビを見ている。広報官殿が持ってきた、地球519の政治や交易、人々の暮らし方などの動画を見て、これから訪れる時代の文化について学んでいらっしゃる。私も時折、その動画を見せてもらう。
今日もまた王都の教会に行くつもりで、私は朝早くに起きる。私も姫様も、窓のないこの艦内で時間を知ることにだんだんと慣れてきた。やはり、クルーズ殿から時計の見方を教わったことは大きい。
いつものように、クルーズ殿が現われる。だが、今日はいつもの王都向けの格好ではなく、紺色の制服姿だ。
「おはようございます、クルーズ殿。あの、今日はいつもの格好をなされないんですか?」
「はい、それなんですが、当艦は今日、宇宙に出なければならないんですよ。」
「は?宇宙?何故ですか?」
「この艦の補給のためです。2週間に一度は補給を受けないと、この船の食糧や燃料がなくなってしまうんですよ。」
「ああ、そうですよね。ここには畑や牧場があるわけではないですし、どこかで食べ物を手に入れないといけませんよね。」
いくら強力な空飛ぶ城でも、食べるものがなくなってしまえば力を発揮できない。3日ほどかけて宇宙で補給を受ける予定だという。その間、別の駆逐艦に王都の監視をお願いすることになっている。
せっかく宇宙に出るので、姫様と地球519の政府高官との会見も行われることになっている。すでに交渉官殿と姫様の間では宇宙港の建設と、駐留艦隊の食料調達用の農地に関する交渉が成立している。あとは、交易に伴う通貨の交換レートの決め方などが話し合われる予定だ。
また姫様仲介のもと、ガルツ公国との交渉も始められた。王国と交易関係にあった南の国々とも交渉を始めようとしている。帝国とは現在のところ接触を始めたところだが、まだ交渉開始には至っていない。
交渉の進め方として、彼らはまず大国ではなく、それを取り囲む小国を優先するそうだ。というのも、大国というのはその影響力の大きさをタテに要求が過大で、出すものは惜しむ傾向がある。このため、まず周囲の小国を味方につけて、彼らと競合させる形で妥協点を探らせるという外交戦術をとっている。少しいやらしいやり方だが、帝国ほどの大国相手にはこれくらいの対抗措置は必要だろう。
宇宙に出る際には、姫様と私には艦橋に来て欲しいとのことだった。朝食後を頂いた後に、私と姫様は艦橋に向かう。
艦橋に入る。前には大きくて見晴らしの良い窓がある。その窓から外を見ると、今までとは違う光景が広がっていた。昼間だというのに、空が暗い。暗い空と地面との間には、薄っすらと青い層が見える。
クルーズ殿によれば、すでにかなり高いところにいるそうだ。ここはもう宇宙の入り口で、薄くて青く見える層は「大気」だという。暗いところには空気がなく、外に出たら息ができなくなり生きてはいけない場所だと言う。
宇宙というところは息苦しい場所だったのだ。そんな恐ろしい場所だとは思いもよらなかった。そのような場所に、今から行こうというのだ。だが、クルーズ殿達は慣れたものだ。淡々と宇宙に行くための準備をしている。
「規定高度の4万メートルに到達、僚艦9隻も到着!」
「レーダーに感なし、前方3万キロ以内に障害物なし!進路クリア!」
「艦隊司令部より入電、戦艦での受け入れ了承、直ちに大気圏を離脱し艦隊と合流せよ、です。」
「艦長!大気圏離脱準備、すべて整いました!」
「よし、では早速、大気圏離脱を開始する。寮艦と足並みをそろえるため、カウントダウンを行う。」
「了解、カウント始めます!10…9…8…」
艦橋内は慌ただしくなった。ここには20人ほどの人がいるが、各人それぞれの前に置かれたテレビのようなものをにらんでいる。
「…3…2…1…大気圏離脱、開始!」
「機関最大出力!両舷前進いっぱーい!」
航海士の掛け声とともに、突然この船がうなりだした。ゴォーッという大きな音、床や椅子はびりびりと小刻みに震えている。そして窓の外を見ると、地面がものすごい勢いで後ろに流れていく。
なんだか妙な気分だ。この船が前に進んでいるはずなのに、まるで地面が後ろ向きに走っているように見える。この違和感は、一体なんだろうか?
クルーズ殿曰く、この妙な感じは慣性制御という仕組みのおかげだそうで、もしこの装置がなければ我々はものすごい力で、後ろの壁に押し付けられるのだという。とても立ってなどいられない。
しかし姫様も私も、その妙な感じよりも、ゴォーッという大きくて耳障りな音の方が気になる。いつもは静かな艦内が、大きな声を出さないと会話にならないほどうるさい。
だが、しばらくすると音は徐々に小さくなり、やがて静かになった。
「機関出力3パーセント、両舷前進微速!」
航海士が叫んだ。どうやら、大気圏離脱というのは終わったようだ。それを見てクルーズ殿が私と姫様に告げる。
「予定の軌道に乗りました。あと4時間ほどで艦隊に合流、その後戦艦に寄港します。寄港の際にはお呼びしますから、それまでの間、お部屋にて待機してて下さい。」
ということなので、姫様と私は部屋に戻ることにした。
部屋で姫様はテレビをご覧になる。すでに政治や交易に関するものは一通り見終えており、今は軍事に関する動画を見ていらっしゃる。
テレビでは、艦隊の戦い方を解説していた。宇宙での戦いは、1万隻の艦艇同士の砲撃戦が基本で、次に数百~数千隻の小規模戦が多く、まれに数個艦隊、数万隻がぶつかりあう大規模戦闘が起きるという。
30万キロという距離を隔てて、駆逐艦の先端に付けられた主砲で撃ち合うのが基本戦術だそうだが、この30万キロという距離がしっくりこない。秒針が一刻み動く間に光が進む距離なのだそうだが、そんなことを言われてもさっぱりだ。
「そういえば、妾とそなたが話している言葉、それにクルーズ殿達の言葉はほとんど同じだが、妙だとは思わないか?」
「そうですよね、はるか遠くの星からいらっしゃったのに、言葉が通じるんですよね。我々の星では、帝国の向こう側や海を越えた先の国々でさえ言葉が違うというのに、なぜでしょう?」
「そうなのじゃ、それで妾は広報官殿に尋ねてみたのじゃ。すると、宇宙のどの星に行ってもたった一つ通じる言葉があって、妾達が話しているこの言葉が、たまたまその言葉だったらしい。この言葉のことを、彼らは『統一語』と呼んでるそうじゃ。」
ところどころ分からない単語はあるものの、クルーズ殿達とは概ね会話ができる。どうやら、私や姫様が話す言葉は、偶然にも宇宙でどの星でも通じる言葉だということだ。
「でも、なぜそのような言葉があるのですか?我々とクルーズ殿の地球519という星は、ついこの間初めて出会ったばかり。なのに言葉が同じとは、とても妙な気がしますね。」
「妙といえば、この宇宙で人の住む800の星々は、まるで円を描くように分布しているらしいぞ。連合も連盟も、1万4千光年の円状に広がっているそうだ。」
「ええっ!?そうなんですか?それはやはり、神がお造りになったからなのでしょうか。」
「妾もそう思うのだが、広報官殿によれば、この統一語が存在する理由も、人の住む場所がきれいな円状に分布していることも、よく分かっていないそうだ」
これだけの船を作り出せる彼らにも、分からないことがあるようだ。でも私は今の話を聞いて、神の存在を感じずにはいられない。
「ところでディアナよ、あのクルーズ殿とはどうなのだ?」
「はい、クルーズ殿にはいつも助けていただいております。我が王国復活の暁にはその貢献を称えて、なんらかの褒美をお与えになられることを……」
「違う違う!妾が聞いておるのは、そなたがクルーズ殿をどう思っているのかということだ!」
「は?今、申し上げた通りでございますが。」
「いや、男として、どうなのかと聞いておる。」
「えっ!?男!?」
「そなたもそろそろ、どこかの殿方のもとに嫁入りしてもよい歳であろう。あのクルーズ殿、そなたによくお似合いだと思うのだが。」
「は!?私が、クルーズ殿のお嫁に!?ひ、姫様!まだ王国の復活もかなわぬ今、そのようなことを考えている余裕はございません!」
「そうか、ではいっそ、妾の愛妾にでもなるか?毎晩こうして同じベッドで寝ておることだし。」
そう言って姫様は、私をベッドに押し倒してきた。姫様は私の上にのしかかり、薄っすらと笑顔で私の方を見ている。
「ひひひ姫様!お、お戯れを!」
「何をいまさら恥ずかしがっておるのじゃ!そなた、なかなか可愛い顔をしておるの?おまけに、控えめな胸がなんともよいな!」
そういうと姫様は、私の体をまさぐり始めた。そのあと、ベッドの上で私を抱きしめられた。
私は姫様の腕の中にいる。悪戯気味に私の体を触れたかと思えば、急に優しく抱きしめていらっしゃる姫様。その姫様は、私に向かってこう言った。
「少しは自身の幸せのことも考えよ。そなたが妾のために奔走しているのと同じくらい、妾はそなたの幸せを願っているのだぞ。」
姫様と私はあまりにも密着しているため、姫様の心臓の鼓動が私にも伝わってくる。侍女の一人に過ぎない私だが、姫様が私のことをそこまで思ってくださっている。そう分かっただけでも、私は報われた気がした。
『……このように、最大5時間にも及ぶ艦隊戦に勝利するには、乗員の練度と忍耐力が必要であり、そのために彼らは日々、訓練を続けているのです。連合軍では……』
つけっぱなしのテレビから音声が流れている。それ以外には、姫様の鼓動しか聞こえない静かな部屋。私は姫様に抱きしめられたまま、ベッドに横たわっていた。
そんな時間がしばらく続いたが、突然、ビーッビーッというけたたましい音が鳴り響く。
これはテレビの音ではない。天井につけられた、艦内放送が流れてくるスピーカーというものから聞こえてくる。続いて、そのスピーカーからは緊張した声が流される。
「艦隊司令部より入電!敵艦隊接近中、3時間後に会敵する模様、各員、戦闘準備!」
どう聞いてもただ事ではない。敵だの戦闘だのと言っている。これは間違いなく、彼らの敵である連盟という勢力が攻めて来たのだ。
「姫様!」
「うむ、何か起きたようだな。」
私と姫様は部屋を出る。すると、クルーズ殿がすぐにやってきた。
「あ、姫様にディアナさん。先ほど、艦隊司令部より、敵艦隊の接近を知らせる電文が届きました。我々はこれから、戦闘準備に入ります。急ぎ、艦橋に来てください!」
クルーズ殿はいつになく緊迫した様子だ。あの多数の帝国軍をあっさりと退けるほどのクルーズ殿達が、敵と恐れるほどの相手、この駆逐艦という巨大な空に浮かぶ城を1万隻も構えないと対峙できないほどの敵が、すぐそこまで迫っている。
艦橋に着くと、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。各々が叫ぶように、艦長に何かを報告している。
「艦影確認!距離、900万キロ!数、およそ1万!」
「現在、相対速度は時速320万キロ!横陣形にて、わが艦隊に向かって進軍中の模様!」
「艦隊司令部より通信!各艦、戦闘体制に移行!」
「艦橋、砲撃管制室、機関室および格納庫に伝達。艦内哨戒、第1配備!」
「了解!艦内哨戒、第1配備!」
この慌ただしさは、強敵の接近を予感させる。帝国など問題にならないほどの相手である連盟軍を、ついに私は相見えることになるようだ。
私はふと窓の外を見た。そこは驚くべき光景が広がっていた。
辺りは一面、駆逐艦だらけだ。いつのまにか、たくさんの駆逐艦の群のど真ん中に入り込んでいたようだ。あの王宮よりも大きく、城のような大きな駆逐艦が無数に並んでいる。その巨大な駆逐艦の群は、とてもゆっくりだが、少しづつ横に広がってた。
この空域には全部で1万隻いるというが、実際、星の数ほどの駆逐艦が見える。地球519の遠征艦隊のほぼ全軍が、敵艦隊を迎え撃つため集結した。
だが、戦を始めるということは、この船に乗った姫様の命にも危険が及ぶことを意味する。これから王国復活を成し遂げねばならない姫様がここで亡くなられたならば、地上で待つ司教に顔向けできない。
そんなことを考えている私に、クルーズ殿が提案してくる。
「ディアナさん。一つお願いがあります。」
「な、なんですか?クルーズ殿。」
「あなたに、この惑星の代表者として敵艦隊に呼び掛けてほしいのです。」
「は!?敵に呼び掛ける!?そんなことをして、どうなるんですか!?」
「つまりですね、この星はもはや連合側についた。いまさら攻撃しても連盟には組みしない、この星の人にそう宣言して欲しいのです。たったそれだけの呼びかけですが、これで戦闘を回避できる場合もあるんです。もしそのまま艦隊戦に突入しても、敵が短時間で撤退してくれる公算が高くなります。」
連盟軍が攻めてくるのは、この星がまだ連盟側につく可能性があるとにらんでいるからだ。もし彼らが連合軍を突破して我が星に降り立ち、どこかの国家と同盟を結ぶことができたなら、この星が連盟に組みすることもありうる。実際、過去にそういう出来事があったそうだ。だからそれに期待して、彼らはわざわざこの星までやってきたのだ。
だから、この星の国がもはや連合側と同盟していると宣言してしまえば、彼らは戦闘をする意味を失う。で、私はその宣言をする役になった。
「私は地球803のトール王国、女王陛下の代理人、ディアナである。我が王国、および我が星はすでに連合側との同盟交渉を終え、連合側の惑星となった。」
姫様は「女王陛下」、私は侍女ではなく「陛下の代理人」ということにしておいた。厳密にいえばまだ同盟交渉を終えたわけではないが、ほぼ交渉自体は終わっており、あとは王国を奪還するだけになっている。だから、彼らにはもう同盟が成立したことにしておいた。
「…たとえあなた方が我が星にたどり着き、我々を武力で占拠しようとしても、我々は決して屈することはない!必ずや自身の国を取り戻す覚悟です!」
後半は、連盟というより帝国に向けて叫んでしまった。今回は相手が違うが、我が王国を必ず取り戻し、姫様を筆頭とした国家回復を成し遂げるのだと、私は改めて心に誓った。
この宣言は、今こちらに迫りつつある連盟軍に送信された。これで戦闘を諦めてくれれば幸いだが、過去に戦闘を諦めたケースは少ないという。
ただ、長時間戦闘をし続ける可能性は低くなるという。場合によっては30分ほどで敵が撤退を開始することがあるという。戦闘時間が短くなれば、当然それだけ死者は減る。無益な戦闘を極力減らし、連盟軍には帰ってもらう。それがクルーズ殿達、地球519艦隊の目的だという。私の宣言は、その目的をより強固にするための一手だという。
「ところでクルーズ殿、この宣言はご当主である姫様自身ではなく、なぜ私がするのですか?」
「はい、この船に国家元首が乗っていることは知られたくないんです。同盟を結んだ相手がいると分かれば、かえって本気で潰しにくるかもしれない。ここは、代理人であるあなたの方が適任なんですよ。」
なるほど、そういうものなのか。確かに、相手が帝国軍でもそうするはずだ。現に公国に逃れようとする姫様を、大軍をもって追いかけてきたくらいだ。ここは敵に姫様の存在を知られるのはまずい。
しかし、戦によってこの船が沈んでしまえば、本当に我が王国は終わってしまう。クルーズ殿には、この船を沈まぬように頑張っていただくしかない。
私の宣言は届いたようだが、敵は歩みを止める様子がない。やはり艦隊戦は不可避なようだ。そこで、艦長から『船外服』の着用指示が出る。
私と姫様も船外服というものを借りる。今着ている服の上からそのまま着る……のだが、私も姫様もスカートで、そのまま着ることはできない。そこで2人は女性士官用の服に着替えて、その上から船外服を着ることになった。
身体全体を覆うように着るこの船外服。宇宙という場所は空気がなく、もし攻撃によって船体に穴が空き外に放り出されても、これさえ着ていれば7時間は生きていられる。その間に、助けが来るのを待つのだという。
しかし、頭まで硬いからのようなもので覆われて、おまけに中は暑苦しい。とても快適とは言いがたいこの服。早く戦闘を終わらせて、さっさと脱ぎたいものだ。
私と姫様、それに衛兵が1人、護衛として艦橋内に入ることとなった。彼らの戦いで護衛が役に立つとは思えないが、気休めにはなるだろう。艦橋内後ろの一段高い椅子に艦長が座っているが、その艦長の右斜め前に用意された椅子に姫様が座り、右側には衛兵が、左には私が立った。その左側にはクルーズ殿が立っている。
「敵艦隊まで、あと2.3光秒、距離70万キロ!射程内まで、あと10分!」
戦闘は目の前に迫っていた。私は、この艦橋にある大きなテレビモニターに映る光の点群を見ていた。青い点が我々、赤い点は敵艦隊。どちらも横一線に並んで対峙しているのが分かる。
「敵艦隊、距離31万キロ!あと2分!」
「砲撃戦用意!艦操縦系を砲撃管制室に移行。」
「了解、操縦系、砲撃管制に移管します!」
「砲撃管制室より艦橋!操縦系、頂きました!」
「艦隊司令部より入電。初弾は司令部の合図で一斉砲撃、その後は各艦の判断で攻撃せよ、とにことです。」
いよいよ戦が始まる。だが、我々の目の前にいるはずの敵だが、窓の外をいくら見ても全く見えない。ただレーダーとかいう機器の示す光の点群だけが、敵の様子を伝えている。
「敵艦隊まで30万キロ!射程内に入りました!」
「司令部より入電!砲撃の合図です!」
「よし、砲撃管制、撃ち方始め!」
艦長の合図とともに、キィーンという甲高い音が艦橋内に響く。と、その直後に、ゴゴォーンという、雷が何発も落ちたような轟音が鳴り響き、目の前は眩い光に包まれた。
「きゃあ!」
姫様が悲鳴をあげ、私に掴まる。私も思わず、姫様を抱き寄せる。衛兵はといえば、何が起きたのかわからず、呆然と立ち尽くしていた。
これは帝国の追っ手に向かって、クルーズ殿が放ったあの武器、あれと同じものだ。だが、音も光も、桁違いに大きい。
この空飛ぶ城から放たれるビームはとても強力なようだ。こんな武器をもし王都に向けて使えば、たちまち王都は吹き飛んでしまうだろう。あまりの強力さに、私は身震いがした。
ところがこの艦橋内は、あれほど大きな音にも全く動じることなく、皆それぞれの持ち場で黙々と任務を続けている。クルーズ殿も前にあるモニターとにらめっこしていた。彼らは、この衝撃的な音と光に慣れているようだ。
窓の外を見ると、無数の青白い光の筋がこの船の周りに見える。こちら側の駆逐艦が発するものもあれば、あちらが撃ってきたものもある。だが奇妙なことに、全く音はしない。
クルーズ殿によれば、宇宙には空気がないため、音が伝わらない。この艦が発する音以外は何も聞こえないのはそのためだ。
すぐにキィーンという音が響き、直後に雷音と青白い光が放たれる。これが10秒おきに繰り返される。戦闘の間、これがずっと続くようだ。
最初は驚いた音と光だが、徐々に姫様も私も慣れてきた。だが、、これ以上に不快な音を姫様と私は聞くことになる。
「直撃弾、来ます!」
ある乗員が叫ぶんだ。艦長が指示を出す。
「砲撃中止!バリア展開!」
次の瞬間、ギギギギィという、なにかを引っかいたような耳障りな音が響く。先ほどまでの砲撃音とは明らかに違う。窓の外は真っ白に光っており、どうなっているのかまるで分からない。
さっきの砲撃音には慣れているここの人達でさえ、この音には驚いていた。彼らもこの音には慣れていないらしい。ただ、衛兵は身の危険を察知したのか、姫様の前に立ちはだかる。あの衝撃を身一つで防げるとは到底思えないが、とっさに姫様を守らねばと思ったようだ。
ところ私はというと、なぜかクルーズ殿に抱きしめられていた。そういえば、さっきも姫様にも抱きつかれたばかりだが、殿方に抱きつかれるのは始めてだ。
「く、クルーズ殿、何をなさるのですか!?」
「あ、ディアナさん、いや、思わずディアナさんを守らなきゃって思って動いてしまい……すいません。」
「なぜ私なのです!?姫様を守ってあげてください!」
「だってディアナさん、姫様と違って立ってますから、音と衝撃に驚いてよろけてしまい、どこかにぶつかるんじゃないかって思って、つい……」
などと言いながら、クルーズ殿は私を見つめる。私はそこに、今までのクルーズ殿と違う何かを感じ取る。クルーズ殿は続けた。
「あのですね、この数日間、あなたと行動して感じたんです。今の私は、あなたのことを大事にしたいって、そう思うんです。この戦いを生き延びたら、王国を復活させたら、今度はあなたのことを幸せにしようって、そう思ってるんですよ。」
クルーズ殿が妙なことを言い出した。一体、どういう意味だろうか?この言動は、いつものクルーズ殿ではない。
「あの、クルーズ殿!?突然、何を言い出すんですか?私の幸せ??」
「この戦いで、私もあなたも、死んでしまうかもしれない。ならば、今のうちに行っておかねば思いまして!私は、あなたのことを……」
ここで、後ろにいる艦長殿が叫ぶ。
「あー、作戦参謀殿!今は戦闘中である!そういう話は戦闘後に願いたい!」
クルーズ殿が何か言うのを、艦長殿に止められてしまった。クルーズ殿は我に返り、そのままレーダーの画面の方を見る。
艦長にも聞こえたくらいだから、周囲にいる20人ほどの乗員には、今の会話は丸聞こえだろう。だが、今は戦闘中、敢えて皆は触れてこない。
「識別ナンバー2498戦闘艦の撃沈を確認!我々の担当艦はあと9隻!」
「敵は我が艦に攻撃を集中してきます!回避運動、間に合いません!」
「バリア展開!急げ!」
再び、あのギギギッという耳障りな音が響き渡る。私はまたクルーズ殿に抱き寄せられる。そういえば、さっきは姫様にも抱きつかれた。クルーズ殿にはこれで2度目だ。どういうわけか、今日はよく抱きつかれる。
私を抱き寄せたまま、クルーズ殿は艦長に向かって叫ぶ。
「艦長!作戦参謀、意見具申!」
「クルーズ中尉、なんだ!?」
「敵の10隻ほどの集団が、この艦に砲火を集中しています。おそらく、彼らは集中砲火で各個に撃破する戦法を取り始めたようです。ならばいっそ我が艦を盾にして、9隻のチーム艦を我が艦の後ろに一時退避させるのです!」
「そんなことをしてどうするんだ?」
「我が艦の影に9隻を隠して、全艦3バルブ装填を敢行、装填完了後に影から出て敵艦隊に斉射、我々を狙う10隻を一気に叩きます!」
さきほど、戦闘が始まる前に姫様と見ていたテレビでやっていたのだが、駆逐艦の主砲から放たれるビームの強さは、装填する「バルブ」の数で決まる。
これは昔、主砲へのエネルギー装填量をバルブと呼ばれるもので調整していた時の名残だということだが、その段階は1から10バルブまでの10段階。1バルブ上がるごとに、強さは倍数で増加する。2バルブなら2倍、3バルブなら3倍だ。
だが、主砲にエネルギーを送り込み撃てるようになるまでの装填時間は、バルブ数の2乗だという。2バルブなら4倍、3バルブなら9倍かかる。砲撃の威力とかかる時間から、通常は10秒程度で装填される1バルブ砲撃を使うのが効率が良い。
だが1バルブ砲撃の威力では、バリアを展開されると防がれてしまう。バリアを撃ち破るためには、最低でも3バルブ以上装填する必要がある。だが、3バルブ砲撃には90秒の装填時間がかかる。威力は3倍だが、装填時間は9倍。時間がかかり過ぎて効率が悪いため、通常は使われない。
だが、ここぞという場面ではこの3バルブ砲撃を行うことがあるそうだ。直撃すれば、バリアを展開する敵相手でも沈めることができる。今、クルーズ殿はその一か八かの攻撃を行うと艦長に進言しているのだ。
「その間、敵の砲火は我が艦に集中する。次から次へと撃ち込まれてしまえば、バリアの修復が追いつかなくなるかもしれないぞ!」
「この作戦の如何にかかわらず、すでに放火は集中しています。状況は大して変わらないので、いっそ味方の盾になったほうが状況を打開できます!」
「……分かった。チーム艦隊の9隻に連絡、我が艦の影に入りつつ、3バルブ装填開始!急げ!」
艦長が号令をかける。周りにいた数隻の駆逐艦がこの艦の後ろに回り始めた。
こちらも砲撃を停止し、3バルブ装填というのを行う。この間、ただひたすら敵の砲火を避け続ける。
「全艦、後方に入りました!」
「よし!駆逐艦3301から3309号艦とデータリンク!回避運動を連動させる!!」
ここから90秒という時間、敵のビームを避けなければならない。ただ、9隻分の敵の砲火を受けるため、びゅんびゅんとビームの帯が襲いかかる。
バリアにビームが何度も接触する。その度にあの不快な音が鳴り響く。だが、乗員は皆覚悟を決めたためか、微動だにしない。私も姫様も、そして衛兵も同様に動じなくなった。
それにしても、90秒という時間は長い。時計の秒針が1周半回る時間のはずだが、これほどまでに長いものとは思わなかった。いや、実際にはたいした時間ではないのだろうが、こういう時は長く感じる。
またバリアに直撃弾が当たる音が響く。が、今度のはちょっと違った。音だけでなく、艦がガタガタと揺れだしたのだ。その直後、ビーッビーッという音が鳴り響く。おかしい、何か起こったようだ。
「どうした!?」
「右舷後方部に被弾した模様!現在、被害状況を確認中!」
「艦の航行に支障は!?」
「ありません!回避運動、続行中!」
「ダメージコントロール!復旧班は被害箇所を確認し、必要があれば直ちに応急処置せよ!」
どこかに敵の弾が当たったらしい。だが、今のところこの艦はなんともない。回避運動を続ける。
「全艦、3バルブ装填完了!砲撃準備よし!」
「砲撃管制!各艦に目標指示!」
「了解!目標を補足、指示します!」
長い長い90秒が終わった。ようやくこれから攻勢に転ずるようだ。
「目標補足!砲撃準備よし!」
「よし!斉射始め!」
艦長の掛け声と同時に、今まで見たことのないくらい太くて青白いビームが10本、一斉に敵の方に放たれていくのが見える。
この攻撃は通常の3倍の威力があるというが、発射時の音もいつもより大きく、発射したあとの艦はびりびりと小刻みに揺れる。
やがて、画面を眺めているある乗員が叫んだ。
「弾着!敵目標、3隻の消滅を確認!」
この報告に、艦橋内に歓声が響く。だが艦長は叫ぶ。
「まだ戦闘は終わっとらんぞ!クルーズ中尉の戦場告白と同様、戦闘後にとっておけ!」
この一言で思い出したが、そういえばさっき、クルーズ殿は私に何か言いかけたままだった。「戦場告白」とは、あれのことを言っているのか。
3隻の敵を一気に叩いた辺りから、敵の攻撃が徐々に減ってきたようだ。青白いビームの数が少なくなってきた。しばらくすると、敵からの攻撃は止み、それに呼応してこちらの砲撃も止んだ。どうやら敵が後退し始めたらしい。
「敵艦隊、後退中!距離、35万キロ!」
「司令部からの追撃命令は?」
「ありません!このまま現空域に待機せよとのことです!」
「そうか。我が艦の被害状況は?」
「右舷後方の装甲板が一部融解したものの、艦内部および機器類に支障なし!」
「よし、艦内放送!」
艦長は何かを取り出して、話し始める。
「艦長より各員。現在、敵艦隊は後退中の模様。なお、本艦は右舷に被弾するも、艦内機能に支障なし。本艦は戦闘態勢のまま待機。別命あるまで、各員は任務に専念せよ。以上だ。」
長い戦いが終わろうとしていた。このまま敵が撤退してくれれば、戦闘は終了する。私は敵が戻ってこないことを願う。
「ところでクルーズ殿、ようやく敵が引きましたが、一体どれくらいの時間、戦闘を行っていたのですか?」
「はい、30分ほどですね。」
「えっ!?さ…30分!?そんなに短いわけは……」
「いえ、30分ですよ。ディアナさん、初めてあの凄まじい砲撃音を聞いたわけですし、何度もひやっとした場面もありましたからね。それで、長く感じたのでしょう。」
30分という時間は、せいぜい朝食を食べるのにかかる時間だ。私には2、3時間は撃ち合ったような気がしたが、あの長い戦いが朝食程度の時間しか経っていなかったらしい。クルーズ殿から時計を見せられたものの、私はどうしても信じられなかった。
普通の戦闘は2~3時間、お互い弾切れまで撃ち合えば5時間にも及ぶという。このまま終われば、比較的短時間の戦闘だということになる。どうやら、私の敵に向けたあの宣言が効いたようだ。
敵艦隊は後退を続ける。すでに敵は反転し、ワームホール帯という、数光年の距離を跳躍するワープ航法を行う場所に向けて航行中だという。
それから30分ほど経ち、敵が引き返してくる気配がないため、戦闘態勢と船外服着用義務の解除が艦長より通告された。私と姫様は、この重く暑くごつごつとした服を脱いだ。艦橋内の乗員の船外服は、外から来た別の乗員が持ち出していった。
まだ艦橋内は緊張状態が続く。場合によっては、不意を付いて敵が引き返してくることもあるため、しばらくは様子見が続く。そんな状況下で、艦長がクルーズ殿に話しかける。
「さて、作戦参謀。」
「はい、艦長。」
「未だ警戒態勢は続くが、そろそろいいだろう。さきほどの続きを許可する。」
「は?」
「は、じゃないだろう。戦場告白の続きだよ。まだお前の想いも、侍女さんの気持ちも聞いとらんじゃないか。」
「いや、艦長。さっきのは被弾時の衝撃の勢いで申し上げたものでして……」
「なんだ、彼女への想いは勢いだったというのか!?」
「い、いえ!そのようなことは!」
「ならば、想いも勢いもあるうちに続きをしておけ。この艦橋にいる我々乗員は、お前の人生のドラマの一幕に立ち会ってしまったのだ。生き残った我々には、その先を知る権利がある。そしてお前も、この戦いで亡くなった両軍の兵士の分も幸せになる義務があるのだ。」
「か、艦長……」
急に私とクルーズ殿に、周りの視線が集まる。私も緊張のあまり、言葉を失う。
「……ええと、あなたと林の中で遭遇してから、交渉官の説得や王都へも潜入しました。王都潜入時には、思わず公衆浴場までお供させてもらいましたよね。その後王国復活のための教会での活動。あなたとずっと行動して、私はあなたのそのひたむきな姿をそばでずっと見ていて、私はすっかりあなたに惹かれてしまいました。だから、私と付き合ってもらえませんか?」
周りが急に静かになった。固唾を飲んで、私が答えるのを待っているのが分かる。「付き合う」という言葉がよく分からないが、文脈から察するに、どうやら求婚を前提とした男女の仲になりたいということのようだ。
「クルーズ殿、私はトール王国の姫様に仕える侍女、あなたの申し出はありがたいのですが、姫様のお許しなくば、私は……」
「妾ならばよいぞ、ディアナ。クルーズ殿の申し出を受けること、妾は許可する。」
「ひ、姫様……」
「妾を言い訳にするな!もっと自分の心に素直になれ!」
「はい、姫様……」
姫様からは逃げ場を奪われた。いや、背中を押されたといった方が正しいか。私はクルーズ殿の方を向いた。
「クルーズ殿!」
「は、はい!」
「私はあなたに救われて、いつしか共に行動しているうちに、私も惹かれておりました。だから私も、あなたとお付き合いしたいです。でも、私はあなた方から見たら文化も未熟な星の住人。私などで本当によろしいですか?」
「はい、もちろんですよ!」
クルーズ殿は突然、私の手を握ってきた。目の前に立つクルーズ殿。私は、クルーズ殿の方を見上げて微笑む。クルーズ殿も私に微笑み返してくる。
艦橋内では拍手が起きる。姫様まで手を叩いていらっしゃる。こうして、クルーズ殿と私は「付き合う」ことになった。
「いやあ、おめでとう!これでこそ、戦場告白だ。」
「噂には聞いたことがありますが、目の前で戦場告白を見るのは初めてです。私も、あやかりたいですねぇ。」
それにしても、先ほどから皆「戦場告白」という言葉をしきりに口にしている。なんのことなのか、私は近くにいる少尉殿に聞いてみた。
「戦場告白」とは、戦闘の直前またはその最中に、相手に告白する行為だという。大規模な艦隊戦が行われるとよく見られる出来事らしい。戦闘という極限状態に追い詰められた者が、命あるうちに想いを伝えたいという衝動に駆られて行ったり、あるいは想いを伝えることで生きる希望を見出し、奮起したいと思って告白する場合もあるのだという。
なるほど、言われてみれば確かにクルーズ殿のあの行為は「戦場告白」だ。敵のビームがバリアに着弾したときのあの恐怖は、さすがのクルーズ殿でも耐えがたいものだったのだろう。生死の狭間に追い詰められて、思わずクルーズ殿の本音を引き出したということのようだ。
少尉によれば、おそらく他の艦でも同様の戦場告白は行われているだろうと言っていた。ただ、星が異なる者同士の告白は間違いなくここだけだという。
「それにしても、戦闘後にわざわざ戦場告白の続きを要求するなんて、艦長も意地が悪いですねぇ。」
乗員の一人が艦長に言う。艦長は、ちょっと微笑みながら応える。
「あそこまで聞いてしまっては、皆も気になるだろう。こういうことは中途半端にせず、きっちり最後まで見せた方がいい。私の経験上、その方が良いと思ったからそうさせたんだ。」
「へえ。艦長には、以前にも戦場告白に立ち会われた経験がおありなのですか?」
「あるも何も、私自身『戦場告白』経験者なのだよ。」
「ええっ!?艦長が、戦場告白!?それ、本当ですか?」
「ああ、本当だ。今から25年前、当時私は、機関科所属の少尉だった……」
艦長の話によれば、ある星域で発生した戦闘中に、主計科の女性士官がサンドイッチを抱えて機関室に入ってきたそうだ。
その時すでに戦闘が4時間以上にも及び、皆が疲弊しているときだった。そこで主計長が艦内の士気を上げるために、艦内各所にサンドイッチを配ろうと言い出したらしい。
「あの!サンドイッチ要りませんか!?」
その女性士官が当時の艦長に呼びかける。その士官のことをずっと前から気になっていた当時の艦長は、思わずこう応えたそうだ。
「サンドイッチよりも、あなたが欲しいです!」
「は!?」
このときは恥ずかしくなったその女性士官は逃げるように機関室から出て行ったそうだ。が、戦闘後に艦長の部屋にやってきて、付き合うことになったそうだ。で、結局2人は結婚したんだそうだ。
「……だが、私の言葉を聞いていた他の機関科の連中が、その後どうなったかとしつこく聞いてくる。私がずっとはぐらかしていたら、ついに艦内に噂が広まってしまい、食堂で私と女性士官が問い詰められる羽目になってしまった。お互いのことを根掘り葉掘り聞かれるし、おまけにいつ結婚するんだと聞いてくる。大変だったぞ、あの時は。」
「へぇ、艦長にもそんな過去があったんですね。知りませんでした。なぜ、もっと早く話してはくれなかったんですか?」
「あまり人にしゃべることじゃないからな。ただ、こうして皆の目の前で勇気ある行動をしてしまった2人がいるのだ。2人だけいじられるのは、可哀想だろう。だから援護射撃したのだよ。」
艦長は笑いながら話す。この艦長の「援護射撃」のおかげで、私とクルーズ殿に集中砲火を浴びるとはなくなった。艦橋内は、艦長のその後の話、そして私とクルーズ殿の最初の王都潜入の時の話で盛り上がる。
「ところでさ、クルーズ中尉殿が言っていた公衆浴場っていうのは、何のことですか?」
「そうそう、一番気になるキーワードでしたね。何のことですか?」
「あ、いや、そこではかなり大事な情報が得られたんだ!なにせ人が集まる場所だし……」
「いやあ、そんなニュアンスではなかったですよ~。そういえば、この星くらいの文化レベルの公衆浴場は、男女混浴だと聞いたことがありますね。」
「はあ、そうですよ。私とクルーズ殿は、旅人のふりをして、一緒に公衆浴場に入ったんですよ。」
クルーズ殿とある乗員との会話に割り込んで私が言ったこの一言が、艦橋内を騒然とさせた。
「ええっ!?い、一緒に入ったんですか!?ディアナさんとクルーズ中尉は。」
「朝風呂に入る人は多いですからね。王都の状況を探るには、ちょうどよい機会だったんですよ。だから私とクルーズ殿で入ってですね……」
「え……じゃあ、クルーズ中尉は、その……ディアナさんの、そのままのお姿を、ご覧になっていらっしゃると、そういうことに……」
「いや!郷に入らば郷に従えというではないか!周りも皆同じだったし、ディアナさんのこの作戦は確かに筋が通っていたし、かといってディアナさん1人で突入させるのはあまりにも危険だったし、護衛として私が同行するのはやむを得ない状況だったわけで……」
たかが公衆浴場のことくらいで、何をこんなに盛り上がっているのだろうか?むしろ私はこの船の浴場が男女分かれていることに違和感を覚える。王族、貴族ならばまだしも、平民階級の浴場がわざわざ性別に分けられるなど贅沢な話。別に普通のことだと思うのだが、なぜかこの話題が最も盛り上がっていた。
艦長と私とクルーズ殿の話で盛り上がっているうちに、2時間が経った。敵艦隊は1600万キロまで離れ、転進する様子もないため、警戒解除となった。これをもって、この戦は終わった。
30分という短い戦闘であったが、こちら側の被害は、62隻が撃沈、8隻が大破、約7千人が亡くなったという。敵も70隻ほどが撃沈したようで、両軍合わせて1万4千人以上の死者が出たことになる。
通常の艦隊戦では、1万隻中200~400隻が撃沈するのが一般的なようだ。それから見れば、かなり損害の少ない戦闘ではあった。だが、それでも双方で1万4千人も亡くなった。もしかしたら沈んだ140隻近くの船の中には、クルーズ殿のように勇気を振り絞って戦場告白をしたものもいたかもしれないが、彼らの未来はこの戦闘で絶たれてしまった。せめて天国でその願いを叶えていることを願いたい。
ともかく、我々は生き延びた。私と姫様は帝国軍からの逃亡に続き、2度目の命の危機を乗り越えた。生き残った我々は、ここまでの間に死んでいった人の分まで幸せをつかまなければならない。私は、ふとそう考えた。