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- 奔走 -

私は書類を持ったクルーズ殿に付き添って、この駆逐艦で一番権限を持つ人物である艦長の元に向かう。


艦長室でクルーズ殿は、我々のトール王国復活を具申する。だがこの艦長はあまり乗り気ではない。


「そんなこと言ったってなぁ、もう滅んだんだろう、その王国。交渉、同盟中に攻められたんだったら我々は全力で奪還に向けて動くんだが、交渉前に攻め落とされたんだろ。それじゃあ、手も足も出ない。」

「いや、この通りトール王国とは交渉を始めてるんです!滅んじゃいませんてば!何を言ってるんですか艦長!」


こんなやり取りを続けた後に、艦長が根負けしてこう言う。


「分かった分かった。交渉官殿の派遣を要請してやる。私にその話をいくらしたところで、どのみち私には権限はないんだ。お前が交渉官殿に直接交渉しろ、以上だ!」

「はい!ありがとうございます!」


クルーズ殿は艦長のいる部屋から出る。私もついていき、尋ねた。


「クルーズ殿、交渉官というのは誰なのです?」

「はい、交渉官というのはその名の通り、交渉を行うための文官です。当艦には乗っていないのですが、その権限は艦長すら上回りますよ。」


クルーズ殿が言うには、この交渉官という人物、交渉にあたって様々な権限が使える人物のようで、必要があればこの駆逐艦10隻を指揮することもできるという。


「ところでクルーズ殿。なぜ武器を持たない文官が兵や駆逐艦を動かすことができるのですか?軍隊というのは将軍が動かすものでは?」

「もちろん、将軍もいますよ。でも、我々の軍隊は文民統制を原則としているため、文官の方が権限を持っているんですよ。」


クルーズ殿の星は不思議な星だ。あれだけの力と技を持っているのに、どこか我々の常識とはずれている。あれだけの力があるのに攻めるのではなく交渉による同盟を結ぶと言ったり、その力ある兵を、武器も持たない文官が指揮することになっていたり。どうなっているのだ?


その交渉官を乗せた船が来ることになった。艦橋という、この船の指揮をする場所に連れて行ってもらう。その環境という場所には大きな窓とたくさんの人々が働いている。私とクルーズ殿は、交渉官を乗せた船の到着を待つ。


やがて、前から灰色の城のような船がやってきた。駆逐艦というこの灰色の船はたくさんいるとクルーズ殿は言っていたが、この船以外の駆逐艦を見たのは初めてだ。やはり、同じものがたくさんあるというのは本当なようだ。その駆逐艦から哨戒機が飛び立ち、こちらにやってきた。


クルーズ殿と私は、今度は格納庫という場所に向かう。格納庫の扉を開けると、すでに交渉官は哨戒機を降りてこちらに向かって歩いているところだった。


やや年配の、ちょっと小太りな人物だ。周りのものは紺色の服を着ているが、彼だけは違う姿をしている。燕尾服の裾を短くして、ネクタイを長くしたような服装で、のらりくらりと歩いてくる。


「私は駆逐艦3310号艦の作戦参謀、クルーズ中尉ともうします。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。」

「うむ、ご苦労。私は交渉官のハンスというものだ。君かね、ある国に攻め滅ぼされた王国を復活させようと言っとる武官は。」

「はっ!お言葉を返すようですが、その王国は国家元首がまだ存在しており、滅んではおりません!」

「まあいい、ゆっくりと話を聞きましょう。ところで、その横の、いかにもこちらの民族衣装らしきものを着ているお嬢さんは?」

「はい、彼女はトール王国の姫君の侍女、ディアナさんです。」

「そうか。こんなところで話すのもなんだ。会議室にでも案内してくれるかね?」


クルーズ殿は交渉官を連れて、会議室に向かった。その途中、私は交渉官殿から質問を受ける。


「あなたの王国は今、どうなっているのか?」

「分かりません。一昨日の夜、突然城門を開けられて、王宮に帝国軍が攻めてきたのです。たまたま私と姫様は隣の大聖堂にいたため、襲撃を免れました。そこでそばにいた衛兵達と共に、隣国で同盟関係にあったガルツ公国に逃げたのです。」

「その国とは一体どういう関係で?」

「元々は王国貴族の1人だったガルツ公爵が突如王国の外れに城を築き、独立を宣言して自身の国を作られたのです。そのとき国王とも険悪な状態になったのですが、帝国の危機が迫っていたこともあり、もし王国に万一のことあれば、王族を匿うことを条件に独立を承認いたしました。それで我々はまず、公国に向かうことにしたのです。」

「なるほど、ならばまず王国の復活よりも、公国に逃れ亡命政府をつくるということも選択肢としてはあるのかな?」

「そうですね、元々はそうするつもりでしたが、クルーズ殿の進言で、今はこの船に亡命王国を築いてしまいました。今から公国に向かうよりも、このまま王国に戻る道を考えたいと思います。」

「うむ、なるほど。あんたの意思はわかった。」


そして、会議室に着いた。そこでクルーズ殿は、あの紙を取り出す。


「これは、トール王国の現在の当主である姫様と交わした交渉同意書です。トール王国とは正式な同盟関係にはありませんが、我々がトール王国という国の存続を認める証明でもあります。その王国が隣国に国土を奪われ、こうして駆逐艦内に落ち延びているのです。我々は直ちに帝国と交渉して、王国の権利回復に努めるべきです。」

「うむ、なるほど。中尉殿の言いたいことは分かった。これが王国が存続している証拠だというのだな?」


交渉官殿はうなずく。だが、交渉官はここで辛辣なことを我々に言い出す。


「だがクルーズ中尉、この交渉同意書を有効にするには、一つ条件があるんだよ。」

「条件?」

「その国に、交渉できる『場所』がないとダメなんだよ。つまり、王国内のどこかに我々交渉官が立ち寄って、政府要人と交渉できる場所があることが、交渉同意書の前提なんだよ。今の王国内にそのような場所はあるのか!?」


クルーズ殿は黙り込んでしまった。王国全土はすでに帝国の兵の監視下にある。そんな王国内にとても交渉する場所など、あるはずがない。


交渉同意書とは、その国に交渉官が常駐するための安全協定らしくて、交渉官が同盟締結までの間、安全に交渉できる場所を提供することを求めるものだそうだ。だから、その国の中の交渉場所があることが大前提となる。そんな条件があることを、クルーズ殿は知らなかったようだった。


この艦では、とても国内の交渉場所とは言えない。ガツル公国に頼んで場所を譲ってもらうという案も出すが、それでは王国内とは言えないため同意書は無効となってしまう。


だが、ここで諦めたらそれで終わりだ。王国復活はならず、姫様は一生この船のお世話になるかもしれない。私はとっさに交渉官に話す。


「いや、あります!王都には、まだ姫様の帰還を信じて待っているものが必ずいるはずです!姫様に忠誠を誓う貴族や役人がまだ潜んでいるはずです!その屋敷か建物があれば、交渉場所ということになりますか!?」

「うむ、それならば同意書の条件を満たしていると言えなくもない。でも、一体それはどこにあるんだね?」

「王都に行けば、必ず見つかります!私が王都に行って、なんとか探し出してみせます!」


私は必死に訴えた。もちろん、王都にそんな都合のいい場所があるとは到底思えない。が、今は王国復活の希望を残さねばならない。そのためならば、万が一の可能性に賭けて、私は死ぬ覚悟で王都に行くつもりだ。


「では私も同行し、ディアナさんを護衛します。哨戒機で王都に降りて、そこで王都内のまだ帝国の力の及ばぬ場所を探しましょう。」


なんと、クルーズ殿も同行してくれると言ってくれた。確かに私だけで行けば、おそらく帝国兵に見つかって殺されてしまうだろう。大勢の帝国兵と対等に渡り合ったことのあるクルーズ殿と一緒ならば、なんとか生きて目的を果たせそうな気がする。


「そうか、王都に侵入し、確かめるのか。じゃあ、私も行くよ。クルーズ中尉、私の護衛も頼めるかね?」

「えっ!?交渉官殿もいらっしゃるのですか!?」

「なんじゃ、私がついて行ったらダメなのか?」

「い、いえ、構いませんが、交渉官というのは安全な後方にあって構えているものと思うんですが……」

「なんじゃそら?そんな弱気な文官などになった覚えはないぞ。現場に行って、この目で確かめる。交渉官の基本じゃ、それは。いざとなりゃあ、自分の身くらい自分で守れるぞい!」


クルーズ殿どころか、交渉官までついてくることになってしまった。この交渉官は文官、つまり武器を持たない者と聞いたが、今の王都は帝国兵がうろつく危険な場所。そんな場所に自ら乗り込むなどと言い出すとは、変わった人だと私は思う。


そこで交渉官は艦長に談判し、哨戒機を一機出してもらうことになった。こうして翌日の夜明け前に、私とクルーズ殿と交渉官殿の3人は闇に紛れ、哨戒機で王都に降り立つことになった。


で、その翌朝。暗いうちにクルーズ殿が部屋に呼びに来た。


クルーズ殿は王都の人々が着る服に身を包んでいた。どうやら衛兵達に鎧の下に着ている服を借りたそうだ。普段は紺色のピシッとした姿のクルーズ殿が、急に我が王都の男性の服をまとって現れる。その落差が大きくて、正直あまり似合っているとは言えない。交渉官殿も、同じような姿で現れた。


「それでは姫様、行ってまいります。」

「頼んだぞ、ディアナ!」


姫様に見送られて、私は王都へと旅立つ。


トール王国の王都クルムは、城壁に囲まれた都市だ。人口は3万人、この周辺ではかなり大きな都市である。


王国の西側にはアータリア帝国があり、東側は海に面している。海岸には大きな港があって、この港から東の海に出て南の国々の金銀、宝石、香辛料を輸入し、反対にこちらからは衣料品や鉄製品などを輸出している。そこで得られた交易品は王国を経由して帝国に入る。その仲介料が我が王国の収入源だ。


もちろん、直接帝国がこの港を掌握すれば、帝国は莫大な利益を得ることになる。が、その港を掌握するためには王都クルムを通らなければならない。それ故に昔から帝国によって我が王国の王都は脅かされ続けてきた。その帝国の侵攻を阻むため、王都クルムは堅固な城塞都市として作られており、これまで8度の戦いを全て籠城戦で跳ねのけてきた。


それが9度目の侵攻でいともあっさりと攻め落とされてしまった。城門を守り切れなければ我が王都は脆い。卑怯な内通者のために、我が王都は今、敵の手にあるのだ。


その王都に向かって飛んでいるらしいが、辺りはまだ暗い。こんなに真っ暗では、いったいどこが王都なのかわからない。本当にたどり着けるのだろうか?


「王都の西側に小さな広場があって、そこが着陸に適した場所だと思います。この周辺は貧民街のため、おそらく帝国兵は近づいては来ないでしょう。」

「それは、この地図でいうとどの辺りですかね?」


クルーズ殿は、空から見た王都の「写真」を私に見せてくる。彼らは、見たものを一瞬で写真と呼ばれる絵に変える技を持っている。私はこれから向かう広場の場所を指した。


その場所を、哨戒機を操る少尉殿に伝える。しかし、すでに月も沈み真っ暗の中、どうやってその場所にたどり着くのだろうか?


するとクルーズ殿は、私にその仕掛けを見せてくれる。先ほどと同じ地図が少尉殿の横に映し出されており、青い点で今の場所が、そして目的地が赤い点で示されている。GPSという仕掛けだそうだ。


この赤い点に向かって飛び、青と赤の点が重なれば目的地にたどり着いたことがわかるという。そんな話をクルーズ殿から聞いているうちに、どうやら目的地である王都の西の広場の上に着いたようだ。


「目的地上空に到達、これより降下します。」


パイロットが言うと、哨戒機は徐々に降下を始めた。……のだが、窓の外をいくら見ても真っ暗で何も見えない。本当に降りているのだろうか?広場の周りには建物もあり、少しでもずれていたらぶつかってしまう。そんな場所にこんな真っ暗なうちに降りるなど、正気の沙汰ではない。私は血の気が引いた。


が、クルーズ殿がある画面を見せてくれる。そこには白黒だが、どこか見覚えのある光景が映っていた。石の壁や教会、そこはまさに目的地の広場のある場所だった。その映像からは、ゆっくりと地面に向かって降りているのがわかる。


これは暗視カメラと呼ばれる仕組みだそうだ。真っ暗闇でも、色無しながらまるで昼間のように見ることができる技も彼らは持っていた。やはり地球(アース)519の持つ力と技は、我々などはるかに凌駕している。


その広場は低い石の壁で囲われ、その向こう側には大きな教会がある。表通りからはこの教会で遮られて、この広場を見ることができない。哨戒機を隠しておくにはちょうど良い場所だ。


それにしても、彼らには一体どれほどの技があるのだろうか?暗闇でさえ見える技があるなら、もしかして心の中を読む仕掛けもあるのではないか?そう考えると、なんだかちょっと恐ろしくなる。


我々は哨戒機を降りる。哨戒機には、上から擬態用の布をかぶせておく。パイロットは機内に残り、我々の帰還を待つこととなった。


そこで私は2つのものを渡された。ひとつはあの暗視スコープ。暗視カメラと同じものだが、これは目につける小型のもので、これを通すと真っ暗闇でも周囲を見ることができる。


もうひとつは「バリア」というもので、身を守るためのものだ。クルーズ殿が我々と遭遇した時に、衛兵の剣を吹き飛ばした、あの仕掛けだ。ただし、クルーズ殿が持っているのは全方位をぐるりと防ぐことができるのに対し、これは盾のように向けている側しか使えないものだそうだ。クルーズ殿の持つ全方位型バリアは訓練しないと使えないため、私と交渉官のために訓練無しでも使えるものを用意してくれたのだ。


これらを持って、我々は表通りに向かって歩く。外は真っ暗だが、暗視スコープのおかげで、まるで昼間のように周囲が見える。


そのまま我々はまず王宮に向かう。あそこがどうなっているのか、まず確かめたかったからだ。


王宮に着いた。門の前には帝国兵が立っている。中の様子を知りたいが、ここからではうかがい知ることはできない。


「ここからでは分かりませんね。しかし、建物が残され、周りに警備の兵を立てているということは、おそらく帝国の将軍か貴族が使っているのでしょう。」


この王宮は、まさに私と姫様が共に歩んだ場所だった。


私は、14歳の時に王宮に入った。当時まだ13歳だった姫様の専属の侍女として雇われたのだ。


私の家は代々、国王の侍従として仕えてきた。私も王族に仕える身になることを約束されていたが、16歳から仕えるはずが、14歳で突如王宮に呼び出されたのだ。


どうやら、姫様の学問と遊びを共にする相手が欲しかったらしく、歳が近い私が急遽呼び出されたのだ。しかし、想定外に早く王宮に入ってしまった私は、緊張のあまり言葉が出ない。


そんな緊張する私を、姫様は暖かく迎えてくれた。初対面でいきなり私を王宮の庭に連れ出して、水をかけてきた。姫様も私に向かって水をかけろという。そんな恐れ多いことをと申し上げると、命令だと言って聞かない。私は恐る恐る姫様に水をかけたが、喜ぶ姫様の顔を今でも覚えている。


そんな姫様と共に学び、共に遊んだ7年間。王宮は、私にとっても我が家のような存在になっていた。


だが、その王宮は今、帝国の手に渡ってしまった。見慣れたあの庭には入ることができない。私は王宮を見て誓う。なんとしてでもこの王宮を取り戻し、姫様と共に再び帰ってくると。


王宮を離れ、再び表通りに戻る。夜明けが近く、東の空が明るくなってきた。この時間から街の中が動き出す。


近くの小さな教会には、ぞろぞろと人が集まり始めた。朝早く祈りを捧げるためで、朝早くから働く職人や商人の姿が多い。


すぐそばには、湯気が上がる建物が見えてきた。あれは公衆浴場だ。こちらにも朝早くから入浴する住人が集まっている。


「公衆浴場が動いているとは、思ったよりも王都は普段の生活を取り戻しているようですね。」

「あの建物、浴場なんですか?なんだか小さくはありません?」

「はあ、王都では普通、あんなものですよ。」

「いや、男女が同じ建物に入ってるようですけど、あんなに小さくて、中はちゃんと分かれてるんですかね。」

「えっ!?分かれる?何がです。」

「いや、風呂場ですよ。まさか男女一緒ではないですよね……」

「えっ!?一緒ですよ?何を言ってるんですか?」


どうやらクルーズ殿は、公衆浴場に男女が一緒に入るのが衝撃的だったようだ。そういえば、駆逐艦の浴場は、わざわざ男女を分けている。私にはそちらの方が不思議だ。


職人達が街を巡り始めた。おそらく、先の戦いで街のあちこちが傷ついているため、修理の依頼が多いのだろう。たくさんの職人風の男達が弟子を引き連れて歩いている。


その職人達に、食べ物を売る店が開き始めた。やや硬いパンに塩漬けにした魚や鶏肉を挟んで売っている。


「そういえば、朝は何も食べてませんが、あそこで何か買いますか?」

「いえ、食べ物ならこれを持ってきたので大丈夫ですよ。」


そう言ってクルーズ殿が取り出したのは、あのお菓子のような非常食。私が駆逐艦で、クルーズ殿から最初にもらった食べ物だ。


私もそれをもらって頂く。ペットボトルという、柔らかくて透明な容器に入った水も貰う。


ぽりぽりと非常食を食べながら、どうやってこの王都で帝国に支配の及ばない場所を探すか、考えてみた。当然ながら、誰かに聞くしかない。だが、表通りを歩く人々には帝国兵がにらみを利かせている。そんな場所があったとしても、教えてはくれないだろう。帝国兵の近寄らない、それでいて人々が集まる場所。そんな場所があったような……


「そうだ!クルーズ殿、一緒に公衆浴場にまいりませんか?」

「えっ!?あの、混浴のですか?」

「そうですよ、あそこなら王国の内情を知るものがいるかもしれません。今なら街の人が集まってくる時間ですし、風呂場というところは気が緩むらしいので、いい話が聞けるかもしれませんよ。」

「ええっ!?もしかして、私とディアナさんが行くんですか?」

「交渉官殿には、この暗視スコープなどの道具を預かってもらいましょう。さすがに浴場の脱衣所でこれを持ってると目立ちますから。よろしいですか?交渉官殿。」

「おう、いいぞ、2人で行ってこい。」

「こここ交渉官殿!いいんですか、私が行っても。」

「ここで突っ立ってたところで、何も得られんじゃろ。ディアナ殿のいう通り、そういう場所こそ情報の宝庫だろうから、飛び込む価値はあるじゃろう。それにお前はディアナ殿の護衛役だ。ちゃんと責務を果たしてこい!」


交渉官にも協力してもらい、私とクルーズ殿は公衆浴場に飛び込む。


こういう時のために、王都で使えるお金をある程度持ってきた。ここは1人銅貨2枚で入れる。私はクルーズ殿に銅貨を渡す。


「浴場の中では、我々は昨日港に着いたばかりの交易商人ってことにしましょう。王都の出来事を知らないふりをして、いろいろ聞きだすんです。よろしいですか?」

「あ、はい!仰せのままに!」


それにしてもクルーズ殿、この公衆浴場の前でなにやら動揺している。帝国に監視された王都で初めて建物内に入りこむので、緊張しているのだろうか?だが、あの林の中でも眉ひとつ動かさず大勢の帝国軍と張り合ったクルーズ殿のことだ。中に入れば、きっと覚悟を決めてくれることだろう。私はクルーズ殿の手を引いて浴場に向かう。


入り口で銅貨を渡し、中に入る私とクルーズ殿。中には脱いだ服を入れる籠が置かれている。


「さ、クルーズ殿。ここで服を脱ぐんですよ。」

「ええっ!?ここで!?ディアナさんと一緒に、服脱ぐんですか!?」

「ここは公衆浴場ですから、当たり前です。さ、とっとと脱いで中に行きますよ。」


私は服を脱いで籠に入れる。クルーズ殿はまだためらっているようだったが、覚悟を決めて服を脱ぐ。だが、クルーズ殿はなぜか前を見ずもじもじている。私はそんなクルーズ殿の手を引いて、浴場の中に入った。


真ん中に小さな浴槽と、それをぐるりと取り囲む湯浴び場があり、奥には蒸気浴場が見える。ここはそれほど大きな浴場ではないが、20人ほどの住人がそこにはいた。私は湯浴び場にいた4人組の男女に声をかける。


「私、南から来た商人なんだけどさ、なんだかこの街、以前とはどこか変わっていないかい?」

「あんた、いつ来たの。」

「昨日だよ。昨日の夕方に港についたんだ。」

「へえ、じゃあ知らねえよな、王国は帝国に負けちゃってさ、国王は殺されて、姫様だけが逃げ延びたっていうぜ。」

「ええっ!?そうなのかい?それにしちゃあ街の建物や城壁はなんともないようだが、なぜなんだい?」

「ああ、バルゼー卿が内通してたらしくてさ、城門を開けやがったんだよ。で、帝国軍の奴らがなだれ込んで来て、あっという間に王宮に乗り込んできたんだよ。」

「てことは、王族はもちろん、貴族も殺されたのかい?」

「王族は逃げた姫様以外は皆殺しらしいよ。小さな子もいたって話だけど……貴族は殺されたものもいれば、生き残っているものもいるらしい。そういえば、城門を開けたバルゼー卿はどさくさに紛れて殺されたらしいよ。なんでも帝国の奴ら、裏切り者に助けられたということをもみ消したいらしくてさ、自分の力で城門を破ったってことにしたくて口封じのために殺したらしいぜ。おっと、今の話、外でしちゃいけないよ。帝国に奴らに殺されちまう。」


裏切り者の名前が分かった。バルゼー伯爵だ。以前からこそこそと何かをしているような男だと思っていたが、奴がこの王国を滅ぼした裏切り者だったとは。だが、伯爵はすでにこの世にはいないと言う。帝国の奴らは勝利に貢献したものですら、邪魔となると即座に殺してしまうのか。なんて奴らだ。


「でもさ、貴族は帝国に忠誠を誓えば、殺されなかったようだよ。その代わり財産はかなり持ってかれたらしいけど、命を奪われるよりはマシだって、従ったらしいぜ。」

「でもさ、当然逆らった貴族もいるんだろう?」

「いるね。でもそういう貴族達はみんな殺されちまった。一族郎党皆殺し。それじゃあ、嘘でも帝国に忠誠を誓って生き延びたほうが賢いよね。」

「だけどさ、貴族だったか商人だったか、逃げた姫様に帰りを待ってる人もいるって聞いたぜ。」


突然、ある男から聞き捨てならない発言が飛び出した。私は思わず聞き返す。


「ええっ!?そうなの?どこで聞いたんだい!?」

「いやあ、昨日井戸まで水を汲みに行ったら、その井戸にいた女達がそういう話をしてたんだよ。でも、その待ってるって人、どこの誰だったかなあ……貴族じゃなかったと思ったんだけど。」

「あんた、それ知ってても、表じゃ言わないほうがいいぜ。帝国の奴らに殺されちまう。」

「おっといけねえ、気をつけねえとな。」


姫様のことを待っている者がいる。肝心なその人物の名は明らかにならなかったが、ともかくまだ帝国に従わない者が、この王都に潜んでいることがわかった。


クルーズ殿は私の後ろに立っていた。適当に話を区切って、そのままクルーズ殿の手を引いて着替えて浴場を出る。


「クルーズ殿!」

「は、はい!」

「聞いてましたよね!姫様のことを待ってる人がいるって!」

「はい、聞きました。井戸のそばでどうって言ってましたが……」


私は周囲を見渡す。今の話を帝国兵にでも聞かれるとまずい。交渉官殿も連れて、どこか別の場所で話をしたほうがよさそうだ。


「……ところでクルーズ殿。さっきから私の方をまじまじと見てますが、何かついてますか?」

「あ、いや、綺麗ですよ、ディアナさん。服の中も、本当にお綺麗で……」

「中も?」

「ああ、いや、浴場での見事な会話、思わず聴き入ってましたよ。旅の人に成りすまして聞くなんて、大したものです。」

「それにしてもクルーズ殿、さっきから顔が赤いですけど、熱でもあるのですか?」

「いや、これはお湯に浸かっていたためで……」

「あれ?お湯につからず、私の後ろにずっといませんでしたっけ?」


なんだかしどろもどろなクルーズ殿。よほど王都内の帝国兵を警戒して緊張しているらしい。この調子で大丈夫だろうか。


表通りで待っていた交渉官殿と合流する。こちらはなぜかにやにやとこちらを見て笑っている。交渉官殿はクルーズ殿に何か話している。


「おお!どうじゃった、ディアナ殿は。」

「いやあ、上手く住人の声を引き出していてですね……」

「バカ、そっちじゃない!混浴だったんじゃろ?ちゃんと一緒に入ったんじゃろ?」

「いや、交渉官殿、その話はまた改めて……」


何を盛り上がっているのだろうか?2人のことは放っといて、私は帝国兵のいない場所を探した。すると、街外れの小さな店を見つける。


この店の周囲には兵がいない。おまけに店員は肌が褐色の南国の者なので、我々の言葉がほとんど分からないようだった。そこで私はクルーズ殿と交渉官殿を連れて、店に入った。


ここは南国のお茶を飲む店だった。銅貨1枚で一杯の茶が飲める。私は3人分のお茶を買った。


お茶を飲みながら、私はさきほどの浴場での話をした。


「つまり、この王都に逃亡中の姫様を待つ者がいるというんじゃな?」

「そうです。ただ、その人物までは分かりませんでした。でもどうやらその話は、井戸端会議で聞いたらしいですよ。」

「井戸端会議って、何ですか?」

「街の各所に、生活用の井戸があるんです。そこにはよく女達が集まって話をするんですよ。それを井戸端会議と呼んでます。」

「へえ、そうなんだ。確かにそういう場所では、色々な情報が入りそうですね。」

「そうですよ、だから私、このあといくつかの井戸を探りに行ってみようと思うんです。」

「でも、危険ではありませんか?中に内通者がいるかもしれませんし。」

「その時は私を守ってくださいね、クルーズ殿。元より、危険は承知です。」

「分かりました、そうですよね。私はあなたをお守りするためについて来たんですから。」

「もう少しです、頑張りましょう!」


この辺りから、クルーズ殿は急に落ち着いてきた。これなら頼りになりそうだ。我々は店を出る。そこで私は井戸を探した。


王都のあちこちには井戸がある。そこで女達は炊事、洗濯用の水を桶に汲んで家まで運ぶ。だが、女というものはこういう場所に集まって話をしたがるようで、私の見つけた井戸にも5、6人の女達が話していた。そこで私は女達に話しかける。


「ねえ、そういえば姫様ってどこに言ったんだろうねぇ。」

「さぁ、聞かないねえ。でももう、殺されてるか、のたれ死んでるんじゃないの?」


こんな調子で、今ひとつな反応しか返ってこなかった。それでもめげずに、私は別の井戸に行く。


3、4箇所ほど回ったところで、突然私は呼び止められた。


「おい、そこの女!」


振り向くと、それは帝国兵だった。ついに目をつけられた。クルーズ殿が走ってくる。


「どうしました?彼女に何か!?」

「お前の連れか?いや、さっきそこの井戸で姫様がどうとか探っている様子だったから、呼び止めたのだ。」

「はあ、何かの聞き違いでは?」

「お前には聞いていない!この女に聞いている!おい、どうなんだ!」


上手くはぐらかそうとも思ったが、この帝国兵、意外と頑固そうだ。どうやってやり過ごそうか?


考え込んでしまったため、沈黙の時間が生まれた。この沈黙が、返って帝国兵を怒らせたようだ。私に向けて、剣を抜いてきた。


「おい!聞いてるのか!返答なくば、この場で斬り捨てるぞ!」


もはやこれまで。クルーズ殿は腰に手を当てる。銃という稲妻を発する武器を使うつもりらしい。でもこれを使ったら最後、もうちょっとで姫様を待つという人物を発見できるというところまで来たのに、道半ばで王都から逃げる他ない。


帝国兵が剣を振り下ろそうとした、その時。


「待たれよ!」


帝国兵を呼び止める者が現れた。


「誰だ!……って、あんたか。なんだ!」

「いや、そこの旅の者に用事があってな。」

「旅の者だと!?」

「おそらく我らの教会に用事があって参ったご様子。ぜひお連れしたいと思い、声をかけた次第です。」

「何を言うか、こいつは王国の姫を語る不届き者だぞ!なぜ教会に用がある者と分かる!?」

「王国の姫君は、我が教会に深く関わったお方ゆえ、教会のことを訪ねるのに姫様のことを口にされる方が多いのです。こちらは王都の外からきた方であり、決して帝国に逆らう意思があっての言動ではないとお見受けします。どうか、お引き取りを。」

「ふん、別にこんな子娘ごとき見逃しても構わんが、もしお前が帝国に反抗するつもりなら、この場で叩っ斬ってやるぞ!」

「どうぞどうぞ、お斬り下さい。殉教した聖職者は天国の神の近くに招かれ、その聖職者を殺めた者は千年もの間、地獄の業火で焼かれ続けると言います。わしにとっては、願ったり叶ったりでございます。」


その人物がこう言うと、帝国兵は剣を収め、そそくさと立ち去って行った。


私を救ってくれたこの人物を、私はよく知っている。帝国兵を追い返したこの人物は、バーナンド司教。この辺りの教会に務める聖職者だ。


そして相手も、間違いなく私のことを知っている。


「さあ、こちらへ参られよ。」


クルーズ殿は交渉官殿を呼び寄せ、3人でバーナンド司教について行く。その間、司教は何も聞かず、何も語らず、ただ我々を先導した。


私もよく知る人物だけに、かえって声をかけづらい。司教が導くまま、ついて行った。


教会の前に着いた。そこで司祭はようやく口を開く。


「ところでディアナ殿。」

「は、はい!バーナンド司教。」


2人が顔なじみだと言うことを、クルーズ殿と交渉官殿はこの時知った。司教は話を続ける。


「そなたがここにいると言うことは、姫様は無事だと言うことなのだな?」

「はい、司教。その通りでございます。」

「そうか。では、中に入られよ。」


教会に入る我々。そこは礼拝堂だった。幾人かの人々が、奥の紋章に祈りを捧げている。ここは姫様と何度か訪れた場所だった。


バーナンド司教は聖職者を務める傍ら、親を亡くした孤児や、生活に困った親の子供らを引き取って養っていた。そんな司教を資金面で援助していたのが、姫様だった。私も時々ここを訪れ、孤児の世話や遊び相手をしたものだ。


「あの、司教。一つお聞きしたいことがございます。」

「何であるか。」

「この辺りで、姫様の帰りを待っている人々がいると聞いたのです。司教はご存知ありませんか?」

「なるほど、それを聞いて回っていて、帝国兵に捕まったのだな。よろしい、わしが教えてやろう。」


そういうと司教は、礼拝堂の奥に向かって手を挙げる。


すると、礼拝堂の壁に旗が掲げられた。その旗は、白と青の2色の下地に、羽を広げた隼の紋章。これは紛れもなく、トール王国の旗だ。


「これは……」

「質素な場所ではありますが、ここがこの王国で唯一姫様をお迎えできる場所でございます。この帝国の支配下にあって、ここはまだ王国としての最後の場所でございますよ。いつでも姫様をお迎えできるよう、我らいつまでもお待ちしております。姫様には、ぜひそうお伝え願いたい。」

「し、司教!」

「王都の民も、その多くが帝国の抑圧に耐えかねています。帝国の連中を追い出し、再び王国が復活することを、王都の多くが願っているのです。」


司教とここを礼拝する人々が、姫様のことを信じて待っていてくれている。そのことを知って、私は思わず涙する。


私は司教と礼拝者の方々にこれまでのことを話す。ここにいるクルーズ殿と交渉官殿が、我らの王国復活のために動いてくれていることも話した。


「今、この空高く浮かぶ大きな城に姫様はいらっしゃいます。衛兵達も30人が姫様と共に王国への帰還を夢見て控えています。姫様と衛兵達には、すぐにこの教会のことをお話しします。姫様はお喜びになられると思いますよ、きっと!」


思わず涙がこぼれた。この王国には、まだ姫様の帰りを待つ人々がたくさんいる。この事実を知っただけでも、ここにきた甲斐はあった。


もう日が沈む。今日は一日中、王都を駆け巡ったが、そこは朝、哨戒機が降り立った広場のすぐ前にある教会だった。ここが姫様を待っている場所だと知っていれば、私は最初からこの教会を訪れていただろうに。


哨戒機の待つ裏の広場に、司教もついて来た。哨戒機にはかぶせられた擬態用の布がはがされ、白色の機体がむき出しになる。我々は哨戒機に乗り込んだ。


「では司教殿、我々は駆逐艦に戻ります。我々は、いずれここに姫君様をお連れすることを約束いたします。」

「承知した。我らは姫様が生きておられるという、その事実だけでこの先を乗り越えられる。姫様に、よろしくお伝えくだされ。」

「はい、承知致しました。」


クルーズ殿は司教に応えた。そしてクルーズ殿は司教に敬礼し、哨戒機の扉を閉じた。


ヒィーンという甲高い音を出して哨戒機は飛び立つ。もう王都の周りはすっかり暗くなっていた。その暗闇に紛れて、哨戒機は静かに飛んでいく。バーナンド司教はみるみる小さくなっていった。


駆逐艦へ帰る途中、交渉官殿は私とクルーズ殿にこう言った。


「今回の視察で、交渉同意書の条件は満たされていることを確認した。交渉同意書は有効とみなし、トール王国との交渉に入る。そして我が政府と軍は、トール王国復活のため、支援を行うことを決定する。」

「こ、交渉官殿……」

「ただし、我々とて万能ではない。この先まだまだ道のりは長いぞ。帝国との交渉を行い、帝国に王国からの撤退を了承させる。そのためには王都の中にもっと多くの支持者を集める必要もある。忙しくなるぞぉ。」

「はい、承知いたしました!私も姫様のため、王国のため、力を尽くします!」


交渉官殿の力強い言葉をいただいた。これでまた一つ、壁を乗り越えたのだ。命を懸けて王都に降り立った甲斐はあった。いずれ姫様を教会に連れて行き、帝国から王都と王宮を取り戻して、再び活気ある王国を取り戻す。その日がまた一日、近づいたのだ。私はうれしくなった。


もっとも、この先に本当の戦いが待っていたことを、このときの私はまだ知らない。

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