まずは勉強からかな、と。
雲ひとつない、さわやかな朝だった。私の気分とは相反して。
昨晩はあまり眠れなかった。
昨晩の私はスマホを駆使して、女の子同士の恋愛小説を読んだ。ひたすらに読み漁った。泣いたし笑ったし、正直とても面白かった。
でもそうじゃない。虫ちゃんの恋を応援すると決めた私は、その小説たちを教材にしたかったんだ。参考にしたかったんだ。
でもね。
大体両片想いだもん役に立たねぇ!最初からハッピーエンド見えてるんだもん!無理矢理迫られてときめいたりしてたけどそんなことってある!?突然同性に迫られても混乱するだけでしょ!?
しかもあんまり相談相手とか出てこないよ。親友は大体恋されるポジションないしは恋敵!相談相手は同じように同性に恋した子!たしかにそれが一番だね!あぁわからない。女の子同士の恋の応援の仕方が私にはわからない!
荒ぶる私は完全に自分の世界だった。教室に来たことも忘れていた。そんな時に、どん、頭に衝撃。誰かにカバンで殴られたらしい。
「おはよう。眉間にしわ寄ってすごいブスだけどどうした?」
「朝から毒刺してくるね!」
顔をあげると、そこにいたのはひらすけだった。苗字が平佐、名前が良介。つまりはひらすけ。このあだ名はなかなかに気に入っている。
「というかひらすけ、早いね」
「ミヤがね。俺はいつもこの時間。」
「そうなの?」
ひらすけは私の前の席に座る。そこ君の席じゃないけどね。
「もしかして寝てない?」
「うそ、そんな寝てない顔してる!?」
「隈できてるし」
「うそ!どうしようコンシーラー今日持ってきてない」
「なにそれ」
「隈を消せるお化粧品のこと」
「虫鹿に借りれば?いつもいろいろと貸し借りしてるじゃん」
「それはできぬ」
「は?」
私を見る目が冷たい。なに言ってるのコイツ?って思いがスケスケだよ。でも虫ちゃんに借りるわけにはいかない。来る前に隠しておきたい。なんとなく、眠れなかったことを悟られたくない。
「……あ!」
ふと目に入ったのは、クラスメイトの吉川初花。虫ちゃんの好きな子である。あだ名をつけるならはっかちゃんかな。どうだろう。あり。はい採用。
結構早く学校きているらしい。ピンときた私は、彼女に近づいた。
「おはようー」
「宮田さん。おはよう。」
首をかしげながらあいさつを返してくれるはっかちゃん。つり目が涼しげでクールだと思う。
「いきなりごめん、コンシーラー持ってない?見てこの隈…」
「持ってるよ。寝不足?」
「そうなのー…小説読んでたら朝だった」
ごそごそとポーチを漁ってくれる。話したことはあんまりなかったけど、話してみると見た目よりは話しやすい。
「はい、これ」
「ありがとう」
素早く隈に塗って、はっかちゃんに返す。
「ありがと!絶対お礼するね」
「いいのに」
ほんのり笑った顔は美人さんだけど可愛らしかった。多分虫ちゃん的にはときめきポイントのはず。
「あ、宮田さん。私のことは、どんなあだ名で呼んでくれるの?」
すこし首をかしげるはっかちゃん。首をかしげるのが癖なのかもしれない。
「はっかちゃんかな。実はもう決めてた」
「かわいい」
よかった、お気に召した。
私たちが笑い合うと、遠くから驚いたような声が聞こえた。
「うそ、ミヤー??早くない?」
「あ、りんりん。じゃあまた、はっかちゃん~」
「え、うん。また」
声の主はりんりんだった。フルネームは瀬古鈴華。
明るい茶髪のポニーテールが今日もまぶしい。ばっちりのつけまつげがめちゃくちゃギャルっぽい。でも賢いっていうギャップが私は好きだよ。
私は自分の席に戻っていく。ひらすけはまだ他人の席に居座っていた。
「吉川さんと話してたの?珍しくない?」
小声で言ったあと、りんりんは私の横の席に座った。そこ君の席じゃないけどね。お前もか。
「なんか化粧品借りてたけど」
なんだっけ、コーン?とひらすけ。コーンじゃない。
「あ、そうなの?いいんだけど、なんか吉川さんっていい噂きかないからさ」
「そうだな」
眉を下げるりんりんと、うなずくひらすけ。
「えっ、どんな?普通に話しやすかったよ?」
「あ、そうだった?ならいいの。まぁ噂なんて悪く悪くなるものだからね」
うんうん。とうなずく。りんりんも噂であることないこと言われているみたいだし、噂というものは怖い。
ちらりとはっかちゃんを見る。にしても、
「美人だよね。モテそう」
「そうか?そうでもないでしょ」
私の言葉にひらすけが反論する。りんりんはにやりと笑ってひらすけを小突いた。
「平佐は美人よりかわいい系が好みだから。ね?」
「は?」
「図星でしょ?……痛っ、普通殴る?!」
「え、そうなのひらすけ、もしかして好きな人いる感じ?この癒し系カウンセラーに話してごらん?」
「誰が癒し系カウンセラーだ笑わせるな」
普段つるんでいるみんなの恋愛事情を、私は全然知らないことに気が付いた。あっきーに遠距離の彼女が居ることくらいだ。
「恋愛なぁ……」
私は恋愛といわれてもピンと来ない。でも恋愛ものの漫画や小説は好きだし、普通にときめく。昨日の小説たちもまたしかり。
「ミヤは彼氏とか作る気ないの?地味にモテるのに」
「なに私地味にモテてるの?知らなかった」
純粋に驚く。なにそれ聞いてない。教えてよ。私だってスクールラブのひとつやふたつしてみたい。
「かわいい系代表はミヤで異論ないよ。ね、ひらすけ」
「俺に振るな」
にやり、とりんりんが笑うのに対して、ひらすけは目を逸らす。私もなんとなく、にやりと笑ってみた。チョップが降ってきた。解せない。
「まぁ別に顔は悪くないんじゃないの。知らないけど」
「なに、俺の話かな?」
ひらすけの言葉に反応したのはあっきーだった。嘉山安輝。ナルシストチキン。説明終わり。いつの間に来ていたんだろう。
「彼女持ちの嘉山はなぁ…」
「なんだよ、俺の話をききたいって?」
「やめて爆発して塵になって」
「天に二物も三物も与えられててごめんな」
「こんなにむかつく謝罪をされたことはないわね」
りんりんとあっきーの会話はいつもテンポよく進む。相性いいよなぁと思いつつ、ちらりと後ろの席を見る。
虫ちゃんはいつもギリギリだから、まだ来ていない。虫ちゃんと、あゆむんを加えた6人で、高校生活のほとんどを過ごしている気がする。いつめん、というか、まぁなんとなく落ち着くメンバーなのには間違いない。
それなのにお互いのことを意外と知らない。昨日虫ちゃんから相談されるまで、私は一番近くにいた虫ちゃんのことも何もわかっていなかった。
「ミヤ?」
「わ。なに?
「お前今何考えてた?」
ひらすけが眉を下げている。口調は荒いけどおこっているわけではなはそう。来て隈を指摘したときもそう。多分これは、心配、されている。
「みんなのこと、まだ知らないこと多いなって考えてた」
素直に思っていることを言う。ひらすけと、あっきーは不思議そうにこっちを見た。りんりんは少し悩んだ素振りのあと、そうね、と同意した。
「とりあえず、ミヤの誕生日パーティーの計画を立てましょう。歩も来たことだし」
りんりんにつられて教室の入り口を見ると、あゆむんが眠そうに登校して来ていた。フルネームは田浦歩。男の子同士の恋愛が好きな普通の?女の子だ。天然爆弾ともいう。
あゆむんの顔を見たとたん、私はピンと来た。男男間の恋愛に詳しいこの子、女女間の恋愛にも詳しい可能性はないだろうか。そもそも、同性の恋愛っていう点では一緒だよね?!
「あゆむん!君のイチオシ漫画を貸して!」
「ミヤちゃん!BLの素晴らしさに気付いたんだね!」
あいさつもせずに手を握り合う私達。眠そうだったあゆむんはもういない。
「え、ミヤどうしたよ」
「やっぱりお前今日おかしいわ」
男子二人が引いていた。構わない。私は今とても必死なのだ。
「ミヤちゃんはどういう受けが好み?私は断然強気な美人受け!黒髪眼鏡ならなおよし!リバも可」
だめだ全然何言ってるのかわからない。
「私の想像ではミヤちゃんは平凡受けが好きそう。強引で強気な攻めに振り回されてるみたいな」
誰かあゆむんを止めて。
混乱する私の願いが届いたのか、すべての元凶がようやく登校して来た。
「ね、ミヤちゃん!同性愛最高でしょ!」
「おはよー………う?」
虫ちゃんおはよう。タイミングは最悪だった。
それと同時にチャイムが鳴る。
各々自分の席に散っていく。席をとられていた前と横の席の二人も帰ってきた。うちのひらすけとりんりんがごめんね。
それよりも、虫ちゃんだ。私が振り向くと、いつもよりおとなしい虫ちゃんがいた。
「歩は今日も通常運転だよね。タイムリーでドキッとしたけど」
私がスイッチを入れましたとは言えず、曖昧に笑った。
「ね、ミヤ。」
小声で話しかけてくる虫ちゃんの声は落ち着いていて、いつものトーンとは違っていた。
「……なぁに?」
目が合う。
「ミヤは変わらずにいてくれれば、それだけで十分だから」
虫ちゃんは。
この親友は、どこまでわかっているんだろう。
見透かされている気がした。担任が教室に入ってくるのをいいことに、私はなにも返さなかった。