応援するって決めたんだ。
もう10月も半ば。
そんな肌寒くなってきた頃でも、窓側の席は日が照っていれば暖かい。でも、今日は生憎の曇りだったから、窓際の特等席はひんやりしている。校庭を見下ろすと、隅には落ち葉が溜まっていた。秋だなあ、と思った。秋なのだから、焼き芋でも食べたい、とも思った。そんな授業中。
「ねぇミヤ、ミヤ」
後ろの席から声をかけられる。私はそのまま、少し後ろを向いて返事をした。
「なに、虫ちゃん?」
それを聞いて親友は、機嫌よさそうに私に言う。
「帰りにさ、焼き芋食べて帰ろうよ」
……なにそれ、考えてること一緒かよ。
私が笑って頷くと、虫ちゃんも満足そうに笑ったのだった。
6限目を終えて、カバンを背負う。
「ミヤ、焼き芋ー」
「わかったって。あ、虫ちゃん今日部活は?」
「やめた」
「そっか、やめたんだー……。え、やめたぁ?!」
思わず机を叩く。やめた?やめたの!?だって虫ちゃん、
「フットサル部入ってまだ2週間じゃん……」
「2週間は続いたんだよ」
「誇らしげな顔をするな」
どや顔の虫ちゃんの頭を叩く。
2週間ちょっと前は確かテニス部だった。その前は水泳部。部活荒しだ。運動部は制覇するつもりか。なんの得があるんだ、それ。
「いいから焼き芋!ミヤは今日部活ないでしょ」
「いいのかそれで…。あ、ひらすけ達にも声かけよっか」
いつもつるんでいる四人に声をかけようとすると、虫ちゃんに腕を掴まれた。
「今日は良介達はいい!」
「なに、喧嘩でもした?」
「してないけどいいの!今日はミヤと焼き芋を食べると決めていたから。ほら。はい!行きます!」
腕をぐいぐい引っ張られて教室を出る。普通に痛いよ!
「わかったって。わかったから!」
「あの焼き芋を追え!」
「電波発言しながら廊下を走らないで!」
発言も痛いし腕も痛い。
でも虫ちゃんに振り回されるのは嫌いじゃないんだよなぁ。なんて思いながら、身を任せる。
屋台の焼き芋屋さんまで、並んで自転車をこぐ。虫ちゃんの明るいレモン色の自転車と、私の紫色の自転車は、並べるとなんだかバランスがよくない気がしていた。いつもそう思っていた。
今思うと焼き芋カラーと言えなくもないかも。黄色が明るすぎるけど。
そう言えば、二人で寄り道するのは久々かもしれない。
「久々だね」
「なに、やきいも?おっちゃん、焼き芋ひとつー」
おじさんに焼き芋を一本頼む虫ちゃん。私もお金を半分出した。
虫ちゃんが上手く半分に割って渡してくれる。
「ありがと。焼き芋もだけど、虫ちゃんと二人で寄り道するのかが久々かなって」
「安心して!あたしの親友はミヤだけだよ!」
「そういうことを言ってるんじゃないんだけどなぁ!」
「確かにお互い部活違うと帰る時間合わないし。」
「そうそう」
「つまり寂しかったと。なるほど、でも大丈夫!これからは一緒に帰れるよ!喜べ!」
「だから別にそういうことを言ってるんじゃないんだって」
そんな話をしているうちに公園についた。まだ明るいから、親子連れや散歩中のお年寄りが居る。
芝生の上に腰を下ろす。風が冷たい。でも焼き芋はほくほくで温かい。これが幸せか。
「あのねーミヤ」
隣の虫ちゃんが言う。すぐとなり、そんな距離感に安心する。もしかして私、本当に寂しかったのか。そんな馬鹿な。
「ミヤにはさ、言っときたくてー」
わいわい遊ぶ子供達の声は、すこし遠くに聞こえる。隣からの声だけが、しっかりと私の耳に届いた。
「あたし、女の子がすきなんだ」
私が隣を見ると、緊張した顔の虫ちゃんが居た。
動揺した。
でもそれ以上に、自分に話してくれたことが嬉しかった。
虫ちゃんの顔が歪んだ。苦しそうな顔をした。
虫ちゃんはいつもバカやってて、明るくて、笑顔だ。
そんな虫ちゃんが真剣な顔をして、悩みを私に話してくれた。
だから、私は、
「そっか」
「え、待って。リアクション薄くない?もっとなんかないの!?」
「普通に応援するよ。相手だれ?私の知ってる子?」
「まじで?引かない?」
「びっくりはするけど、別に引かないでしょ。」
虫ちゃんはしばらく私を見て、
「ミヤぁ~~!」
「うわっ!泣きながら抱きつくな!鼻水!」
「ミヤに話して良かった~~!」
私に抱きついてめちゃくちゃ泣いたのだった。
「落ち着いた?」
「落ち着いた。ミヤ才能あるわ」
「なんのだよ」
「癒し。カウンセラーとかそんなん」
「将来の視野に入れとくわ。そんな才能ある私に話してみな?ほら、誰が好きなの」
「おおう、来るね、ぐいぐい来るね。……ミヤも知ってる子!」
虫ちゃんは顔をそらして叫ぶ。
照れている。あの虫ちゃんが照れてる!
「にやにやすんな」
頭を叩かれた。痛い。
でも、私が知ってるということは、高校の同い年、もっと言えばクラスメイトとかじゃないの?
普段仲のいい六人のなかで女子は四人で、虫ちゃんと私とりんりんとあゆむん……
「りんりん!」
「ぶぶー。鈴華は違います」
「あゆむん!」
「残念、歩でもないでーす」
「じゃあもう私しかないな」
「なんでそんな限定されてるんだろう!違うよ!」
違うらしい。虫ちゃんに関わり深いとこから攻めたのに。基本的にコミュ力高い虫ちゃんは、大抵のクラスメイトと関わるし、他クラスにも知り合いは多い。
「じゃあもうわかんない。」
「諦めるな」
「だれかわかんないけど適当に応援する」
「投げるな」
「じゃあ教えてよ」
虫ちゃんは芝生をむしった。
やめなさい、それは雑草じゃないのよ。
「引かない?絶対引かないでよ??」
「引くと思う?」
「……思わない。じゃあ言うよ!心して聞け!」
立ち上がる虫ちゃん。情緒が不安定すぎない?
「……吉川初花」
きっかわういか。蚊の鳴くような声で虫ちゃんが言ったのは、クラスメイトの、黒髪ロングでクールビューティー系の女の子。
「そういう系か」
「好みを把握された!」
「ばっちりです」
「やだはずかしい」
いつも通りのふざけた会話をして、立ち上がる。日はすこし沈みかけていた。
「帰ろっか」
「そうだね!次は焼き芋じゃなくてパフェ食べたい」
「いいね」
「また話付き合ってね」
「恋バナってこと。任せて」
自転車を押しながら帰路につく。虫ちゃんが女の子を好きになったって、私たちの関係は変わらない。
親友が同性に恋をしたから、私は。
その恋を応援するって決めたんだ。
本当は感じた不安は、見なかったことにして。