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Chaos Control  作者: 矢田あい
第1部 霊獣召喚編
3/4

第3章 波乱

急ぎで制作したので誤字があるかと思います。

 カリンはその後第三小隊により拘束され、直ぐに横浜のクアドラプル以上の魔術師が留置される、MSCOが管理している高等魔術師留置センターに移送された。

 また、今回の作戦に死者こそはいないが、負傷者数は38人と、多大な害を被ることとなった。

 あの謎の魔術師は、行方を晦ましたため、カリンとの関係は分からずじまいであった。

 しかし、札幌本部は玄武の魔力反応が急激に弱まったということを公開した。

 MSCOは2足のわらじで青龍と玄武の討伐の対応をしていたので、玄武の発生が1週間も遅れることになると、対策を練り直す時間が出来、部隊の再編や札幌本部との共闘作戦の企画をすることが出来る。



 5月6日 午後10時 東京都湾上区第8区・区立第8区高等学校男子寮



 青龍討伐作戦後のミーティングなどを済まして亮二は愛珠と一緒にフラフラになりながら帰ってきて玄関で同時にバタンと倒れるように寝た。

 しかし、気付くと亮二は浴槽で自分が溺れ掛けていることに気付き、目を覚ました。

 風呂を上がってリビングに向かうと、愛珠のポニテの髪の毛が下ろされていて、また水で濡れた。また、それをバスタオルで拭いているので、愛珠が自分よりも先に風呂に入っていたということが分かった。

 愛珠のパジャマは2日目を起に変貌していた。


 1日目→CHANELのパジャマ。

 2日目→茉由の持ってるMSのキャラパジャマ。


 明らかに謎すぎるこの変貌は今晩には更なる進化を遂げた。

 なんとコスプレ。もはやパジャマではなくなった。

「うん。なんて言えばいいのかな。キャラパジャマを着せるのは全然いいと思うんだけど、流石にコスプレはパジャマじゃないと思うんだが」

亮二は同じくコスプレをしている茉由に言う。

「んまぁ。そんなことはどうでもいいの! 見て見てお兄ちゃん。どう? カブちゃんとミカちゃん。可愛いでしょ〜?」

 茉由はガブリエルのコスプレを、愛珠はミカエルのコスプレをしていた。

 カブリエルは天使であるので背中に大きな白い翼を生やしていて、手には教剣ブランエール・クロワを持っている。全体的に露出度多めの服装で、胸はボイン、髪の毛は黄色がかった白色の腰まで伸びたロングヘアー。

 茉由はそれを出来るだけ忠実に再現している。

背中にはしっかり宣託の翼・エントラスメント・デ・エールが生えていて、手にはブランエール・クロワ。服装もアニメで見たものと同じ。胸こそはないが、黒い髪の毛をカツラで隠してあの独特な色にしている。

 そして愛珠も同様の再現度の高さだ。

いや、もはやミカエルそのものだ。

 愛珠・ミカエルは朱雀の翼・フェニックス・デ・エールを翼に宿し、右手には鞘より抜かれし剣・焔剣レーヴァテイン、左手には魔力により編まれた天秤。

カブリエルとは対照的に露出度は少なめの服装で、胸はペッタン。髪の毛は漆黒のツインテール。

「リョージ、どうだ? 私はミカエルになりきれているか?」

 亮二は盛り上がっている二人にため息をついて、

「ああ、二人ともよく似合ってるよ」

「ほんとっ⁉ やったー! 嬉しいな〜♪」

「リョージ! 喰らえ! 焔剣レーヴァテイン!」

と、愛珠は調子に乗って、おもちゃの焔剣レーヴァテインで亮二の頭を軽く叩く。

「痛っ。って茉由、これ買ったのか?」

 亮二は焔剣レーヴァテインの持ち主にそう尋ねる。

「せっかく愛珠ちゃんと同居することになったんだから、コスプレパーティーしたかったんだよ。おもちゃだけど結構高かったんだからね」

「幾らしたんだ?」

「1万6千円」

「高っ! てかそんな金あったのかよ」

「東京でこういうの買うために向こうじゃお金は極力使わないようにしてるからね」

 何故か茉由は誇らしげ。

「神代さん、疲れてないの?」

「疲れているけど、楽しいから頑張る」

 何を頑張るのだろうか。恐らく寝ないようにということだろう。

「てかお兄ちゃん。どうして愛珠ちゃんのこと名字で呼ぶの? 名前で呼べばいいじゃん」

 急に茉由がそんな提案をしてきた。

「いや、その」

「愛珠ちゃんも名前で呼ばれたいしょ?」

「別に呼び方なんて何でもいい」

「ならほら、お兄ちゃんは今度から愛珠ちゃんのことは『愛珠』って呼ぶんだよ」

 茉由は手に持ったブランエール・クロワを床にカツカツしながら言う。

「…………」

 出会ってずっと名字で呼んでいた相手を、いきなり名前で呼ぶのは気恥しさの極みである。

 亮二はなかなか愛珠を「愛珠」と呼ぶことが出来ずにいる。

「なーに恥ずかしがってるの?」

 茉由はブランエール・クロワを亮二の肩にグイグイと当ててからかう。

「恥ずかしがってねーし」

「ならほら言いなさ〜い」

「やだね」

「なんで?」

「嫌だからだよ」

「はぁー。全くお兄ちゃんったら。せっかく女の子と同居するんだからその子を名前で呼ぶくらいしなさいよ。じゃないと私、もうここに来なくなるよ?」

「それは困る」

「なら呼びなさい」

 完全に亮二は愛珠を愛珠と呼ばざるを得なくなった。もちろん茉由に来てもらえなくなるのは死活問題である。

 こうなっては仕方が無い。呼ぶしか無い。

「あ、ああありす」

 亮二は懸命に言うも、

「何『ああありす』って真面目に言いなさいよ」

 茉由の語尾には、笑の文字が2つ並んで付きそうなものである。

「私は『アリス』ではあるが『ああありす』ではない」

 と、言われて亮二は頬を赤く染めていく。

「うっせー。からかうな! てか学校どうするんだよ、茉由」

「学校? なんかよく分からないけど休みなの」

「開校記念日だっけ?」

「どうでもいいけど、そのおかげで私はこうしてお兄ちゃんと一緒にいられる!」

「でも明日はあるんじゃないの?」

「てかお兄ちゃん! 地味に話そらそうとしない!」

「い、いや別にそんなわけでは」

「ああありす〜! ああありす〜!」

「馬鹿にするな!」



 5月7日 午前8時35分 第8区第三高校・2年5組



 昨日は色々とあり過ぎた。

 青龍討伐作戦から帰ってきたかと思うと妹達に馬鹿にされて、散々な思いでいた亮二に追い打ちを掛けるかのようにゴールデンウィークは終わって、再び学校生活が戻って来る。

ゴールデンウィーク明けにもかかわらず、なんともすぐれない天気。

 さて、愛珠はどこの学校に行くんだろうか、とか以前思っていた亮二だが、大体の検討は付いていたものである。

 と言うのも亮二の住んでいる第8区高等学校男子寮は第8区高等学校から徒歩10分位の所に位置しているからである。

 愛珠は学校に通う的なことも言っていたので行くならば第8区高等学校以外は考えにくいのだ。

 それに朝、亮二に学校までの地図を書くように求めたため、完全に愛珠も第8区高等学校に通うことが推定出来る。

 しかし、同居までしているので、どうにか同じ学級にならないことを心底から祈る。

 と言うより彼女は1年生なのかもしれないが、それは考え難い。

 愛珠は亮二がゴールデンウィークの宿題をやっていた時に「何をしてるのだ?」的なことを聞いてきたので、それを見せると「ああ、何だそんなのか」と言って鼻で笑っていたからである。

 鼻で笑っていた、は誇張し過ぎたが、この言動は完全に高2の内容を理解していることになる。

「よーし。ホームルーム始める前にお前らに紹介する。来なさい」

 5組担任近藤雅人が教室に入って来たと思ったらそんなことを言い出したので亮二は背中に冷たい汗が滴り落ちるのを感じた。

 近藤は手招きした。

 『うおー』と男子達。

 『かわいいー』と女子達。

 こんな反応前にもあったような……。

 それにこの、同居してなんども感じてきた、桃みたいないい匂い……。

「神代愛珠。フランスから来た。今日からよろしく」

 そしてこの型にハマったような自己紹介と、この高くて耳に残る声。

 ここ最近何度も聞いている。

「んじゃあ、そこの亮二の隣が愛珠の席だ」

 と、近藤は愛珠に席の場所を口頭で説明した。

 亮二は窓側の1番後ろの席。そこに愛珠は向かっていき、亮二の隣の学級結成からずっと空席だった席に腰を掛ける。

 元々39人学級だったクラスは40人学級に再編され、初めての朝のショートホームルーム。

 近藤が色々と話しているが、全然右から左。

 愛珠の制服姿が異常に可愛くて、見とれてしまっているからである。

 愛珠は相変わらずの矮躯だが、それを感じさせないのがこの学校の緑っぽいセーラー服なのであり、どこか大人っぽさを感じさせつつも高校生の若さをも強調している。

 いや、愛珠だけは中学生に間違えられてしまうかもしれないけど……。

「おい、亮二! 聞いてるのか? 神代に見とれてないで、どうせ忘れた宿題でもやってろ」

 と、近藤がそんなことを言ってきた。

 『わははは』と、クラスが一気に笑い出す。

亮二はこの上ない恥ずかしさを感じつつも、愛珠から目を離す。

愛珠はキョトンとしている。



 ホームルームが終わるとMSCOでもあった通り、愛珠に人だかりが出来る。

そして愛珠に同じような質問をして、愛珠はまた対応に追われ、苦笑い。

 それの傍らに亮二にもたった二人ではあるが人が集まっていた。

「愛珠ちゃんすっごい人気だね」

「アリっちは性別の垣根を超えて、皆から愛されるんだね」

 その二人は言わずとかなりと篝である。

 そしてなんと偶然過ぎるが、ここにMSCO第五小隊第六班が揃ったのだ。

 すると突然下方から愛珠の声が聞こえると思ったら、小さすぎて見えなかったが、愛珠が人混みから抜け出してこちらに来ていた。

「アリっち〜! 昨日ぶりではないか。元気にしてたかい?」

「愛珠ちゃんおはよう」

「二人ともおはよう」

 またバカなことを言う篝にもまともな挨拶を返す愛珠。

 亮二は先程から感じていた不自然な点について考慮していたのだが、ここでやっと分かった。

「てか二人とも、神代さんがここに来るって知ってたの?」

「おい! リョージ! 何で昨日の今日でそうなる⁉」

 篝とかなこの言葉が耳に入るより先に、亮二の鼓膜を独占的に揺らしたのは誰でもない愛珠の声。

 何が言いたいのかよく分からなかったが、それは直ぐに解消した。

「愛珠だったか」

「そうよ。『ああありす』じゃなくてアリスね」

「ッ! うっせ! それ言うな!」

 亮二は怒る。

「どうしたんだい? 二人はそんなに仲良くなったのかい?」

 篝が茶化す勢いで尋ねてくる。

『いや、なんにも!』

 亮二と愛珠の声はピッタリと重なる。

「そ、そうなんだ。んで、杉野。なんだっけ?」

 と、篝から話を振り直してくれた。

「ああそうそう。二人とも愛珠がここに来ること知ってたの?」

「知っていたが」

「うん。知っていたよ。逆に杉野君は知らなかったの?」

「知らなかった」

 そう言いながら愛珠の方に目をやる。

 愛珠は、

「リョージは別に言わなくても同き…………」

 と、『同居』と言う言葉を発しそうになったので亮二は慌てて愛珠の口を抑える。

「二人ともほんとに仲がいいんだね」

 と、篝。

「なんか兄妹見たい」

 と、かなこ。

「俺にはもう妹はたくさんだ」

「私もこんな弟は嫌だ」

 愛珠は言うが、

「いや、愛珠ちゃんが妹で、杉野君がお兄ちゃんでしょ?」

「逆にそれ以外は考えられないけど」

 と、二人に言われて、

「なななんで私がこんな奴の妹なんだ! 嫌だぞ! 私は嫌だぞ!」

 聞かない子供の如く手足を忙しなくバタバタして激怒する。

「じょ、冗談だよ! ほら、だってアリっちってほら、その。なあ? 石沼?」

「えええ⁉ そうねぇ篝君。愛珠ちゃんは、んねぇ杉野君」

「俺⁉ そうだよ。愛珠はうーんと。その…………」

「……………………」

 愛珠は泣き出しそうなに目をウルウルさせるが、

「べ、別にいいし! 別にリョージの妹でいいし!」

 と、腕ん組んで強がって見せた。



 1時間目の英語表現、2時間目の古典が終わり、3時間目の体育の授業が始まった。

 競技は男女混合バレーボール。

 チーム分けはクラスを4つに分けたものだ。そしてその4つのチームで総当たり戦をする。

 2セット先取でそちらのチームが勝ちというルールである。

 亮二、愛珠、篝、かなこはそれぞれ別のチームになった。

 第1試合。亮二対かなこ。

 亮二は、バレーは体育の授業でしかやった事がないのに対し、かなこは現役のバレーボール部。それも部長。

「かなこー!」

「おっけー!」

 セッターがかなこにボールをトスすると、かなこは鳥の如く飛び上がってスパイクする。

 バレーボールは変形しながら豪速で床にぶち当たって、勢い余って向かいの壁に激突。

 亮二のチームは全員がボールに目を向けること無く、男女共にただ鳥が飛んで着地するのを眺めていた。

「さっすがかなこー!」「さいこー!」

 と、同じくバレー部員達はかなこのスパイクでテンションを上げていく。

 そして次はかなこのサーブ。

 かなこはボールを上空に投げると、跳躍してバレーボールを叩く。

 ボールはネットの上端に触れて相手コートに入る。

 素晴らしいネットインに、先生も感嘆する。

 かなこは暫く点数を取り続けるも、サーブを失敗し、亮二チームにボールがやっと渡った。

 サーブは亮二。

 亮二はスパイクサーブで、サイドラインギリギリを狙う。

 しかし、そのボールはかなこによってレシーブされてしまう。

 それをトスして別の人がスパイク。

 かなこのような強烈なサーブではないので亮二チームにもレシーブすることが出来た。

 それをトスして亮二はバックアタックする。

 亮二の放ったボールは誰にもレシーブされること無く床を叩く。

 然して、試合は進んでいき、結果は15—24、20—24で、かなこチームがストレート勝ち。



 続いての試合はかなこチーム対愛珠チーム。

 愛珠はフランスではMSCOの第一小隊として活躍していたので、運動は出来ないことは無いだろう。

 そして、かなこのスパイクサーブから試合は開始された。

 ボールはネットに触れて軌道が変わって床に一直線、しかし、愛珠はそれをレシーブ。

 その光景に体育館内は感嘆の声で満たさせる。

 再びボールがかなこチームコートに戻ってくると、かなこはバックアタックでボールを返す。

 しかし、これに見事に反応した愛珠チームは、レシーブ、トスで、ちびちゃい愛珠にボールを回す。

 愛珠は人間離れしたような身体能力で床を蹴ってジャンプし、ボールを叩く。

 ボールはエンドライン上に着弾して向かいの壁にぶつかる。

 体育館は喝采で溢れ、まさにオリンピックを生で見ているかのようだ。

「かなっち! アリっち! どっちも頑張れー!」

 篝もその観客の1人として盛り上がっている。

 ホイッスルの音さえ騒がしすぎて聞こえなくなる。

 現バレー部部長のかなこと、フランスからの刺客・愛珠の勝負はデュース、デュース、デュース。

体育館内には二羽の鳥がいた。

 先生により時間の関係上途中でその試合は中断され、遂に勝負が付かなくなってしまったが、観客を盛大に満足させるものであった。



 4時間目の地理Aの授業も難無く終わって昼休み。

 亮二は、いつもは篝とかなこと三人で机を合わせて弁当を食べていたが、今日からそのメンバーが1人増える。

 茉由が朝起きてわざわざ亮二と愛珠のために作ってくれた弁当を広げると篝は、

「お? 杉野。今日はいつものパンじゃないんだな……。それにどうしてアリっちと同じオカズなんだ?」

 亮二は自分の弁当と愛珠が今、横で広げている弁当の製作者が共通していたことを一瞬忘れかけてしまっていた。不覚を取られた。

「いやー。その…………」

 亮二はなんとか言い訳の言葉を厳探するも、

「これはリョージの妹の茉由が作ってくれたのだ」

 と、厄介者で世間知らずな愛珠はなんの躊躇いもなく言った。

「茉由ちゃんが?」

 篝すらも驚いた顔で聞き返す。

「そう」

「あの茉由ちゃんが人に心を許したか……」

篝は茉由をよく知っているような口調でしみじみと言った。

「普通に許してるよ⁉ ちょっとツンデレだけど普通に心、許してるよ⁉ 許してないのはフレンドリー過ぎるお前くらいだと思うぞ⁉」

 珍しく亮二まで篝にツッコミを入れる。

「お待たせー。食べよっか」

 かなこも登場し、四人で机を囲って昼食を食べる。

「おお。愛珠ちゃんのお弁当美味しそう〜。って杉野君とお揃いだね」

 しかし、やはりかなこも同じ反応をしてくる。

「これは…………」

 なんと言おうかと暫く沈黙してしまったが、ここは既に嘘を言っても仕方が無いので、

「愛珠の家が近くてさ、それでこいつは寝坊したみたいで飯がなかったから、うちの妹が親切に同じの作ってくれたってわけ」

 しかし、同居している事をばらしてはいけないので、必要最低限の嘘で取り繕う。

「へー。そうなんだ」

 かなこは納得してくれたみたいだ。

「お弁当に関しては分かったけど、そういえば杉野君っていつから愛珠ちゃんのことを名前で呼ぶようになったの?」

「たしかに。いつの間にそんなに親しくなっちゃったの?」

 と、言及してくる二人。

「そりゃ同じ班員なんだしなぁ?」

「ん? 私達が仲良くなったのは同き」

 亮二は愛珠の口を抑えて静する。

「同期? 皆同期だけどね」



 暫くたわいもない話をしていると、

 ——ドカン!

 という地をも揺らす轟音が、そのたわいもない会話を打ち消した。

「なに⁉」

「すげー音したが」

 四人だけでなく、クラス全体、いや、学校全体が驚きの声で一気に満ち溢れる。

「大変だ!」

 教室の外にいたクラスメイトが飛び込むようにして入ってきて、そう叫んだ。

「グ、グラウンドが!」

 クラスメイト達は教室の外に出て、グラウンドが見える所に移動する。

 そしてそれらの目が捉えたのは、

「な、なんだよ。これ…………」

 口を半開きにして、驚きを通り越して恐怖さえ感じていて言ったのは亮二。

「穴。グラウンドに穴が空いてる⁉」

 かなこが言った通りグラウンドに直径15m程の大穴がポカリと空いていた。

大穴内には砂が舞っていて詳しい様子は窺えない。

「隕石か?」

 その篝の声を打ち消す形でこう叫ばれる。

「人だ! 人がいるぞ!」

 誰もが目を擦ってその状況を確認しようとする。

そして大穴の中心に佇む人を察知する。

「女の子……だよな?」

 篝がそう言ってやっと気付いた。あの少女の正体は、

「おい! アイツって昨日の謎の魔術師じゃねーか⁉」

 大穴の中心の少女は、ほとんどのクラスが一同に集まったこちらに歩いて向かって来た。

 生徒達は慌てふためき、パニックになる。

「おい、こっちに来るぞ! 逃げろ!」「キャーッ!」「死にたくねぇよ」

 このままでは避難にまとまりが無いので返って被害が大きくなってしまうだろう。

「落ち着け!」

「皆ゆっくり。走らないで!」

「騒ぐな!」

 一応MSCO隊員である以上、この場を仕切る役割はある。

 しかし、誰もがその指示のする声を聞くことは無い。

 そんな時、

「落ち着け! ここは私達がMSCOの指示に従え! 一関紗良がこの場を指揮する!」

 と、この学校の生徒会長の一関紗良がMSCOの旗を掲げて言った。

 MSCOの旗を掲げるということは彼女もMSCOの隊員である。

紗良はMSCO15期の代表でもあり、第二小隊補佐班に所属している。アキバ事件の時は第二小隊の後方で支援攻撃をしていた。

 MSCOの掲揚旗を掲げることが許させるのは小隊長と各期代表のみである。

 このMSCO旗は魔法の象徴たる魔力石と科学の象徴たる拳銃が平和の象徴たる天秤にかかり、更にそれを包み込むように鳳凰が描かれている。

 その旗を見た、それまでパニックになっていた生徒達はなんとか落ち着きを取り戻し、紗良の指示を聞く姿勢になった。

「旗の調整が終わったのか」

「らしいね」

「とりあえずここは先輩に任せて私達は敵のところに行こう」

 かなこがそう言うと、各々で返事をしてグラウンドに駆け出す。



 ノエルは大穴から出て暫くの所まで歩くと立ち止まって手に持ったレイピアを地面に突き刺す。

 そしてそのポンメル(柄頭)に魔力石を近付け、魔力を注いでいく。

 剣全体が白い光に包まれていき、次第に剣の形を視覚で捉えることが出来なくなる程に光が強くなった。

 ちょうどそこに亮二達が現れる。

「おい! 何をしている!」

 亮二は問うた。

「…………」

 しかし、ノエルは無言。

「言え!」

 亮二は9ミリ拳銃の照準をノエルの頭に合わせて言う。

「…………」

 ノエルは無言を貫くが、暫くの後、

「本当は札幌で玄武を召喚するつもりだったんですが、カリンのおバカさんのせいで急遽ここで召喚することになりました。でもよかったです。札幌の魔力粒子は薄すぎて玄武がお腹いっぱいになるまで吸収させるには異常に時間がかかるんです。でも東京の湾上区の更にここの地域は向こうの魔力濃度の13倍近くがある。今すぐにでも呼び出せる」

 と述べた。

「ッ! まさか」

「この子が、玄武の……」

「……召喚者⁉」

 亮二、かなこ、愛珠で台詞を区切って言うが、それ程、驚かざるを得ない事実を目の当たりにする。

 霊獣の核は通常儀式により召喚され、その後大量の魔力供給することによって核を肥大化させ、召喚者自らの肉体を授ける。

 核はその状態を保つのに非常に多くの魔力を必要とする。

そのためカリンはあの様に魔術師を大量に殺害して彼らの持つ魔力石を奪って魔力の供給にしようとしていたのだ。

「…………今集中してるから……騒がないで……」

 ノエルはそう言う。

 敵の言う事を鵜呑みにする程の馬鹿はここにはいない。

しかし、

「あんなの可愛い子の頼みだ。みんな、静かにしてやろうぜ」

 こんな寝言を吐くのは誰とも言わず篝。

「アンタ、イヌなの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「違うぞ! 全然違う! 石沼、君のその言い方はルイズちゃんをバカにしているぞ⁉ もっとこうだ」

 篝はスマホを取り出して操作。

 そして音源を再生。

 すると、スピーカーから音が流れてくる。

 『ゼロの使い魔』の映像の音源の一部だ。

 その音は静寂のグラウンドに響き渡っていく。

「って! こんなの聞いてる場合かッー!」

 かなこは叫ぶ。

「こんなのとはなんだ! バカにしてるのか⁉ ったく。杉野は分かってくれるよな?」

「んまあ。俺もゼロ魔は好きだし」

 と、亮二も敵を目の前にして篝と会話する。

 更に、

「なんなんだ? それって面白いのか? それなら私も見てみたい。リョージ、うちにあるか?」

 愛珠も話に参戦してくる。

「愛珠ちゃんまで! 全く! 敵の前なんだからしっかりしなさいよ!」

 かなこのその声で我に返る三人。

 だが、未だ篝のスマホから鳴り響くルイズの声に、

「それはゼロの使い魔か?」

 と、ノエルが近付いてきて首を傾げた。

 それに篝は敵たる少女に飛び掛る勢い接近し、

「知っているのかい?」

 と、尋ねた。

「う、うん」

 少女も敵に話しかけられ、加えて手をも握られたため、驚きと鬱陶しさを表情に滲み出す。

「なんと! なんとなんとなんと!」

 篝は大きな声で興奮してそう言う。

「唾かかりました」

 ノエルは両手を握られ、唾を拭うことが出来ないので凄く嫌そうな顔をするが、そんなことは気にせず篝は続ける。

「こんな幼い少女でもゼロ魔を知ってるんだな。結構古い作品だけど」

「知ってますよ。てかもう幼く無いです…………」

「え⁉ 失礼だけどおいくつ?」

「16です」

「えー! 嘘でしょ⁉」

「ホントです」

 二人が敵同士であることを忘れてしまう程仲良さげに話している。

「そこのアレと同じ」

 ノエルは愛珠に指さす。

 その愛珠はノエルと瓜二つ。

「な、何⁉」

 愛珠はショルダーホルスターからベレッタM92FSを取り出し、ノエルの額に照準を合わせる。

「ちょっとお兄さん、あれをなんとかして下さい」

 ノエルは篝にそう言う。

「なんとかってなんだい?」

「黙らして、私の視界から除外して下さい」

「何を言っているのだね。んなことより、一緒にカフェにでも言って色々と語り合おうではないか」

「はぁ。言っている意味が分からないのですか?」

 ノエルは篝から手を振りほどき、

「分からないってなら自分でやりますが?」

 と、言って虚空から別のレイピアを無機物生成魔法で生成し、愛珠に向ける。

 二人の間にはえも言えない空気が漂っている。

「ちょっと、待ってくれよ」

「何です? このゴミカスを消すだけですよ?」

「早まらないでくれ」

 篝は再び愛珠に近付いていくノエルの腕を掴む。

「なら、さっさとそこのあれを連れてここから立ち去ってくれます?」

 篝は皆と目を合わせる。

 そしてそれのみで会話し、この状況への対策を決める。

「そう言うわけには行かねぇんだ」

「? なるほど。分かりました」

 ノエルは続けて、

「ならあなた達を殲滅するまでです」

 そしてレイピアを上空に掲げ、

「ゴミは私と決闘しましょう」

 と、言ってそのレイピアを地面に突き刺す。

「少し二人にさせて下さい」

 ノエルは右手を天に掲げる。

そしてその右手の上空から魔力が大量に放散されていく。

 その魔力が愛珠に触れると愛珠は見えない手のような物に体を掴まれ、上空に連れていかれる。

 そして愛珠は校舎の屋上に連れて行かれる。

 後にその謎な手に運ばれてノエルも屋上へ。

 ノエルはニヤリと笑って、

「では始めましょうか。お手並み拝見です」

 しかし、依然、愛珠をゴミの様に見る目は変えずにレイピアを再び愛珠に向ける。



 先に仕掛けたのはノエルであった。

 ノエルは凄まじい速さで愛珠に近付き、レイピアを振るう。

 愛珠はしかし、青龍討伐作戦時に余ったテレポーテーションバレットを使用し、回避する。

 ノエルは愛珠を方向転換して追い掛け、フォント。

 愛珠はベレッタでフォントの軌道をずらして、直撃こそは免れるが、代わりに体制は崩れ、頬に刃が掠れてそこから血が出てくる。

 愛珠が滴り落ちてくる血を拭う暇すら与えずノエルの猛攻は続く。

 素早い突きは威力こそないが、鋭い刃なので擦れるだけで出血する。

 体制を崩された愛珠はそれらのすべてを避けることは出来ず幾つかは食らったが、痛みを噛み締めテレポーテーション。

「はぁはぁ」

 愛珠は息を荒くして膝を付く。

「やっぱりゴミはゴミなのですね」

「ゴミゴミうるさい! 私がいったい何だって言うのだ?」

 愛珠は体全身に鋭い痛みを感じながらも、先程から気になっていたことを尋ねる。

「ッ! そんなのも覚えてないのですか⁉」

「いったい何を言ってるの? 私はあなたと面識はないわ」

「それさえも……ッ! もうお前は死んじまえ! 消えちまえ! 殺してやる!」

 ノエルは再び愛珠に、引き金を引かせる間もなく突進し、理性を失ったのではないかと疑う程に乱れてレイピアを突きまくる。

 ノエルのレイピアは、愛珠の唯一の攻撃手段でありながらも回避手段たるをベレッタM92FS貫いて、愛珠を無力化かさせた。

 愛珠は回避することが出来なくなったため、ノエルの攻撃をもろとも食らってしまう。

 脇腹、肩、太もも、二の腕、ふくらはぎを的確にレイピアは突く。

 愛珠は痛みで気を失ってしまう所を、歯を食いしばって耐える。

 ノエルの攻撃が一旦中止され、ノエルは地面にうつ伏せで這いつくばる様な体制で睨む憎たらしい愛珠に歩んで行く。

 愛珠の目の前まで来ると愛珠はノエルの足を手で掴んでまだ抵抗する。

 ノエルはその手をまさにゴミにでも触られたかの様に振り払い、レイピアで突き刺す。

「どう? 痛い? 痛いの? それもと気持ちいい? 天にも登る気分だったりするのかな?」

「あぐッ!」

 愛珠は手に走る痛みに絶叫。

「あはは。まじ気持ち悪い。早く殺したいな。何でこんな奴が生きてるんだろう」

 ノエルのポンメルを握る右手は、グリグリと愛珠の手を抉るようにして押さえつけて行く。

「……や、やめ……ろ」

 愛珠は声を振り絞って言う。

「ん? 何? 聞こえないなぁ」

 ノエルはわざと演技っぽく愛珠に耳を近付け挑発。

「や……めろ……!」

 愛珠は叫ぶ。

 しかし、

「はは。あははは。あははははは。ゴミの分際で何を言うかと思ったら命乞いって。笑える! ねぇねぇどんな気分? 同じ顔の人にやられる気分って? 自殺してる感じ?」

 ノエルは愛珠の手からレイピアを抜き、そして今度は逆の手に突刺す。

 すると、ちょう屋上のドアが開いてそこから三人と紗良が登場する。

 そして四人は目の前の惨劇に目を伏せる。

 愛珠の周りには血溜まりが出来ていて、その血の赤がノエルの真っ黒いワンピースと対比することで、よりこの場の不気味さを強調する。

加えて返り血がノエルの白い肌や髪の毛に付着し、現状の生々しさが感じずとも伝わる。

「やめろ!」

 亮二は1歩前へ出る。

「殺人未遂及び魔法乱用であなたを拘束する!」

 紗良も年長者として、この学校の生徒会長として、MSCOの旗を掲げる者としてそう言った。

 ノエルは振り返って彼らを見ると、

「ゴミがこの世にあることによって環境はどんどん悪くなっていくんですよ?」

 と言ってまた愛珠の方に向く。

「と言うより、このゴミ気失っちゃったみたいです。あーあ。もっと遊ばせてくれてもいいのになぁ」

 見るに耐えず亮二はノエルの方に歩んでいって、そして9ミリ拳銃を頭に突き付けた。

「愛珠から離れろ。さもないと撃つぞ」

「お兄さんはこのゴミの味方なんですか? ということはお兄さんもゴミですね。となると私はあなたを殺す動機はございますので、殺していいですか?」

 亮二は戦う選択肢を選びたくない。

「その前に聞かせろ。何故愛珠を殺そうとする。何か恨みでもあるのか?」

「ありますね。それはありまくりますね。ですがあなた達に話すわけにはいきません。いうなれば、このゴミを始末するためです」

 二人は淡々と話す。

「弱者の理論だな。どんな恨みがあってもその恨みの根源との接触を断とうとする者はゴミではない。ゴミ以下だ」

「何カッコつけてるんですか。まじ笑えますね」

 ノエルは立ち上がって続ける。

「お兄さんはこのゴミに思いを入れてるんですか? ははは。ゴミが人を引きつけるなんて笑えます!」

「……いい加減にしろ!」

 亮二は怒鳴って回し蹴りをする。

 ノエルもそれを後ろ回し蹴りで受ける。

「やりますねぇ」

 亮二とノエルは一時的に距離を置く。

 亮二の動きを見た後ろの三人はそれまで、すくんで動かなかった足を前へ前へと踏み出して亮二の元へ駆け寄る。

「杉野君!」

 かなこは心配して亮二の名を呼ぶ。

「ああ、大丈夫だ」

 篝はノエルに9ミリ拳銃を向ける。

 紗良は旗の中程を握って捻り、そして鞘から刀を抜き出すようにして、柄の部分から槍のようなものを取り出す。

 旗の部分は変形していき、拳銃型移動装置に早変わりした。

MSCOの旗はただの部隊旗ではない。MSCO最大の武器である。だが昨日のアキバ事件の時にはまだその整備が完了していなかったので、使われなかった。

「私はカリンの様に簡単ではないので気を付けてください。下手したら。いや、下手しなくても死にますよ」

 ノエルはニコリと不敵に笑う。

「俺は愛珠を回収する。三人はなんとかアイツの気を引いてくれ!」

『了解!』

 亮二は三人に作戦を伝え、9ミリ拳銃のマガジンを確認して、装弾数を確認する。

マガジン内には4つ、チャンバー内にも入っているので残りの装弾数は5つ。

 この5つでノエルの攻撃を受けずして愛珠を回収しなくてはならない。

 かなこ、篝、紗良はノエルと戦闘を始めた。

 紗良が前衛、かなこと篝が後衛として紗良をバックアップする形となった。

 紗良は右手に短槍・クレール・スィエル、左手に拳銃型移動装置・リーブル・ニュアージュを持ってノエルに立ちはだかる。

「何ですか? そのヘンテコな戦い方はぁ〜?」

「バカにするでない。痛い目をみるぞ」

「へぇ〜? 楽しみです」

 紗良は第一小隊第六班や第二小隊長の佐々木響のようにテレポーテーションバレットを所有していないが、拳銃型移動装置の中指の方のトリガーを引いて、銃口から壁に魔力により編んだワイヤーを発射する。

そして人差し指の方のトリガーを引いてワイヤーを回収。

 移動していく時に紗良はクレール・スィエルでノエルの腹部目掛けて刺突。

 ノエルはレイピアで受け流す。

 しかし、紗良は隙の生まれたノエルに横蹴り。

 ノエルはそれを同じく横蹴りで対応する。

 紗良の足には反作用により酷い痛みが走る。

 しかし、紗良は壁に辿り着くと水泳のターンの如く壁に足を付いて、そのまま壁を思い切り蹴り出す。再びノエルに刺突。

 ノエルはそれをヴォルテではなくフォントで——カウンターではなく攻撃で刺突を防ぐ。

 火花を散らしレイピアと短槍が擦れていき、お互いに近付いていく。

 ノエルはレイピアを引いて、短槍を横から叩いて軌道を変える。

 紗良は再びリーブル・ニュアージュで壁に移動して距離を置く。

「全然面白く無いですよ」

 ノエルは口角を三日月の如く上げて微笑む。

 紗良は篝とかなこが待機している所まで戻る。

「石沼! 京! 杉野!」

 紗良は三人の名前を呼んだ。

 亮二は愛珠の回収の時をずっと狙っていたが急に呼ばれたので驚いたが、紗良に駆けつける。

「いいか? 作戦を思い付いた。チャンスは1度きり」

「なんなりと」

「大丈夫です!」

「任せてください」

 篝、かなこ、亮二は紗良に身を寄せる。

 紗良三人に作戦を伝える。



 紗良はまず壁ではなくノエルの真横辺りにワイヤーを発射した。

 そして亮二はテレポーテーションバレットでそこに瞬間移動して、ワイヤーの先端部分を紗良から借りた通常弾の9ミリ拳銃で撃った。

 横から撃たれたワイヤーは軌道を変える。

 更にテレポーテーションで移動したかなこはその軌道が変わったワイヤーの先端部分を同じく通常弾で撃って更に軌道を変える。

 同じくして篝もワイヤーの軌道を変え、続く紗良も同様にする。

 かくしてワイヤーは遠心力によりノエルに巻き付き、先端は壁に突き刺さり、ノエルは拘束される。

 その隙に亮二はテレポーテーションして血だらけの愛珠を片手で抱えて、屋上から飛び降り、地面にテレポーテーションバレットを放つことにより、グラウンドに落下衝撃なしに降り立った。

 亮二は走って別の棟の校舎に移動する。

 校舎内に既に人が居ないので、地下への避難が完了したことが分かった。

 まず亮二は愛珠を壁にもたれ掛けさせ、その血のついた手で懐からスマートフォンを取り出し119番通報する。

 5分で到着するとのことだが、ここは割と広い学校なので正面玄関まで行くのにはそれ以上かかってしまう。

 そのため亮二は愛珠をお姫様抱っこして少し急ぎで正面玄関へ急ぐ。

 そんな時、愛珠がモゾモゾと動いて目をました。

「ッ! ……痛い!」

 ただでさえ身体の至る所を刺突され、手に関しては貫通してしまっているので、痛いどころの騒ぎでは無い。

それはもう生き地獄と言っても過言ではないだろう。

「大丈夫だからな。もう少し辛抱してくれ!」

 亮二は愛珠を安心させる様に言う。

「痛い! ほんともう!」

 愛珠は目から大粒の涙を滝のように流す。

「怖い。リョージ。何度も何度も手を痛くされて。やめてって言ってるのに何度も何度も何度も!」

「……愛珠」

 亮二は痛みと恐怖とで歪んだ、しかし整って美しく可愛い愛珠の顔を眺めて言う。

「大丈夫だ。もう痛い思いはしなくていい。後は俺らが全部蹴りをつける」

「リョージ……」

 愛珠は泣き声でリョージの名を呼ぶ。

 暫くすると、救急車とパトカーのサイレン音が近付いてきたのが分かった。

 正面玄関の近くまで来ると担架を持った救急隊員達が来た。

 亮二は愛珠を担架に乗せて、

「愛珠、これが終わったら迎えに行くからな。それまで頑張ってろ」

 と言ってひと時の別れを告げる。

 愛珠は担架で救急車に運ばれ、区立第3病院に搬送された。



 亮二は再び屋上へ、階段を3段飛ばしして移動する。

 そして屋上のドアを開け、三人に合流する。

 すると、

「ロクザン・エクレール!」

 突然白い光で視界が満ちた。

 ロクザン・エクレールとはAランクの光属性の電気系統の魔力石が埋め込まれているクレール・スィエルから放出された高エネルギー魔力弾の事であって、それはノエル目掛けて一直線で飛んで行きノエルに直撃する。

「やったか⁉」

 紗良はクレール・スィエルを地面に突き刺し、息を切らしながら言う。

 篝やかなこも固唾を呑む。

「なんだと⁉」

 しかし、ノエルは何食わぬ素振りで髪の毛を手でクルクルして弄ぶ。

「つまらない攻撃ばっかりですね」

 紗良は6分の恐怖と4分の驚きとに心を支配される。

「クリン!」

 ノエルは虚空にその名を呼んだ。

「はい。お嬢さま」

「1回帰るよ!」

「了解です」

 ノエルは、突然上空に現れて浮遊しながら降りてきたクリンと手を繋いで、

「残念ながら、時間切れです。ではまた今度お会いして決着を付けましょう」

 と、半身でこちらに告げてクリンのテレポーテーションで瞬間的にこの場から消えてしまった。

「おい!」

 亮二が叫ぶもノエルの姿はそこには跡も型も無かった。

「行っちまったぜ」

 篝は言う。

「獲物を逃がしたらもう用無しってこと?」

「もしあいつが神代を殺すためだけにここに来たなら、おおよそそんな所だろう。それにあいつがここから離れたってことはまた神代を狙うかもしれない」

紗良は言った。

「んなら早く行きましょう」

 亮二は直ぐに屋上のドアに手をかけるが、それを紗良は止める。

「待て。今の私達だけであいつらを倒せる可能性は低い。それで無理に戦っても負傷者が出るだけだ。ここは他の隊員と合流してからの方が良いと思うんだが」

「それじゃあ遅すぎる! 空間移動の魔力石を保有しているあのクリンっていう奴がいるから直ぐにでも行かないと、きっと愛珠は殺される!」

 暫くの沈黙が流れる。

「杉野。仮にお前のテレポーテーションバレットが10弾あっても第3病院までは行けんぞ。車じゃ遅すぎる」

「…………でも。それでも愛珠を1人にはしておけない」

紗良は暫く沈黙して、

「なるほど。よく分かった」

 そう言い、

「これを使うがいい」

 と、リーブル・ニュアージュを手渡した。

「ありがとうございます」

 亮二はそれを受け取る。



 亮二は街中をリーブル・ニュアージュで人々を縫うように移動していく。

 人々からは好奇の目で見られるが、今はそんなことは気にしていられない。

(愛珠……! もう少し待っててくれよ)

 亮二は第3病院に急ぐ。



 およそ10分経つと第3病院に着き、エントランスで神代愛珠の名を言うと、今は丁度手術中だということが分かった。

 そしてあの二人が来た様子も無かったので、亮二は密かに胸を撫で下ろす。

 手術室の前に移動して愛珠の手術が終わるのを待っていると、懐で亮二のスマートフォンが震えた。

 紗良からの電話だ。亮二は応答する。

「はい、杉野です」

『杉野、そっちの様子はどうだ?』

「あの二人は来ていないです。俺の思い過ぎだったかも知れないです。愛珠は今手術してるみたいなんで特に問題はなさそうです」

『そうか。こっちはとりあえず学校の地下から避難所に移動している。避難誘導が終わったら本部から避難所に来ている隊員達と合流する』

「了解です」

『その後は直ぐにそちらに移動するから暫く待っていてくれ』

「はい」

『じゃあ、また後でな』

 通話を終了して、状況を整理する。

(つまりはもしあいつらが来たとしたら俺1人で対応しなきゃいけなくなるのかよッ!)

 亮二はそう思っていると、ガラガラガラとストレッチャーの滑走音が聞こえてきたのでそちらを見ると、そこには手術の終わった愛珠が寝ていて、二人の看護師に運ばれていた。

「愛珠!」

 亮二は愛珠の元に駆け寄って名を呼ぶ。

 しかし、愛珠はスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てて寝ていた。

「彼女なら大丈夫ですよ」

 1人の看護師は亮二に言った。

「そうですか」

 亮二はストレッチャーで運ばれる愛珠と共に部屋に入った。

 看護師が愛珠を寝かしてこの場を立ち去ると、愛珠の切創が包帯で包まれていることに気付く。

 亮二は愛珠のベッドのそばに置いてある丸椅子に腰をかける。

 両手や太もも、お腹は包帯でグルグル巻にされていて、半ミイラ状態になっている。

 しかし、愛珠はそれでも可愛らしい。

「これじゃあ暫く入院か」

(やった、これで暫く愛珠と離れて暮らせる)

 だけど。

(でも、茉由、凄く悲しむだろうな)

 最初はお互いに嫌悪感を示していたが、一夜のうちにお互いは凄く仲良くなった。

 これが女子というものなのだろうか。

 そして、今や好きなアニメのコスプレを一緒にしたり、その後にその格好で一緒に寝るような存在だ。

 愛珠が大怪我をしていることを知ったらどうなる事やら。

 でも、いつまでも隠し通しておけるわけはない。

 亮二はスマホを取り出して部屋から出ようとする。

 すると、

「…………リョージ?」

 と、愛珠の弱々しくも可愛らしい声が後ろで響いてきた。

「愛珠……。目覚めたか」

 亮二は振り返って言った。

「うん」

「身体、痛くない?」

「まだ麻酔が効いてるみたいだ。今は痛くない」

 亮二は再び丸椅子に腰を下ろす。

「そっか」

「んで、どうだった? アイツは」

 愛珠は寝た状態のまま尋ねた。

「逃したよ。でも多分またお前を狙ってくると思う。次は絶対に仕留めに来ると思うぞ」

「ふーん」

「でも、心配するな。お前は絶対殺させない。傷も付けさせない」

 亮二は決意も含めて言った。

「ありがとう」

 愛珠は亮二の方に顔を向け、口角を三日月の様に上げる。

しかしノエルのような不敵な笑顔でなく、自分の無力さを嘲笑う様なものだった。

「これから暫く入院だろ? この件が一段落したら着替え持ってきてあげるからな」

「その必要はない。私は直ぐに退院する」

「お前がその気でも、病院の方が許さないと思うぞ」

「MSCO特権」

「そんな特権は恐らくないぞ」

 亮二はつっこむ。

「何か食べたいものとかあるか? あとで、篝達が来たら買ってくるけど」

「いや、お腹空いてないから大丈夫だ」

「分かった。じゃあ、俺電話してくるから」

「うん」

 亮二は言って病室から出て会話を開始した。

 亮二が出て行ってすぐ、愛珠は包帯まみれのその両手を胸に寄せる。

(痛い。……痛いよ)

 亮二の前では強がって見せたが、本当は麻酔の効果は切れていて、痛くて痛くて泣きたいのだ。

(どうして、私があんな目に遭わなければならなかったの?)

 愛珠はノエルにズタズタにされた心でそう思った。

 しかし、そんなのは知る由もない亮二は、

「わりぃな」

 と、言って再び病室に入ってきた。

 愛珠は痛みで歪んだ顔を、ニコリと無理やり微笑ませた。

「ううん。そう言えばリョージ、昨日のクアドラプルの魔術師の魔力石って回収されたとか言う話はあったか?」

 愛珠がそう質問すると、丁度亮二のスマホがまたなった。

 今日の亮二のスマホは勤勉だ。

「ごめん」

 亮二は通話に応答する。

「何ッ!」

 亮二は突然大声を出した。

「嘘だろ⁉ ああ、分かった。伝えとく」

 亮二は通話を切って、愛珠に告げる。

「愛珠……、丁度その事で報告だ。空間移動魔力石が魔力石保管センターから消えた」

「嘘ッ⁉ そんなはずはない。保管センターの部屋一つ一つに最高級の魔力結晶生成装置が導入されてるはず。だから魔力が過剰に放出されることはない」

「それをもくぐり抜けたんだと思う」

「そんな……」

「恐らくクアドラプルの魔術師が魔力石にそういう類の術式を仕組んでいたんだろう」

 カリンとの戦闘は昨日で完全に終了したかと思われていたが、どこまでもタフなやつで、留置センターに居ながらもMSCOの妨害という嫌な攻撃をしてきていたのだ。これではまた新たな対応が必要となってしまった。

「それじゃあインビジブルバレットとかテレポーテーションバレットは作れないっていうのか?」

「そういうことだ」

 普通ならば留置センターに送られた魔術師から魔力石を没収して、その魔力石の魔力結晶を使って武器などを作るが、その魔力石が無いとなるともちろんそれどころではない。

「ほかの魔力石はどうなんだ?」

「Aランクの無属性の衝撃波の魔力石と、BランクとCランクの火属性の火炎の魔力石は空間移動の魔力石とは隔離されてたから魔法の効力範囲には無かったから転移はしてないようだ。今は第一小隊が留置センターの周りで空間移動の魔力石を探してるそうだ」

「まずい事態になったな」

 愛珠がそう言った丁度その時、

「やっほー! アリっち」

「こら、病院なんだから大声出さないの!」

「やあ、神代」

 篝、かなこ、紗良が病室に入って来た。

「アリっち大丈夫か?」

「心配はいらん。私は直ぐに退院する」

 篝の問に愛珠は偽りの言葉で返す。

 直ぐには退院出来ない。

「そっか。それなら良かった」

 かなこはほっとして、肩の力を抜いた。

 しかし、

「お前達。今日の夜に行われる会議に私も参加するんだが、あの魔術師の討伐作戦の概要について話させんじゃないかと思っている。そこで予め言っておこうと思う」

 と、紗良。

「神代。お前は恐らく、いや間違いなく囮にされる」

 その言葉はこの病室の弛緩した空気に緊張を注いだのは言うまでもない。

「どういうことなんだ? 紗良さん」

 亮二は思わず問い返す。

「わからんか杉野。そのままの意味だ。神代は囮として使われるんだ」

 亮二は座っていた丸椅子を倒して立ち上がり、

「そんなのおかしいだろ! こんな状態の愛珠を囮に使うなんて、愛珠はまるで捨駒じゃねーか!」

 と、叫ぶように紗良に言う。

「あくまでも予想だ。まだそうなると決まった訳では無い。それに神代は決して捨駒にはならない。いや、させない」

「インビジブルにテレポーテーションを使う奴がいるってのにか?」

「落ち着け杉野。私も囮作戦には反対だ。何とかそうならないように説得はしてみる」

「お前達はどう思ってんだよ?」

 亮二は四人に聞く。

「俺も反対だよ」

「私もよ」

 篝、かなこは落ち着いている。

「何でそんなに冷静でいられるんだ⁉」

亮二は珍しく声を荒らげる。

「杉野君。佐藤小隊長の言ってたことは忘れた? 『MSCO隊員はいかなる困難な状況でも、冷静さを忘れてはいけない。冷静さを失った先に待っているのは失敗だ』って」

「そうだぜ、俺だってアリっちを囮なんかにしたくない」

「…………」

 亮二は黙り込んだ。

「私は別に良いがな。囮でも」

「愛珠⁉」

「私は囮でも何でも引き受けてもいいぞ。じゃないと今の私にやる事ないからな」

「本気で言ってるのか?」

「逆にこの場で嘘つく人なんているか?」

 愛珠はニッコリ、しかし弱弱しく笑った。

「だから……、別にもう怒るな…………」

 愛珠は泣きそうな声で亮二に言った。

 亮二は愛珠の顔を覗いた。

 愛珠の眼帯で隠れていない方の目はウルウルとしていて、今にも大粒の涙が零れてきそうだ。

 愛珠の情緒不安定な心は、自分を強く思ってくれた亮二の心に干渉されてしまったのだ。

「愛珠…………」

 亮二はその愛珠の悲しそうな顔をじっくりと見る。

「り、リョージ……。あんま見ないで……!」

 愛珠はじっと見られて恥ずかしくなったのか顔をそっぽに向けて言った。

「すまない」

 亮二はそんな愛珠に謝る。

すると紗良は、

「さて、私は本部に戻って報告書仕上げなきゃいけないからこれで失礼する。あとこれは結界生成装置だ。ここを離れる時はこれを使って結界を張れ」

 紗良は言って立ち上がり、亮二にその結界の魔力石を手渡した。

 亮二はそれを受け取ると、

「私も本部に戻るね」

「俺もそうする」

 二人も言って立ち上がる。

「お前らもかよ」

 すると篝は、

「アリっちの護衛は任せたぞ」

 と。

 そして三人は病室を後にした。

 亮二と愛珠が室内に取り残されるが、

「リョージも帰っていいわよ。結界張ってから」

 と言う愛珠は言葉を継いで。

「茉由が家で待ってるわよ」

「愛珠1人を放っておけない」

「大丈夫。その魔力石はAランク級。そう簡単に破れたりしないわ」

「だけど」

「いいから。帰ってよ」

 愛珠は、と言ったが、本気で帰ってほしい、とはさらさら思ってない。

余計なお世話だということを伝えたかったのだろう。

「そう言うなら……」

 亮二は言って結界生成装置を展開し、結界を張る。

 特に何も変わった様子はないが、非常に強力な魔力により保護されている。



 Go to the next passage!

ご覧くださいましてありがとうございます。

次話もすぐに投稿したいと思います。

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