第2章 アキバ事件
第三小隊は第一小隊や第二小隊の様なエリートこそは居ないが、魔法に関する事件対処のプロフェッショナル達の集団である。
そんな中に遊撃部隊の第五小隊・第六班は混じって作戦に参加する事になった。
「今日はよろしくお願いします」
かなこは第三小隊長に挨拶する。
「こちらこそよろしくね。討伐部隊は明日出発だがこんな事態も放っておけないからな。とりあえずまずアキバに向かおうか」
「了解です」
多田の後を付いて行くと、正面玄関の前にMSCOの特殊車両が5台居並んでいた。
「これに乗ってくれ。すぐに出発する」
都心にはモノレールだけでなく、湾上道路が敷設されているので、車での行き来が可能だ。
四人が車に乗り込んで少々経つと他の隊員達も乗車してきた。
「では出発しよう」
小隊長もこちらに同乗してきて、運転手にそう告げた。
車を走らすこと10分足らずの所で湾上道路に差し掛かった。
窓からは東京の2大シンボル東京タワーと東京スカイツリーを同時に眺めることが出来、何とも得した気分なる。
そんな景色を暫く見ていると、いつの間にか江東区に着いていたようで、千代田区秋葉原に入る前に石沼班に多田第三小隊長は警告を始めた。
「いいか? くれぐれも無茶するなよ? 玄武討伐作戦だってあるんだし、怪我は禁物だからな? あと犯人の所在は不明だから、もしかしたらまだ秋葉原にいるかもしれない。そうなったらこれを使って俺に連絡してくれ」
そう言って四人に手渡したのは小型のワイヤレスヘッドセット。
「それを耳につけて使ってくれ」
四人はそれぞれヘッドセットを耳に装着した。
「犯人は魔術師食いの二つ名を持った奴だ。ここには魔術師は居ないから狙われはしないだろうが気だけは張っとけ」
『了解』
四人の声は見事に重なった。
それだけこの班が一致団結しているという何よりの証拠なのかもしれない。
愛珠はつい最近入ってきたばかりなのにここまで馴染めるのは、そんな環境を作った三人のおかげとも言える。
秋葉原の地に降り立つとそこはヲタクの1人もおらず静寂しか見つけることが出来なかった。
というのも事件の後始末をするために警察がここを封鎖しているためだ。
今は警察官や鑑識官、刑事、MSCOのみがこの場にいるという状況だ。
今回の秋葉原連続殺人事件の犯人は魔術師のみを殺害しているが、その死者は軽く20人を超える。
「君達は捜索班と合流して捜索をしてくれ。捜索班は結構腕のいいやつもいるから安心してくれ」
『了解』
四人は捜索班のいるところを指示されるとそこへ行って彼らと合流した。
捜索班のメンバーは石沼班をとても優しく向かい入れてくれた。
石沼班の最初の任務は死体付近の魔力流の乱れを感知することである。
魔力流は魔力が一気に大気から消費されるとそこに向かって周りの魔力粒子がそこに流れ込んで発生する魔力移動のことである。その逆の魔力が一気に放出されるとそこの魔力粒子が大気に拡散することでもこの現象は起こる。
それを探知すると魔力の発生源あるいは魔力の消費点がわかるというわけだ。
魔力流の探知にはこれまた片瀬宏光が作ったものを利用する。
魔力流探知装置は内部に内蔵される魔力探知機関を電力と魔力で動かして行使するものである。
この魔力探知機関は魔力粒子生成装置の機関を応用して作られている。
装置は磁気コンパスのような形をしており、魔力が流れてきている方向を針が指す仕組みで出来ている。魔力流に異常がない場合はコンパスの針は右回転する。
「異常は無いみたいだね」
かなこは手に持ったコンパスを覗きながら言う。
「もうちょっと奥の方まで行こう」
愛珠は更に先を進む様に促すと、ほかの三人は無言で同意し、歩き始めた。
暫く歩いてもコンパスに変化は無い。
これ程の事件の後なのだから必ずや魔力流に異常があるはずなのだ。
しかし何の異常もないとすると、犯人が魔術師を魔法の力を使わずに殺したということになるが、それについてはすでに有り得ないことが分かっているのでコンパスの故障を疑わざるを得ない。しかし、この第三小隊で使われているものの故障というのも、また考え難い。
「どうして反応がないのかしら……」
「どっかに電源とかあるんじゃねーの?」
篝の、いつものテキトーな感じで発したその言葉は、
「あっ! ほんとだ、こんな所に電源あったー!」
と、的確に状況を覆すものであった。
かなこはコンパスの裏の電源を入れると、それまでただ右回転していただけの針がピーンとある方向を指した。
四人はその方向に歩いて行った。
すると、果たしてたくさんの死体が転がっていた。
彼らは死体に手を合わせる。
すると亮二は地面に光るものを発見し、それを拾い上げ、みんなに報告した。
「おい、これなんだ?」
三人は集まってきてその物を覗き込んだ。
そこにはまんまるくて透き通っている水色の水晶玉があった。
いや、水晶玉なんかではない。
これは、
「魔力石、それもAランク以上のものだ」
愛珠は顎に手を当てながらそう言った。
ランクとは魔力石の中に入っている魔力の質を段階的に分けたもので、D→C→B→A→Sというように質が高くなっていく。
「Aランクってことは移動系魔法ってこと?」
かなこが愛珠に問う。
「そう。しかもこの色は空間移動の最高位魔法のものだ」
『ッ!』
三人が驚いたのは言うまでもない。
「おいおい、アリっち。冗談きついぜ」
「冗談じゃない。これはマジで」
「でも何でこんな貴重な魔力石が……。死んだ魔術師の物ってことか」
亮二は愛珠に更に尋ねる。
「そうだと信じたい」
「どういうことだ?」
亮二は言及するも、
「こういうことッ!」
愛珠がいきなり叫び出したかと思えば、レッグホルスターからベレッタM92FSを取り出し、発砲した。その場で金属の盾が出現し、金属と金属とが衝突する甲高い音が人気のない秋葉原の地に響き渡った
愛珠のプロテクションバレットである。
三人は背中に悪寒を感じた。
「早く! こっちへ!」
愛珠を先頭に四人はダッシュして建物の中に入った。
「一体何が!」
亮二は尋ねた。
「罠、だ」
「罠?」
「多分犯人はあれを餌にして他の魔術師がこれを取りに来るのを狙うつもりだったんだ。魔術師はどんな状況でもこの魔力石を取りに来るからな」
一時の沈黙が流れるがそれを打ち切ったのもやはり愛珠。
「私がプロテクションバレット撃ったから助かったけど、普通ならリョージ、お前死んでたぞ? もっと気を張れ」
「すまない。ありがとう」
「んまぁ、そんなことよりこいつをどう倒すか……」
するとかなこが、
「待って、まず他の捜索班に連絡しないと……」
「それはダメだ」
「何で⁉」
「私達が罠にはまったことで相手も相当警戒している。そこで相手の手の内も見えないのに援軍を送っても無駄。それにこっちの手の内は1つ知られた」
「こっそり来てもらえばいいじゃない⁉」
「敵の位置はあっちの方だが正確じゃない。それに敵が何人いるのか分からないしスナイパーがいたら相手の思う壷。もうここは敵の鳥籠なんだ」
「…………」
かなこは黙り込んだ。
「じゃあ…………。じゃあどうすれって言うの? いくら愛珠ちゃんがいても未確定要素が多いなら勝てるか分からないよ⁉」
「勝てはしないけど、こっから脱出する方法はある」
それに篝は、
「どれどれ聞かせてもらおうじゃないかアリっち」
「まず敵の位置を正確に把握する。敵が何人いるか分からないから同時に攻撃されるかもしれないし、地雷とかも設置されてるかもしれない。だからまずはこれを使う」
愛珠は懐から一つの9ミリ弾を出して見せながら言った。
「これは?」
「シャワーバレット。これを上空に撃ったらそこから無数の魔力弾が降り注いでくるんだ。まずこれで地雷を除去する」
「その後は?」
「インビシブルバレットを使う」
愛珠はそう言って懐からミニノートパソコン程度の大きさの黒いものを取り出した。
「なんだそれ?」
亮二は尋ねた。
「銃弾製造機の簡易型だ」
愛珠はあたかもミニノートパソコンの様にパカリと蓋を開くとそこには1つの銃弾を作るためのスペースが設けられていた。
「これはこんなにちっちゃいけど、ちゃんと術式を含んだ銃弾が作れる。だから私はいつも持ち歩いているんだ」
流石は銃弾職人だと、亮二は思いつつも続く愛珠の話に耳を傾ける。
「だからこれで、さっき言ったインビシブルバレットを四人分作って、透明人間になるんだ」
「と、透明人間⁉」
こんな反応するのは篝だ。
「透明人間になれるのか⁉ すげー。すげーよアリっち! マジで」
「あぁ、そりゃどーも」
愛珠は反応に困った様子であるが、
「これで隠れて逃げるってわけか」
「ご名答!」
俺の言葉にニッコリして言った愛珠に、かなこはだが、
「でも待って、空間移動の魔力石なら瞬間移動の特殊弾を作っちゃえばいいんじゃないの?」
と、問う。
「それは今この場じゃ、複雑な術式が必要だから出来ないんだ。でも、インビジブルバレットなら即席でつくれるんだ」
「そうなんだ」
かなこの質問は亮二も篝も思っていたことなので、愛珠の回答を聞けて納得した。
「でもよかった。この魔力石は最高位のものだから効果は3分位持つわ」
しかし、かなこはここで根本的な問題に気付く。
「でも愛珠ちゃん。魔力結晶が無いのにどうやって特殊弾を作るっていうの?」
「簡単」
愛珠はかなこの手からコンパスを取ってそれを思い切り地面に叩きつけて壊した。
「ちょ! 何してるの?」
「この中に入ってる魔力結晶生成装置を使うために壊したんだ。私はバカじゃないぞ?」
愛珠は壊れたコンパスの内部から魔力結晶生成機関を取り出して、それを魔力石に近付けた。
魔力結晶生成装置に向かって、魔力石から魔力粒子が流れていくのが見て取れる。
いつ敵がここには現れて攻撃してくるのか、という計り知れない恐怖に苛まれながらも、ここは冷静に、ただ敵が来たら迎え撃つ、の姿勢でいることにした。
暫くすると魔力結晶生成機関の8分目まで魔力が溜まった。
「多分これ位で大丈夫なはず」
愛珠は1つのカートリッジを銃弾製造機にセットし、魔力結晶生成機関もセットする所があるのでそれにセットし、慣れた手つきで工程をこなしていき、1つの銃弾を作り上げた。
「出来た」
愛珠はインビシブルバレットを取り出して三人に見せた。
「すごい」
「こうも簡単に弾が作れるとは」
「アリっちすげーッ!」
愛珠は褒められ頬を桃色にして目を嬉しそうに細めるが、
「って、感嘆してる場合じゃないぞ! 私がこれを4つ作るまでしっかり警備していてくれ。私も急いで作るから」
『了解!』
3分が経ったかどうかという所で愛珠は残り3つのインビシブルバレットを作り上げた様で三人を呼び、それぞれに一つずつ渡した。
「とりあえず、まずチャンバーにセットして」
愛珠の指示で一度マガジンを外し、チャンバー内の通常弾を取り出してからインビシブルバレットをマガジンに装填した。
そしてそのマガジンをロードし、スライドを引っ張って離すと、ガチャンという機械音と共にインビシブルバレットがチャンバー内に移動した。
「いい? インビシブルバレットは自分の足元に撃って使うの。そしたら空間移動魔法の応用で私達の像を全く別の空間に移動することによって私たち本体は傍から見れば透明人間になってるってわけ」
「へー。すげーな」
亮二は感嘆した。
愛珠のこの頭の回転のはやさは一体どういう原理で成り立っているのだろうか。
やはりフランスで第一小隊の凄腕達と共に任務にあたってきたからだろうか。それとも天性のものなのか。
様々な予想は出来るも、今はそんな暇は無い。
「あ、あとこれ、自分も見えなくなるから気を付けろよ。もちろん私達はお互いに見えなくなるからな」
それに三人は頷いた。
「じゃあ準備して」
——パンッ! パパンッ! パンッ!
地面にインビシブルバレットをそれぞれ発射すると、次第に体の表面が空間移動魔法の魔力粒子で満ちていき、
「あれ? 皆ほんとに消えたんだね。ッて! 手がない! 足もない!」
「言ったでしょ? 全く、かなこったら。そういうちょっと落ち着きが無いのが命取りになるんだぞ?」
「おお、これが透明人間か! いたずらし放題だな……」
篝もオーバーなリアクションを取るが、
「あんたはもう何でもいいわ」
愛珠は咳払い一つに、
「じゃあこれから作戦を開始する。シャワーバレットを撃って、魔力弾が全部地面に落ちたら向こうの捜索班がいた所に逃げるわよ」
『了解!』
愛珠はM92FSを上空に向け、1発のシャワーバレットを発射した。
暫くするとシャワーバレットの弾頭から直径3㎝位の大きさの赤色の魔力弾がにわか雨の如く落ちて行いった。
暫くその光景を見ていると、地面が何箇所か爆発していることを見てとることが出来た。
でも、
「なんで地雷があることに気付いてたんだ?」
と、亮二は率直な疑問を投げかけた。
「リョージ。おまえの目は節穴か? 見てきた死体の中に下半身が無かったのもいただろ?」
亮二は秋葉原に来てからの光景を脳内で再生していると、
「確かにいたな」
そのことを何とか思い出した。
あまりにも無残な光景なので、恐らく脳内で勝手に消去されていたのかもしれない。
「だからだ。……じゃあ行くぞ! はい、走って!」
四人は全力で捜索班の方に向かって——肉食獣に追いつかれまいという逃げるか弱き草食動物の如く走る。
どうやら敵には気付かれていないようだ。
何とか目標地点まで走りきって、
「みんな……、ちゃんといる? ……大丈夫?」
かなこは息を切らしながら、言葉を途切れ途切れに伝える。
「俺は大丈夫だ」
「俺もだ」
——…………。
「愛珠ちゃん?」
しかし、愛珠は返事をしない。
「アリっちー!」
「神代さん⁉」
二人も呼ぶが未だ愛珠からの返答は無い。
「アリスってこいつの事か?」
『ッ!』
三人は揃って驚愕した。
透明人間で不可視なはずなのに、その声の主は完全にはこちらに目を向けていた。
「アリスちゃんはいけないねぇ。人の物を勝手に盗んだ上にそれを使ってヘンテコなものまで作っちゃってさ……。全く呆れちゃうよ。んてわけで、まず魔力石返してもらうからね。って、どこにあるの? あーあ。気失わせちゃったから教えてくれないもんね。どこかな? ここかな?」
少年は見えないはずの愛珠から奪われた魔力石を探す素振り見せているが、傍から見ればただの変人だ。
「あ、あったあった。ご返却ありがとうございま〜す」
三人は少年の余りに恐ろしいオーラに、更にはフランス本部で第一小隊員を勤めていたと言う愛珠が捕まった事に気後れして、肝心の1歩が踏み出せずにいた。
見た目はただの少年なのに。
「あ、そうそう」
少年はこちらを向き直って言葉を継ぐ。
どうやら彼は四人が見えているらしい。
「この子、貰ってっていいかな? 教授が喜ぶと思うんだ」
かなこも言わずと彼を恐れている。しかし勇気を振り絞って、
「駄目に決まってるじゃない! 今すぐ愛珠ちゃんを返して!」
「えー? なんで〜? いいじゃんこんなの」
「『こんなの』って、愛珠ちゃんを物扱いしないで!」
「所詮これは教授の実験台になるべき存在なんだよ。悔しかったらかかって来たら?」
挑発的な少年の口調。
——パンッ!
かなこは少年に発砲した。
しかし、その銃弾は少年に当たる寸前で消え、そして撃ったかなこの9ミリ拳銃の丁度銃口の中に入って行き、そして9ミリ拳銃を爆発させた。
それによりかなこは手を負傷した。
流れ出した血は亮二にも篝にも、そして本人にもはっきり見えていた。
「お姉さん。ちょっとは頭使おうよ。この空間移動の魔力結晶を持ってる僕に飛び道具で攻撃なんて、マヌケなのにも程があるよ。銃弾を移動させられるとか考えられないのかな?」
少年はかなこを侮辱した口調で、しかし淡々と自分の魔力石の性能を誇っている。
「大丈夫か、石沼?」
「かなっち⁉ 大丈夫?」
亮二と篝は共に、地面に倒れ血で濡れて一部が可視化しているかなこに駆け寄ってそう声を掛けた。
「大丈夫、軽傷だから。それよりも愛珠ちゃんを。このままじゃ連れていかれちゃう……」
「やるだけやってみる」
「どうする杉野」
亮二と篝は再び少年の方に向き直った。
「あはは。やる気? あっ、そうだ。ただ殺しあっても面白くないよね? だからゲームをしよう」
「ゲームだと?」
亮二は聞き返す。
「そう! ゲームだよ!」
少年は楽しそうに両手を広げ、
「ルールは簡単。もし僕に触れられたらこの子を解放して上げる。もちろん僕は君達を殺したりしないから安心てね」
「乗るのか杉野?」
篝は亮二に尋ねた。
「乗る以外の選択肢は俺らには既に無い」
「だな」
「んで? どっちなんだい? 乗るの? 乗らないの?」
「乗るさ」
「OK! なら始めようか。そっちから動き始めていいよ」
少年はこちらに先制攻撃の権利を譲った。
「作戦はあるのか?」
亮二は返事はせずにただ首肯する。
少年が銃弾を瞬間移動させた原理は分からない。
もし、銃弾の瞬間移動が銃弾を目視していなければ出来ないのだとしたら、篝と共に少年の気を引いて、同時に発砲すれば良い。
しかし、お互いが不可視な以上この作戦は厳しい。
つまりは、
「とりあえず、こうだ!」
亮二は少年に9ミリパラベラム弾を発射した。
だが、これではさっきのかなこと同じことになってしまう、と思ったのは篝と、痛みに耐えているかなこだけであった。
銃弾は銃口の手前で転移され、そこからバレル内を進んで行き奥につくと爆発することになっている。
しかし、亮二の9ミリ拳銃は爆発していなかった上に、弾丸は少年の顔の横を、髪の毛を何本か切って通過して行ったのだ。
何故こうなったのか。
亮二は9ミリパラベラム弾を3連射したからだ。
1発目は少年が魔法で丁度銃口に返してくる。
それを2発目で相殺する。
3発目は滞空している2つの銃弾に当たらないように照準をずらして撃ったのだ。
「うわ〜。こわ〜。凄いやお兄さん。驚いたよ。まさかあんな対処法があったとは思い付かなかったよ。それに、僕の髪の毛を何本か切ってくれちゃったね。まさに神業だ。あっけなさ過ぎてつまらなかったよ。でもまあ、今回は大目に見てあげる」
少年は驚嘆している面持ちで語っている。
今回は勝ちのようだが、亮二は未だ9ミリ拳銃を握った両手を下ろそうとはしない。
篝は少年同様、表情が驚きに満ちている。
「じゃあこの子も返してあげる。はいどうぞ」
少年は愛珠を空間移動魔法で亮二の腕の中に瞬間移動させながら、いかにも残念そうな声音で言った。
「んじゃあもうそろそろご帰宅頂こうかな?」
少年はにやりと笑って、
「今度僕のテリトリーに入って来たらこんなに甘くしないからね? 今回は好奇心で君達と戦っただけ。なんでたくさん人を殺す僕が君達を殺さないのか、気になっていると思うから教えてあげよう。僕は魔術師が嫌いなだけでその他の人間は嫌いではない。魔術師を排斥しても他の人間はしない。だから君達は殺さない」
「何が言いたいんだ?」
「うーんと。つまりね。僕のテリトリーに入って来たら殺すよってこと」
「…………」
「んじゃ。バイバーイ」
「の君! 杉野君!」
誰かが亮二の名を叫んでいる。
石沼かなこだ。
「石沼……」
ハッとして半身を起こすと、亮二の目には捜索班のメンバーが各々行動しているのが写った。
「杉野。大丈夫か?」
篝も珍しく亮二を心配している。
「俺は大丈夫だ。いったい何が起こったんだ……。石沼は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫、治癒魔法の石もあるから」
かなこは包帯が巻かれた両手を見せつける。
「そっか。なら良かった」
亮二が立ち上がるとかなこは、
「そんな事より。私達はあの少年に気を失わらせられたそうなの」
「神代さん同様ってことか?」
「捜索班が私達を見つけてここまで運んできてくれたんだって」
「そうだったのか」
亮二はおもむろに立ち上がって愛珠の所に歩いていく。
愛珠は捜索班の車両の後部座席に横になっていた。
すーぴーすーぴーと気持ち良さそうな寝息が聞こえ、また、起伏のほぼない胸が上下している。
どうやら愛珠には何の異常も無いようだったので、亮二は胸を撫で下ろす。
暫く様子を見ていると、
「んぅう」
と愛珠がモゾモゾと動き出した後、先程の亮二同様ハッと目を覚まして半身を起こした。
「リョージ! 敵は⁉」
亮二は静かに頭を横に振った。
「はやく追わないと!」
愛珠は立ち上がって、車両の開いたドアから出ていこうとしたが、
「駄目だ。今の俺らじゃアイツには絶対勝てない」
「でもこのままじゃ被害が拡大してしまう!」
「それは無いと思う。アイツは自分のテリトリーを荒らされたくないって言ってた。だから多分何もしなければアイツは攻撃してこない。特に魔術師じゃなければ」
「敵がそう言ってたのか?」
「そうだ」
「そんなの信じられない。まして相手は殺人鬼。どうせまた殺人するに決まってる!」
愛珠が興奮している所に石沼班が集まった。
そしてかなこは、
「愛珠ちゃん。まずは杉野君にお礼言ってあげて。杉野君が敵に捕まっていた愛珠ちゃんを助けたんだよ」
と、愛珠の昂る心を抑制しようとする。
「リョージが……私を?」
亮二は気恥ずかしくなってそっぽを向くが、それが無言の返事となったのか、
「そうか。済まないなリョージ」
と愛珠は謝った。
しかし、かなこは、
「『済まない』じゃ無いでしょ?」
愛珠は口をパクパク開いたり閉じたりまるで金魚の様にしつつも、
「あ、ああありがとう! リョージ!」
と、俯きなんとか亮二に感謝の気持ちを伝えることに成功した。
しかしそれと同時に愛珠の頬は林檎の如く赤らみ始めた。
「はーっはっは! いつもは堂々としているのに感謝の言葉を伝えるだけでそんなに恥ずかしがるなんて。なんかアリっちって不思議だよな」
「アンタにだけは言われたくない!」
ショートコントを開始した篝と愛珠に亮二は吹き出さずにはいかなかった。
「ちょっと、リョージ! 何を笑うな!」
「いや、何でも」
「私を馬鹿にしてるのか?」
「してないよ」
「絶対した!」
「しーてーなーい!」
「絶対絶対絶対した!」
愛珠がキンキン声で叫び出す。
そんな中、
「ちょっと失礼するぞ。話はさっき聞いたから状況は把握した。秋葉原全体は敵に占領されちまったらしいな。直ちに対処するのは難しい。君達は今日の所は一旦本部に戻って休息しなさい」
と、多田小隊長が四人にそう告げた。
「いや、でも」
愛珠が反論する。
「これは命令だ」
「ッ…………」
「これに乗って少し待っていてくれ。運転手を呼んでくる」
帰りの車内で四人は先程の戦闘を次回のために振り返る。
「まず敵の使ってくる技だ。敵は銃弾の位置を移動させて攻撃することが出来る。それに奴は俺らが使ったみたいに透過魔法も使える」
「あとは自分自身のテレポーテーションね」
「うん。今分かってるだけで3つ。そしてたぶん敵はクアドラプル級の魔術師だから瞬間移動以外の魔法も使ってくるだろう。今回は今まで戦ってきた魔術師とは比べ物にならない実力者だ。総力戦になるだろうな」
「こっちには玄武討伐もあるってのに……」
篝はボヤいた。
「多分あいつはそれを狙ったんだと思う」
「杉野君、それはどういうこと?」
かなこは尋ねる。
「奴はMSCOが東京から減るところを見計らって事件を起こしたんだ。たまたまだと考える判断材料はないからな。奴は魔術師を狙っていると言っていた。なら魔法と科学の平等を謳うMSCOが居ない方が都合がいいんだよ」
「でも何で魔術師を?」
「それは分からないけど、アキバを全面封鎖するだけの大きな目的なのは確かだ」
「いい推理だ」
愛珠は顎に手を当てて考えている亮二にそう言うが、
「だけど、それを知ったところで何の対処も出来ない。問題はアイツにどう立ち向かうかだ」
「敵は愛珠ちゃんを利用しようとしていたよ。愛珠ちゃん、狙われた動機はあるの?」
かなこは怪訝顔で愛珠に尋ねる。
「分からない。ほんとに何も」
「俺は分かるぜ」
突然の篝。
「何でアンタが分かるわけ?」
「自分じゃ気付いてないかもしれないけど、アリっち、君はある一定の男からモテるのさ」
「どーゆー意味?」
愛珠は首を横に傾ける。
「つまり、君はあの少年の主から好かれてるってわけさ」
篝はいつもの調子。
「なわけないでしょ」
冷静な愛珠。
「んまあ。名探偵にもなればこんなの序の口よ」
すると、かなこは、
「あんたの推理はいっつも外れてるけどね⁉ てか推理じゃないけどね⁉ なんも」
「ははは、何を言う石沼。この前の俺の名推理を忘れたのかね」
「何が名推理よ! あんなのただ事実を述べてただけじゃない」
「違うね。あれは列記とした推理だ」
と、なんかよく分からないところで篝とかなこが言い争いを始めてしまった。
「おい二人とも、落ち着けって」
亮二は二人を静する様に中に入って行く。
するとその時、
——キキーッ!
四人を乗せた車両が甲高いブレーキ音を響かせながら急停止した。
そのため立っている三人はバランスを崩して倒れ、座ってバカバカしいと様子を見ていた愛珠も床に倒れ込んでしまった。
(ちょ! 待ってくれ!)
亮二は目の前の光景に目を見開いた。
そこには愛珠と愛珠のスポーツブラのツーショットがあった。
亮二は自らの右腕を見下ろした。その右腕は愛珠の上の服をずり上げてしまっていた。
「リョージ? どうした? 早くどいてくれ」
しかし愛珠はなんとも感じていない様だ。
「ご、ごめん!」
亮二はすぐに愛珠から離れる。
「何事だ?」
愛珠はそう言って半身を起こし、運転手の方を向いた。
他の三人も運転手の方を見るが、その運転手は何も言わない。
いや、何も言えなかったのだ。
この位置ではちょうど目の前がどうなっているか窺うことが出来ないので、四人は立ち上がるとフロントガラスの向こうに目をやった。
『ッ!』
そこには一人の男の子が——先程出会ったばかりの少年が、空中にあぐらをかいてこちらを見ていた。
少年はその姿勢のまま空中を平行移動して車両に近付くや、瞬間移動で車内に侵入した。
「やあ、さっきぶりだね。安心して、気が変わって殺しに来たわけじゃないから。ただ伝えたいことがあってね」
愛珠は思案し、捕まえられてしまうのではないかという結果に至ったのか、体制を低くして戦闘態勢を取った。
「アリスちゃん……? だったよね? 何もそんなに怯えないでくれないかな? 僕も流石にその鋭い目は怖いんだよ」
愛珠は少年を睨みつける。
「んまあ、いいや。本題に入るね。……僕は2日後にアキバで大事な儀式を行う。その時まで僕を倒さないときっと東京は壊滅するよ。あっはは。何回も言うけど僕は魔術師だけしか殺さないつもりだ。でもこの儀式は僕達にとっては何より大事なことなんだ。だから邪魔されたら君達だろうと科学の人達だろうと容赦はしない。言いたいこと分かってもらえた? 僕さ、ものを簡潔にまとめるのが苦手でさぁ」
「つまり、俺らがお前の儀式を止めようとするなら今度こそ殺すってことだな」
「そうそう。要約ありがとね! 僕が儀式を始める前に君達は準備を万端にしておきなよ。僕が言いたかったことはそれだけ。じゃあまたね」
少年は手を振って帰ろうとした。
「何のためにこんなことしてるんだ」
亮二は声を低めて少年に尋ねた。
「そんなの考えれば分かるんじゃないかな?」
少年が言った後、暫くの沈黙が車内に流れるが、
「んじゃ。僕は準備があるんで。それじゃあ今度こそばいば〜い」
少年の姿は一瞬のうちに虚空へ消えて無くなり、ただ甘い残り香と車内の静けさのみが満ちていた。
MSCO東京本部に戻ってくると、第六班石沼班班長のかなこは佐藤第五小隊長に呼び出され、先程あったことについて幾つか質問されていた。
「なるほどな。これは玄武討伐作戦を少し先送りにせざるを得ないかもしれない。丁度玄武討伐作戦の開始は2日後……」
「やはりあれをしようとしているのでしょうか」
「ああ、絶対そうだろうな。玄武と青龍が同時に出現したらこりゃあ勝ちっこない。まずどっちかを片付けるのが妥当だろうな」
北の玄武。
東の青龍。
どちらも中国の神話の天の四方の方角を司る霊獣と呼ばれるものだ。
魔術師の世界ではこの四神は聖なる存在として崇められてきている。
そしてこの四神が揃うと魔力が世界に溢れ出し、魔術師はほぼ恒久的に魔法を使うことが出来ると語られているが、実際は6年前の朱雀召喚の儀は失敗し、あの大災害を招いている。
日本は魔法も科学も平等に扱っていたが、あれほどのことが起こって以降は四神召喚の儀式を禁止せざるを得なくなった。実際は何の意味もなかったのだが。
その例が今回の札幌の玄武出現だ。最新の情報では、玄武の反応は大きくなっているようで、2日後には霊獣受胎が行われる可能性があるそうだ。
もし仮に札幌に玄武、東京に青龍が現れたとすればMSCOは対処しきなくなり、各地に被害が及ぶだろう。まず召喚の儀式が失敗する可能性もあり、そうなったとしたら過去のあやまちを繰り返してしまうだろう。
「でも調査では東京には霊獣受胎の儀式による影響は出ていないんじゃ?」
かなこは質問した。
「いいや。札幌に向かう準備のために東京の観測は中止していたんだが、そこを上手くすり抜けられた」
「そうだったのですか。でもまあ、やはりクアドラプルの魔術師から倒すべきですね」
あの少年はMSCOでクアドラプルの魔術師として判定された。
「そうだな。不確定要素を潰すのが合理的だろう。明日には出撃しなくてはならない……。とりあえず作戦を考えねばならない。作戦が固まり次第連絡するからそれまでは心の準備でもして待機していてくれ。あと、物品がエントランスに届いているから他の班の人達とそれを弾薬庫に入れて置いてくれ」
「はい。分かりました」
かなこはそう返事をすると三人のいるエントランスに向かう。
「終わったよ」
その声で三人は振り返った。
「以外と早かったな」
「んまぁね。て言うよりこれが愛珠ちゃんの設計した弾なの?」
「そうだ。通常弾だが、質では世界一だぞ」
愛珠は誇らしいそうな声音で言いながらも、たくさんの銃弾が入ったダンボール箱が乗っかった台車を押して運ぼうとした。
がしかし、それは案外重かったのか愛珠の貧弱な力ではなかなか進まない。
「神代さん。代わるよ」
亮二はそう言っておもむろに台車を押し出す。
「いや、いい。私がやる」
「全然進んでなかったじゃん」
「1回勢い付いたら余裕だからもう離していいぞ」
「いや、いいから任せとけって」
そう言われた愛珠は若干考えてから、
「しょ、しょうがないから。任せる」
と、台車から手を離して亮二に一任した。
弾薬庫に愛珠の特殊弾を置くと四人は第五会議室に向かった。
同時刻 アラール邸・ノエルの自室
それまで霊獣を呼び出すには儀式のみだと考えられてきたが、6年前の天の裁き以降魔術師達も儀式を行わずに霊獣を呼び出す方法を探し求めた。だが一切の得策を得ることが出来なかった。
しかし、それは小さな女の子によって解決されることになった。
そもそも儀式とは、世界に一つずつしかない四神の核を使って霊獣を呼び出すものである。初期の核は魔力が不足しているため霊獣を呼び出す事は出来ないが、大量の魔力を与え続けることによりそれは可能になる。そしてその飽和核は単独では維持困難なので、呪文を唱える事により体内に取り込み(霊獣受胎)、崩壊を阻止する。そうすることで霊獣の力を得る事が出来るのだ。また霊獣受胎によりそれまで与えられた一つの都市を壊滅させる程の魔力を一気に放出する。
ノエルの編み出した方法は、虚無の魔力石を擬似核として霊獣を呼び出すものだ。核を魔力飽和状態にするのに大量の魔力を与える代わりに、何万もの術式を組み込む。それにより霊獣受胎をしても魔力放出は起こらないと考えられている。
「今すぐ儀式を中止させてください! じゃないと東京が滅びてしまいます」
「やはり稚拙な脳みそじゃその程度のことしか考えつかんか」
男は言葉を継ぐ。
「永久の魔力のために一つの都市を潰すなんて代償は小さ過ぎる位だよ。それに魔力があれば東京なんてすぐに再構築出来る。時間はかかるがね」
ノエルは掌でテーブルをバンッと叩いて立ち上がり、
「それじゃあ人間は生き返らない! そんなの駄目!」
男は普段は大人しいノエルなので、こんな大声をだしたことに酷く驚いて目を見開く。ノエルも自分が大声を出した自分自身にびっくりした。
「未知の研究をしている身で何を言う。儀式では確実に都市の一つは滅びる。しかしお前のそれはあくまで仮定に過ぎない。もしかしたら被害が出ないかもしれないが、もしかしたら国一つ滅ぼすかもしれないのだぞ」
「…………」
「それでもお前は俺を否定出来るのか?」
「…………」
ノエルは口を閉じたままだ。
「まぁいい。せっかくお前の所に来てやったのだ。せめて食事でも共にせんかね? 我が娘よ」
「私は…………。私は今から東京に向かう!」
唐突過ぎるノエルの発言を理解するのに男は少しの時間を用した。
「何を言っているのだ」
「私は東京に行ってカリンを止める!」
「MSCOの味方をするというのか?」
「そう言うことじゃなくて。東京が滅んだらこの日本は破滅する。そんなことになったら元も子もない。クリン! 行くわよ! カリンを止めに!」
ノエルは密かにドア越しでこの話を盗み聞きしていたクリンにそう言って、机の上にあるジュラルミンケースを持って、ドアの向こうに消えていった。
「馬鹿な子だ。こっちの玄武はどうするっていうんだ。待てよ……、まさかあいつ」
彼の嫌な予感は的中していた。ノエルが持っていたあのジュラルミンケースの中には玄武の核が入っていたのだ。
5月6日 午前8時 秋葉原
「これより、青龍討伐作戦を開始する! 総員、出撃ー!」
作戦の計画や指揮を担当する第四小隊の隊長・花田が全隊員に出撃命令をかける。
第一小隊第二班が勢い良く駆け出した。
すると、少年改めカリンは案外素直に現れた。
空中で足を組みながら現れた。
そして、
「やあ。こんにちはMSCOの皆さん。今日こうして僕の所に来たってことは僕の儀式を邪魔するって事で良いよね? ってことは僕が君達に危害を加える動機は十分にあるよね。久しぶりに魔術師以外が殺せるのか。せいぜい楽しませてよね」
カリンは彼らの前に立ちはだかって、口角をくいっと上げて言った。
第二班は攻撃を開始した。しかし、それは果たして少年のテレポーテーションにより躱される。
何度も攻撃するも攻撃は一つも当たらない。だがこの結果は元より分かっていたことである。
すると、この間に別の隊員が少年の後ろに回り込んでいて、日本刀で少年の背中を切りつける。
それはしかし少年の服を掠っただけで、離れたところにテレポーテーションされてしまう。
「あはは。いいね。服少し破けちゃったよ。いい連携だ。評価に値するよ」
上から目線で言うカリン。
「よし、次の作戦行くぞ」
『了解!』
「作戦かぁ〜。どんな作戦なのか楽しみだなぁ」
カリンに向かって何人かが飛び回るようにして走り出した。
「はァー!」
無駄な攻撃でしかないのに行うのはナンセンスだろうか。いや、これも全て作戦のうちなのである。
カリンは避けながら後退していく。
そしてある地点に辿り着くと、地面が突如爆発した。この短いうちに設置した対魔術師用の特殊地雷である。
地雷を踏んだ者は体内への魔力粒子の供給が一時的に出来なくなる。つまりはカリンがテレポーテーションや、他の魔法を使うことを防ぐのだ。
だがそれに気付いた少年はテレポーテーションして回避。
「いやー僕、1対1でしか戦ったことないから作戦とか弱いんだよねぇ。危うくテレポーテーションが使えなくなるところだった。いやー。どんどん服がボロボロになっていくよ。手を抜きすぎたかな? 僕のこの服だって無料じゃないんだよ。これ以上ボロボロになったら教授に怒られちゃうから、そろそろ反撃と行こうかな」
カリンは右手を目の前に掲げ、そこに火球を作って見せながら言った。そしてその火球を四方八方へと発射していく。
しかし、その火球は軌道を変えある隊員の日本刀の元に。そしてその日本刀に纏った火は更に大きくなる。
「属性吸収⁉ そんなのあり〜⁉」
カリンは言って仰天する。
属性とは魔力の種類のことである。火、地、風、水、光、闇系統の魔法、無属性の2つに大分出来る。
属性吸収は無属性以外の魔力を全て吸収してそれを無属性に変えるというものである。
無属性の魔法は原始の魔法と呼ばれ、全ての属性と共通性をもつ属性となっている。無属性魔法の例としてはカリンが使う空間移動魔法などがある。
「属性吸収されちゃあ困っちゃうなぁ。僕の使っている4つ魔力石の2つは封じられちゃってるんだからね」
カリンはしかし、不敵に笑う。
「まあ。君達が僕に空間移動と衝撃波しか使わせないつもりなら油断がならない。つまり、僕も少しは本気を出さざるを得なくなったってわけだね」
カリンは空間移動魔法の応用で地から足を離し、浮遊しながら、
「とくと味わうがいい! 原始の属性の力を!」
カリンは向かってくる敵を見下しつつ、テレポーテーションしてその中に入り、空間移動魔法を応用し強化された蹴りで攻撃していく。一人また一人と倒れていく隊員達。これは昨日、第五小隊石沼班が食らったものと同じである。
そしてその蹴りは日本刀の男の目の前へ。男はそれを刀の平地で受け止める。
しかし逆足からの回し蹴りを頭に食らい、地面に倒れてしまう。
男は立ち上がろうと日本刀を地面に刺す。
「はぁーあ。何をぼーっと突っ立って見てんの?」
カリンはため息をついて増援の第三班隊に挑発的に言う。いや、彼らに対してではない。
「ノエル・マリー・シャルル・アラール=デキシュよ。君とまた戦えることに天に感謝だね。嬉しいよ。それともあれかい? 君は僕の味方しに来てくれたのかい? まあ、その目じゃあ前者だろうけどね」
「…………私はあなたを止める」
「随分と冗談が上手くなったね。慶福だ」
「冗談なんかじゃない。私は本気」
「教授がそっちに訪問しに行ったのではないか? 彼は止めようとしなかったのかい? ってのは愚問かな。彼は今頃何をしているかな? まあ多分屋敷に立てこもっているんだろうけど。てか1日でよくここに来れたものだ。飛行機見つかってよかったね」
「そんなことはどうでもいい。今はあなたを止める。でもMSCOとは手は結ばない」
二人がそう話している時、ある隊員は少年の首を跳ねんと背後からその剣を振るった。
しかし、カリンはそれを見もしないでその刃を掴んだ。
「ほう。大事なお話中にその様な愚行をするとは、しかし、称えよう。その姑息さ故、僕はテレポーテーション出来ずにこうやって手で君の攻撃を防いだのだ」
カリンの手からは血が滴り落ちていく。
そしてその鮮血はアスファルトを赤く、赤く染めてく。
「だけどここはお引き取り願いたい。君達と戦ってる暇は僕にはなくなった」
カリンは剣を離した。剣は血で白銀から赤く塗り替えられ、そして少しずつ刃がこぼれていく。空間移動魔法によるものである。
「血にだってこの魔力石の魔力粒子は入っているよ。覚えておくといい」
カリンはそう言った後にその血液からレイピアを模した紅い剣を作り出した。これも空間移動魔法の応用だ。
「さあノエル、再び剣を混ぜ合わせようではないか。っとその前に。クリン、僕は誇り高き魔術師だ。一対多の戦闘は望むところだが、それも決闘になっては別問題だ。くれぐれも邪魔するんじゃないよ。僕は実の弟に剣を向けることはしたくないんでね。もしやりたいってならこの戦いの後でにしよう」
クリンは以前、主たるノエルから貰った空間移動魔法の魔力石でずっとインビジブル状態で姿を隠していた。だが、同じくインビジブルを使うカリンにとっては無意味なことであったらしい。クリンはインビジブルを解き、その姿を現した。
クリンも魔術師たる存在であるため、彼とは全くの同意見。
従ってこの戦いに手出しは出来まい。
ノエルは無機物生成魔法で同じくレイピアを作り上げ、それを少年に向けながら、
「受けて立つわ。カリン」
カリンとノエルの決闘の火蓋は切って落とされた。
カリンは地を思い切り蹴り、ノエルにフォント(レイピアによる突き攻撃)。
ノエルはそれをフルヴォルテ(レイピアによるカウンター攻撃)。それをカリンはそれをデミヴォルテで躱す。
フォント、ヴォルテ、フォント、ヴォルテ…………と、激しい剣劇が繰り広げられる。
その光景はMSCOの精鋭、第二小隊の目をも点にさせる程のものであった。
ノエルもカリンも魔術師であるが、火花散らせるその剣以外は何の魔法も使わず、正々堂々と戦いを繰り広げている。
普通、魔術師は有りと有らゆる姑息な手を使いたがるので、このような戦いはまさに模範すべきものである。
二人の実力はまさに互角と言える。
しかし、これは実力に限った話であって、この戦いはおおよそ剣で決まることだろう。
カリンが空間移動魔法で自らの血液を収束して作った剣。
ノエルが無機物生成魔法で構築した剣。
いったいどちらが強いのだろうか。
ちなみに無機物生成魔法は空間移動魔法と同じく無属性魔法なのであの日本刀の属性吸収はされない。
恐らくノエルはあの戦いの一部始終を見ていたのだろう。
第三人小隊からの報告を受け、第四小隊長の花田は舌打ちをして頭を掻き毟ったのは言うまでもない。
「くっそ、邪魔者めが!」
そう言ってテーブルを拳で叩き、コーヒーに波紋を立たせながらも、彼は脳みそをフル回転させ、打開策を考慮する。主にMSCOは銃を使うがそれが出来ない今、第二小隊は全くの戦力外であるのは非常に痛い。
「残りの第一小隊と第五小隊は現地であの魔術師と共闘しろ! 今は敵を倒すことだけを考えろ!」
本作戦の指揮官としてそう指示をした。
『了解!』
(さぁ、大いに暴れろ。佐々木の坊主)
花田からの指示を受け、それまで待機していた第一小隊と第五小隊は第二小隊のいる、即ちノエルとカリンが戦闘を繰り広げている中央通りに向かう。
「二人目の魔術師が現れて俺らまで繰り出すって、花田小隊長はそれでも指揮官かよ」
篝はそんな文句を言った。
「それ程状況が深刻ってことだね」
「そうだな。まぁ、俺らは死を案ずる心配は無い。佐々木小隊長がいるんだし」
と、かなこと亮二は項垂れる篝に言う。
「それに謎の魔術師もいるみただぞ。戦力は十二分あると思うが」
愛珠も付け加えるように。
「そんなことより…………」
「全然『そんなことより…………』じゃないけどね⁉ 何?」
かなこは篝につっこむが、
「戦って壊されたアキバなんて見たくないんだよ!」
「そんなことがこの作戦より心配だったの⁉」
「一アニメファンとして当然のことだ!」
「言い張るな!」
幸い第五小隊しか居合わせていない車両だったため、「ああ、またいつもの始めてるよ」とか「あー。もうBGMにしか聞こえないわー」的な事しか言われずに済んでいるが、あまりにも緊張感がなく場の空気を壊す二人の会話に皆はため息をつく。
中央通りに着き、車両を降りるとまず目に飛び込んだのは火花散らす剣達と、その周りで倒れる隊員達であった。
「嘘だろ⁉」
「あの妖刀使いも負けたって言うのか⁉」
愛珠と亮二は目前の現状に目を見開く。
「おいおい、マジかよ」
一瞬遅れて篝も。
しかし、佐々木率いる第一小隊第一班は亮二達・第五小隊の様に現状に怯んだりはしない。
ただの敵に向かう。
「あれ〜? 増援部隊かな? 今決闘中だから後でにしてね」
カリンは微笑みを向けて言う。
だが、
「気にするな。総員、かかれ!」
佐々木はその言葉を無視して命令を出す。
「ったく。これがヤマトの魂かい? 僕の知ってるヤマト人とは大違いだね……。ノエル〜。ここじゃな戦いにくいんだけど、どうする?」
「私はあなたとしか戦わない。こいつらはどうでもいいわ。殺すならご勝手に」
と、カリンとノエルは戦いの手を止めて会話する。
「なら先にこいつらは殲滅しちゃうね。ちょ〜っと待っててね」
カリンは佐々木の方を見て、
「さあ、僕が相手になろう。かかって来〜い!」
カリンは血束レイピアを佐々木に向ける。
その間にノエルはクリンを呼び出し、インビジブル状態になる。
第一班はカリンに一同に向かっていく。
「おお、なんかさっきよりもちょっとだけ強いねぇ。でも所詮ちょっとだけ」
カリンは血束レイピアで空中を横に切る。
すると、そこから空気を圧縮して作った斬撃が射出される。
しかし、彼らはそれを同時に軽々と避け、更にカリンに近付く。
「やるねぇ。まさか避けるとは……」
カリンは決闘の際のみ魔法は使わないが、このような荒事では、どうやらそれは無効らしい。
カリンは次から次へと襲い来る刃をいとも容易くヴォルテ、ヴォルテ、ヴォルテ。
しかし、カウンターはカウンターで返さる。しかし、カリンにはそれをもカウンターで返す剣技と暇はさらさら無い。
そのためカリンはテレポーテーションでそれを避ける。
しかし、
「まず一つ」
「ッ!」
そこには佐々木がナイフを構えていて、テレポーテーションして出てきたカリンの右太ももを突き刺した。
再びテレポーテーションでその佐々木から遠ざかる。
だが、
「二つ!」
そこには別の隊員がいて、次は左太ももをナイフで刺す。
カリンは立て続けにテレポーテーションして、高い建物の上に移動して第一班から距離を置き、その場に尻餅をつく。
「ど、どうして僕が……。押されてる?」
それまでMSCOをなめてかかっていたカリンではあるが、自分の両足からの出血に目を見開く。
「いや、違う。お前の負けだ」
背後から声が聞こえたと思ったら口から温かい何かが垂れてきているのが知覚できた。
その後吐き気に襲われ、口からその温かい血を吐き出した。
「どうして……」
「もう一度言おう。お前は負けだ。MSCOを侮るな」
声の主はもう1度カリンの胸を貫いた。
異常な量の血液が屋上を染めていく。
「さて、魔力石回収っと」
声の主はなんと第三小隊長・多田であり、彼は少年の血にまみれた服を漁り、魔力石を探す。
「ん? なんだこれ。身体に包帯巻いてたのか。こんなやつでも怪我すんだなぁ」
しかし。
「怪我じゃないよ」
「ッな! まだ生きてたか!」
「いやー。死ぬわけ無いじゃん。でも最初は気付かなかったなぁ。まさかこんな所にまで君達がいたとはね。ボクの演技どうだった?」
「しぶといやつめ」
彼はカリンから遠ざかる。
「あーあ。これじゃあ全然拉致があかないよ。君達も意外と強いんだね。んな事より。君達をどう倒そうか。あの属性吸収さんは何処にいるの? あの妖刀壊したいんだよね」
「教えてと言われて教えると思うか?」
「だよねー。ならいいや。あんま使いたく無かったけど、これを使うか」
カリンはパチンと指を鳴らす。すると、カリンの周りが突如爆発する。
しかし多田は大楯でそれを防ぎ、すぐに階段を下りて行った。
「あははは。面白いねぇ。気に入った。だけど、弱い……」
「カリン。まだ?」
ノエルが屋上にやって来てカリンに首を傾げながら尋ねた。
「もうちょっと待ってよぉ〜」
「分かった。待ってる」
ノエルは再び見えなくなった。
愛珠は第一小隊のある隊員から血の付いたボロボロの日本刀を受け取った。
血液にはその人が所有している魔力石の魔力粒子が含まれているので、それを採集すれば、魔力石から直接ではなくとも魔力結晶を作ることができるのだ。
そして今はそれを利用しテレポーテーションバレットを作っている真っ最中である。
テレポーテーションバレットを作るには幾つかの術式が必要である。
・魔力波術式(魔力波を放出する術式)。
・信号術式(魔力波の変化を読み取って、次の術式を展開する術式)。
・定型術式(信号術式により展開され、特定の効果を発現する術式)。
・調整術式(効果発現のタイミングや、はやさ、規模などを調節する術式)。
これらの術式を片瀬式・術式転写装置で弾頭に組み込み、弾頭に魔力結晶を注入することによって、テレポーテーションバレットは出来上がる。
ちなみに、術式は誰もが簡単に作ることが出来る訳では無い。
昨日、石沼班がカリンに襲われた時に愛珠が即席で作ったインビジブルバレットの展開術式でも、定型術式の簡易版と調整術式が使われている。
この2つの術式は非常に初歩的な術式であるが、構造はとても複雑である。
魔法の知識と科学の知識が無ければ作り上げることは出来ない。
術式は無属性魔法を様々な形で組み合わせることで作るのだが、これが非常に難しいのだ。
しかし、MSCO東京本部・西棟の射撃訓練室の隣にある銃弾製造室には、予めある程度出来上がっている術式がある、愛珠はそれを少し改良することで、難なくテレポーテーションバレットの制作を進めた。
「神代さん。どう?」
「何とか60発くらい作れる。にしても魔力石を取らずしてこうやって空間移動魔法の魔力粒子を得るなんて、私も分からなかった。しかも血液には空間移動魔法だけじゃなくて、火炎魔法系2つと、後は無属性の衝撃波魔法が含まれている。今回は空間移動魔法を発現させるけど、本当は色んな使い道ができるぞ」
「にしてもアリっちはほんとすげーな。日本に千といないガンスミスだったとわ」
「まあな。っと全部出来た上がったぞ」
愛珠は言って、出来上がった銃弾と幾つかの空のマガジンをジュラルミンケースに入る。
「早く行くわよ」
秋葉原に着いて中央通りに出ると、丁度そこには佐々木が待っていたところだった。
「佐々木小隊長! 持って参りました!」
「石沼班。ありがとう」
佐々木は亮二からジュラルミンケースを受け取り、その中から1つのマガジンを取り出し、自分の9ミリ拳銃の銃床に挿入する。
「ありがとう。マガジンは全部で6個か。しかしこのジュラルミンケースを持ったまま戦うわけにも行かないし、この数は流石に所持出来ない。君達に4つ分けよう」
と言いながらケースから4つのマガジンを取り出し、かなこに手渡した。
「しかし、私達ではなく他の第一小隊のメンバーに渡すべきでは?」
「いや、彼らはもう戦える状態ではない…………」
佐々木は俯きながら言う。
「そんな!」
「あれを見たらわかるだろ」
佐々木が指さしたそこにはお互いに肩を貸しあって歩いている二人の第一小隊のメンバーがいた。
「第一小隊と第五小隊は今戦っているがもう時期耐えきれなくなる。愛知本部からの増援を待てば手遅れになってしまう。今戦えるのは私と君達のみだ」
「ってことは」
「そう。君達が私と共闘し、敵を倒す。それしか東京を守ることは出来ない」
『…………』
石沼班は暫くどうとも答えることが出来なかった。
しかし、
「やります!」
愛珠が筆頭となってそう言った。
それに、
「私もやります!」
「俺もです」
「アリっちに同意っす」
と、全員が便乗した。
「君らならそう言ってくれと思ってたよ。じゃあ早速……。ほら来たよ」
佐々木が振り返った先には、
「いやー。ほんとにつまんない戦いだね~。あっ、いたいた。めーっちゃ強い人! あれ? それと昨日の人達もいるねぇ」
カリンは血束レイピアをこちらに向けながら、そしてニコニコ笑顔で言う。
「さあ。行くよ」
テレポーテーションバレットはカリンの持っている空間移動魔法の最高位の魔力石の魔力粒子によって作られたものであり、瞬間的に移動したい地面にそれを撃つことで、着弾と同時に移動が完了しているという仕組みである。
間違いなく史上最強の特殊弾であるが、唯一の難点が着弾までに時間がかかることと、装弾数があるがために多用することが出来ないことである。
だが、そんなことは佐々木にとってはほんの些細なことに過ぎない。
佐々木はゆっくり歩いてカリンに向かいながらも四人に作戦を伝える。
「いいか? 作戦は簡単だ。とりあえずヤツを傷つけろ。出来れば深い傷を負わせるんだ。先程私と第一小隊でヤツの両太ももに致命傷を与えた。しかし、アイツはああやって平然と歩けてるのは空間移動魔法を応用して止血と筋肉の接続を行ったんだと思う。でもいくらAランクの魔力石だからと言って魔力が無限という訳では無い。身体の回復に空間移動魔法の魔力を使い過ぎればいずれテレポーテーションは使えなくなる。そこを突く。以上!」
『了解!』
カリンは血束レイピアを天高く掲げると、その剣の周りの空間が振動し始めた。
「あれは衝撃波だ! 当たるな!」
カリンは血束レイピアを振り下ろし、衝撃波を5人に飛ばす。
しかし各々適当なところにテレポーテーションバレットを放ち、そこに瞬間移動する。
ここにいる誰もが初めてテレポーテーションしたが、その感想を考えることさえ現状出来ない。
四人が次なる行動を思考しているうちに佐々木は既にテレポーテーションをしてカリンに近付き、右手に持った9ミリ拳銃とは逆の手でショルダーホルスターこら別の9ミリ拳銃を出し、目下のカリンに通常弾を発砲する。
四人はそんな佐々木に仰天したのは言うまでもないだろう。
彼らは、カリンに飛び道具は効かないとばかり思っていたが、なんと佐々木は、亮二が昨日行った手法で自爆を防いぐ。
そして、カウンター。
しかし相手にとってこのシチュエーションは2度目。
カウンター対策はもちろんある。
自分の丁度目に飛び込んで来た弾を、更に空間移動魔法で佐々木の方に飛ばす。
佐々木は更にカウンターしても装弾数があるこちらが負けると悟ると、飛んできた弾を、右手の9ミリ拳銃で発砲したテレポーテーションバレットで相殺する。
もちろん彼はほぼ同じ場所に出現する。
そんな光景を唖然として見つめる四人だが、
「見てるだけじゃ駄目だ! 邪魔にならないように戦おう!」
亮二がそう言うと、
「そう来なくっちゃね」
「おうとも」
「言われなくても!」
このように現状何をするべきかが明白に見えたようだ。
佐々木が一瞬後退すると、代わりに篝が佐々木の位置にテレポーテーションし、そしてナイフをお腹目掛けて突き刺す。
だが、カリンはそれをテレポーテーションで上空に避けた。別の地上に出現すると先程の様な作戦にはまってしまうと考慮したからだ。
しかしながら、その上空に佐々木の9ミリ拳銃の銃口があった。
テレポーテーションをするには時間が足りず、そのまま脳みそを貫かれてしまうかもしれないのでカリンは首だけを動かして飛んできた弾を避けようとした。
銃弾はカリンの頬に掠って後ろに逸れる。
なんとか回避を成功させたカリンは上空から新たな銃弾を放つ佐々木に衝撃波攻撃を放つ。
だが、カリンは自分の背中に走る痛烈な痛みに目から一筋の涙を零す。
愛珠は佐々木が放ちカリンの頬を掠めたあの通常弾に、自身のテレポーテーションバレットを命中させ、上空に瞬間移動し、そこでカリンの背にナイフを突き刺したのだ。
愛珠は自由落下して行くが、カリンの背に刺さったナイフを下から蹴って更に深く刺し、落下速度を上昇させた。
「ッ!」
カリンは痛みに苦しみながらも歯を食いしばってテレポーテーションし、5人から距離を置く。
(あれ、一人いな……)
そう思い至る前にバチンという音と共に両足に鋭い痛みが走り、そして立っていられず仰向けに倒れてしまった。
両足のアキレス腱を切ったのはかなこだった。
「しまった……」
カリンは痛みに悶えそうになるが、唇を噛み締める。唇からは血が垂れる。
果たして空間移動魔法を応用して止血とアキレス腱の再接続を行ない、なんとか立ち上がった。
カリンは向かい来る5人に衝撃波攻撃を行う。
佐々木はテレポーテーションバレットと通常弾を空中でぶつけるように発射し、上空に避難。愛珠、亮二、かなこは何とか壁に発砲し、そこに回避することが出来た。
だが、
「篝!」
「篝君!」
いつものろまな篝は一人あの衝撃波を食らってしまった。
篝は口から一筋の血を垂らしてその場に倒れているのが知覚出来る。
「はぁ〜。やっと1人だ。僕をここまで追い込んだのは君達が初めてだよ」
三人は近づいて、篝の半身を起こす。
篝は言う。
「気にするな。ただ痛いだけだ。怪我はない」
「おいでもお前血が」
亮二は声を大に言う。
「これはただ口の中噛んだだけだ。気にしないでくれ」
冗談めかしく言う篝だが、
「杉野。これを使え」
亮二に自分の9ミリ拳銃を渡した。
「……分かった」
亮二はそれを受け取りながら言い、立ち上がった。
「お話は終わった〜?」
カリンは首を左右に傾げながら聞く。
「杉野君」
かなこの声が聞こえる。
「リョージ」
愛珠の声が聞こえる。
「篝の分まで頑張ろう」
亮二がそう答えた瞬間、佐々木は何度もテレポーテーションで移動し、カリンに向かって行き、そしてまた通常弾を撃ち出す。
その弾はなんとカリンの脇腹を射抜いたのだ。
「なん…………でッ⁉」
カリンはテレポーテーション出来ずにその場で怯んでしまう。
佐々木はゆっくりとカリンに近付く。
カリンは脇腹の修復を行おうとするが、
(修復出来ない……?)
「君は魔力石に頼り過ぎている。もう少し自分の脳みそで色々考えるんだな」
「……………………」
「まだ抗ってここで死ぬか。大人しく捕まるか。どちらか選ぶチャンスを与えよう」
「……………………」
「答えないのか?」
「捕まるわけには行かない……。でも死ねない!」
「つまり、まだ抗って僕達に勝とうっていうことだね」
「まだ僕は負けてない!」
カリンは渾身の力で立ち上がると、
「カリン。私との決闘忘れてないよね? クリンともまだ戦ってないけど…………」
と、聞き覚えの無い声が後ろから聞こえてきた。
振り返り、亮二は9ミリ拳銃を向けると、
「ああ、私はあなた達と戦う気は無いです。私はカリンと決闘したかっただけです」
亮二は銃を下ろし、その声の主をじっくり見やった。
しかし不思議なことにその少女は、
「わ、私⁉」
そんな声を上げる愛珠そのものであった。
違う点を上げれば髪の毛の色が愛珠が漆黒なのに対し、少女は雪のような白で目の色が左右で異なり、紅と碧であるという点だ。
その他は身長も顔を酷似していて、体重まで一致していそうなくらいである。
しかし依然、その少女はカリンと会話を続ける。
「カリン。ボロボロだけどこの後私と戦えるの?」
「ノエル、地味にこいつら強いんだぜ。もう泣けてくるくらいに」
「弱虫ね。あなたの得意な空間移動で痛覚なんて取り除いてしまえばいいのに」
「よく言うよ。んまあ気長に待っててくれ。僕は死なないから」
「分かった。待ってるよ」
少女はそう言うとインビジブルを使ったかの様に消えていった。
「あれは?」
亮二が呟くと佐々木はそれに答える。
「謎の魔術師だよ。アレの敵もあのクアドラプルの少年だが、共に戦ってくれはしないんだ。とりあえず敵意は無いからMSCOも迂闊に攻撃出来ない状況なんだ。それよりも、そろそろ止めを刺さないと」
佐々木は2丁の9ミリ拳銃をタクティカルリロードしながらそう言う。
「凄く神代さんに似ていた」
「ああ、顔から何まで一緒同じだった」
愛珠は少し動揺している感じはあったが、すぐにカリンの方に視線を送り、戦闘態勢に戻った。
「みんな、行くよ!」
佐々木の言葉で、四人は次々にテレポーテーションし、カリンに一斉攻撃。
カリンは瞬間移動こそはしないが、かわりに衝撃波を瞬間移動させ、それをかなこにぶつけた。
かなこは吹っ飛ばされ、そしてそのまま地面に倒れる。
「石沼!」が口元まで出かかった亮二だが、今は他人の心配をすることが出来ない。
かなこに攻撃した後、カリンは口から血を吐き出し、先程第一小隊に付けられた太ももの傷から血が吹き出し始めた。
攻撃に回せる魔力粒子の供給が切れ始めたので、それまで傷の修復に使っていた魔力を代わりに使い始めたからである。
しかしカリンはその攻撃を止めることはせず、ひたすらに三人を狙った。
三人はテレポーテーションをするが出現地を予測されて攻撃されてしまう。
佐々木はそれを、身体を捩らせ避け、亮二はテレポーテーションバレットを2丁持ちなので何度も瞬間移動して回避。愛珠も流石はMSCOフランス本部の精鋭部隊から来ただけあって、何とか避けていく。
カリンは目から紅の涙を流しているが、未だに攻撃を続ける。
三人の装弾数がそろそろ尽きてくる。
一番最初に動いたのは愛珠だった。
カリンの後ろに回り込んでカリンの頭部を空中で回し蹴りする。
カリンは対処し切れずまともに食らって横に倒れるが、衝撃波を自分に当て体制を立て直し、愛珠にミドルキックをお返しする。
愛珠はそれを、手をクロスさせて防御するも、空間移動魔法で強化されたミドルキックは愛珠の尺骨にひびを入れそうなものであった。
しかし、愛珠は怯まず新たなナイフでカリンの胸を突かんとする。
それをカリンは軌道を少しずらすことに成功し、即死は免れたが、代わりに肩を突かれてしまった。
その間に後ろに回っていた佐々木が頭部めがけて通常弾を発射。
カリンは発砲音とともに振り返り、衝撃波魔法を纏った手で銃弾を叩き落とす。
しかし、視界が手で塞がれている隙にテレポーテーションしてきた亮二にカリンは頬を殴られる。
頭部に愛珠の蹴りと亮二の殴りを受けたため、空間移動魔法でも脳震盪は対処することが出来ず、カリンはその場で気を失ってしまった。
「勝ったのか?」
亮二が呟いた。
「ああ。勝ったさ」
佐々木が答える。
「やっと、終わった…………」
愛珠はホッとしてその場でぺたん座り。
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大変遅くなってしまいましたが、よろしくお願いします。