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Chaos Control  作者: 矢田あい
第1部 霊獣召喚編
1/4

第1章 MSCO

 2023年5月3日 午後5時 東京都湾上区第8区・MSCO東京本部



「んで最後。俺らの小隊は全員、今回の玄武討伐作戦に加勢するが異存はないな? 札幌本部と連携する今回の作戦だが、今までの作戦と比にならないくらいの難易度だ。覚悟してくれ。以上!」

 MSCOの第五小隊隊長、佐藤修さとうおさむはそう言って今日のミーティングを終わらせ、伸びた顎鬚を触りながら会議室後にした。

  玄武。それは四大霊獣の一つにして、魔法派の最大の魔法・霊獣受胎により生み出されるものである。

 それが北の大地・北海道の札幌で出現するのではないか、と観測結果により予想されたのである。

 そのため、現在戦力手薄な札幌本部に東京本部から増援を送ろうということなのだ。

というのも、6年前に博多で霊獣のうちの朱雀が現れたのを機に、MSCOは観測に敏感になったのである。

 杉野亮二すぎのりょうじはMSCO第五小隊に所属する第8区高校の2年生である。

「おい、杉野。聞いたか? 玄武討伐作戦だぜ? 死んじゃうかもな」

「それはないだろ」

 亮二は縁起でもないことを言う京篝みやこかがりに反論しつつも、実際に篝の言葉が現実になってしまったらどうしよう、という思いが頭の片隅に過ぎり、背中に悪寒を感じた。

「さて、行くか」

「おう」

 亮二の声掛けに篝は応じ、椅子から立ち上がった。

二人はまだ佐藤が言ったことで余韻が残る第五会議室を後にし、無機質でただ蛍光灯と非常出口のピクトグラムの光だけがあるような廊下に出て、その正面にある階段を降りていく。

 すると、

石沼いしぬま? どうした? 忘れ物か?」

 亮二は階段を登ってきた——さっきまで同じ第一会議室にいて一足先に会議室をあとにしたはずの石沼かなこに声をかけた。

「うんそう。あ、そうそう杉野君。明日朝7時にここに来てね? この前の仕事まだ残ってるでしょ?」

「えっ……まじ?」

「まじよ」

「わ、分かった」

 亮二は射撃訓練を間近にして昂ったいた気持ちを一気に落として、いかにも嫌そうに返答する。

だが、こうなったのも全て自分の責任だということを思い出すと、自分たちの班のために尽くそうとする班長・かなこに申し訳ない気持ちで「じゃあ」と言って階段を降りる。

 MSCO東京本部は二つの棟から出来ていて訓練施設のほとんどは今いる東棟ではなく  西棟にあるので、一々渡り廊下のある階から移動しなければならないのを非常に面倒くさく感じつつも、エントランスの絢爛豪華な装飾品に毎度感嘆させられる。

 動物の剥製や、美術品まであり、良いところのホテルにも感じられる。

亮二が特にお気に入りなのが、クリスチャン・ラッセンに書いてもらったという海中の絵である。構図や色使いが素晴らしい。

 ポツポツと人がいるエントランスを抜け、二人は硝煙の匂いが充満する西棟に入り、階段を下って射撃訓練室の防弾ドアを開けて中にはいった。

 そこには何人かの部隊員が居るが、数は両手で数えるに足りない。

 パンッ! バスン! という発砲音と着弾音が重なって聞こえる空間はより一層硝煙の匂いが強くなっている。

 銃刀法の規定が変更され、警察や自衛隊などだけでなく、MSCOにも銃の所有権が認められたため、このような状況にある。

 ライセンスは入隊直後に取ったため、彼らにも銃を握ることが出来る。

 二人は端の20mの二つのレーンを使ってやることにした。

イヤーマフをして、亮二と篝は陸自からの支給品の9ミリ拳銃を取り出し、セレクターをセフティーからファイアーに変え、的に向ける。

 そして人差し指に力を込めていき、発砲。

鋭い反動が腕を襲う。

そして丸型の的の中心からおよそ1㎝離れた位のところに着弾した。

篝も同じようなところに着弾した。

「素晴らしい」

 突然そんな声が後ろからかかった。

セレクターをセフティーに戻しテーブルに置いてから、イヤーマフを外してそちらを見ると、そこには第一小隊隊長・佐々木響がスーツ姿の状態で腕を組みながら立っていた。

「佐々木小隊長」

「やあ。君達は結構射撃の腕があるかもだよ。魔法で軌道修正したら確実にど真ん中だね。僕なんて銃を撃つことすらなかなか慣れなかったんだよ。隣、良いかい?」

 佐々木はそう言ってイヤーマフを着用してサイドホルスターからコルトガバメントを取り出し、慣れた手順で発砲した。

.45ACPは丸的の寸分違わずど真ん中に着弾した。

「慣れればこんなもんさ」

 佐々木はそう言ってこちらにニコッと微笑みを向けた。

 佐々木響は部隊の中でイケメンアイドル的存在の凄腕である。

東京大学文一類卒で25歳という若さにして小隊長補佐に昇進。その半年後小隊長に即昇進したという。

まさに部隊の若手なら誰もが憧れる存在となった彼が、自ら話しかけてきたことを未だ心中で処理出来ずにいる二人に、

「そんなに怖がらなくてもいいさ。僕と君達なんてたった9つの差なんだし」

 たった9つの差ではあるのに、その差はまさに海の向こうに見える島や、空に見える月、もっと分かりやすく言えばガラス越しの様に隔っているのだ。

「うん。杉野はもっと力を抜くといいよ。力が入り過ぎてる印象がある。篝はしっかり呼吸を止めて体がぶれないようにするといい。まあ、これに関しては半分才能な面もあるけど、でも半分は練習次第でどうにかなるからね。頑張って。俺は200m行ってくるから、何かあったら話しかけてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 二人は腰を折って敬礼した。



 午後8時 第5会議室



 亮二と篝はその日の練習が終わると第五会議室に戻って再びミーティングの定刻を待つ。

 いつもならもっと静かなのに、何故か今に限っては非常に騒がしい。

「なんか、新しいやつが来るんだって。それもフランス本部所属の超美少女フランス人らしいぞ。こりゃ楽しみだよな! 鼻筋が通ってて、髪の毛はブロンドで、スタイル良くて、そしておっぱいがでかいんだろうなぁ〜! ああー。楽しみだ〜」

 篝は一人で勝手に盛り上がってそんなことを言ってるが、亮二は特にどうとも思っていない。

正確に言えば、彼は異性に特に興味は無いのだ。

 暫くすると、定刻となったので佐藤が、「よーし」と言ってその伸びた顎鬚を右手で触り ながら、第一会議室に入って来た。

 それで、騒がしい上にだらしなさが溢れていたこの空間が、ピリッと引き締まる。

これは佐藤が来たことと、美女だと噂される隊員への期待の現れである。

「んじゃ、夜のミーティングを始める前に、お前らに新たな仲間の紹介だ。入って来い」

 佐藤は早速、開きっぱなしのドアに手招きをした。

 すると、「はい」と言う返事と共に入って来た。

凛として歩く少女は身長140㎝も無く、部隊が高校生以上を対象としていなければ完全に小学生と見間違えるだろう。

フランス人と噂されたが、その髪は東洋人の漆黒に焦げ茶色が混ざっていて、目の色のみが西洋のものだと分かる碧眼だ。しかし、その目の片方は眼帯で隠れていた。

 亮二は予想に反したその少女のことを一瞬でハーフもしくはクォーターだと見抜いた。

皆もそれに気付いて一瞬の間沈黙が走るが、やがてまた、ざわつき始めた。

 一番ざわついているのは篝だということは言うまでもない。

 その少女は佐藤のいる所まで行くと、くるりと回って髪の毛を揺らして皆の方向に体を回転させた。

(可愛い……な)

 亮二はそう思った。

でもそれは小さいものを慈しむ日本人の心から来ているのかもしれない。彼はそう思い込んで先ほどの感情を無かったことにした。

 そして少女は丁寧に辞儀して、

「Ravi de vous rencontrer, bonjour.神代愛珠かみしろありす。フランス本部から来た。これからよろしくな」

 と、最初はフランス語で、途中から日本語で挨拶をした。

 それに続いて佐藤は彼女についての補足説明を、また片手で顎の髭を触って逆手で資料を持ちながら、誇らしげにし始めた。

「ええとな。神代はフランスのMSCOで第一小隊に所属していたそうだ。まあ日本とフランスじゃあ少し制度が違うから第五小隊に所属することになったが、実力だけで言えば第一小隊ものだ。んでそれで……」

 まだ話は終わっていないというのに、会議室内は佐藤が入室する前の様に騒がしさを取り戻し、それで佐藤は顔を少し歪めたが、最後に大きい声で、

「んまあ。もういいや。んじゃ、神代をよろしく頼むぞ。所属は石沼班だ。はいじゃあ解散!」

 と言って、会議室を後にした。

 愛珠が一人取り残されるが、たった刹那のうちに周りには人だかりが出来て、その矮躯は隠れて見えなくなった。

 「ねえねえ? 日本語上手だね」「ハーフ?」「可愛いね」「うんうん。ちっちゃくて可愛い!」「メアド交換しよー?」

 と、聖徳太子であるまい少女に口々に質問をする。

 愛珠はどうしたら良いか分からなくて、手で皆を制しながらも困惑して苦笑い。

 しかし、亮二はそんなことは微塵も興味が無いので、さっさとその場を後にし、帰宅しようとした。

 すると後ろから篝が亮二をちゃかす様に声を掛けて追いかけて来た。

「予想とはちょっと違ったけど、めちゃめちゃ可愛かったな! ああゆーのお前時速160キロメートルのど真ん中ストレートくらいタイプじゃなかったけ?」

 と、訳の分からない比喩を使って亮二の好みを確認するが、当の亮二はこう言う。

「恋愛に興味はない。ましてやあんなのに」

 酷く愛珠を侮辱するような言い方になってしまったが、別にそんなつもりは毛頭なかった。

 しかし、篝は「ははーん」と、しつこく言ってきた。

「んま、お前が女に興味を示さないのは多分病気だ。一回精神科行ってこい」

 また話が変わった。

「うっせ」

 亮二は冷たく親友の篝をあしらいつつも、エントランスの巨大な自動ドアを潜った。



 5月4日 午前7時 MSCO東京本部前



「おーい、亮二くーん!」

 朝にしては元気のあり過ぎる声は矢のように亮二の耳を突き刺す。

誰でもない第六班班長石沼かなこのものだ。

 かなこの所まで小走りで向かい、亮二は朝の挨拶の代わりとして「早いな」という言葉を投げかけた。

「遅いぞー。もう待ちくたびれたよ。何分前に来たと思ってるの? もーまったくおねぼーさん?」

 目にくまを作る亮二にかなこは心配したように聞いた。

「その通りさ、あー、もう、眠てー!」

 亮二はろくにセットもしていない髪の毛を掻き毟りつつも、青空を見てつい玄武討伐作戦のことを考えてしまっている自分がいることに気付く。

 怖い、それとももっと他の感情が自分の脳みそを支配しているのかは知る由もないが、今あることをひとつひとつこなすことが何よりの得策であることは彼でも分かる。

「もう、仕事中にボーッとしちゃだめだよ?」

「ああ、すまん」

 亮二は軽く謝る。

「まあ、今日の午後フリーはなんだからゆっくり休んだら?」

「そうするよ」



 どうも気勢が上がらないのは部隊員なら誰しも思っていることだろうが、かなこだけは別のようだ。どんな面倒事も文句の一つも言わずに懸命に行う。

 16期生では主席候補で学力も優秀な彼女は同期の憧れである。

16期の佐々木響とも称されるほどだ。

 魔力粒子の結晶化は魔術師ならば基礎魔法を使ったり、科学の力ならば魔力粒子結晶化液を使えば良い。

しかしMSCOが魔法もしくは科学の力を使ってしまっては本末転倒であるので、そのどちらも半々で使う——言うなれば二つのハイブリッドの様なものでこの処理を行う。

 片瀬式・魔力粒子結晶化装置というものをMSCOは大量発注して、それを使って大気中の魔力粒子を結晶化するのだ。

原理は魔法学と科学の両方が複雑に噛み合っているので説明するのは難儀だ。

 まず何故このようなことをするか。

それは前述したが、魔法があらゆる災害の根源とされたからである。

そして科学側の研究によりその原因は魔力粒子によるものだということが分かったのだ。

この事がMSCOの発足に繋がった一要因である。

 しかし膨大な量の魔力粒子を結晶化はするというのは、海原の水を全てを塩に変えようとするのと全く同じことである。

 そんなナンセンスを行うのは、魔力結晶には新たに魔法を形成する力があるからだ。

例えば、その魔力結晶を銃弾に入れると弾速が上昇したり、飛行中に火炎を伴ったりなどするのだ。

これを武器として使えば通常の銃弾に加えて様々な種類の銃弾を使うことが出来、豊富な戦略が可能になるのだ。

 MSCOの屋上や魔力結晶製造工場などで大規模に魔力結晶を製造し別の工場で特殊弾を製造し手入るものの、各地での魔力粒子の結晶化を名目にコスト削減をするために隊員たちに雑務として行わせるのだ。

ちなみにMSCOの地下には一応特殊弾を製造する器具は揃っている。

「杉野君どう? 順調?」

「順調もなんもねーだろ」

「あるよー。どれだけ効率良くこれが出来るかだよ?」

 かなこは作業の手を止めずに亮二に語っている。



 午前8時



 まだ朝食を取っていない亮二はコンビニに寄ってサンドウィッチやコーヒー牛乳を購入して8時30分から始まる朝のミーティングのためにMSCO東京本部にかなこと共に帰っていた。

 暫く歩いていると昨日のミーティングで東京本部の所属になった神代愛珠が右往左往しているのを見かけた。

「愛珠ちゃん?」

 かなこはそんな愛珠に声を掛けてあげる。

「石沼かなこか? 済まない本当は昨日、挨拶しようと思ってたんだが出来なかった。改めて自己紹介する。神代愛珠だ。フランス本部から来た。よろしくな」

「よろしく、私は石沼かなこ」

 かなこは肘で亮二をつつき亮二にも挨拶するように促す。

「俺は杉野亮二だ。よろしく」

「石沼に杉野。私はまだ東京本部についてもよく分からないから色々教えて欲しいんだ。早速……」

 少しの間沈黙が流れたのは愛珠が恥ずかしがって言うのがはばかられたからである。

「……MSCOに案内してくれ!」

 更に間があった。

「なるほどねー。良いよ! 私達もちょうど行こうと思っていたところなんだよね。こっちだよ」

「ありがとう」

 そうしてMSCOに歩き出した三人。

亮二は隣のちっちゃな女の子にチラチラと視線を送る。

 愛珠への第一印象は小学生であったが、あの迷子になっている様子を見るとますます小学生にしか見えなくなってきた。

でも現実は第一小隊で活躍していたような超人。人は見かけによらないと言うのはまさにこのことであろう。

「あ、ねえねえ愛珠ちゃん。昨日の佐藤小隊長が言っていたけど自分でオリジナルの弾作ってるんでしょ? どんなの作ってるの? てか作り方教えて⁉」

「ん? 見せてあげるのは構わないし、私のをパクンなかったら作り方も教えてあげよう。向こうに着いたらな」

「やったーありがとう! 杉野君も教えて貰ったら?」

「良いのか?」

 亮二はためらいがちに愛珠の顔を見下ろし尋ねる。

愛珠は亮二を見上げて、

「別にいいけど」

 と、冷ややかな感じで答える。

 などという会話を暫く続けていると、いつの間にMSCOの前に着いていた。

三人は第五会議室の中に入ると、既に何人かの隊員がいて朝食を食べたりスマホを弄っていたりしている。

 亮二はコンビニ袋からサンドウィッチとコーヒー牛乳を取り出して朝食を取りながら二人の会話を聞く。

「そうだ。愛珠ちゃんって第一小隊だったんでしょ? 怖くない?」

「そんなのもう慣れた。怖くはない」

「へ〜。でさぁ? ヨーロッパって魔法派と科学派と折衷派が混在しているでしょ? 色々闘争とかもあるんでしょ?」

「結構あったわ。でも大抵MSCOが鎮圧して終わるんだけどね」

「あっ、フランスのMSCOで支給される銃ってどんなのなの?」

 愛珠はレッグホルスターから拳銃を取り出した。

 その拳銃は、

「同じく折衷派のイタリア製のベレッタのM92FSだ。弾は9ミリ。後で特殊弾で射撃練習場で試しうちして見せよう」

「やったー。ウキウキ」

 亮二は朝食を平らげ、サンドウィッチの袋をぐちゃぐちゃにしてコンビニ袋に入れ、コーヒー牛乳を最後まで飲み干しそれも一緒に入れる。

すると丁度、

「よーし、ミーティング始めるぞー!」

 と、佐藤がミーティングを始めるために第五会議室に入ってきた。

話に聞くのに夢中になって気付かなかったが、既に会議室は第五小隊のメンバーで満ちていた。

「んじゃあまずは、今日の予定だ。以前から言っていたが、今日から玄武討伐作戦の準備期間に入る。それぞれの班に分かれて物品の搬入を行ってもらう。この紙に全部書いてるから後で見てくれ。その後は自主練にする。最後に今日から班内で新たなパートナーとペアを作って行動してくれよ。はい、以上。解散!」

 いつものように手短なミーティングが終わると、物品搬入について書いてある、佐藤が前のホワイトボードに貼った紙を見に行く者、新たなペアの確認をする者がそれぞれに行動を開始した。

MSCOでは時々色んな人とコミュニケーションをとるために、パートナーを変える事がある。そして今日がその日である。

「杉野君今までありがとうねー。凄くたのしかったよー。これからも同じ班のメンバーとしてよろしくね」

「こちらこそありがとう。すっごく助かったよ」

 亮二とかなこは今日までパートナーであったため、そんな会話を交わしながら物品搬入の概要を見に行く。

「げげっ! 銃弾運びかー。重いからやだな……」

「まあしゃーないだろ」

「ふむふむこりゃしゃーねーな」

 突然後から聞こえてきた声に驚きながら振り返ると、篝が腕を組みながら紙を覗き込んでいた。

「お前いつの間に⁉」

「お前らが仲良く話してた時だよ」

 からかい混じりに意地悪く篝は言う。

「私達は何を運ぶのだ?」

 愛珠も続いて近づいてきたが身長的に、群がる人々で見えないので背伸びするがそれでも見えなかったらしく、そう尋ねた。

「弾だってー」

「それなら杉野と……。えっと……?」

「篝。京篝。不思議な国からいらっしゃいアリスちゃん」

「⁉」

 毎度の事だが篝の訳が分からない言葉はとうとう愛珠をも困惑させてしまった。そして愛珠の頭上にはっきりとクエスチョンマークが浮かんでいるのが伺える。

「ちょっと、篝君? いきなりフレンドリー過ぎて愛珠ちゃん困ってるでしょ」

「なんだよ石沼。良いじゃないかフレンドリーなのは」

「違うって、フレンドリー過ぎることを言ってるの……。まっいいわ。これからあなたとパートナーを組むのは憂鬱だけど、せいぜいよろしくね。あっ、ちなみに杉野君と愛珠ちゃんがパートナーだからね?」

 愛珠は亮二の方を見て、何とも頼りなさそうだなと思いつつもその小さな右手を差し伸べた。

「杉野。よろしくな」

「こちらこそ」

 亮二も右手を出して、握手をする。非常に小さく、強く握れば折れてしまいそうな手だ。

(こんなのが第一小隊だったのは考えられないな)

「よーし、じゃあ石沼班! 物品搬入頑張るぞー! おー! ってあれ?」

 一人テンションが高いのは誰でもない班長石沼かなこであるが、そのテンションは他のどの班員よりも超越していたため1人勝手に盛り上がる形となってしまった。



 同時刻 北海道札幌市南区常磐 アラール邸・ノエルの自室



 クリンという少年執事は主たるノエル・シャルル・アラール=デキシュの研究を傍らから覗いていた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「……大丈夫」

「ですが……」

 クリンの言葉を遮るかのようにノエルは、

「うるさい。話しかけないで……」

 と言ってそれまで座っていた金属製の、少しさびれて赤くなっているが、豪華に施されている椅子から立ち上がる。

「わ、わかりました」

「うん……」

 ノエルは自分の意見が通ってか、嬉しげな顔で小さく頷いた。

そして隣接する書斎に行き、

「レモンティーとクッキーを持ってきてくれる?」

 と、命じた。

「はい。わかりました」

 クリンは一礼して部屋を後にする。

 ノエルは虚無の魔力石に術式を少しずつ埋め込んでいく。その数は軽く千を超える。以前からこの作業を行っているので、既に一万もの術式が組み込まれている。

 術式とは魔法を発現させる上で必要不可欠な要素であり、術式次第で様々な魔法を生み出す事が出来るのだ。

 そうして暫く経つとクリンがレモンティーの入ったポット、ソーサー付きのカップ、クッキーをお盆に乗せやってきた。

「どうぞ、お嬢様」

 クリンは丁寧にカップにレモンティーを注ぎ、クッキーの入った皿を、ノエルの邪魔にならないようにテーブルの端の方に置いた。

「ありがとう……クリン」

「それで、どんな感じですか?」

「問題ない」

「そうですか。なら良かったです」

「……うん。あ、そうそう。これ……あげる」

 と言ってこの国に78人しかいないクインティプルの魔術師が渡したのは。

「空間移動の魔力石……? 何故僕に?」

「……プレゼント」

「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」

「うん。大切にね」

 魔術師の位はシングル、ダブル、トリプル、クアドラプル、クインティプル……となっていて、数が大きくなるほど優秀な魔術師であることになる。

 ちなみにクアドラプルの魔術師は日本に256人、世界におよそ一千万人、クインティプルは日本に78人、世界に8000人存在する。

魔術師の全人口は20億人と言われるので、いかにノエルが凄いかが分かる。

 魔力石とは何かというと、人は普通、直に魔法を使うことは出来ないので、代わりに魔法を使う媒体が必要となってくるのだ。

そしてその媒体が魔力石という訳で、その魔力石がなければ魔術師は大抵魔法を行使出来ないのだ。

ノエルは術式を編む手を一旦休め、レモンティーを一口飲んだ。レモンの酸っぱさが口から鼻に抜けていく。

「クリン、美味しいわ。いつもありがとね」

「お褒めに預かり光栄です」

ノエルはクッキーを二枚食べてから作業を再開した。



 午後2時30分 MSCO東京本部・射撃練習場



 石沼班は物品搬入が終わると自主練というのを名目に射撃練習場に行き、20mレーンの所に愛珠を中心に立っていた。

「まず撃つから見てて」

 愛珠はイヤーマフをしてセレクターのファイアーに。

その後照準を丸的に合わせて——パンッ! と1発打ち出し、ほぼ真ん中に当たる。

「何も変化は無いようだけど」

 そのかなこの言葉に愛珠は、

「まあ見ただけじゃよくわからないと思う。一瞬のこと過ぎだからな。うーん、ここって弾頭回収出来るのか?」

「幸い今ここに私達しかいないから声をかける必要は無いみたい」

「なら行こう」

 端にあるドアを潜ってレーンの内側に入るのは亮二や篝、もちろんかなこにとっても初めてなので、とても新鮮な景色を彼らの目は捉えたが、更に驚くべきは先程愛珠が打ち出した弾頭である。

 その弾頭はなんと的に突き刺さる様にして着弾していた。

「この特殊弾は、アローバレットって言うんだ。魔力粒子の波を使って障害物を探知して、この矢の先端みたいな形に魔力で変形する仕組みだ」

「すげーすげーすげー。さっすがアリっちだ!」

 篝は訳の分からないニックネームで愛珠を呼びながらも目を剥いている。

「これは実戦でも凄く使い勝手が良さそうだな」

「杉野君の言う通りパフォーマンスはいいね……」

 思い思いの心境を吐露する三人に更に、追い打ちをかけるようにして愛珠が別の銃弾を取り出して見せた。

「こっちはプロテクションバレットって言って、撃ったら直ぐに直径1mのバリアーを作り出して敵の攻撃を防ぐことが出来る。後こっちはボムバレット。着弾したらそこが爆発するのだ」

「これ全部自分で作ったの?」

「まあな。……一応特殊弾は様々な大きさのものがあるからどんなの銃にでも合う」

「なんか私にくれない?」

 かなこは目をキラキラ輝かせて愛珠を見つめる。

「ふむ。本来なら金を請求するが、今回は特別だ。同じ班のメンバーだからな。お前達も欲しいか?」

 愛珠は亮二と篝の方を向いて小首を傾げる。

「貰えるんなら是非欲しいな」

「アリっちからの贈り物かぁ。楽しみだなぁ」

「住所教えてくれれば家に送るわよ」

「我篝邸の住所はだな……湾上区——」

「今言っても忘れちゃうから。後でにして」

「了解了解ー」



 その後暫く愛珠による特殊弾の紹介を受けた後、石沼班は、今日は早めの解散となった。

そして各自で家に帰ることになった。

 篝とかなこ、亮二と愛珠はそれぞれ家の方向が同じなので二手に分かれて帰っている。

「ところでさ、京君はどう思ってる? 今回の作戦について」

「俺か? んまぁ後衛として頑張るよ。俺のじーちゃんとばーちゃんが札幌に住んでてさ、だから守ってやりたいんだよ」

「そうだね……」

 かなこは珍しく真面目な発言をする篝に驚きながらも静かにそう言った。

「6年前のあれ、覚えてるでしょ?」

「ああ、忘れる訳がねぇ。朱雀討伐作戦だろ? 九州全域を巻き込んだ大災害——天の裁き」

「そう。私はただ単純に前回みたいになって欲しくないの。だからさ、今回の作戦、私達、前衛に行かない?」

「ちょっ⁉ 正気か?」

「私は本気よ。京君のおじいちゃんおばあちゃんもそこにいるなら自分で守ってあげようってならない?」

「んまぁ、そーだけどよぉ……」

 またヘラヘラとし出した篝に噛み付くようにかなこは、

「なら行こう! 前衛!」

 と。

「少し考えさせてくれ。あしたの朝までには答えを出す」



「神代さんは特殊弾をネットとかで販売したりしないのか?」

「する予定は無いわね。だってそう言うのよく分かんないし」

「そうなんだ。売ったら絶対儲かると思うんだけどな」

「それは私も思ってる」

 少し意外な反応に驚きつつも亮二はこう問う。

「と言うより、神代さん、家ここら辺なの?」

「ここら辺? 何を言ってるんだ?」

「いやいや、逆に何言ってるの?」

 亮二の言葉の終わりには(笑)が付きそうなものである。

「ごめん、杉野。ほんとに頭大丈夫? 割とガチで心配なんだけど」

「待って待って。意味分からないんだけど」

「何が意味分からないかが分からない」

 然して謎な言い争いをしているうちに、いつの間に亮二宅に着いていた。亮二宅と言ってもここは第八区高校の男子寮の正面玄関前である。

「ここ俺の自宅……ってか寮なんだけど、何でいるの?」

「ん? 普通パートナーの家に同居するじゃん。知らないのか?」

「知らんよ⁉ 何それ! そんなの聞いたことないんだが⁉」

「こんなの入ってすぐに聞かされなかったか? まさか杉野はおバカさんか?」

 ——ああなるほど悟った。ここでまたナショナルギャップが発動してるんだ。

「あのなあ。日本じゃそれは無いんだ。だから帰ってくれ」

「ええええー! 何それー! てか、なんか恥ずかしい……。ううぅ」

 愛珠は愕然としてわなついている。

「残念だな。女子となんてひとつ屋根の下暮らせるわけないだろ? フランスじゃそんなのも普通なのか? 挨拶時にハグとかキスするみたいに」

「うん」

「てかさ、キスって恥ずかしくないの? 日本じゃ有り得ないからさ」

「恥ずかしくないわよ。そうだ。やってみる? キス」

 亮二はドキッとして、手のひらに汗をかいたのでズボンで拭うがなかなかそれは止まらない。

「いや、遠慮しとく」

亮二は後ずさる。

「遠慮しなくていいんだぞ」

 愛珠はニコッと白い歯を見せて微笑み、

「ほら、うぅーうぅー。もうちょっと顔下げろ」

 亮二の首に手を掛けて顔を無理矢理下げようとし、更に自分は思いっ切り背伸びをするもまったく届かない。

「なんで避けるんだ⁉」

「何でも良いだろそんなの」

「駄目よ。しっかりキスして信頼関係を強めてこそパートナーなんだぞ! ほらほっぺた貸せ!」

 亮二は愛珠の顔を見下ろして気付いたが、愛珠の顔は大きな目と筋の通った鼻、うっすらピンク色の頬や水分量の多い——果物例えるなら桃の様な唇、そのひとつひとつが完璧の調和をなし、非常に可愛らしい顔立ちなのだ。

それに漆黒と焦げ茶の髪の毛や、今二人を微笑むように照らす月の光も愛珠の可愛らしさを強調している。

「何で言うこと聞かないんだ!」

 愛珠は亮二に少しずつ立腹し始める。

(こうなったら、無理矢理でも!)

 愛珠は亮二の足を払って無理矢理転ばせ、そして亮二に馬乗りになり、動きを封じる。

 亮二は尻餅を付いて、それで痛みを感じつつも、何とかこの拘束から避けようと踠くが、愛珠はどんどん顔の方に近付いてきたため、上半身を起こす事が出来ない。

こうなっては体全身に力が入らないので、もうされるがままだ。

「ぜったい逃げないことだな」

 愛珠は亮二の頬にその小さくも瑞々しい桃の唇を触れさせる。

 亮二はえも言われぬ感情に苛まれる。少女にキスされたことに対する喜びと、困惑とで頭を支配される亮二は目をぱちくりさせてニッコニコの愛珠の顔を凝視する。

「これから宜しくな! 私のパートナー」

「ちょっと何やってんの? お兄ちゃん……」

 突然そんな声がしたと思ってる辺りを見渡すと、そこには大きなレジ袋を両手に持っている亮二の妹、茉由が仰天してこちらの様子を伺っていた。

「ち、違うんだ! 誤解しないでくれ!」

「誰だ?」

 愛珠はやっと立ち上がって茉由の方を見ながら尋ねる。

「俺の妹だよ」

「え? でもここ寮だろ?」

「ああ、だけど時々こうやって来てくれてるんだ」

「へー。どこから」

「横浜からだ」

「横浜からわざわざ⁉」

 すると茉由は、

「その横浜からわざわざ来てあげたっていうのに何なのこの状況は。お兄ちゃん?」

「変に思うな。こいつがいきなりああしてきたんだ」

「杉野。何を言ってるんだ。あれはパートナーであれば普通のことだぞ?」

「フランスではだろ⁉ 日本でああいうことはダメなんだよ!」

「あなた達……。とりあえず部屋で話を聞こうかしら」



 茉由に導かれ1LDKの寮の亮二の部屋に入って何故か二人とも正座させられた。

「最初に……。あなたは誰⁉」

 茉由はずっと気になっていたことをやっと聞いた。

「私は杉野の仕事のパートナーだ」

「ああ、なるほどね。だから同じMSCOの制服を着ていたのか。ところで、何でお兄ちゃんと、その……キ、キスしてたの⁉」

「フレンドシップだ。フランスではこれが普通だ。ここが日本だろうがなんだろうが私はフランス人だ。だからフランス流でコミュニケーションしたまで」

「その考えはおかしいよ⁉ てか、あなたどう見てもフランス人じゃないよね⁉」

「日本人の血も半分位混ざってるもんでな。髪の毛は黒いんだ。でもほら、目は青いだろ? 肌も白。それにJe peux parler français.私はフランス語を話すことが出来る」

「まあ日本とフランスのハーフって事なのね。それは分かったとして、何で小学生がMSCOにいるわけ?」

「おい、茉由。そう言う事は……」

俺は一番聞いてはいけないことを尋ねる茉由をたしなめる。

「……杉野の妹よ。お前は私を小学生だと思うのか……」

「どう考えたってそうじゃない。私と同じくらいの身長だし……」

「そうか……。お前もそう言うのか……………………。ちょっと外行ってくる」

 愛珠は急に立ち上がって玄関を潜って外へ行ってしまった。

「おい! 待てよ」

 と、亮二は静止するも既にドアはバタンと閉じていた。

「何なのあの子。さも我が家みたいに……生意気な」

「ちょっと俺も行ってくるわ」

「勝手にしたら」

 亮二は愛珠を追いかけるために靴すらまともに履かず玄関を飛び出す。

 そして出てきたのは様々な部屋に繋がる廊下であり、亮二は最初ここで迷子になった。

従って愛珠も迷子になると考えることが出来る。

「神代さん」

 果たして迷子ポイントで迷子になっている愛珠を見つけるや声を掛けるが、愛珠は亮二に気付くと威嚇する様な体制になった。

「神代さんごめんね。うちの妹が……」

「あんなガキンチョの言う事だ。ここは大人の私が許してあげよう」

「すまんなほんとに。しっかりしつけます」

 亮二は自分の妹についての反省会を脳内で開く。

「ま、もうどうでもいい。とりあえず夕食が食べたい」

「そうだな。準備しよう」



 部屋に戻ってくると茉由がまたぺちゃくちゃ愛珠の事を言うので亮二はそれを辞めるよう言った。兄の言うことだけはよく聞く茉由なので不本意ではあるようだが、その紅い口を閉じた。

 今日は茉由が来てくれたので、いつもの様にコンビニ弁当ではなく、もっと豪華な料理を頂くことが出来る。

と言うのも亮二は料理が苦手なので自炊はしないが、茉由は母の手伝いとか趣味とかで料理をしているので、年齢以上に料理が出来る。

「茉由。手伝うよ」

 亮二は可愛らしいピンクのエプロンを着けている茉由に言うと。

「あ、ならそこのニンジンをひと口大に切ってくれる?」

「了解」

「わ、私も何か手伝えることあるいか?」

 愛珠は茉由に恐る恐るではあるが尋ねた。

「あんたは黙ってテレビでも見てなさい」

「そんな……」

「おい茉由、言い方考えろよ」

俺は小声で茉由に言う。

「お兄ちゃんは黙ってて」

 茉由はじゃがいもを切っていた手を止め、おもむろにテレビのリモコンの電源ボタンをポチッと押す。

「世間知らずのあんたはまず日本について知るべきね」

 テレビがつくと某ニュース番組が入っていた。

 茉由はそう愛珠に言うや再び包丁を握る。

「神代さん。茉由の言う通り少しは世間を知ってくれよ」

「杉野がそう言うなら……。分かった。テレビ見てる」

「私も杉野ですけどー」

「私の中の杉野はあんたじゃない」

「じゃあせめてお兄ちゃんは名前で呼びなさい」

「名前名前……。杉野の名前なんてんだ?」

 亮二は危うく自分の左手をニンジンと共に切ってしまうところだったが、寸前のところでそれは免れた。

「ってか俺の名前知らずに『杉野』っ言ってたのかよ⁉」

「ああ、そうだ」

「ったく。俺は亮二だ」

「リョージ。ふーん面白い名前だな」

「お兄ちゃんを馬鹿にしないで! てかあんたもフランス人のくせして日本人の名前じゃない⁉」

「私の家は先祖代々からフランスの名前も日本の名前もどっちもあるんだ」

「ふーん。まあいいわ。私のことは茉由って読んでくれなくてもいいからね⁉」

 亮二は、ああなるほど茉由は名前で呼んで欲しいんだな、と一瞬で悟る。

「呼んであげてもいいけど?」

 愛珠は尋ねる。

「だから、呼ばなくていいって言ってるでしょ⁉」

「あそう? リョージの妹……」

「おおおおかしいでしょ⁉」

「何なの一体?」

「もう良いわ。何でこんなに分からず屋なのかしら」

「何か言ったかリョージ妹」

「言ってないわ!」

 二人の会話を聞かずとも聞きながらニンジンを切り終わったので、次に切るらしいまな板の横に置いてある玉ねぎの皮を剥く。

 茉由は続いて豚肉を切り始めた。

『次のニュースです。今日午後3時頃、東京都千代田区秋葉原にて魔術師による通り魔事件が起こりました。被害者は全員魔術師で、犯人の目撃証言はなく未だ逃走中です。死体解剖の結果、犯人は魔法による殺害をしたと思われます』

 というニュースが三人の耳に入ってくると各々は手を止め、テレビに目線を送る。

 秋葉原は東京の中でもたくさんの人が集まる地域である。

そしてそこには様々な人が電気系やサブカル系のものを求めてやって来る。そんな街での通り魔事件。

「アキバで通り魔! 物騒だね」

茉由は言う。

「ほんとな。しかも犯人は魔術師だろ? ああ、だから第三小隊が動いてたわけか」

 亮二は自己解決をする。

「ねえ、お兄ちゃんは大丈夫なの?」

「なに、心配要らないよ。普通こういうのは第三小隊っつって、魔術師絡みの事件を専門とするところがあって、そこが一任しているんだ。まあ、俺らは遊撃隊だから仕事じゃなくはないんだがな」

亮二は簡単に事情を説明した。

「アキハバラで事件が起こったのか。アキハバラといえばアニメとか聞くのだが……」

と愛珠。

「ああ、そのアキバだよ。そこで魔術師が通り魔事件を起こしたらしくてニュースになってるんだよ」

「なんと。それは大変だな」

「まあ何なんとかなると思うんだけどな。うちの第三小隊は預かった仕事は絶対に完遂するんだ」

「そんな優秀な小隊が日本にはあるんだな。フランスは日本みたいにくっきり役割分担されてる訳じゃなかったからスペシャリストはいなかったんだ」

 暫く亮二と愛珠が話していると、拗ねたように茉由が豚肉をグリグリし始めた。

「おい茉由。食べ物で遊ぶなって」

亮二が言うと茉由は小声で、

「お兄ちゃん、もうあいつ連れてこないでくれない? 私とお兄ちゃんとの大事な時間、これ以上無駄にしたくない……」

「そんなこと言われてもさ……」

「こいつが帰ったらゆっくり話しましょ?」

 返事こそしないが首肯する。

「よし、お兄ちゃんはもうくつろいでて良いわよ。後は私がやっとくよ」

「うん、ありがとう。後は任せたよ」

 言って亮二は切った玉ねぎを集めてから手を洗って、愛珠が座っているソファに並んで腰掛ける。

そして愛珠がテーブルに立てて並べ始めた特殊弾に目をやる。

 見た目は全然通常弾と変わらないのに色々な効果をもっているとは考え難い。

それにこれの作っているとの事なので愛珠の腕は素晴らしいものだろう。

「そう言えば神代さんってどこに住んでるんだ?」

「それはヨバイするためか?」

「なわけあるかッ! 物騒だから女の子1人で夜道を歩かせるわけには行かないだろ?」

「夜道……? 何を言う。夜道も何も今日はもう外に出ないんだろ? 何かを勘違いしてないか?」

「それはこっちの台詞な⁉ そう言えば家の前でそんな感じのこと言ってたような……」

 すると急に後ろから茉由の声が響いてきた。

「そう言えばお兄ちゃん、お米炊いてる?」

「やべっ。忘れてた!」

 亮二は立ち上がり再びキッチンへ向かう。

「お兄ちゃんはいいって。座ってて」

「わりぃーな」

 亮二は愛珠の方に戻る。

「ええと何だっけ。ああそうだよ。何? お前、帰らないつもりなのか⁉」

「バカリョージ。何を言ってるんだ? 当然だろ」

「バカはお前だ。帰れ!」

「こんな物騒なのに1人で帰れと?」

「俺が送ってってやるって言ってるだろ」

「リョージなんかに魔術師が倒せるっていうのか?」

「誰だと思ってるんだよ、一応これでもMSCO隊員なんだぞ。それに神代さんも戦えばなんとかなるだろ?」

「送ってくれるお前が私を頼ってどうする?」

 正論過ぎて反論出来ない亮二に、追い討ちを掛けるように亮二の瞳を見つめて近付き、

「それに、夜道に私と歩いているとお前がジョジをユーカイしていると疑われるかも知れないぞ?」

 地味な自虐。

「……………………」

 亮二は黙り込んだのは言うまでもない。

確かにそう思われかねないし、それで通報されたらたまったものじゃない。

「じゃあ分かったよ。今日だけは泊めてやる。ただし明日は無いからな?」

「当たり前なことをそうも堂々と言うのは傍ら痛いぞ」

(うわ、うぜー)

 亮二は心中でそう叫ぶ。



 今日の夕食は飯と味噌汁と肉じゃがともやしと卵の和物である。

「おお、相変わらず美味そうだな」

「本当だ。美味しそうだ」

 ちゃっかり円卓を囲んでいる愛珠もこの感想。

「今日は飛びっきり上手く出来たの。ほら、食べて食べて」

 亮二と愛珠は掌を合わせて『頂きます』と言うや否や肉じゃがに手を伸ばす。そしてパクリとひと口。

「美味しい! また手上げたか?」

「美味い。美味いぞ! 米が進む」

愛珠も絶賛する。

「えへへ。実は密かに修行してたり!」

 その事を言ってはもう密かにではなくなるが、そんな細かい事が気にならないくらい美味なのだ。

 茉由は頬をピンクにする。

「どんどん食べてね。おかわりはまだ沢山あるから」



 夕食が終わると、茉由はここで録画している深夜アニメが見たいと言い出したので三人で見ることになった。

 『MSⅡ!』と言う『MS!』シリーズの第2期目の作品で、今回見るのはその6話。

 簡単なあらすじを言えば、主人公の少女がある日、ガブリエルから天命を受け、ガブリエルの魔法の力を使って悪魔を倒して行くというものである。

ちなみにユリ要素が強いことで有名である。いわゆる魔法少女系の王道アニメであるが男性だけでなく女性にも人気のある作品となっている。

『MS』はローマ字で『Mahou Shojo』の頭文字を取ったものらしい。

 杉野家の両親は非常に厳しく、アニメなんてものにハマった日には家から追い出されるだろう。

しかし茉由は実はアニメが結構大好きなので、こうして亮二に会いに行くのを名目にアニメを見に来ているのだ。

 暫くの間沈黙が続くが、それを破ったのは日本のサブカルチャー初体験のフランス少女。

「これが日本のアニメなのか」

「どうだ? 意外と面白いだろ?」

亮二は聞く。

「ああ。なんと言ってもみな可愛らしい。特にあの子が」

「彩だな。この作品の主人公だよ」

「アヤか。気に入った。この作品1話から見てみたい」

 愛珠は目に、テレビの色とりどりな光を反射させながらそんなことを呟いた。

 するとMSオタクである茉由はまるで獲物に飛びかかる獣のように愛珠を押し倒して息を荒くしながら、

「これに興味があるの⁉」

 愛珠は押し倒されたせいでお尻を打ったのと、茉由の顔の近さと声の迫力に顔を歪めつつも答える。

「んまぁ少しは……」

「んなら明日も明後日もここに泊まってって1期から一気に見ちゃおう⁉」

「待って。私仕事もあるし……」

「じゃあ、仕事終わったら見て!」

 愛珠はMSに興味無いわけでは無いし、実際見てみたい気持ちもある。

その上、茉由がここまで言うので、

「分かった。そうしよう」

「やったー。嬉しい!」

「おい。勝手に決めるなよ」

と、亮二は自分の意見を聞かない茉由に言う。。

「お兄ちゃん。お願い!」

 茉由は手を合わせて懇願してきている。

(そこまで言うなら。ってか、さっきと態度変わりすぎ)

亮二はそう思いながらも、

「しゃーねーな。見終わるまでだからな? 神代さんもいい?」

「やったー。さっすがお兄ちゃん」

「私は問題ない」



「そう言えば神代さん、ここに泊まること前提に来たっていうならパジャマ持ってきたんだろう?」

「それはもちろんだ。そろそろ来るはずなんだが」

「来る?」

 ——ピンポーン

「来た」

 愛珠はソファから立ち上がり、玄関にトコトコと小走りに駆けて行った。

そして少しすると愛珠は2つのダンボール箱を抱えて戻ってきた。

 愛珠はダンボール箱を不安定に揺らしながらこちらに向かってきているので、亮二はそのダンボール箱を1つ持ってあげる。

「ありがとうリョージ」

 そのダンボール箱は軽くも重くもないが、中いっぱいに物が詰まっている感じがした。

「大体何が入ってるか分かったけど何が入っているんだ?」

「服とか学校の道具とか」

「へー。って学校の道具⁉」

「こっから学校に行こうと思っている」

「……マジ?」

「マジ」

「それじゃあ、ここで暮らすっつってるもんじゃねーか」

 すると、茉由が両手にMSの原作漫画を持って来て、

「え? 愛珠、ここで暮らすつもりなの? お兄ちゃんと? 私はここに来る度あなたと話せるのは嬉しい。だけどお兄ちゃんと色々あったらすっごく困るんだけど」

「色々とはなんだ?」

 愛珠は小首をかしげる。

「は? どう考えても分かるでしょ? 男の子と女の子がひとつ屋根の下……同居するのよ?」

「ふーん」

「何が『ふーん』よ。私は気にしないけど傍から見て変に思われたらどうするの?」

「そうなったらそうなっただ」

「はぁ」

 茉由は呆れ顔で愛珠の隣に腰を掛ける。

「いい? お兄ちゃんと同居してもいいけど、くれぐれも、変なことしないようにね?」

「変なこととは何か分からないが、大丈夫だ、問題ない」

「って茉由!」

 亮二は自分と愛珠との同居を許した茉由の名を呼ぶ。

「ねえねえ。愛珠って呼んでも良い?」

(無視かよ⁉)

「構わないが」

「んなら私のことも茉由って呼んで?」

「マユ。よろしくマユ」

「早速だけど愛珠。こっち来て」

 茉由は亮二の部屋兼茉由のアニメ関連グッズ保管部屋にトテテと走って行って手招きする。

「分かった」

 愛珠は茉由の方に向かって小走して行った。

(んだよあいつら……)



 暫く二人を遊ばせている間、亮二は学校のゴールデンウィークの課題を片付けていたが後ろで盛り上がっている妹達がうるさく、更には、たまに茉由が亮二に同意を求めてくるので全く捗らない。

「ねー? お兄ちゃんもやっぱりミカちゃんが好きなんだよね?」

「ミカエルか? まあな」

 亮二はテキトーに答えておくが、茉由は構ってもらえて喜んでいる様子。

「この子がミカエルだよ。私の一推し! いやー、でもやっぱガブリエルも好きなんだよな」

「ミカエルも可愛いけどガブリエルより胸がないな」

「おおー! よく気付いたね。さっすが見る目があるわ」

「確かにミカはガブより胸はないけど最初は相当強者だったよな。特に1期の8話はやばかった」

 亮二もついその話に参加してしまった。

「んね、ガブちゃんの教剣ブランエール・クロワとミカちゃんの焔剣レーヴァテインの衝突は凄かったよね!」

「ちょっと待って! ネタバレは止めて!」

 愛珠は盛り上がっている二人に、これ以上のネタバレを辞めるように、と割り込む。

「すまんすまん。あ、そうだ。二人とも先に風呂入ってこいよ」

「うん分かった。お湯入れて来るね」

 茉由は浴槽にお湯を張りに行って戻って来ると、

「愛珠ちゃん先に入っていいよ。一番風呂〜」

「ありがとうマユ」



 暫くするとお湯が溜まったので愛珠はダンボール箱に入ったパジャマ(CHANEL)や下着を取り出して、亮二から受け取ったタオルと一緒に浴室に向かって行った。

「そう言えばお兄ちゃん。今度札幌行くんだって?」

「うん」

「玄武がなんだとか聞いたけど」

「そうだよ。でも心配する必要はさらさら無いよ」

「そう? ならいいんだけど」

 すると、

「おーいリョージー、マユー。どうすればいいんだ⁉」

「愛珠ちゃんどうしたの? そこにあるシャンプーとボディーソープ使っていいんだよ?」

「シャンプーってどれ? ボディーソープってどれ?」

「?」

 茉由は頭上に数多のクエスチョンマークを浮かべて浴室に行った。

「ええええー⁉ 何やってるの? てか何でこんなに泡だらけなの⁉」

 そんな声が亮二の耳にも入ってきたので、一体何が起こったのか凄く気になったが、男の彼はその様子を見に行くことが出来ないので何とももどかしく感じる。

「一体どうしたらこうなるの?」

「分かんないけどとりあえず目に泡入って痛い……」

「ちょっと待ってて。ってハンドルどこっ……⁉」

 茉由はハンドルを見つけて捻る。

すると思いのほか勢いよく出てきたのか、「キャッ!」とか、「わっ!」とかいう声が響いて来た。

しかし、泡は消えていき、二人はようやく平然を取り戻した。

「まったく! あなたほんとに生きる力無いのね⁉」

「そんなこと言われても、こういうのは私はやったことないから……。全部メイドが……」

 なるほど彼女はお嬢様だったのだ。しかも風呂すら自分で入らないほどメイドに依存しているというガチすぎるお嬢様。

「メイドさんっ⁉ お金持ち⁉」

「お金については特に考えたことは無いけど」

 お金のことを考える必要が無い程の金持ちのようだ。

 茉由は面食らいつつも、何一つ自分で出来ない愛珠にメイドの様に、

「では愛珠ちゃん? 頭を荒いまちゅよー」

 いや、メイドでは無い。『赤ちゃんを風呂に入れる母のように』と言うのが適切であろう。

「こ、子ども扱いするなッ!」

「だって~自分でお風呂すら入れないなんて〜。小学生以下だよぉ〜」

「バカにするな〜!」

「愛珠ちゃんの髪の毛綺麗だね。可愛いー」

「ううううるさい! 黙ってやれ!」

「そんなこと言ったらまた目に泡入るよ?」

「す、すまんすまん。もう何も言わないからやってくれ!」

「はいは〜い」

 そんな会話が風呂場から伝わってくるので、

「あんまりはしゃぎ過ぎるなよー」

 と、言っておく。



 三人の寝床は、愛珠と茉由が亮二のシングルベッドで、亮二はソファである。

就寝の時刻なので全員が目を閉じる。

 しかし、

「おい、リョージ。起きてるか? 起きてくれ」

「ん? 愛珠か? 何だよ? トイレか?」

「違う違う。いくら何でも1人でトイレは行ける。そんな事じゃない」

 亮二は眠い眼を擦って半身を起こす。

「ん?」

「MSが見たいんだ」

「今から?」

「今から」

「1時なのに?」

「1時なのに」

「眠くないのか?」

「MSが見たいのだ!」

 愛珠はちょっとずつ亮二に近付いていき、最終的には顔と顔の距離が数㎝を測るまでになった。

「明日は出発準備の日だぞ? いや、もう今日か」

「大丈夫だ、問題ない」

「ほんとしゃーねーな」

 亮二はテレビを付け、茉由が以前買ったMS1期の円版を棚から取り出し、ブルーレイプレイヤーにセットする。

「ワクワクだ!」

「もう少し待っててくれ」

 腕をワキワキしている愛珠。

 そして少々の時間が経つと、MSの印象的な1話の冒頭がスタートした。

 聖母マリアに受胎告知を、ダニエルに『終わりの日』の説明を、ムハンマドに神の言葉を伝えた、かのガブリエルが小学生5年生の少女——小鳥遊柑奈たかなしかんなにお告げをし、柑奈を魔法少女にするというオープニングから始まるMS。

 ガブリエルは柑奈に不思議な力——魔力を与えてその活動を支援しているのだ。

 愛珠はそんな物語を瞬きも忘れて凝視している。

「目悪くするから離れろよ」

「分かってるって」



 5月5日 午前8時 MSCO東京本部・第5会議室



 端午の節句という男の子の日ではあるが、高校生の彼らにとってはただのゴールデンウィークを構成する1日に過ぎない。

「こうやってミーティングの後に集まってもらったのは今から伝えたいことがあるからなの」

 石沼かなこは淡々と語る。

「私達第小5隊第六班石沼班は、玄武討伐作戦で前衛に行きたいと思うの」

 冷然としている。

「あと、今日はアキバ事件も第三小隊に混じって参加したいと思ってるの」

基本的に第五小隊には専門はないので、様々な作戦に参加する事が可能ではある。

「それは本気か?」

 思わず亮二は聞き返した。

「本気よ。異論はある?」

 たしかにアキバ事件はただの調査に過ぎないだろうが、玄武討伐作戦を前にしてまさかこのようなことをするとは思わなかった三人には、ただ沈黙するしか余裕を作れなかった。

「それで京君。昨日のあれは」

「俺も色々考えたよ。俺はこの二人の意見がどうであっても石沼の考えに賛成だ。俺はもうすっかり独立した身だ。だけどばーちゃんとじーちゃんからの恩は絶対に忘れることは出来ねー。二人が死んじまったらもう恩返し出来ないからな」

「篝…………」

 亮二は彼の名前を呼ぶ。

「私はどっちでもいいぞ。リョージの判断次第でどうするか決める」

 昨日、いや今日の午前6時までMSを見続け1期を全部見切った愛珠は眠そうに言い、亮二に視線を送る。

「俺は…………。お前らがそこまで言うならいいぜ。アキバの事件も参加してもいい」

「なら決まりね。よーし。じゃあ今日はこれから第三小隊に合流だー!」

 突然いつもの調子に戻ったかなこはそう言って拳を掲げる。



 Go to the next passage!

 初めまして。矢田愛唯です。今回が初めての投稿ですが、何卒よろしくお願いします。

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