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彩幻  作者: 新流晃夜
9/17

9話

「『(めい) (よう)(しゅう)』という男が該当しました」

 紙面上の文字を蓮星が指差す。

「北部の人間です。ある屋敷に住み込みで働いていたようですが、ふた月前、家主の許しがあって、暇をもらっています。赤毛で中背。特徴も一致するようです」

「家族は?」

「ありません。なんらかの理由があって都に出てきたのでしょうが、挨拶を済ませて屋敷を辞したために、誰も不審に思わなかった、と」

「なんの用事があったのかしら。少なくとも相手がいる用事じゃなさそうね。約束していれば、そちらから届けが出ていたはずだもの」

 ユウは、男が言ったことを隠して、ただ自分を『ヨウシュウ』と呼んだ人物が現れたことだけを花弥に伝えた。

 そして花弥――耀弥は、蓮星にその名前を調べるように命じた。

 手掛かりが音だけでは案の定難しかったらしく、結果が出るのに数日を要した。

 耀弥の目が紙面上を走るのを見ながら、蓮星は何気なく言った。

「ユウが『遙秀』ならば、もうお会いになる必要もありませんね」

 思いもよらないことを言われた顔で蓮星を見上げた耀弥に、出来た側近は、内面をおくびにも出さず述べた。

「記憶は別として、素性は判りました。ユウも安心することでしょう。姫様がもう『花弥』として様子を見る理由がありません」

「それは……そうだけど……」

「街にお出になりたいなら、わたくしがお供致します。わたくしでなくとも、女官でよいではずです。――それとも、彼でなければならない理由が、なにか」

 耀弥は苦笑した。蓮星の心配を笑うようでもあり、考えないようにしていたことを暴かれたようでもあった。

「――そうね。ないわ。ただ、楽しかったのよ」

 お忍びは珍しくない。

ただ、屋台でまんじゅうを買ったのは初めてだった。

 公務で男と会話することもある。

 ただ、義務で会う異性より、居心地が良かった。

 一時の遊びであることを忘れるほどに。

 色々なことが新鮮だった。

「考えてみれば私、男の人と個人的に親しくなるの、初めてだった」

「姫様」

「友情と愛情の違いって何だと思う?」

「は……わたくしには、よく」

「私もなの。遙秀が好きか嫌いかと聞かれたら好きよ。でもそれが、恋なのか、親愛なのか、区別がつかない。――それに、仮に恋だとしても、だからどうなるの?」

 蓮星と耀弥の視線が交わる。

 底知れない黒い瞳に、蓮星はつかの間吸い込まれそうな錯覚に陥った。

「色に溺れて遙秀を要職に就けたとしても、能力が伴わなければすぐに罷免される。不当に財を貯めようとしても監査官は見逃さない。そういう仕組みが出来上がっているのだもの」

 傍に置こうと思ったら、せいぜい夫か情夫として奥に入れるのが関の山だ。

「過去に夫も恋人もつくらず帝位についた女性は多くいるわ。女帝だからといって男の支えが必要とは限らない。なら、あえて遙秀への感情を恋に分類しなくても、友情だと思っておけば十分じゃないかしら」

 窓の外には中央の宮の楼閣がある。

「遙秀が見ているのは『女官の花弥』。私が耀弥だと知っても、彼は同じように接してくれるかしら。なによりまず――許してくれるかしら」

 蓮星は答えなかった。否、答えられなかった。



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