7話
花弥――耀弥は、毒事件以来攻撃がないことに疑問を感じていた。
報告によれば、料理の毒はしっかり致死量に達していた。今も耀弥が生きている以上、仕掛けた方も失敗したと気付いているはずだ。
それなのに、二度目の攻撃を仕掛けてこない。
様子を見ているのか、それとも、別の手段を講じているのか。
蓮星も、気を抜くどころかやや神経を尖らせ始めている。
他の女官たちが油断し始めているから足して割れば丁度良いのだろう。
耀弥が使う部屋には、飲食物はひとつも無い。水差しすら置かない有様で、食事時ともなれば徹底的に検査されたものしか卓に上らない。その食事も、わざわざ中央の宮の厨房で作る徹底ぶりだ。
中央の宮では帝の食事も用意されている。下手に毒物を混入すれば帝まで毒殺しかねない。万が一耀弥より先に帝を毒殺してしまえば、途端に耀弥が帝位に着く。そうなれば暗殺など出来ない。暗殺犯もそんな博打は打てまい。
「とは考えたものの……最近はいつもお食事が冷めてしまうのが難点ね」
中央から西へ移動する時間と検査で、かなり時間を使っている。湯気の立った料理を最後に食べたのは、ユウとの外出で買ったまんじゅうだった。
「この際だから、冷めても美味しい、冷めた方が美味しい献立って開発出来ないかしら」
「冷めにくい料理の検討も含め、料理長に相談してみます」
この時いくつも編みだされた料理はのちに庶民に広まり、働く女性を大いに助け、女性の社会進出に貢献したとか、作り置き出来る点から男の料理好きが増えたとも言われるが、どこまで本当かは不明である。
「耀弥様、お支度の時刻です」
立ち上がった耀弥を素早く着替えの女官が囲む。
「今日のお茶会の場所は?」
「都の南東にある雅鳳湖です。先日完成した離宮で、披露を兼ねて」
次々と重なっていく衣に帯を締めている間に、廊下には外出用に装った女官たちが立ち並んでいる。
南西の宮を出たらすぐに牛車に乗り、都の大路を練り歩きながら湖に向かう。経路は事前に民に通達されているから、沿道は見物の人だかりが出来ていることだろう。
耀弥が仮住まいとしている南西の宮は、不審人物の侵入を防ぐために、顔を見知った者しか立ち入り出来なくなっている。
そのせいか回廊にもそこから見渡せる庭にも人気はない。
と、ちょうど庭を通りかかった赤毛があった。
「ユウ!」
いつものように呼び掛けてから、耀弥ははたと今自分が盛装していたことを思い出した。
雑巾の入った水桶を抱えていたユウは、回廊に立ち止まっている華やかな一団の中に見知った顔を見つけ、手を振った。
そのまま駆けよってきて、まっすぐに一人を見て人懐っこい笑みを浮かべた。
「凄い。お姫様みたいだね、花弥。なにかあるの?」
ぎょっとしたのは一人や二人ではない。
蓮星も慌てて周囲を見回し、他に人のいないことを確認した。
一番驚いたのが当の耀弥だった。
「え、あ、ええ、ありがとう……ユウは、掃除?」
向こうが花弥だと言いきっている以上、女官も、こちらは耀弥姫ですから平伏しなさいとは言えない。女官たちははらはらしながら見守るしかなかった。
「うん、これから北側の回廊。水撒くから、しばらく通らないほうがいいよ」
「そう……」
「それじゃ、仕事頑張って」
周りの女官に対して、明らかに身につけている宝飾品の桁が違うことに、ユウが気付かなかったのが救いだ。ユウは完全に花弥が何かの用事でめかしこんでいるだけだと思い込んでいた。
「あ、花弥、その格好」
「え!?」
周りの女官までぎくりとした。
「良く似合ってる。凄く綺麗だよ」
ユウが走り去って行ったあと、全員が大きく息を吐き出し安堵した。
「こんなことって……」
「私も驚いたわ……。これまで、それこそ今まで気付かれたことは無かったのに……」
(だけど、気づいてもらえたことが、嬉しい)
気付かれないのが悪戯の醍醐味だったはずなのに、それでは逆だ。
わずかに色づいた頬は化粧の下に隠して、耀弥はいつもよりちょっとだけ浮き立った気分で宮を出た。




