12話
下男下女の通用口をくぐって南西の宮の敷地で、やっと顔見知りの下女を見つけた。
「遙秀!? ちょっと、いやだ! びしょぬれじゃないの!」
差し出された手ぬぐいだけ受け取って、遙秀は宮へ向かう。
「待ちなさい! そんな恰好でどこ行くの! 着替えて……」
「そんな時間はない」
全身ぬれ鼠、手には桃色の巾着をぶら下げて、いかにも滑稽な格好をしていることは、遙秀自身理解していた。それを些事にするほどの大事が、彼にはあった。
「馬鹿! 宮を濡らすな!」
「そんなものあとで拭けばいい! 僕を通してくれ!」
「阿呆か、お前自分を鏡で見てみろ!」
まっすぐ宮に入ろうとする遙秀と、下女の制止を聞きつけ駆けつけた他の下男たちの押し問答が、宮城には珍しい喧騒になった。
近くの回廊を横切った女官や官吏まで足をとめて揉み合う下男たちを見ているものだから、蓮星はその人垣をかき分け前に出なければならなかった。
「何事です、騒々しい!」
一喝したその声に、なんとか宥めようとしていた下男を振り切った遙秀が彼女の眼前で膝をついた。
「蓮星様! どうか……どうか耀弥姫様に会わせて下さい!」
とたんに巻き起こった批難轟々の嵐には蓮星さえ耳をふさいだ。
「静かになさい!」
ぴたりと静まった衆目は無視し、耀弥姫の側近は柳眉をきりと釣り上げた。
「遙秀、姫様のご温情、よもや忘れたわけではありませんね」
「わかっています。だからこそ、どうしても伝えなきゃいけないことがあるんです」
「わたくしが聞いて、姫様に奏上申し上げるのでは不満ですか」
「火急に内密なことです。どうか」
二人の間に火花が見えた。まっすぐに睨みあって微動だにしない。
その緊張はおよそ似つかわしくない涼やかな声音で立ちきられた。
「いいわ」
騒ぎに集まっていた下男や女官たちは、花弥が連れてきた女官が手早く散らした。
「花弥……!」
蓮星と遙秀、同じ名前を呼びながら、まったく違った感情を発していた。
「耀弥姫様にはすぐに会わせてあげる。だからね遙秀、まずは着替えて、それからよ」
「でも時間が!」
「耀弥姫様にも支度があるから結局待たされるわ。待つなら着替えたってかわらないわ。それでも嫌だと言うなら、何をしてでも風呂場に放り込むわよ」
遙秀は気圧される形で花弥らしからぬ脅迫を承諾した。
蓮星や耀弥の女官たちは一様に心配の目を向けたが、耀弥は動じなかった。
「遙秀の人となりは、あなたたちも見てきたでしょう。彼はつまらないことで宮を騒がせる人じゃないわ」
珍しく不満そうな顔で主を見下ろす蓮星に、耀弥は優しく目を細めた。
「気遣ってくれてありがとう。あなたがいるから、私は人を信用出来るのよ」
蓮星は諦めて苦笑した。
「あなたにそう仰られてしまっては、ご用意するしかないではありませんか」




