悲しみの仮面
こんにちはなるがうすです。
いつもは『決して語られぬ緋色の鳥』という作品を投稿させていただいています。(超王道です)
そこで、邪道がかけないと思ったので挑戦ということで書いてみましたw
下手な文ですが、骨休み程度に読んでいただけると幸いです。
震える手で僕は真っ赤に染まったナイフの刃を眺める。
背中で震えるように泣く佳奈の声がコンクリートに反響してこの空間全体がまるで泣いているようだった。
一月四日都心では三が日の幸福な時間が仕事という地獄へと変わるのを僕は満員列車に揺られながらそう痛感した。入社して三年も経つけど未だにこれにはどうも慣れない。
首にはクリスマス彼女の佳奈がくれた真っ赤なマフラーを巻き、手にはハンドクリームを塗ったあと二重に手袋をしたが、それでもこの体の芯まで来るこの寒さにはどうやら勝てないようだ。
そういえば今朝お天気お姉さんが「今日は寒くなりますね。出かける方は暖かい服装で、今日も一日頑張って!!」とご自慢の作り笑いを披露しながらそう語っていたのを思い出した。
左手には何とか手に出来た吊革を掴み、右手にはビジネスバッグを握る。その中に正月を潰して作った山のような会議用の資料を移したUSBメモリーと佳奈が作ってくれた昔ながらの銀色の弁当箱で他には何も入っていない。
周りを見渡すと僕と同じように気だるそうに窓から森林を眺める者や、スマートホンと睨めっこしている者、中には剣道部だろうか少し長めの棒を大事そうに抱える隣駅の都立の高校の制服を着た子などもいる。
僕はというと、列車の天井に貼ってあるチラシをすべて読んだり、その文字数を数えたり、最後にはその一枚一枚の画数を数えたりして時間を潰す。
そういているうちに、駅は二つ三つ飛び、遂に僕の降りる駅へと到着した。重い足を懸命に動かし会社へと向かう。この会社は駅から徒歩三分の大企業だ。IT企業では確か最近日本最先端技術を誇るとされ色々な新聞やニュースでもよく報道されている。
三流の大学出身の僕がどうしてこんな企業に就職できたかというと、佳奈がここの会社の三女で中学から付き合っている僕に、彼女が受かるようにとコネを回してくれたのだ。そのせいもあって会社ではいつも肩身が狭い。
僕は社員証を警備員に見せながら入社して、会議用の資料が入ったUSBメモリーをバックから取り出し、部長の山田さんに提出する。
すると、だるそうな動作でノートパソコンで僕の資料を眺め、直ぐに眉毛がピクッと動く。
「おい、神田!!言われたことも出来てないじゃないか!!」
山田さんの怒鳴り声が部長室全体に響く。僕は正月中一生懸命やったものをちょっとのミスでデータを全て消去された。そのまま迷いのない動作で電話に手を伸ばす。
「野口。今回の会議お前がまとめた資料を使わせてもらう。神田?あいつはダメだ。お前のほうが百倍使える」
僕にも聞こえる声で山田さんは笑いながら電話をする。僕はそれを背中で聞きながら退室した。
それから直ぐに昼食の時間になったので会社を出て、誰もいない公園で通るはずのない喉にお弁当を無理やり押し込む。
ただでさえ寒いのに、新年の風は僕を励ますどころか蔑むように肌を突き刺す。
悲しみの箱に体を埋めるように身を縮ませながら、また僕は会社へと向かう。
仕事が終わり電車から降りて僕は古びたアパートに入る。認めたくないが、ここが僕の家だ。家賃七万円で大手IT企業社長の娘の彼氏と言っても誰も信じる者はいないだろう。
駅のコンビニで買った唐揚げ弁当を頬ばってから、スマホでニュースを見る。
それには最近の流行りのお店や今日あった事件など僕には全く無関係な事が沢山流れていた。
すると、スマホの画面が通話用に切り替わり電話がきたことを教えてくれた。
────佳奈?
『神田 幸太だな』
佳奈じゃない。低くて鉛のような声。
「誰ですか?」
僕はお腹に力をグッと入れて、威圧を出しながら聞く。
『おいおい覚えてないのかよ?俺だよ、賢治だよ。山崎賢治。大学時代一緒にいっぱいふざけあったろう?覚えてない?』
「あぁ、け……賢治か………なに、佳奈のスマホ拾ってくれたの?」
賢治とは大学時代からの友達で、色々悪ふざけなどもした。しかし、三年前彼も僕と同じ会社に就職しようとしたが、僕は受かり彼は落ちた。それ以来気まずくなってしまい話せなかったけど、まさか向こうから電話をかけてくるとは……
『あ、ああ。そうなんだよ。ちょっと悪いんだけど、お前の家の近所の廃ビルがあるだろ?線路の近くにあるやつ。そこの三階に来てもらっていいか?』
呼吸が浅く、早い。風邪でも引いているのかと聞こうと思ったが、それよりも気になることが頭に残響する。
────廃ビルに行く?
「なんで?それなら家においでよ。あの大学の時から変わらないボロアパートだけどね」
スマホから耳障りな歯ぎしりと荒い息遣いが鼓膜に響く。なにかにイラついているのは、電話越しでもヒシヒシと伝わってきた。
「賢治?」
『うるせぇーんだよ!!さっさとこっちに来いよ!!!!!』
耳が痛くなるほどの大声のせいで体がビクッと震えた。明らかに今までの昔の賢治と全然違う。
彼はもっと温厚で芯がある性格だったはずだ。でも、今のはそんなものを全く想像させないほどの狂った声。
「賢治何があったんだよ?相談に乗ろうか?」
昔と違い過ぎる賢治の奇怪な行動が心配になり、僕は尋ねた。
『そ、相談。相談相談相談相談相談相談!!キャハハハハ!!!!!今頃、今になって、今更お前が俺に相談?ふざけるんじゃねぇーよ!!!!!』
「賢治……」
彼がこうなってしまったのは何となく想像がつく。でも、僕はどうしてもそれを受け止めることが出来ず、違う理由がないかと探した。一瞬の静寂があり、その時初めて聞こえた。電話の向こうで啜り泣く様な女性の声が。
「佳奈?おい賢治、佳奈がそこにいるのか!?」
僕はスマホを握る潰しそうになるぐらい強くグッと握った。この口の乾きは先程のパサパサした唐揚げのせいか、もしくはこの不安のせいか。僕は、満たされることを求めて答えを待つ。
「どうなんだ賢治」
『……幸太………』
聞きなれた女性の声が聞こえて胸をなでおろした。
「佳奈!!無事だったんだね、良かった。今迎えに行く」
しかし、この声はスマホの置くから聞こえる電車の音で掻き消された。それと同時に空気が炸裂するような、バァン、バァン。という銃声も聞こえる。
『五分以内にこなかった場合はこの娘は俺が殺す。警察に通報してみろ。ここに警察が来た瞬間にこの娘と共に俺も死ぬ』
僕は椅子を蹴るように立ち上がってから、食事用のナイフをポケットの中に入れ、躊躇無く自分の家を後にする。足がもげそうになるぐらい。心臓がはれつしそうになるぐらい、全力で走りそこに着く。
カッカッカッと硬い階段を上る。もうそろそろ電話が終わってから五分が経つ。僕は三階の扉をタックルするように開けた。肩と扉が触れた時静電気がなったが、気に留めるほどの余裕が今の僕にはなかった。
また、電車が廃ビルの横を抜ける。この音だけが唯一僕を現実に引き戻す音のように感じた。それを忘れないように耳を澄まして、目を開く。
目に飛び込んできたのは、赤黒くなったコンクリートの床と壁に数箇所開いた銃弾の傷跡。左足に深々と穴を開けられピクピクピクと震える佳奈。それは認めたくないほどにリアルな絵。僕はもっと耳を澄ますが、もう現実の音は手を貸してくれない。まるで、これも現実だ。受け入れろ。とでも言いたげな光景だった。
両手がワナワナと震えポケットから食事用のナイフを取り出し、拳銃を俺に構えている賢治の方へ襲いかかるように走った。
再び電車が通過する。その音はまるでこの時を待っていたかのように、活気よく奏でているように感じた。
二人とも言葉は無かった。出す余裕すらも無く、電車の音、それ以上に呼吸の音が耳障りな程に大きく聞こえた。
決着は一瞬だった。いくら銃に慣れていないとしてもこちらに走ってくる的を外すなんてそっちの方が難しい。ただ人差し指を動かせばすぐに終わる。
「────ッア!!」
左肩にハンマーに殴られたような衝撃と激痛が走り、その場に倒れ込む。悲鳴も役目を忘れ僕は言葉にならない叫びをひたすらに叫んだ。震える笑みをうがべながらボソリと初めて口を開く。
「幸太……お前が悪いんだよ。対して学歴も無いくせにあんな大手企業に就職しやがって。お前なんて所詮佳奈のコネで入社できたクズに過ぎねぇーんだよ!!それを我が物顔で悠々と暮らしやがって……」
あぁ。やっぱり君を狂わしたのは僕なんだ。電話の時から薄々賢治が狂った理由は予想はしていた。でも、それを認めたくはなかった。でも、やはりこれは現実だ。
顔を上げて賢治の方を見ると、右手は黒光りしている拳銃を掴み、左手で注射器を肘の裏側に射ちその直後顔が歪みニヤニヤする。僕は不思議そうな目でそれを眺めた。
「これか?これはな幸太。ヘロインと覚醒剤の混合物だよ。お前のその肩の痛みもこれで一瞬でなくなるぞ」
注射器が僕に近づいてくる。左肩に注射針が刺さる。その瞬間、僕は賢治の右手を全力で噛んだ。皮を裂き肉を断ち切って骨を砕く。注射器が地面に落ちてカクテルが散乱する。僕は拳銃奪い銃口を賢治へと向けた。
「うぇつぅなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
耳を塞ぎたくなるほどの叫び声がコンクリートの壁に反射する。僕はトリガーに指を添える。目を閉じれば賢治との大学時代の思い出が頭に流れた。奥歯を噛み指に力を入れる。
『別々の会社に就職しても俺達は親友だ』
賢治の話した言葉を心で聞いてトリガーを引く。
カチッと拳銃のスライドが擦れる音とハンマーが動く音が響き、銃口から白煙が────上がらなかった。
「……えっ?」
何回も何回も同じことを繰り返すが結果は同じ。それは弾切れを奏でる打楽器の様に正確に音が示す。背筋が凍り、呼吸がしづらくなった。首から下をプールに入れられたような感覚。
「こぉぉたぁぁああ!!!!!」
賢治が僕のことを馬乗りになって首を絞めてきた。親指が喉仏に食い込み余計に苦しくなる。意識が段々薄れていき、視界がぼやけて今は賢治の顔もあやふやにしか見えない。目から雫が肌に沿って流れた。それは悔しさと悲しみの熱を帯びていた。その熱が僕に問いかける。お前はたった一人友達の嘆きすら気付かずに消えてしまうのかと。お前はたった一人の恋人の命の灯火が無くなるのも気付かずに消えてしまうのかと。
佳奈の命を見逃して消える?
『オマエハショセンソコマデノニンゲンダ』
そっと仮面をつけた死神が僕の前に現れて耳に優しく囁き、手を繋いできた。
────やだ。僕はまだ死ねない!!
その手を話そうとした時。何かを渡され、咄嗟にそれを掴んだ。そして、死神は骸骨の仮面の奥で嬉しそうに微笑んで消えた。
僕は死神から貰ったそれを逆手に掴み賢治のあばら骨付近に深々と突き刺した。
それは僕が家から持ってきた食事用のナイフ。強引にそれを賢治から抜いた。賢治は刺さっていた所を手で抑えて苦しんでいた。僕はナイフで刺し殺すために震える手を両手で抑えた。
『コロセ、コロセ、コロセ!!』
死神がまた現れて僕の耳元で囁く。
「……殺せ。殺せ」
いつの間にか僕もそれを口ずさんでいた。僕には賢治が排除されるべき害虫にしか見えなかった。そうだ。害虫は排除されるために生まれてきたんだ。こいつも僕に排除して欲しくてこうなったんだ。僕はいつの間にか口から笑みが止まらなくなった。
「死ね、賢治!!」
僕がナイフを振り落とすまさにその時、誰かが僕のことを後ろから抱きついてきた。
それは死神より暖かく。優しい力を秘めていた。
「もうやめて!!」
佳奈が泣きながら僕を止めたのだ。自分の足の痛みを消し飛ぶほどの意志の力で。久しぶりに感じたこの暖かさに僕はいつの間にか涙を流していた。いくら止めようとしてもそれは一向に収まらず、優しく僕の肌の撫でるように流れた。
その後我に戻った僕は救急車に連絡して都内の大学病院に入院した。賢治だけは殺害未遂と薬物乱用の容疑により警察病院に搬送された。
五年後
僕はセミの音をBGMにして面会室のガラスを眺めていた。あの事件から二年後僕と佳奈は入籍した。今年の冬頃には子供が産まれる予定だ。まだ先の話なのに父親になると言うことに緊張していると、ガラスの向こうから無精髭の男が歩いてきた。
「久しぶりだな幸太」
「ああ。そうだね賢治」
賢治は疲れたように笑った。あの事件後彼は裁判で禁錮八年の有罪判決を受けた。
僕は当然罪に問われなかったが、彼がここまで堕ちた理由は僕にあると思うので週に一回ここに訪れている。
それぐらいしか僕は彼に償えないと感じた。
世界は一人一人違う仮面を被っていると思う。自分を装う綺麗な仮面を僕達は少し悲しい色で染めてしまったかもしれない。でも、いつかこの仮面が微笑むように僕達は今を生きている。
全て読んでくれた人はわかったと思うんですけど、あらすじは本文までの話を書いてみました。こういうのありなのかなと思いました。