3-48.意識改革と勘違い
パートナーの確認を無事済ませられた遥は、気を取り直してレーンへと向かってゆく最中、ある事についての考察を独り黙々と重ねていた。
そのある事とは、先程確認したばかりだった今回のパートナー、伊澤仁に関する事に他ならないが、もっと具体的に言えば、彼が何故今回の代打を引き受けたのかという点についてだ。
伊澤仁は今隣を歩いているその足取りすらも覇気がなく、どう見たってこの合コンを楽しんでいる様子では無い。それどころか、現れた時から今に至るまでずっと、この場に来てしまった事を後悔しているかのように終始居心地が悪そうにしているのだ。
その原因は恐らく二十六歳という他の面々よりも頭一つ抜けた年齢感の所為だとは推測できるのだが、だったら何故という疑問に行き当たる。淳也から女子高生との合コンである事は前もって聞き及んでいた様なので、歳下の相手が辛いのならばそもそも代打を引き受けずに断ればよかった筈なのだ。それでも伊澤仁はこの合コンに参加する事を選択し、その結果として今正に隣を歩いているとなれば、そこにはやはり何らかの理由があると思うのが自然だった。
「うーん…」
例えば、淳也が伊澤仁に参加の打診をした際、相手の女の子達は「女子高生」だとしか告げず、具体的な年齢を明かしていなかったとしたらどうだろうか。
女子高生と一括りに言っても、その年齢層はミドルティーンからハイティーンまでと少々の幅があるので、もし伊澤仁が後者を想定していたのだとすれば、現状は間違いなく期待外れという事になるだろう。伊澤仁にとっての現状が、そんな期待外れで想定外の物であるのならば、覇気のない様子と居心地が悪そうにしている事には説明が付く。
「ふむぅ…」
もしくは別の可能性として、伊澤仁は態度とは裏腹に本当はミドル、ハイの区分関係なく若い娘全般を好きだが、奥手な性格の持ち主でそれを表に出せないという線はどうだろう。
これは、伊澤仁の置かれている今の状況を、男の子だった頃の自分に置き換えてみた遥が、モジモジするばかりで積極性皆無の自身を容易に想像できた為に思い至った物だ。二十六歳の伊澤仁と当時十五歳の遥では経験値の差が段違いな筈なので、それがそのまま当てはまるとかどうかには些かの疑問が残るが、ただ可能性として全くゼロでは無い。
「あぅ…」
遥は目に浮かぶようだった情けない男の子時代の自分に少しばかり落ち込みながら、それを振り払う様にもう一つ別の可能性についても考えてみる。それは、単純に伊澤仁が淳也の頼みを断り切れなかったというパターンだ。
伊澤仁は見るからして押しに弱そうだし、淳也の強引かつ巧妙なやり口は、遥自身がそれにまんまとやり込められている立場なだけに言わずもがなである。もしこれが事実だった場合、遥は伊澤仁に対して同情すること頻りで、少なからずの親近感を覚えずには居られない。
「んー…ん?」
一先ず考え付いた仮説はそんな所だったが遥はここで、それらの真相をどうやって確かめるかという当然避けては通れない問題に直面した。
本人に直接聞く事が一番手っ取り早い方法で、遥もいよいよとなれば最終的にそうする事は吝かで無いが、その場合はこれをどんな言葉で伊澤仁に問い掛けるかが問題だ。
伊澤仁には登場した当初に自分が歓迎されていないのではという疑念を既に抱かせてしまっているので、質問に際しては言葉選びに少しばかり慎重を期する必要性があった。
単刀直入に「どうして参加したんですか?」などと聞いた日には、「お呼びじゃない」と宣告するも同然なので、流石にそれは憚られるという物である。
「むぅ…」
遥が何と質問すべきか、という新たに持ち上がった議題について頭を悩ませていると、そこへ唐突と言えば唐突に伊澤仁の方から話しかけて来た。
「あー…大丈夫? 何か悩んでるみたいだけど…」
どうやら伊澤仁は、先程から遥が度々唸り声を上げて一人で百面相をしていたので、それを何事かと気になって声を掛けてきた様である。
「あっ…えっと…その…」
遥はまさか「貴方の事を考えてました」等と言う訳にもいかず、かといって質問の文脈もまとまっていなかった為に、これには返答に困ってしどろもどろだ。
「あー…もしかして僕が―」
遥が返答に困っている間に、伊澤仁の方が何か気付いた様子で口を開きかけたがしかし、その言葉は最後まで発せられる事が無かった。
「よっしゃっ、全員揃ったな!」
直ぐ傍から突如聞こえた淳也の声に伊澤仁の発言は途中で遮られ、意表を突かれた形の遥はこれに思わずきょとんとする。
「えっ…?」
ただ、何も不思議な事は無く、遥が彼是と考えている内にもちゃくちゃくと進んでいたその足取りが、淳也達の待つレーンの前にまで辿り着いていただけの事だった。
「それじゃ、ゲームを始めますか!」
この場に全員が集まった事を認めた淳也が隣のレーンにも聞こえる様にゲームの開始を宣言すると、既に準備万端やる気十分だった先着メンバーたちは元気よくそれに呼応する。
「「おー!」」
こうなっては遥と伊澤仁も場の流れを無視して問答を続行させる訳には行くはずも無く、今は一先ずその輪にと加わる以外他なかった。
「遥ちゃんの為にもあたし絶対に勝ちますからね!」
ゲームの開始が宣言されて早々、黒組のレーンではそんな意気込みを語って鼻息の荒い美乃梨が栄えある一番手としてアプローチに立つ。対する紅組のレーンでは、楓が準備運動をしながら先陣としてスタンバイ中だった。
「ケーキ…ケーキ…フランドールのケーキバイキング…」
屈伸しながら呪文の様にブツブツとケーキを連呼する楓は、見た目のシュールさはともかく気合だけは十分の様だ。
「美乃梨ちゃん、ストライクいったれー!」
パートナーである葛西智一が送ったその声援を切っ掛けに、美乃梨は身体の正面でボールを構えアドレス状態に入る。それから一呼吸置いて軽快な足取りで助走を開始させた美乃梨は、そのまま流れる様な鮮やかなフォームでボールを一気にレーンへと走らせた。
「よしっ! 良い感じ!」
音も無く接地した美乃梨の放ったボールは、そのまま真っ直ぐレーンを突き進み、本人はそれに手ごたえを感じて小さくガッツポーズをする。スピードの乗ったそのーボールは瞬く間に先頭のピンを中心から捉え、周囲のピンをも連鎖的に巻き込む爽快感抜群な音を周囲に響かせた。
「おー!?」
美乃梨の放ったボールがインパクトした瞬間、周囲からは期待感に満ちた歓声が上がる。がしかし、美乃梨の第一投目は見事にストライクとはいかず、左右の端に二本のピンを残していた。
「あーっ! よりにもよってー!」
プロでも成功率の低いその結果を美乃梨は大いに悔しがりながら、第二投目に備えてボールリターンの方へと向かってゆく。
「あっ、次投げますー」
美乃梨が引っ込んで行ったのを見計らって、今度は紅組側の一番手、楓が第一投を行う事を周囲に告げてアプローチに入った。
「よぉーし! …えいっ!」
楓は美乃梨と違って少しバタバタとした助走から第一投目を投じ、そのボールは床にぶつかる鈍い音を響かせてからゆるやかなスピードでピンに向って進んでゆく。真ん中よりも右に逸れて行ったそのボールはそこからは特に曲がる事も無く、そのまま端のピンを四本だけ倒してピットに飲み込まれていった。
「やったー、当たりましたー!」
何本倒れたか以前に、そもそもピンに当たった事を嬉しそうにする楓は、意気込みとは裏腹に、どうやらボウリングがあまり得意ではない様だ。
「楓ちゃん、次はあのあたりからあっちを狙って投げるといいかもだぜ!」
戻って来た楓に淳也がそんなアドバイスをしている間に、黒組のレーンでは美乃梨がリターンから回収したボールを構えて「いきまーす」とテンポよく二投目を投じてゆく。美乃梨の投球は先程と同じく軽快かつ実にスマートではあったが、流石に最高難度のスプリットは容易では無く、ボールは残りのピンには一切掠りもしなかった。
「そんなぁ…」
がっくりと項垂れる美乃梨はとぼとぼとベンチの方へと戻っていき、それと入れ替わりで再び楓の番だ。
「えーっと…あの辺から、あっちを狙って…よしっ!」
構えたまま淳也のアドバイスを反芻した楓は、気合を一つ入れて、のたのたした助走からのたどたどしいフォームでボールをリリースする。
「おねがいー!」
その念が通じたのか、はたまた淳也のアドバイスが適切だったのかは分からないが、楓の投げたボールは残りのピンへ向かってレーンを進んでゆき、そしてそのまま残っていた六本全てをなぎ倒した。
「きゃー! 全部倒れたー!」
楓はそれを奇跡かの様に喜び、一同もこれには「おお!」と歓声を上げて素直に賞賛を惜しまない。終わってみれば、手慣れた様子だった美乃梨が八本に対し、明らかに不慣れな様子だった楓がまさかのスペアで勝利という意外な結果だった。
「楓ちゃんナイスだぜ!」
淳也は戻って来た楓に労いの言葉を賭けながら、両掌を差し出しハイタッチの構えを見せる。楓はそれに少しばかりの戸惑いを見せながらも、今は嬉しさの方が勝ったのか、求められるままハイタッチに応じて淳也とその喜びを分かち合った。
「言われた通りに投げたらいけましたー」
その結果を淳也と一頻り喜びあった楓は、そのままのテンションで待機ベンチに座っていた遥の方へとやって来る。
「カナちゃん、見ててくれたー? ワタシ、スペアとったよー!」
楓は心底嬉しそうにその結果を報告してくれたがしかし、遥は結果どころか、中々熱い展開だった一部始終自体をそもそも見てはいなかった。
「あっ…えっ? おめでとう?」
遥が小首を傾げながら曖昧な笑顔で賞賛を送ると、楓は少しばかり不満そうな顔で「もー」と頬を膨らませる。
「ごめん、ちょっと考え事してて…」
その考え事とは言うまでも無く、先程中断を余儀なくされた、伊澤仁に何と言って参加理由を質問するかという案件に他ならない。一旦は空気を呼んでボウリングに興じる他の面々に迎合した遥だが、順番待ちという恰好の空き時間を与えられては、それを思案に当てずにはいられなかったのだ。
「考え事…? 何か気になる事でもあるの?」
楓が不思議そうにして何事かと問い掛けてくると、遥はついついその気になっている対象へチラリと視線を向けてしまう。楓も遥に釣られて同じ方へと目線を向けたが、そこで二人の見た物は、ベンチの上に置かれた伊澤仁の物と思われる革製のウェストバッグただそれだけだった。
「あれ…?」
遥の記憶では、自分と一緒にこの場にやって来た伊澤仁は、間違いなく正面に当たるその場所に座っていた筈で、その痕跡も確かにある。
「えぇ…?」
遥は忽然と消えたその姿にきょろきょろとしながら困惑頻りだったが、その所在は同じように視線を泳がせていた楓によって程なく発見された。
「カナちゃん、ペアの人を探してるんだったら、ほら、あそこでボール選んでるよ?」
楓が指差すその先を見れば、そこでは確かに貸し出し用のハウスボールが並べられたラックの前で伊澤仁がそれを吟味中である。
「あぁ…なんだ…」
何のことなく見つけられた伊澤仁の姿に納得してその視線を正面へと戻した遥だったが、そこでは楓が妙ににやけた笑顔を見せていた。
「えっ…な、なに?」
その笑顔の意味は何かと遥が問い掛けると、楓は眼鏡の奥で瞳を細めて一層のにやけ顔になる。
「そっかぁ、カナちゃんあの人の事が気になってるんだぁ」
それは正しくその通りで間違いはないのだがしかし、遥には楓の言う「気になる」はどうにもニュアンスが異なっているように思えてならない。
「えっと…気にはなってるけど…、ミナ…多分それ違うよ?」
遥は言葉上それが正解である事を告げつつも、隔たりがありそうなその意味合いについては否定する。ただ、楓はそんな遥の否定をも何か曲解した様で、そのにやけ顔を引っ込める事は無かった。
「ふふふっ、カナちゃんも女の子だねぇ、好きな人が居るって言っても、やっぱりカッコいい人は気になっちゃうんだぁ」
女の子ならばそれは自然な事だとして、楓は一人で大いに納得しているが、これは勘違いも甚だしい大変な誤解である。いくら遥が日々女の子としての自意識をちゃくちゃくと高めているとはいえ、流石にそこまでの意識改革には至っていない。大体、もしそれが出来ていたのならば、遥はもう少しこの合コンに前向きだった筈である。
「いや、あの、そうじゃなくてね?」
誤解を解こうとするその言葉も楓は相変わらずのにやけ顔で聞き流し、あまつさえ遥の手を取ってベンチから引っ張り上げるなり、その身体を伊澤仁がいる方角へと向けさせた。
「ほら、カナちゃんもボール選ぶついでにちょっとお話してきたら?」
遥が伊澤仁を異性として気にかけているのだと完全に勘違いしてそんな後押しをしてくる楓のそれは、正しく余計なお節介以外の何もでも無い。
「べつにいいよぅ、ボールもミナと一緒でいいし…」
色々と面倒臭くなった遥は些か投げやり気味になって、楓の手をやんわりと払いのけながらさっきまで座っていたベンチにと再び腰を下ろす。遥は質問をぶつけるためにいずれは伊澤仁と話しをするつもりではあるのだが、今はまだ何と問い掛けるかが定まっていないので、そのタイミングでは無いのだ。
「んー…そっかぁ、カナちゃん照屋さんだねぇ…あー、でも―」
楓は相変わらずの誤解を継続させつつも、遥が嫌がっている事を察してそれ以上の無理強いはしてこなかったが、代わりにふと何か気付いた様子で首を傾げさせた。
「カナちゃん、ワタシが使ってるボール結構重いけど大丈夫?」
普段からその貧弱ぶりを目にしている楓は、それなりに重量がある自分の使用してるボールを果たして遥が扱えるかどうかという尤もな疑問を持った様だ。楓はその証拠にと、一旦その場を離れて先程投げていた自分のボールを両手で持って遥の元に戻って来くる。
「ちょっと試してみて?」
楓が両手でボールを保持したまま差し出して来たので、遥はそれに従ってフィンガーホールに指を入れ、それをそのまま片腕だけで持ち上げようとした。がしかし、楓が危惧していた通りに、そのボールは遥の貧弱な腕力と握力では殆ど持ち上がる様子がない。
「んーっ!」
遥が目一杯力を込めてみても、ボールは楓の手から僅かに浮き上がった程度で、それを維持できたのもほんの一瞬だけであった。
「…やっぱりかぁ」
思った通りの結果に苦笑する楓に、遥はその不甲斐ない結果をしょんぼりとしながら小さく頷きを返しかない。
「…うん」
因みに、ピンクのマーブル模様をしたそのボールには、女性向けの11ポンド玉で、その重量はおよそで五キログラム相当といったところだった。それすらろくに持ち上げられないとなれば、当然の如く男である淳也が使っているボールを共有するなんて事は試すまでも無くまず不可能だ。実際に、今現在アプローチに立っている淳也が片手で軽々とぶら下げていたそのボールは、楓の物よりも二キロ近く重い15ポンド玉だった。
「…ボール…取って来るね…」
遥が観念してボールを取りに行く事を告げると、楓はこれにパッと表情を輝かせる。
「それならあの人と―」
どうせその場に向かうなら、という感じで楓は先程の提案を再度推進しようとするも、遥はそれをさせまいと食い気味になってこれを否定した。
「しないから!」
その力強い否定に、楓は明らかに落胆した顔を見せてしゅんとしてしまう。
「カナちゃぁん…ちょっとお話するくらいいいでしょー?」
楓は捨てられた子犬の様な瞳で懇願して来るが、流石の遥もこれに関しては易々とほだされたりはしない。
「そんな顔してもダメー! ボールとってくるだけだから!」
遥は伊澤仁と話をしに行くわけでは無い事を念圧すと、楓にこれ以上この話題を続けない為にも、さっさと目的を果たして戻るべく行動を開始した。ただ、遥が向かうその先では、未だ伊澤仁がボールを吟味中であり、話をするかどうかはともかく接近だけは免れない。
「はぁ…」
依然として伊澤仁に対する質問文が纏まっていなかった遥は、小さく溜息を付きながら、向こうから話しかけてこない事を祈るばかりだった。




