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3-47.モチベーション

 淳也の先導によってボウリング場へと移動した遥達合コンメンバー一行は、八人連れと人数が多い事もあって、四人ずつで二つのレーンに分かれる事になった。

「はい! あたしは遥ちゃんと一緒がいい!」

 美乃梨はさも当然の様にそんな主張をしてくるが、勿論それがすんなりと認められる訳はない。こういった場合、個々の要望をいちいち聞き入れていては、纏まる物も纏まらないのだ。この合コンにおける一切を取り仕切っている淳也もそれは重々承知だった様で、これには元より対策が講じられていた。

「みのりん、残念だが組み合わせはコイツで決める」

 そう言いながら淳也が背中に引っ付けていたボディバックから取り出した物は、コンビニ等でも売られている様なごく普通のトランプだった。

「遥、これを適当にシャッフルしてから女の子達に配ってくれ」

 淳也は箱から取り出したトランプの束から四枚だけ抜き出して、それを遥にと手渡してくる。どうやらそのカードを用いて、組み分けの抽選を行おうという事らしい。

「あ、うん」

 遥が指示された通りにカードを配っている間に、淳也はトランプの束からさらに四枚のカードを抜き出して、それを男性陣にも配っていった。

「皆、自分に配られたカードのシンボルを確認してくれ。取りあえず色だけでいい。早い話がこの色毎で分かれてもらうって寸法だ。男女均等の組み合わせが出来るようになってるから、そこは安心してくれていいぜ!」

 カードを配り終わった淳也が組み分けの方法を説明すると、一同はそれに乗っ取って自分に配られたカードの色がどちらであるのかを早速と確かめる。女の子だけで固まっていたかった遥は男女均等という部分には些か不満があったが、この集まりが合コンである以上流石にそこは我慢するしかない。

「遥ちゃんどっちだった? あたしは黒だよ!」

 自分のカードを確認し終えた美乃梨は期待感一杯に瞳をキラキラとさせてにじりよってくるも、残念ながら遥の手元にあったカードのシンボルはハート、つまり赤だった。

「あー、分かれちゃったねー」

 遥が自分のカードを見せると、美乃梨はこれにがっくりと項垂れて落胆を露わにする。

「遥ちゃんと一緒じゃないなんて…うぅ…あんまりだよぉ…」

 美乃梨は縋りつくようにしてそんな事を言うが、公平を期した抽選の結果なので遥にはどうしようもない。

「ほら、花房さんはあたしと一緒よ」

 黒のシンボルだったらしい沙穂は、お馴染みの呆れ顔で遥から美乃梨を引きはがすなり自陣の方へと引っ張ってゆく。

「うぅ…はるかちゃぁーん…」

 沙穂に連れられてゆく美乃梨はまるでドナドナされる仔牛のような瞳で訴えかけて来るも、やはり遥ではこれをどうしようもない。遥に出来た事はせいぜい、苦笑いと共に憐憫の視線でそれを見送る事くらいの物である。

「よし、レーン分けは済んだみたいだな」

 淳也は配られたカードの通りに一同が赤組と黒組に無事分かれた段階で、何やら些か悪い顔でニヤリと口元を歪ませた。これが何か企み事をしている顔である事を知っている遥は、何やら嫌な予感がしつつも一先ずは静観の構えだ。

「実は、皆が持ってるカードにもう一つ意味が有る!」

 意味深な笑みをたたえたままの淳也は自分のカードをチラリと確認してから、同じ組になっていた女子メンバーである遥と楓を交互に見比べてくる。

「ハートのジャックを持ってるのはどっちだい?」

 その問い掛けに、遥と楓は思わず顔を見合わせ、それから一つ頷きを交わし合うと、互いに息を合わせて同時にカードをひっくり返してそれを開示した。

「「あっ…」」

 カードを確認し合った遥と楓は同時に声を上げて再び顔を見合わせる。

「ミナ…」

 ハートのジャックを持っていたのは楓の方で、それがラッキーカード等では無い事を信じて疑わない遥はこれには思わず同情せずには居られない。

「うぅ…ワタシ…ハートのジャック…でした…」

 楓が自分の持っていたカードが正にそれであった事をおずおずと申告すると、淳也はこれに満足げな笑顔を見せて直ぐ傍までやって来る。完全にこれは何かよからぬ事の布石だろうと思い込んでいる遥と楓は、その場で肩を寄せ合い戦々恐々だ。

「いやぁ、よかった! 遥だったらどうしようかと思ってたよ」

 怯える遥達を他所に、その結果を一頻り喜んだ淳也は、今し方言い当てた楓のカードを回収して、それを自分が元々持っていたカード、ダイヤのジャックと合わせて他の一同にも見える様に掲げて示す。

「まぁ、そんな訳で、こんな具合に同じ色で同じ絵柄のカードを持ってる同士、この時間はペアを組んでもらおうと思う!」

 一体どんな訳なのかは分からないが、ともかくそういう具合らしく、淳也は当然の如くこれも男女でペアが出来る様に仕組んでいると見て間違いが無い。どうりで淳也は先程指定のカードを持っていたのが遥でない事を喜んだ訳である。淳也からすれば遥とペアだった日には何のための合コンか分からないといった処だったのだろう。

「それじゃあ、皆もそれぞれの絵柄を確かめて同じ絵柄同士でペアになってくれ!」

 淳也が他の面々も同様にするよう促すと、意外と聞き分け良くこれに従ったのが沙穂だった。沙穂は合理主義者なので、ここでひと悶着起こすよりも、さっさと先に進めてとっとと終わらせた方が建設的だと思ったのかもしれない。

「えーっと、あたしのカードはこれ」

 沙穂は自分が持っていたカード、スペードのキングを同じ黒組の面々に見せながら、その内の男性陣、葛西智一と鈴村祐樹に目配せをする。

「どっちですか?」

 他所行きの笑顔で二人の青年に向って問い掛ける沙穂は、その表情とは裏腹に若干目が据わっていた。尤もそれが判別出来たのは、仲の良い遥と楓くらいのもので、男性陣はそれに気付いてはいない。

「あっ、僕とペアだね、よろしく、日南さん」

 沙穂と対のカードを持っていたのは鈴村祐樹の方だった様で、例の人畜無害そうな笑顔で手を差し出して呑気に握手を求めて来る。ただ、相変わらず目が据わったままの沙穂はこれに「よろしくおねがいしますー」と愛想笑いで答えつつも、その手を握り返す事は無かった。鈴村祐樹はやり場の無くなったその手を気まずそうに引っ込めながら若干の苦笑いだ。

「って事はだ! 美乃梨ちゃんが俺のパートナーだな!」

 同じレーン内で二組つくられる内の一組が既に確定したので、これは最早カードを確認するまでも無い。

「美乃梨ちゃん、よろしくな!」

 葛西智一は先程握手拒否された鈴村祐樹の惨状から何も学ばなかったのか、無謀にも美乃梨に向って右手を差し、結束を固めようとする。

「あ、はい! よろしくおねがいしま―って…ちょっとまってください!」

 沙穂と違って根っから人当たりが良い美乃梨は、案外あっさりと握手に応じかけていたがしかし、その途中で葛西智一の手を空かして、代わりに淳也の方へと勢いよく詰め寄った。

「別にペアとか作らなくてもよくないですか!?!」

 今になって激しく異議を申し立てる美乃梨は、おそらく自分がどうこうというよりも、遥が男と二人組みを作る事が我慢できないのだろう。それは先程、大局を見据えた沙穂が敢えてスルーした事なのだが、遥の事となると見境ない美乃梨はこれを我慢できなかった様だ。

「みのりん、これは合コンだぜ? 何もとって食おうってんじゃない。ちょっと親睦を深めるだけさー」

 鼻息荒く詰め寄る美乃梨をものともせず、淳也は涼しい顔で事も無げに言って肩をすくめて見せる。そんな理屈では到底美乃梨が納得する事は無かったが、淳也とてそれは想定の範囲内だった様で、これを黙らせる次なる一手をも用意していた。

「みのりん、良く聞いてくれよ? ペアを組んでもらったのは、この後ペア毎の合計スコアを競うちょっとした勝負をする為なんだ」

 そこで一旦言葉を止めた淳也は、遥の方をチラリと見やって例の悪い顔でニヤリと笑う。

「でだ、もしも、みのりんのペアが見事勝利できたのならば、みのりんだけ特別に、今日一日、遥の隣をずっと占有できるというグレートな権利を進呈しようと思う!」

 本人の断りなく大変勝手な話しで、遥がこれを嫌がったらどうする気なのかは分からないがしかし、美乃梨には効果覿面だった。

「そ、それはっ…! うっ…でも…」

 美乃梨は遥が今この時間限り男とペアを組まされる事と、そこに目を瞑りさえすればその後はずっと自分の傍に置ける事の二つを天秤に掛けてしばしその場で葛藤する。それは大げさに言えば、理性と本能の激しいせめぎ合いだが、勝負に負けると言う可能性は一切考慮されていない様だった。

「淳也さん…絶対ですよ? 絶対に絶対ですからね…?」

 結局、本能に抗えなかったらしい美乃梨は、ちょっと小声になって約束を違えぬ様淳也に念を押す。

「おうとも! 淳也さんに二言はないぜ!」

 その力強い肯定を受け取った美乃梨は、淳也から葛西智一の方へと向き直って、大股でその正面まで歩み寄るなり、意気込みを新たにして勢いよく右手を差し出した。

「何としても勝ちましょう! よろしくおねがいします!」

 遥という餌にまんまと釣られ、がぜんやる気になった美乃梨に握手を求められた葛西智一は、「お、おうよ…」と少しばかり戸惑った様子である。そんな一連のやり取りに、沙穂が「この茶番早く終わらないかな」とでも言いたげな冷ややかな視線を向けていた事は、遥と楓の胸の内にだけひっそりと留めておいた方が良さそうだった。

「さて、そんじゃ皆にも説明するけど、ペアになってもらった二人の合計スコアを他のペアと競うちょっとした勝負って事なんだけど―」

 淳也はここで改めて、美乃梨以外の面々にも、わざわざペアを作ってもらったその趣旨を説明する。

「―なんと、優勝したペアには豪華賞品が贈られます! その豪華賞品とは…こちらです!」

 そう高らかに宣言した淳也が先程のトランプが出て来たボディバックから今回取り出したる物は、何らかのチケット類だと思しき短冊状印刷物だった。

「えっと…、何それ…?」

 ぱっと見でそれが何であるのか判別できなかった遥が疑問のままに問い掛けると、淳也はそのチケットが良く見えるように両手でかざして誇らしげに胸を張る。

「いいか、これはだな、あの有名人気スイーツカフェ『フランドール』のケーキバイキング無料招待券だ!」

 淳也はかなり大仰にそんな説明をするが、遥には今一その有難味が良く分からない。有名スーツカフェと言われても、遥は甘いものがそれ程好きでは無いので、せいぜい、そういえばお店の名前は聞いたことがあるかもというくらいの物である。

「へ、へぇ…」

 説明を聞いてもピンと来ない遥は微妙な感嘆を返すのが精々であったがしかし、その一方でこれに意外なほど反応した者もいた。遥とは違ってスイーツには目が無い生粋の女子高生、沙穂と楓だ。

「フランドールのケーキバイキング! ワタシ一度でいいから行ってみたかったんだぁ!」

 楓は眼鏡の奥で瞳をうっとりとさせ、沙穂の方も予想以上の食いつきで色めき立つ。

「中々予約も取れないのにそれの無料招待券とか! これはちょっと本気にならざるを得ないかも!」

 沙穂と楓にとって、淳也の用意した賞品はかなりテンションの上がる物だった様で、二人とも明らかに目の色が変わっていた。

「お、良い反応だねぇ! そんじゃま、そう言う事で! 女の子達は目指せ、ケーキバイキング! 男どもはそんな女の子達を上手くアシストして好感度を上げて行こう!」

 淳也がそんな意気込みを語ると、元々やる気のあった男性陣は元より、俄かにテンションの上がった遥以外の女子メンバー一同も「おー!」と拳を突き上げ元気よく同調する。

「良いね良いねぇ!」

 それぞれに適した方法でものの見事に参加メンバー一同のモチベーションを上げる事に成功した淳也はこの結果に多変満足げだ。そして淳也はその結果を自慢する様に、どうだと言わんばかりの誇らしげな顔を遥の方へと向けて来る。

「あー…もぅ…」

 正しくドヤ顔だったその顔に遥はほんのりと溜息をつきながらも、流石にここまでされては、友人としてこれに一定の評価と理解を示さない訳には行かなかった。

「えっと…おー…」

 半ば観念した遥が控えめな同調姿勢を見せると、淳也は実に満足げな笑顔を見せてから他の面々の方へと向き直る。

「よーし、それじゃー皆、張り切って行こうぜ!」

 それが号令となって、すっかりとやる気勢になった面々は、再び「おー!」と気合十分に応えて、意気揚々とそれぞれに割り当てられたレーンへと向かって行動を開始した。

「お、おー…」

 引き続き控えめな同調姿勢を見せる遥も、仕方なくといった感じではあるが取りあえず今は流れに任せて、輪を乱さぬ様大人しくその後に付き従う。がしかし、遥はここである事に気付いて、歩き出したばかりだったその足をすぐさまピタリと止めてその場に留まった。

「あっ…あー…」

 何の事は無い、遥は今になって、自分だけ未だにパートナーの確認を済ませていない事に気が付いたのである。今の今まで、他のメンバーどころかパートナーを務める筈の当人すらその事を申告してこなかった為に、遥もついうっかりそのままにしていたのだ。

「えっ…と…?」

 遥は既にレーンへと辿り着きそうな他の面々を順番に目で追いかけて、その中から自分のパートナーを見つけ出そうとする。ただ、いくら探してもそこには淳也と楓、沙穂と鈴村祐樹、そして美乃梨と葛西智一といった既に出来上がっているペアの面々しか見られない。

「えっ…あれ…?」

 自分のパートナーはいずこに、と遥が若干の混乱を来しかけたその時だ。

「あー…もしかして…僕を探してるのかな…?」

 その呼びかけは、余りにも唐突で、不意を突くように真後ろからだった。

「にゃっ!?」

 突然の事にギョッとしてしまった遥は思わず変な悲鳴を上げて、飛び上がらんばかりの動きで慌てて振り返る。

「いやぁ…、若い子のテンポについていけなくて…どうにもタイミングがね…」

 何処か遠い目をして、そんな年寄りじみた事を呟くその人物は、確かに遥が探していた相手で間違いが無かった。伊澤仁(二十六歳)、淳也がバイトするサロンの店長で、急な欠員の代わりに代打として起用されたちょっと異質な男性陣の四人目だ。

「あー…遥ちゃん…で、いいのかな? よろしくね…?」

 どことなく申し訳なさそうに挨拶しながら伊澤仁が差し出して来たその手には、遥の持っていたカード、ハートのエースと対になるダイヤのエースが握られていた。他が既にペアになっているので、これは今更確認するまでも無かったが、とにかくこの伊澤仁がパートナーである事だけは確かだ。

「あっ…えっと…はい…、よろしくおねがいします…」

 遥は伊澤仁に挨拶を返しつつも、他の男性陣とは違って全く覇気が感じられないその様子に、何やら急激な脱力を禁じ得ない。遥はそんな脱力物の伊澤仁がこの場に居る事を不思議に思わずには居られなかったが、その一方で一つだけ分かった事がある。それは、この伊澤仁がパートナーとなった事が吉と出るか凶と出るかは、現状何とも判断が難しいという事だった。

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