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3-42.決着と残された謎

 午前九時を少し回った頃、入浴を終えて身支度を済ませた遥は、紬家のリビングにあるソファーに腰掛け、対面の席に座る賢治と向かい合っていた。

 二人が今こうして対峙している理由は勿論、昨夜激しく言い争っていた遥の短くなったスカートについて決着をつける為に他ならない。遥と賢治の後ろには見届け人としてそれぞれ朱美と児玉が控えており、中々に緊迫した場面ではあるがしかし、二人は今それとはまた別の理由から、お互いにかなり気まずい気分でいた。

 まず賢治が気まずい理由についてだが、これについては簡単だ。両親の同席という状況もその一因ではあるが、それ以上に賢治が気まずい最大の要因は、先程脱衣所で遥のあられもない姿をうっかりと目撃してしまったからである。

「ハル、さっきは…その…悪かったな…」

 賢治は先の事を思えば到底遥を直視する事などは出来ず、実に所在なさげに視線を泳がせながら、一先ずその事に関しての謝罪を口にした。

「あっ…うん、別に…へーき…」

 遥はそれが大した問題では無い事を告げながらも、賢治の眼に映る自分の表面積を少しでも減らそうと身体を小さく縮こまらせる。その態度からは一見、賢治と同じ理由で気まずさを募らせているように見えたがしかし、遥は勿論その事は依然として何とも思ってはいない。遥が気まずい思いをしている原因は、それとは全く別の所に存在していた。

「うぅ…」

 遥は恨めしそうな表情で自分の後ろに控えている朱美の方をちらりと見やってから、ほんのりと赤くなっている顔を俯かせる。俯いた遥の視界には自身の小さな身体が映っていたが、それは今、白と黒を基調とした時代物のビスクドールを彷彿とさせる、豪奢なドレス風衣装に包まれていた。

 その衣装は一般的にゴシックロリータと称させる類の服装で、一部には普段着として愛好している者も存在するれっきとした洋服である。がしかし、これこそ遥が今現在大変気まずい思いをしている最大にして唯一の原因だ。

 それを身に纏った遥はそれこそアンティークドールさながらに大変愛らしくはあるものの、それはあくまでも傍目から見ての話であって、本人の心境はと言えば中々に穏やかでは無い。いくら遥が普段からその愛らしい容姿に似合いの甘々とした服ばかり身に纏い、近頃はそれに抵抗を感じなくなってきているとは言え、流石にゴスロリともなればその範疇では無いのだ。遥からすればそれは最早コスプレも同然であり、そんな恰好をして賢治の前に出る事は、裸を見られるよりもよっぽど恥ずかしい事柄なのであった。

「ハルちゃん、大丈夫よー、お人形さんみたいで凄く可愛いわぁ」

 それを用意して着ざるを得ない状況を作った張本人である朱美は大変満足げにそんな太鼓判を押すも、遥からすればそれは何の気休めにもなってはいない。恥ずかしい物はやはり恥ずかしいので、遥は出来る事ならば今直ぐ自宅へ逃げ帰って普通の恰好に着替えたい気分で一杯だったがしかし、今はそう悠長な事も言ってはいられなかった。

 賢治にとっては気まずい要因の一つである朱美と児玉の同席は、遥からすれば中々に心強く、昨晩の一件に決着を付けるのであれば二人が居てくれるこのタイミングを逃したくはないのだ。何よりこんな厄介な問題は出来る事ならばとっとと終わらせるに越した事は無く、それを思えば恥ずかしい恰好については一先ず我慢する事も吝かでは無かった。背に腹は代えられないという奴である。

 そして、この問題に早くケリを付けたいと思っていたのは遥だけではなかったようで、気まずさを圧して先に話しを切り出して来たのは賢治の方からだった。

「ハル…昨日の事だが…」

 賢治がいよいよ本題に触れてきた為に、それまでのどこか浮ついていた空気が一変して、一気に場の緊張度が高まってゆく。そんな重苦しくもある雰囲気の中、賢治は僅かに躊躇いながらも、まずは昨晩の行き過ぎた行動に対する謝罪を口にした。

「その…乱暴した事は…本当に悪かったと思ってる…」

 その表情は非常にバツが悪そうで、そんな様子から賢治が昨晩の件をかなり後悔している事が如実に窺がい知れる。昨夜はそのせいで児玉にあらぬ誤解を与えたあげくに、地獄の特訓という厳しい仕置きまで受けているので、反省もひとしおといった所の様だ。ただ、遥はその事に関しては元より賢治を責めるつもり等毛頭有りはしなかった。

「うん…それは大丈夫、もう気にしてないから…賢治ももう気にしないで」

 その事でかなり恥ずかしい思いをしたのは間違いが無いのだが、遥にとってそれはどちらかと言えば早く忘れてしまいたい部類の事柄である。今ここでその話題を改めて掘り下げるよりも、とっとと不問にしてしまった方が精神衛生上得策だったのだ。

「そうか…よかった…」

 遥に謝罪を認められた賢治は、少しだけほっとした顔で安堵の息を付いたが、またすぐに真剣な面持ちに戻ると、話を次の段階へと進めていった。 

「ハル、スカートの事なんだが…」

 いよいよ一番の問題へと議題が推移した事で、昨夜の不条理や理不尽を思い起こした遥の胸の内を少しばかりザラついた感情が撫でてゆく。押し倒された事やその際に起こった事故については、ある程度の納得や割り切りができていた遥でも、この話題に関しては当然また別だ。

「やっぱり、ダメなの…?」

 昨日あれだけ頑なに否定されていた為、どの道その結論は変わっていないのだろうと踏んでいた遥であったがしかし、意外にも賢治はこれに対して左右に首を振った。

「いや、そうじゃないんだ」

 その言葉に拍子抜けだった遥は、きょとんとして小首を傾げさせる。

「えっ? じゃあ、許してくれるの?」

 まさかと言う気持ちで遥が問い掛けると、賢治はこれに眉間に皺の寄った難しい顔でまた左右に首を振った。

「いや…、そう言う訳でも無くてだな…」

 その言い様に遥は思わず混乱して、これには堪らず疑問を露わにする。

「えっ? どっちなの? 結局ダメなの?」 

 遥は困惑の余り性急になって結論を求めたが、賢治はこれを手で制止してから、その結論を順を追ってゆっくり話始めた。

「俺なりに、一晩考えてみたんだが…、ハルに短いスカートで高校に行ってほしくないって気持ちは、今でも変わっちゃいない…」

 賢治はそこで一旦言葉を区切ると、遥とその後ろに控えている朱美をちらりと見やってから渋い表情で「ただし」と言葉を繋いだ。

「学校が終わった後だけにしてくれるのなら、俺はもう何も言うつもりはない…」

 それが一晩の熟考を経た末に導き出された答らしく、要するに賢治は、放課後に沙穂や楓と学外で遊ぶ際だけならば、スカートを短くしても構わないと、そう言っている様だった。

「なるほど…」

 賢治の提案は昨夜の頭ごなしだった理不尽な否定を考えれば、かなりの譲歩と言えるだろう。落としどころとしても中々に悪くはないがしかし、これは遥の短くなったスカートが単なるファッションだったならばの話だ。遥にとって短くしたスカートは沙穂との友情を形にしたもので、ファッション性等は寧ろ二の次である。その本質的な意味を賢治が理解しているのかどうかは定かでは無いが、いずれにしても、遥がこの提案を受け入れる事は容易ではなかった。

「うーん…」

 遥は賢治の示した折衷案を受け入れるか否か逡巡して、頻りに頭を悩ませる。遥としては常時短いスカートで高校生活を送れるに越した事は無いが、だからと言ってここで賢治の提案を突っぱねてしまうと、その先に待つのは恐らく昨夜と同じ不毛な平行線だ。流石に遥もそればっかりは望むところでは無く、そうなる事を避けるためには代案となる様な何かしらの建設的な方針を打ち出す必要性がある。ただ、これは中々に容易ではなく、それどころかかなり難易度の高い問題だ。

「ねぇ…、ちょっとヒナとミナにLIFEで相談してみて良い…?」

 考えた末に結局決断しかねた遥は、この問題を沙穂と楓にも共有してもらう事を思いついて、傍らに置いてあった自分のスマホを手に取った。短いスカートは友情の証なので、賢治の案を受け入れるにしろ、別の方向性を模索するにしろ、これを独断で推し進める訳には行かないと、そう思ったからである。

「相談って…お前…」

 賢治は当然の様にかなり険しい顔をして難色を示したが、そこへ後ろに控えていた児玉が大きくごつごつとした手でその肩をがっしりと掴んだ。

「賢治、これはハルちゃんとハルちゃんの友達の問題でもあるんだぞ」

 昨夜誤解を解かれた際朱美から聞いたのか、児玉は既に遥の短くなったスカートに付いて大体の事情を把握済みの様で、友達に相談したいというその姿勢にも肯定的だ。そんな児玉から圧を掛けられた賢治は、引き続きの険しい表情で大きく溜息を付きながらも、遥が沙穂と楓に相談する事を渋々と了承するより他なかった。

「仕方ねぇな…手短にしてくれよ…」

 賢治が少しばかりの注文付きでそれを了承すると、遥は小さく頷きを返してから、早速事の次第を掻い摘んだ内容に纏め上げて、沙穂と楓にメッセージを送信する。

『賢治がスカートを短くするのは放課後だけにして欲しいって言ってる』

 遥が送った文面はそんな内容で、これにすぐさま既読が二件付いたかと思うと、間もなく最初に沙穂からの返信が送られて来た。

『そんなの彼の言う事優先に決まってるでしょ!』

 そんな少々意外だった沙穂からの返信に遥が少しばかり拍子抜けしていると、スマホの画面に続けてもう一件メッセージが送られて来る。

『あたしの事は気にしなくても大丈夫、もう十分嬉しかったし』

 そんな文面の後には、沙穂が普段から良く使っている「ありがとう」と吹き出しの付いたクマっぽいゆるキャラのスタンプが添えられていた。

「ヒナ…」

 要である沙穂に「大丈夫」だと言われた事で、遥の気持ちは一気に賢治の提案を受け入れる方向へと大きく傾いてゆく。そして、更にはそれを後押しするかのようなメッセージが、今度は楓からも送られてきた。

『実はちょっと恥ずかしかったからワタシもその方が助かるかも。それに、クラスの皆はもうワタシ達が仲良しだって知ってるんだし放課後だけでも全然良いよね?』

 楓は今になっての個人的な気後れを綴って来たが、後半の文面に関しては尤もと言えば尤もな意見だ。そもそも遥がスカートを短くしたのは、三人の関係をよく知らない学外の人間に沙穂の友達にしては「意外」と言われた事が発端である。遥達三人が常に行動を共にしている仲良し三人組である事を周知している学内の人間にそれを今更アピールする必要性は確かにどこにも無い。

 二人からの意見を受けて、遥の気持ちはもう殆ど賢治の提案を受け入れる方向へと定まってはいたが、それをより決定的な物とするメッセージが沙穂から送られて来た。

『あたしの事よりも、カナは自分の恋を頑張って!』

 その如何にも女子高生らしいコイバナへの話題転回に、遥が思わずギョッとしたのは言うまでもない。遥は動揺の余り持っていたスマホを取り落としそうになってしまったが、そこへ追い打ちを掛けるかのように今度は楓からも同様の趣旨を綴ったメッセージが送られて来た。

『ワタシもカナちゃんの恋が実る様にいつも応援してるよ!』

 沙穂と楓にそろって賢治との恋路を激励された遥は、赤くなった顔を俯かせてスマホをぎゅっと握りしめる。

「もぉ、ヒナぁ…ミナぁ…」

 遥は些か憮然とした表情で二人の名前を恨めしげに呟きながらも、気持ちの方では賢治の提案を受け入れる決心が定まっていた。沙穂と楓がそれを認め、更には賢治との恋までも後押ししてくれているのであれば、遥としてもこれ以上一人で頑なになる理由はどこにもない。一つ咳払いをしてから気を取り直した遥は、握りしめたスマホを胸元に引き寄せ、定まった決心を告げるべく、正面に座る賢治の方へと真っ直ぐに向き直った。

「分かった。賢治の言う通りスカートを短くするのは放課後だけにする」

 遥が提案を受け入れる事を告げると、賢治は安堵の表情で深く息を吐いて、勢いよくソファーにもたれ掛かる。

「ふぅ…」

 目の前の大きな問題が解決した事で、遥も少し肩の荷が下りたかのように幾分か気持ちが楽になって、賢治がしたのと同様にソファーへともたれ掛かった。

「ハルちゃん、お疲れ様」

 話が上手く纏まった所で、それまで静観していた朱美がにこにことしながら、遥のふわふわした髪をやんわりとした手つきで撫でて来る。遥は普段ならばこれを嫌がるところだが、今は大人しく為されるがままを良しとした。昨夜の事を思えば、賢治の譲歩に朱美の尽力があった事は言わずもがなで、そうでなくとも色々と助けてもらっているのだ。そんな朱美を無下に扱える程遥は恩知らずでは無い。

「朱美おばさん、ありがとう」

 遥が感謝の気持ちを述べると、朱美は朗らかに笑って、頭を撫でていない方の手をパタパタと泳がせる。

「昨日約束したものねぇ」

 その言い様から察するに、やはり朱美が賢治を上手く諭してくれたおかげで今この状況がある様だった。遥は改めて朱美に対して感謝の念を強めたが、ここで一つ、忘れてはならない問題がまだ解決していない事に思い至る。それは、昨夜朱美が口にした、あの謎かけの様だった、賢治が短いスカートを認めてくれなかった本当の理由についてだ。

 朱美曰く、賢治が短いスカートを認められないのはそれを「良い」と思っているからだという事だが、その事は遥にとって未だに大いなる謎である。今それを思い出したからには、当然遥はこれをこの場で確かめない訳には行かなかった。

「ねぇ賢治…」

 遥が改まった様子で口を開くと、朱美は真面目な話が始まった事を察して頭から手を退け、賢治の方はソファーの背もたれから身体を起こして話を聞く姿勢を取る。その様子を認めた遥は、疑問を解消する最初の入口として、スカートをどうするかという問題の以前にあった、もっと根本的な疑問を今ここで再び賢治に向って投げ掛けた。

「短いスカート…ボクには似合ってなかった…?」

 その質問に対して、賢治はピクリと眉を跳ね上げ、眉間に皺の寄った非常に険しい表情になる。疑問を解消する事も勿論重要な事ではあったが、それこそは遥が何よりも聞きたかった大本命の質問であり、それと同時に賢治が最も答え難い質問に他ならなかった。

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