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3-2.ファーストコンタクト

 入学式に参加する為体育館に入った遥は、並べられたパイプ椅子の一つに座って、つつがなく進行されていく式の模様に、体感一年前の記憶を思い起こす。

 あの頃の遥は男子高校生を始めようかという時で、同じ体育館には親友の賢治や、中学から共に進学してきた淳也や亮介、そしてまだお互い名前も知らなかった頃の光彦が居た。それに引き替え今の遥は女子高校生という名の幼女で、共に成長して来た友人達は同じ新入生の列には唯の一人もいない。女の子としてのスタートラインだと意気込みはしたものの、友人達と時間軸を違えてしまったのだと、そう改めて実感させられると、遥は一抹の寂しさを覚えずには居られなかった。

『―皆様にとってこれからの三年間が有意義な物となる事を願っています』

 遥が少々センチメンタルになっている間に、壇上に立った年配の女性、桃井校長のマイクを伝う声がそんな言葉と共にスピーチを締め括る。スピーチを終えた桃井校長が教職員の列に戻っていくと、それと入れ替わりで男子生徒が一人姿を現した。恐らく在校生代表の挨拶をする生徒会長だろう。

 男子生徒が演台の前に立つと体育館内が俄かに色めき立ち、新入生在校生のみならず参列している保護者の列からまでも黄色い声が無数に上がった。見れば生徒会長と目される男子生徒は、穏やかな雰囲気をまとう好青年でかなりの男前である。

 入学式と言う厳かな場にあって、イケメンに沸き立つ場内というその様子は些か異様と言わざるを得ず、遥は余りの事にそれまで抱いていた感傷を一気に吹き飛ばされて、今は唯々唖然とするばかりだ。

 黄色い声援を浴びせられながらも男子生徒が、気負いのない自信に満ちた笑顔を見せ、スッと手を広げマイクに向かうと、その堂に入った所作から体育館内が一瞬シンと静まり返る。

『新入生の皆さん、入学おめでとうございます。今期の生徒会長を務めさせて頂いております、三年生のつ―――き―です』

 男子生徒が話し始めると、そのよく通る美声に体育館内は再び黄色い歓声で沸き返り、それに遮られ遥は生徒会長の名前を聞き漏らしてしまった。

『私はあなた方の先輩として、そして生徒会の役員として、皆さんの高校生活が豊かな物となる様、助力を惜しまず、またそれは―』

 生徒会長が淀みなく演説を続けてゆく中、体育館内はその一挙手一投足にいちいち黄色い歓声があがり、それらの大部分は当然のことながら女生徒や保護者として参列している女親に依る物である。そんな体育館内に身を置く遥も女の子という身の上ではあるが、元男の子である故にそのノリを今一つ理解できず、寧ろ何やらうんざりとした気分になってしまった。

『―当校では勉学のみならず、あなた方の高校生活をより充実した物とするために、生徒会主導による多数の行事を予定して―』

 尚も淀みなく演説が続いてゆく中、遥は周囲から度々上がる黄色い声に耳がキンキンとして、おまけに軽い頭痛までしてくる始末だ。そんな調子では最早演説の内容等は到底頭に入って来る筈もなく、今は只、とにかくこの異様な雰囲気の体育館から一刻も早く抜け出したいと、そんな事を考えるばかりである。遥の記憶が正しければこの後はもう校歌斉唱があるくらいで、式はそれで終わりの筈だが、そこへ辿り着くにしても、生徒会長の演説が終わらない事には話にならない。

 耳鳴りと頭痛に悩まされる遥が、気力と体力をだいぶ消耗させて、そろそろ限界かもしれないと思い始めた辺りで、生徒会長の演説はようやく終盤へと差し掛かり、待望していた締めの言葉に向ってゆく。

『―高校生という立場を弁え、節度を持って、存分に高校生活を楽しみましょう』

 最後に生徒会長が気負いのない笑顔を見せ一礼をすると、体育館内に拍手の音に劣らぬ一層高らかな黄色い声援が上がり、どこからともなく「王子様みたい」等という乙女チックな感想が漏れ聞こえて来た。言い得て妙ではあるし、分からなくは無いのだが遥は思わず苦笑である。

 その後、生徒会長が壇上から姿を消すと、体育館内は一気に静まり返って、入学式は遥の記憶通り校歌斉唱を経た後、司会進行を務めていた矢谷教頭による閉式の宣言を持って無事終了となった。

 退場を言い渡された新入生は、出口で校章の入ったピンバッジを受け取とり、これで晴れて高校生の仲間入りである。既に在校生徒である遥も入学式に参加した新入生として十把一絡げに扱われ、出口で新しい校章のピンバッジを受け取った。


 体育館を出た新入生たちは式の緊張をほぐす様に伸びをしたり、友人同士で歓談を交わしたりしながらそれぞれの足取りで教室へと向かってゆく。

 遥が未だ耳に残る黄色い声の余韻にくらくらとしながらも、校舎へ続く連絡通路を歩いていると、その途中、先に体育館を出て待ち構えていたらしいニコニコ顔の美乃梨と遭遇した。

「遥ちゃん!」

 遥を見つけるなり両手を広げて駆け寄って来る美乃梨に、遥はビクッと身を震わせ身構えるがしかし、左右には新入生の流れが有って逃げ場が無い。

「あわっ…」

 結局正面から美乃梨に抱き着かれた遥がバランスを失ってよろよろとしていると、両肩を掴まれる感触と共に、その身体は倒れる事無くしっかりとその場に固定された。

「奏さん、大丈夫?」

 その聞き覚えのある声に遥が見上げれば、そこにあったのは新緑の香りでも漂ってきそうな爽やかな笑みを見せる青羽の顔だ。これで青羽に受け止めてもらったのは今日二回目である。

「あ、うん…だじょぶ…」

 青羽の清々しい笑顔を上目で見やりながら、本当に良い奴だ、と遥が感心していると、抱き着いていた美乃梨が離れ、青羽との間に割り込んできた。

「ちょっと青羽! 遥ちゃんに触らないで!」

 目を三角にする美乃梨の理不尽な抗議にも青羽は笑顔を崩すことなく、むしろちょっと楽しそうに小さく声をたてて笑う。

「美乃梨は奏さんと友達なんだ?」

 そのやり取りを見るに二人はどうやら同じ中学出身というだけでなく、互いを下の名前で呼び合う程度には親しい間柄の様だ。

「遥ちゃんとあたしは赤い糸で結ばれてるの!」

 遥との関係を問われた美乃梨がドヤ顔で相変わらずブレのない大見得を切ると、事情を知らない青羽はかなりの驚いた表情を見せる。

「えっ、美乃梨ってもしかしてレ――ってぇっ!」

 その言葉を言い切るよりも早く美乃梨が青羽の足を踏みつけていた。

「あたしはノーマル! 遥ちゃんは特別なの!」

 青羽の足を踵でグリグリと踏み込みながら美乃梨は口を尖らせる。

「だ、大丈夫?」

 遥が美乃梨の陰から身を乗り出し問い掛けると、青羽は脂汗をダラダラ流しながら尚も笑顔を崩さない。

「へ、へーき」

 強がる青羽に対して美乃梨は殊更口を尖らせ、今一度足を踏みつると踵を返して遥の手を取り、さっさと歩き出した。

「遥ちゃん行こっ!」

 遥としては青羽の事が気がかりではあるが、美乃梨の引っ張る力が強くてとても抵抗できそうもない。

「また教室でねー」

 美乃梨に引きずられながら遥が手を振ると青羽も手を振り返しそれに応えてくれた。

「また後で!」

 そんな二人のやり取りを耳にした美乃梨は、一層手に力を込めて遥を引きずりずんずんと校舎へ向かって進んでゆく。余程遥を青羽に近付けさせたくない様だ。

「遥ちゃん! 青羽は駄目って言ったでしょ!」

 美乃梨の強い調子に気圧され遥は「う、うん」と一応の返事を返しつつも、むしろ自分に近づいたせいで青羽の方が酷い目に遭っているのでは、と少々申し訳ない気持ちだった。


 A組の教室前で美乃梨と別れた遥が自分の教室へと足を踏み入れると、教室内には先に到着していた生徒達がまばらに見られ、それぞれが思い思いの席へと座っていた。遥が見る限りでは特に席の指定はなく出席番号順と言う訳でもない様だ。

 指定が無いのであればと遥が、適当な席を探して教室内を一瞥すると、窓際から二列目、前から四番目にあたる場所がまだ前後左右誰もいない空席だった。若干の人見知りである遥にとっては丁度いい塩梅だ。

 早速目的の席まで足を進めた遥は、周囲を一度見回し確かにそこが空席である事を認めて、背負っていたリュックを傍らに置き椅子を引いて腰を落ち着ける。小さな幼女の身体に高校生用の机と椅子は若干持て余し気味ではあるが、全く足が付かないと言う程でもないので問題はないだろう。

「ふぅ…」

 席に着いた遥が特にやる事もなくぼんやりしながら適当にスマホを触っていると、やや後方に陣取っている女生徒三人組が弾んだ声で話している内容が聞こえて来た。

「生徒会長マジカッコよかったよねー」

 一人の女生徒がそんな事を言うと他の二名もそれに同調して、やれ芸能人の誰其れに似ているだの、元彼の何倍もイケているだのと、黄色い声をキャッキャとさせて実に楽し気である。

 イケメンの話題に花咲かせている女生徒たちの会話を耳にした遥は、入学式での一件もあって軽いめまいを覚えながらも、ふと女子高生であるところの自分は、ああいった話題に自然と溶け込める様に成らないといけないのだろうかと、そんな事を考えてしまう。

 自分が「誰々はイケメンで超かっこいいよねー」等と言って他の女生徒達と歓談している姿を想像すると一層目の前がクラクラとしてくる遥だったがしかし、現在進行形でイケメン筆頭の様な賢治に絶賛片思い中である事を思い出すと、途端に顔が熱くなって、堪らず両手で頬を抑え机に突っ伏した。

「うぅ…」

 賢治の事を好きなのは別にイケメンだからでは無いのだが、イケメンである事には変わりがないし、そんな人物に片思い中の自分が周りからイケメン好きの女子高生と思われるであろう事は、遥にも容易に想像できる。遥は女の子になると覚悟を決めて、賢治に対して恋心を抱いてはいるものの、その内面は未だに男の子としての精神構造を色濃く引き継いでいる為実に複雑な心境だ。

「あんた…大丈夫…?」

 遥が妙な自己嫌悪に陥って机に顔を伏せて悶えている最中、そう声を掛けられたのは少々突然の事だった。

「あっ…え…?」

 遥が不意の事に戸惑いながら机から顔を上げれば、そこには横から覗きこむ様にしてこちらを窺う女生徒が一人立っていた。明るい色の巻き髪と学校へ来るには少々派手目な化粧をした、どこか気だるげな雰囲気の大人っぽい女の子だ。

「え…っとぉ…だいじょぶ…です」

 男子高校生だった頃では到底接点を持ちようもなかったタイプの女子生徒に声を掛けられた遥は、戸惑いと困惑からかなりぎこちなくなってしまう。

「やー、何か一人で青くなったり赤くなったりしてたからさぁ」

 女子生徒はそんな事を言いながら遥の右隣の席に座ると、短く詰められたスカートの裾から伸びるスラッとした足を組んで遥の方へと身体を向けてきた。

「あたし日南沙穂ひなみさほっての、ヨロシク」

 危うげなスカートの丈と露わな太股にぎくりとした遥は、気まずさから慌てて視線を上げ日南沙穂と名乗った女生徒と向き合う姿勢を取る。

「あっ、えっと…ボクは奏遥…です」

 遥がドギマギしながら相変わらずぎこちなく名乗り返すと、沙穂は自分の髪をくりくりと弄びながら遥をじっと見つめて、気だるげな表情の中に僅かばかりの驚きを垣間見せた。

「あんた…、その見た目でボクって…変わってるわねぇ」

 沙穂の指摘に遥はまたぎくりとしてしまう。当たり前の事だが女の子は普通「ボク」という一人称を余り用いないのだ。当然遥もその事は理解して、高校復学前に一度矯正しようと試みたのだが、長年の癖は早々簡単には抜けず咄嗟の事ともなれば猶更だった。

「…変…かな…?」

 もう口にしてしまった手前、今更言い直すのも憚られた遥のおずおずとした問い掛けに、沙穂は片肘を抱えて頬杖をつきながら首を傾げさせる。

「んー…まぁ…変って言うか…変わってはいるよね」

 沙穂が言葉を探す様に曖昧な反応を示したところで、遥の右斜め前の席に座っていた女子生徒が「あ、あの!」と声を上げて振り返って来た。

「ワタシはボクっ娘、良いと思います!」

 勢いよくそんな意見表明をしてきたのは、黒髪お下げに赤いフレームの眼鏡をかけた、一見大人しそうな印象の女の子だ。

「…えっ?」

 眼鏡の女生徒が緊張した固い表情で、若干頬を赤くしながら遠慮がちに見つめて来くると、突然の事に呆気に取られた遥も、思わずそれを見つめ返してしまう。しばしそのまま二人が黙って見つめ合う中、その横で沙穂が小さく声を立てて笑った。

「あんた達、何かおもしろいねぇ」

 その言葉に我に返った遥が気恥ずかしさから顔を赤らめうつむき加減になれば、対する眼鏡の女生徒も遥同様に顔を赤らめて俯いてしまう。同じような反応を見せる二人を目にした沙穂は殊更愉快そうに笑い、眼鏡の女生徒へと向き直った。

「あんた、名前は?」

 沙穂が問い掛けると眼鏡の女生徒は赤い顔を上げ、硬い表情で所在なさげにきょろきょろと視線を泳がせる。

「あっ…えっと…ワタシは…水瀬楓みなせかえで…デス」

 楓と名乗った女生徒は、先程勢いよく会話に割り込んできたのが嘘だったかの様に、今は実にしおらしい様子だ。尤もこれが彼女本来の性質なのだろう。

「聞いてたかも知れないけど、あたしは日南沙穂、こっちの、んー、あんたの言う所のボクっ娘? は奏遥っての」

 楓の自己紹介を受けて沙穂は遥の分まで名乗り返してくれたが、流石の遥も自己紹介を人任せにしているのは気が引けて、慌てて楓の方へと向き直る。

「あっ…奏遥です…」

 遥のそんな戸惑いがちな挨拶に、楓も同じく戸惑った様子で、かなりぎこちく「ヨロシクオネガイシマス…」と消え入りそうな声で応えた。

 依然として硬さ満点の二人のやり取りを前に、沙穂が呆れたといった感じで、で小さく溜息を洩らす。

「あんたら…そんな緊張しなくても…。あたしら同じ高校生だよ?」

 そう言った沙穂に視線を移した遥は、そこで初めて沙穂の表情をしっかりと認識して、ある事に気が付きはっとなった。沙穂はその態度から一見堂々として気負いがない様に見えていたがしかし、その表情には僅かばかりではあるものの確かに緊張の色を垣間見せていたのだ。

「あっ…そう…だよね…」

 遥は自分に言い聞かせるように呟くと先程沙穂が口にした「同じ高校生」という言葉を胸中で繰り返す。同世代の女の子に余り免疫の無かった遥は、自分が女の子として生きていくと覚悟を決めた今でも、女の子は何か得体の知れない、それこそ「違う生き物」の様に感じて、今現在も目の前の少女達に対してどんな態度を取ればいいのか分からず少なからず戸惑っていた。しかし、沙穂は言ったのだ、「同じ高校生」だと。その言葉通り、あからさまに緊張した様子でいる楓は言うに及ばず、大人びた沙穂ですら、ファーストコンタクトの瞬間には自分と同じ様に戸惑い緊張する、自分とそう大差ないごく普通の人間だったのだ。

 少なくとも、目の前にいる二人は「違う生き物」等ではない。まして自分は彼女達と同じ女子高生、そう思えると遥の気持ちが幾分も軽くなってゆく。

「あの…、日南さん、水瀬さん…、その…よろしくね…!」

 認識を改め気負いの減った遥が、その愛らしい顔で二人に向けて初めての笑顔を見せると、それを目にした沙穂と楓はふっと表情を緩ませた。

「呼び捨てで良いよ。あたしもそうするから」

 気楽な様子で笑う沙穂は遠慮など要らないと遥の気持ちを一層軽くする。

「あ、あのっ、ワタシも、そうして欲しいです!」

 楓も若干緊張がほぐれたのか、硬さを残しつつも、眼鏡の奥で目を細め控えめな笑顔を見せてくれた。

「とりあえず、友達になったって事で、LIFEの交換しよっか」

 沙穂が口にした「友達」という言葉に何やら感動を覚えた遥は、その表情をパッと明るくして大きく頷き返す。

「うん!」

 これから二人とどれくらい親しくなって行けるかはまだ分からない。ただそれでも、クラスに出来た初めての女友達は、女子高生として踏み出した遥にとっては大きな前進だ。

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