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2-25.偶然と必然

「あー…、落ち着けよ?」

 賢治が引きつった笑みと共にたしなめるも、美乃梨は目を三角にしたまま大股でずんずんとその距離を詰めてくる。

「お揃いのストラップが何ですか! あたしだってお揃いなんだから!」

 そう言い放った美乃梨は賢治の視界から遥を遮るようにして割り込むと、ドヤ顔で胸を張って自分の姿を賢治に見せつけた。

「あー…、まぁ…そうだな…」

 賢治は目の前に立ちはだかる得意満面な美乃梨の表情を眺めながら、張り合うのも馬鹿らしくなって大きく溜息をつく。戦意喪失した賢治が遥の元を離れてリビングのソファーに腰を下ろすと、美乃梨は遥の方へと向き直り、朗らかな良い笑顔を見せてその場でくるりと一回転した。

「ほらほら遥ちゃん! お揃いだよ!」

 遥は一瞬何の事かと首を傾げたが、美乃梨の姿をよくよく見ればその答えは簡単である。

「あっ…それ、西高の制服…」

 それまでTシャツ、パーカーにパンツスタイルというカジュアルな恰好をしていた筈の美乃梨が、今では遥と同じ高校の制服を身に纏っているのだ。遥が着替えから戻った際に美乃梨がリビングに居合わせなかったのは、美乃梨も遥に合わせて制服に着替える為席を外していたからの様だった。わざわざ遥に見せる為に制服を持参してきたらしい。

「四月から同級生だよ! 高校でもよろしくね!」

 美乃梨が遥の両手を取って満面の笑顔を見せると、遥はすこし戸惑いながらも笑顔を返す。

「えっと…よろしくね…」

 遥はまさか美乃梨と一緒に高校へ通う事になるとは夢にも思っていなかった為に正直驚きを隠せないが、その一方でどこか大きな安堵感を覚えていた。

「それにしても遥ちゃん…」

 美乃梨はそう言いながら、制服に身を包んだ遥の姿を上から下までまじまじと観察して怪しく瞳を光らせる。

「こんな可愛い女子高生反則すぎるよー!」

 その愛らしい制服姿に感極まった美乃梨は、両腕を広げて遥に抱き着こうと飛び掛かったがしかし、美乃梨の腕は虚しく空を切って遥の身体を捉える事は無かった。

「賢治さん!?」

 邪魔をするのは一人しかいないと決めてかかった美乃梨は、口を尖らせ抗議するが今回に関して言えば賢治は全くの無関係で完全なる濡れ衣である。

「いや、俺じゃねぇよ…」

 賢治は先程から変わらずソファーに腰を下ろしたままで、いくらその運動能力が高いといえども一瞬で遥を掻っ攫ってソファーに戻る等という芸当はできないし、その傍らにも遥の姿は見られない。突如その場から消えた遥はいずこにと、美乃梨が視線を巡らせると遥はその場にペタリと腰を下ろしていた。

「遥ちゃぁん…」

 よもや遥に躱されるとは思っていなかった美乃梨が悲し気な視線を送ると、遥は少々気恥ずかしそうに小さく笑う。

「あ、ごめん…なんか気が抜けちゃって…」

 何も遥は意図的に美乃梨の抱擁をかわした訳では無く、ただ偶然へたり込んでしまったタイミングだったと言うだけの事だった。

「やっぱりボク、心細かったのかな…」

 遥は一瞬賢治の方をチラリと見やりながら小首を傾げて自身の心境を顧みる。賢治が心は共にあると示してくれた事は勿論大きな精神的支えではあるものの、やはり一人の知り合いも居ない学校生活という物に少なからず不安を感じていた様なのだ。そこへ美乃梨が一緒だと分かって大きな安堵感を覚えて、堪らず脱力してしまったのは無理もない事だろう。

「遥、安心しろ」

 遥の心境を慮ってか、光彦が普段よりも幾分か柔らかな眼差しをのぞかせた。

「俺の弟も西高だ」

 朴とつとした光彦なりの気遣いに遥は小さく笑みをこぼして、公園で光彦とキャッチボールをしていた智輝の姿を思い起こす。光彦と違って表情豊かなどこか憎めない感じの少年で、終始恥ずかしそうにしていたのが印象的だった。

「知輝君、友達になってくれるかな?」

 知輝とまともに話をしたのは、光彦と再会したあの公園での時が初めてに近いので、現状は特に親しい間柄とは言えないが、取っ掛かりとしては悪くない様に思える。

「多分、知輝は遥を好いてる」

 無表情で抑揚の薄い光彦の口ぶりではその程度が良く分からないものの、少なくとも悪い印象は持たれていない様だ。

「遥ちゃん知り合いなの?」

 そう問い掛けて来た美乃梨は何やら不服そうな面持ちである。

「うん、昔光彦の家に遊びに行った時に何度か会った事あるし、つい最近も会ったよ」

 三年で随分成長していたな、とそんな事を思いながら遥が質問に答えると、美乃梨はカッと目を見開いて光彦の視線を遮る様に遥の前に立ち塞がった。

「男の子の知り合い…! これは危ない! 遥ちゃんが危ない!」

 色々と飛躍して些か興奮気味の美乃梨に賢治が呆れた様子でため息を付く。

「危ないのはお前だ…」

 美乃梨はそんな賢治の突っ込みにもめげる事無く胸を張って高らかに宣言した。

「あたしは危なくない! むしろ遥ちゃんを男子から守るんだから!」

 そんな堂々たる美乃梨の宣誓を受けた遥は、少々過保護が過ぎるのではなかろうかと若干有難迷惑に感じて口を尖らせる。

「それじゃあボク高校で一人も友達作れないよ…」

 憮然とした面持ちで遥が不満を口にすると、美乃梨だけでなく他の友人達からも「えっ?」という驚きの声が上がった。

「遥、まさかとは思うが、お前は高校で男を中心に友人を作るつもりなのか?」

 亮介が神妙な面持ちでそう問い掛けてくると、遥は何故そんな分かり切った事を聞くのだろうかと小首を傾げながら、さも平然とそれを肯定する。

「そうだけど?」

 きょとんとしている遥の様子に賢治は苦笑して、これは本当に美乃梨に守ってもらった方が良いかもしれないと思い始めた。

「あー…ハルはその…女子高生…だよな?」

 女子制服まで着せておいて何をいまさら、と遥は反論しようとしたが、賢治の持ち出した女子高生という単語で友人達が微妙な反応を見せている理由に気が付いた。

「あれ…、もしかしてボク、女の子の友達を作らないと駄目なの?」

 女子高生になると言う漠然とした覚悟を決めてはいたものの、それが具体的にどういったものであるのかに関しては未知数であった遥は、女の子である自分が今後構築して行く事になる友人関係が同性の、つまり女の子が中心になるであろうという発想に至っていなかったのだ。

「まぁ、駄目って事はないと思うけど…なぁ?」

 淳也が少々困った様子で曖昧な同意を求めると、一同はその意図を正確に理解した様で一様に微妙な笑みで頷きを見せる。

「遥は可愛いからな…」

 ボソッと光彦が言葉少なに告げると、美乃梨が床に座り込んでいた遥を引っ張り上げ、ガシッとその両の肩を掴んだ。

「遥ちゃん前に言った事思い出して!」

 この場面で美乃梨の言う前に言った事というのは恐らく『超絶可愛い遥襲われる論』の事なのだろうが、それは極端が過ぎる意見だと前々から思っていた遥は素直に承服できない。

「で、でも男友達くらい…」

 遥はいくら女の子として生きていくと覚悟を決めたといっても、中身は奥手な男子高校生のままで、真梨香と美乃梨という例外を除けば、依然として同世代の女の子には免疫が無いのだ。そこへ来て女の子を中心に友人を作れと言われても、相当にハードルの高い話である。それならば今までの様に男友達を作っていく方が建設的ではないかと遥は考えるものの、友人達はそんな遥の考えは随分甘い見積もりであると指摘せざるを得ない。

「遥、よくよく考えろ、今のお前に親密にされた男はかなり高い確率でお前に惚れるぞ?」

 亮介の言葉に遥はサッと表情を青ざめさせる。確かにその可能性は全く考慮していなかった。

「で、でもボク、見た目は十歳くらいだし…」

 同級生の男子に異性として好意を抱かれる等まっぴらな遥が、自身の幼女性を引き合いに反論すると、淳也が難しい顔をしながら遥の姿を一瞥する。

「まぁでも制服着ちゃったらJKだし、周りもそう見るよなぁ」

 多少幼かろうが、制服を着てそこに存在する以上、周囲からは同じ高校生として認識され、そうなれば当然恋愛対象にもなり得るというのが淳也の見解の様だ。

「高校生から見ればハルの外見は十分守備範囲かもしれないしな…」

 そう口にした賢治自身、遥の愛らしい外見には幾度となくドキッとさせられている。

「遥くん、男の子も怖いけど、女の子を敵にまわすともっと怖いよぉ?」

 ゆるゆるとした笑顔で指摘する真梨香の意見は、他の友人達には無い女の子ならではの視点だ。遥が男友達を多く作ろうと振る舞えば、それは周囲の女子からは見境なく男に色目を使っていると見られ反感を買う事になりかねないと示唆していた。

「男友達を全く作るなとは言わんが良く考える事だな」

 亮介が最後にそう締めくくると、遥は最早反論の余地がない事を察してがっくりと肩を落とす。

「ボク…やっていけるかなぁ…」

 女子高生として高校生活を送る難易度の高さを思わぬ形で示された遥は、何か良い方策は無いだろうかと救いを求めて友人達を順番に見回した。

「遥ちゃんにはあたしが付いてるから大丈夫だよ!」

 目の合った美乃梨が良い笑顔と共にブイサインを見せると遥は力なく笑みを返す。

「ありがとう美乃梨…」

 男の子から守る宣言はともかくとして、美乃梨が一緒に高校へ通ってくれる事それ自体は、先程も感じた様に少なからず安心感があるのは間違いが無い。

 先行きは少々不透明ではあるものの、今の段階で彼是悩みすぎるのもよくなかろうと、遥は気持ちを切り替えながら、ふと四月から同級生になる美乃梨の存在に些かの疑問を覚えた。

「そういえば美乃梨はどうして西高受けたの…?」

 遥の記憶が正しければ、公立高校の願書提出日は美乃梨と病院で出会う以前には過ぎていた筈なのだ。そもそも美乃梨とこうしている事ですら在り得ない様な偶然の上に成り立っているのに、その上高校まで一緒となればこれには何か人知を超えた、それこそ運命の様な物を感じざるを得ない。

「えっと…ね…」

 遥の疑問を受けた美乃梨はしばらく困った様に曖昧な笑顔を見せていたが、ややあって質問に答える代わりにブレザーのポケットらある物を取り出した。

「遥ちゃん…これ…」

 美乃梨は空いている方の手で遥の手首を掴むと今し方ポケットから取り出した物を遥の小さな手に握らせる。遥が何だろうかと手を開いて美乃梨から渡された物を確認すると、そこには桜の花を象った金属製のピンバッジが一つ乗せられていた。

「えっ…これって…?」

 鈍い銀色にいぶし処理が施された桜花の中心部には、制服が収められていた箱と同様のロゴマークが金差しで彫り込まれている。遥はそれが何で有るのかを少なくとも三年前から知っていた。しかし、ひとつ分からない事がある。

「遥くん何貰ったのぉ?」

 二人のやり取りを見ていた真梨香がゆるゆるとそれに興味を示すと、遥は美乃梨の了承を得てから他の友人達にも見える様にリビングテーブルの上にピンバッジを据え置いた。

「これは…西高の校章の様だが…」

 それを目にした亮介が怪訝な面持ちを見せると、淳也も同様に首を傾げて疑問を口にする。

「なんでみのりんがこれ持ってたんだ?」

 淳也と亮介は経験上、それが入学式に配布される物である事を知っている為、入学前の美乃梨が既にそれを手に入れている事を不自然に感じた様だった。

 淳也と亮介がその出自に疑問を持って首を傾げていると、校章を観察していた光彦が何かに気が付いた様子で目を細める。

「年期が入ってるな」

 光彦がそう指摘した通り、確かに美乃梨が持っていた校章は、表面に大小無数の傷が認められ、金ざしのロゴ部分も既に地の色が所々覗いている程に随分と使い込まれた状態だ。

「お父さんかお母さんのかなぁ?」

 本来美乃梨が持っている筈の無い古ぼけた校章の出所を真梨香がそう予想してみせると、賢治はそれとは別の可能性に気が付き、まさかという思いでバッジから顔を上げて美乃梨を見やった。

「おい、これ…あの時のじゃ…」

 賢治のはっとした表情を認めた美乃梨はまた少し困った笑顔になって頷き返す。

「うん…、それ、遥ちゃんのだよ…」

 美乃梨の解答を得た賢治は「やっぱりか」と大きく息を吐いて崩れる様にしてソファーにもたれ掛かる。それは賢治が思った通り、遥が以前男子高校生だった頃に身に着けていた物だった。

 遥が事故に遭った当日、美乃梨は遥の制服から脱落して目の前に転がってきたその校章を、無意識の内に握りしめていたのだと言う。

「それね、あたしの宝物だったの…」

 美乃梨はテーブルの上に置かれた校章を愛おしそうに見つめ、いつもの朗らかな様子とは打って変わって、どこか辛そうな複雑な面持ちを見せた。

「だからあたし、高校は絶対西高ってあの時から決めてたんだ…」

 遥の前では些か暴走しがちな美乃梨は、その実どこまでも真っ直ぐで、普段明るく朗らかに努めている様子さえも、未だ事故の記憶を忘れず胸に留め続けているからに他ならない。遥と再会する以前に、命の恩人が通っていた高校へと自分の進路を定めたのも、そんな美乃梨の真っ直ぐな想いの現れだった。

「美乃梨…」

 遥がその心情を思い遣って優しく声を掛けると、美乃梨はパッと明るい表情を作っていつもの朗らかな笑顔を見せる。

「あたしと遥ちゃんは運命で結ばれてるんだよ!」

 美乃梨はテーブルから校章を拾い上げ、それを再び遥の小さな手に握らせた。

 遥は三年の時を経て自分の手元へと戻った校章を見つめながら美乃梨の口にした「運命」という言葉を胸中でなぞる。あの日美乃梨を助けたのは、あの日美乃梨と病院で再会したのは、確かに運命的な偶然だったのかもしれない。ただ、遥には一つだけハッキリと分かった事があった。

「美乃梨…、運命なんかじゃないよ…」

 その言葉に美乃梨は一瞬複雑な面持ちを見せたが、遥は柔らかく微笑んで言葉を繋ぐ。

「美乃梨がずっと、想っててくれたからだよ」

 それは人知を超えた運命などではない。美乃梨がずっと持ち続けていた真っ直ぐな想いが「偶然」を「必然」にと変えたのだと、遥は今、胸を張ってそう断言できた。

「遥ちゃん…!」

 美乃梨は瞳を潤ませると、いつもの感情に任せた熱烈な抱き着きでは無く、そっと寄り添うような柔らかい抱擁で遥を包み込んだ。

「今は遥ちゃんがあたしの宝物だよ…!」

 遥は美乃梨の体温を受け止めながら、今までずっと抱き続けていたその真っ直ぐな想いに心を馳せる。自分の前では些か暴走しがちな様子も、そんな想いの現れなのだと思うと、遥は美乃梨の事がどうしようもなく愛おしくなった。

「美乃梨…」

 遥は美乃梨の背中にそっと腕を回して心のままに言葉を紡ぐ。

「好きだよ…」

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