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2-16.休日

 遥が退院してから二回目になる日曜の昼下がり、遥は近所に出来ていた大型ショッピングモール、ユニオンに賢治を伴いやって来ていた。

「すごい人だねぇ」

 遥はテナントが連なる吹き抜けの通りを歩きながら予想以上の盛況ぶりを見せている店舗内の様子に感嘆の声を上げる。客層は小さな子供を伴う家族連れが主だったが、十代や二十代と見られる若者も男女問わず多数見受けられ、幅広い年齢層の人々で賑わっている様だ。

「平日にすればよかったなぁ…」

 遥の横を歩く賢治は溢れかえる人の群れを前に溜息を洩らしながら、何も日曜等と言う特に人の多い日に来なくてもよかったと自身の選択ミスを後悔したがもう来てしまったものは仕方がない。賢治は何も意図的に日曜日を選んだ訳では無く、単純に春休み中で曜日感覚がマヒしていた為に今日が世間一般の休日だという事に出かける直前まで気付けないでいたのだ。

「しかしマジで今日は人多いな…」

 賢治は改めて周囲を見渡し人口密度の高さを再認識しながら、その中に数多くみられる若い男女の二人組を見つける度、ここが地元民のデートスポットとして活用されている事を改めて思い知らされる。そんな状況下にあって遥に対する想いを自覚している今の賢治は、もしかしたら自分達もデートに興じるカップルの一組なのではないかと考え一瞬妙な高揚感を覚えたが、はたと冷静になってみれば遥自身にそのつもりが全くない上に、外見の年齢差と体格差から周囲からもせいぜい歳の離れた兄妹くらいにしか見られないだろうと気が付いて一人わびしい気持ちになった。

「あっ、あれ!」

 遥はそんな賢治を他所に、テナントの中から何か興味を惹かれる物を見つけると、賢治の横を離れてそちらの方へと一人でふらふらと歩いて行ってしまう。

「おい、あんまり離れるなよ!」

 人ごみに紛れては小さな遥などあっという間に見失ってしまうと、賢治は独断で先行してしまった遥の後を急いで追いかける。歩幅の差が歴然なので遥に追いつく事は容易だったが一瞬とはいえ肝が冷えたのも事実だ。

 そんな賢治の内心など露知らぬ遥はそのまま自分のペースで歩を進めるとテナントの一つであるファンシーな雑貨屋の前で足を止め、入り口わきに飾ってあった一体の縫いぐるみを手に取った。

「賢治見て見て!」

 遥が手に取ったのはつぶらな瞳と口元のバッテン印が可愛らしい、オランダの絵本作家がデザインしたキャラクターで、遥が昔から愛好している物だ。

「ハルは昔からそれ好きだよなぁ」

 この手のキャラクター物には全く興味がない賢治は、昔はそのあまり男の子っぽくない遥の嗜好を少々からかったりもしたが、今では遥が幼女な事もあってその組み合わせは実にマッチしている様に見えて自然と頬が緩んでしまう。

「この子の絵本で育ったからねっ」

 遥がこのキャラクターを好きなのは、幼少時にそれを主人公とした絵本のシリーズを響子によって多く読み聞かされて来た為の一種の刷り込みのような物だった。

「あぁ、あのいつも正面向いてるやつ…」

 賢治は遥の様にはその絵本で育ってこなかったものの、未だに遥の部屋の本棚にラインナップされているその絵本を以前何気なくパラパラとめくって見た事が有あった。その絵本のシリーズは登場するキャラクターが例外なく皆常に前を向いている事が特徴で、特別な思い入れの無い賢治はそれを少々滑稽に感じたのだ。そんな賢治の率直な感想を聞いた遥は、それが余り好意的な意見では無いと察して真剣な表情で口を尖らせる。

「この子達がいつも前を向いてるのはちゃんと意味が有るの!」

 手にしていた縫いぐるみを賢治の前に突き出した遥は、キャラクターが正面を向いているのは読者と常に真っ直ぐ向き合っていたいという作者の想いが込められているのだと解説してくれた。

「へぇ、そんな意味があったのか」

 思いがけぬ深い理由に賢治は感心すると共に、遥がこのキャラクターを好きなのはそんな只可愛いだけではない実直で誠実な所があるからなのだろうと納得する。

「それ買ってやろうか?」

 遥がそんなに好きなら縫いぐるみの一つくらいプレゼントしてやるのは吝かではないと思った賢治だったが、遥はその申し出を受けて一瞬きょとんとしてそれから小さく声を立てて笑い始めた。

「流石に縫いぐるみが欲しいとは思わないよ」

 キャラクター自体は好きでも、遥はグッズを集めるようなコレクターでもないし、見た目はともかく中身の上では縫いぐるみを贈られて嬉しがる様な年齢でも柄でもない。

「あっ…、そ、そうだよな…」

 遥に一笑された賢治も同年代で元男の親友に縫いぐるみを贈ろうとしていた自身の間抜けさに気が付いて気まずい笑顔を見せる。よくよく考えれば遥が縫いぐるみを欲しがるようなタイプでない事は承知していた筈なのだが、つい遥を愛しく思う余り何か喜ばせてやりたいと気持ちが先走ってしまったようだ。遥はそんな賢治の様子に僅かに苦笑すると「縫いぐるみは要らないけど」と前置きをしてから持っていた縫いぐるみを元の位置に戻して賢治に向き直る。

「代わりにコレ買ってもらおうかな?」

 そう言って遥が手にしていたのは同様のキャラクターがマスコットチャームとして飾られた携帯ストラップだった。先ほどは縫いぐるみというミスチョイスをした賢治だったが今度は遥からの要望である以上間違いが無い。

「おう、任せとけ」

 賢治は遥からストラップを受け取ると、意気揚々とレジに向って手早く会計を済まし再び遥の元へと戻る。

「ほら、買って来たぞ」

 賢治からストラップの入った小さな紙袋を受け取った遥は、中身を取り出し早速それを自分のスマホに取り付けた。

「ありがとう賢治!」

 無事取り付けられた可愛らしいマスコットのぶら下がるスマホを掲げて、遥が嬉しそうに笑うと、これだけでも今日来た甲斐があったと、賢治は胸の奥がじんわりと暖かくなる。

「あ、そうだ、ボクちょっと自分で買いたい物があるから、賢治そこで待ってて?」

 遥はそれだけ言うと、賢治の返事を待たずに雑貨屋の店内へとその姿を消し、程なくして小さな包みを一つ持って戻って来た。

「何買ったんだ?」

 賢治の問い掛けに遥は口元に人差し指を当て少し悪戯っぽく笑って見せる。

「内緒だよ」

 その様子が余りにも愛らしかった為に賢治が一瞬呆けてしまっていると、遥はスカートを翻しながらくるりと背を向け一人先だって歩き始める。賢治も我に返ると、遥を見失っては不味いと慌ててその小さな背中を追いかけた。


 ファンシーな雑貨屋を後にした遥と賢治は再びテナントが連なる吹き抜けの通りをぶらぶらと散策し、その間も遥は興味を惹かれる物を見つけてはあちこちフラフラと行ってしまうので、賢治はいつか本当にはぐれてしまうのではないかと気が気ではない。

「あっ!」

 そしてまた遥が何かを見つけたのか様な声を上げた為、賢治はその姿を決して見失うまいと注視したが、今回は意外にもピタリと足を止めしばしその場から動かず何やら首を傾げ考え込み始めた。

「どうした?」

 賢治はいつ遥が動き出しても良い様にと身構えながら、今までと違う様相を見せた親友にその行動の意味するところは何かと問い掛ける。

「うーん…」

 遥は賢治の問い掛けに少し難しい顔をしてから、口元に人差し指の背を当て俯き加減になると、ややあってから少し頬を赤らめ賢治を上目で見やった。

「ボクがああいうのしてたら賢治はどう思う…?」

 そう言って遥は前方にあるテナントの一つを指さし、なにやらともじもじとする。

「ああいうのって―」

 一体何の事を言っているのだろうかと遥の指さす方に視線を送った賢治は思わずぎょっとした。そこにあったのはとりどりの華やかな色彩で賑わうティーン向けの女性用下着を扱うショップだったのだ。

「ねえ、やっぱり変かなぁ?」

 相変わらず赤い顔でもじもじとしてそう問い掛ける遥の様子はどうしようもないくらいに愛らしく、それに釘付けとなった賢治は、刹那に恋人同士ならするかもしれない下着のリクエスト等と言う妄想が脳裏を掠め平常心が吹き飛びそうになった。しかし目の前に居るのは親友で遥で元男で幼女でと必死になって心を落ち着かせると、内心大量の脂汗を流しながらも何とか普段の平静さを装い少々引きつった笑みを作る。

「そ、そういう事は美乃梨かマリちゃんにでも聞いたほうがいいんじゃないか?」

 何とか平常心を死守した賢治が男の俺にそんな事を聞かないでくれと、共通する女の子の知り合いを上げ半ば逃げる様にして遥の回答を回避すると遥はちょっと悲し気な表情を見せた。

「美乃梨と真梨香が、ボクもああいうの着けなきゃ駄目だって…いう…から…」

 後半消え入りそうな声でその事を告げた遥は、温泉の脱衣所で体験した美乃梨と真梨香による強制可愛い下着プレゼンの模様を想起し顔を青ざめさせる。

「今度美乃梨に会う時可愛い下着履いてないと…恐ろしい目に…」

 遥から強引に可愛い下着を履くという言質を取った美乃梨は次会う時には、遥がちゃんと女の子らしい下着を付けているかどうかを確認をすると言ってのけ、もしその時病院の売店で購入した機能性だけのデザインもへったくれもない地味な下着を相変わらず着用していた場合、強制下着履き替えを辞さないと遥に宣告していたのだ。それだけは是が非でも回避したい遥は美乃梨の言い付けを守るしかないのだが、やはり可愛らしい女の子物の下着と言う存在は遥にとって侵されざる禁忌の領域であるがために未だ行動には移せていなかった。

 幸い温泉以来美乃梨とはまだ会っていないので何とか今日まで地味な下着でやってこれたがそれも時間の問題である。予断を許さない状況の遥としては自らの意志で可愛らしい女の子物の下着を着用する為の何か後押しが欲しかったのだ。

「ボク決心がつかなくて…だから賢治がどう思うか知りたかったんだけど…」

 ちょっと涙目になりながら必死でそう訴えられた一連の話に賢治は最早抗えるはずもなく、遥と女の子らしい下着という組み合わせについて考える事を余儀なくされてしまった。

 真剣に困っている様子の遥を前に賢治はこめかみを手で押さえ考え込む。この事柄に対する解答を導き出すためにはどうしたって遥の下着姿という物を想像してみなければならないのだが、幼女の下着姿を思い浮かべる自分という図式は何やら色々と駄目な気がするし、かといって純然たる男心としては当然好きな相手の下着姿という物に惹かれない訳でも無い。そんな理性と本能とでも言うべき相反する感情のはざまでしばらく葛藤した賢治だったが結局は遥を愛しいと思う本能の方が勝ってしまったのは健全な男故仕方のない事だろう。

「かわっ…」

 本能に抗えなかった賢治の脳裏にはっきりと映し出された如何にも女の子らしい下着を纏った遥の姿は似合うどころではなかった。

「可愛い…」

 想像の産物ながらその無類の可愛らしさに賢治は思わずそのままを口走ってしまう。

「えっ?」

 言われた遥がきょとんとして首を傾げる仕草を見せた事で、賢治はまだその正確な意図が伝わっていないと余りにストレートすぎる発言をしてしまった自身を弁明する光明を見出しそれを逃さない。

「可愛い下着も、悪くないんじゃないかな!」

 半ば勢いで押し切る様にしてそう言葉を繋げると賢治は可能な限りいつもの落ち着いた笑みを装っていたが、その内心では脂汗が滝の様だ。

「そっか…賢治がそう言うなら!」

 賢治の内心の動揺を他所に、親友からの肯定の意を受け取った遥はぱっと表情を明るくすると小さくガッツポーズを取って未知なる挑戦へと踏み出す意気込みを見せる。

「ありがとう賢治!」

 遥の明るい笑顔に賢治はこの問題はこれで解決かと、ほっと胸を撫で下ろしつつ、そもそもの事の発端である美乃梨に対する敵愾心を新たにし美乃梨にだけは絶対遥を渡さないと決意を固めたのだった。


 遥の下着問題が一応の解決を見せた後、二人は再び店舗内をぶらぶらとしながら互いにめぼしい物を見つけては立ち寄り、途中コーヒーショップで軽い休憩を挟んだりしながら時間がたつのも忘れるほどに大型ショッピングモールを堪能した。因みに遥が一番食いついたのは店舗内に有る大型書店で、本が好きな遥はその品揃えと自身が不在だった三年の間に刊行されていたお気に入りの作家による新作をいくつも見つけてはどれを買おうかと頭を悩ませ、その場所だけで小一時間は費やしただろう。結局遥は持っていた軍資金との兼ね合いもあり、ハードカバーを一冊しか買えなかったのだが、残りは今後のお楽しみと言ってそれはそれで嬉しそうにしていた。

 一通り店内を回って休日のショッピングモールをすっかり堪能した二人は程よい疲労感と共に帰路に就く。駐車場へ向かうため建物を出れば、茜色に染まった空が夜を迎え入れる準備を始めている頃合いだった。

「今日は楽しかったね」

 車へ向かう途中、書店の紙袋を抱え満足顔の遥に同意を求められると、賢治も「ああ」と穏やかな笑顔で頷き返す。以前は使用頻度の高い主要道路を渋滞させるこの施設を憎らしくすら思っていた賢治だったが、遥と共に充実した時間を過ごした今では地元に出来た大型ショッピングモールがそんなに悪い物では無い様な気がしていた。

「そうだ、これ、賢治にあげる」

 賢治の横を歩いていた遥は不意に一歩大きく踏み出し賢治の前に立って、自分のポケットから小さな包みを一つ取り出しそれを賢治に向って差し出した。

「えっ、俺にか?」

 賢治が戸惑っていると、遥はその包みを賢治の手に押し付け少し照れくさそうに笑う。

「今日、付き合ってくれたお礼…かな?」

 それは、賢治がショッピングモールに足を運ぶ事に余り乗り気ではないと、それとなく感じ取っていた遥なりの感謝の印だった。

「…開けて良いか?」

 包みを受け取った賢治が問い掛けると、遥は「うん」と小さく頷きを見せる。それを認めた賢治が包みを開け中身を取り出すと、そこには先程遥へと贈った物とは色違になる、絵本のキャラクターのマスコットチャーム付きの携帯ストラップが入っていた。

 賢治がその中身を検めた事を確認した遥は、同じマスコットのぶら下がった自分のスマホを取り出し掲げて見せる。

「二人でお揃いだよ」

 少しはにかんだ様子の遥の笑顔に、「そう言う事か」と賢治は言い様の無い幸福感を覚えて納得の笑みを返した。それは男同士の友情の証としては少々ファンシーで、可愛いキャラクター物には興味がない賢治にとっては到底柄ではない代物ではあったがしかし、遥とお揃いとなれば話は全く別だ。

「こういうのも良いかもな」

 賢治は胸の内を満たす幸福感を噛みしめながら満面の笑みを見せる。

「賢治も良さが分かった?」

 賢治が「良い」と言ったのをキャラクターに対する評価であるように捉えた遥のそれは、照れ隠しなのかそれとも本当に勘違いしているのかは分からなかったが、いずれにしても遥は嬉しそうだ。

「また…二人で来ようね」

 そう言って微笑んだ遥の姿は夕日を滲ませ茜色にキラキラと輝いている様だった。

「ああ、また来よう」

 賢治は穏やかに微笑み再び遥と共に訪れる事を言葉ばかりではなくその心でもって約束する。二人で訪れたこの場所は、今ではもう掛け替えのない思い出の場所だ。遥と二人なら、そんな思い出をこれからも積み重ねていける。

 賢治はどこか幻想的な遥の居る夕焼け景色を眺めながら、できればいつかは恋人として、とそんな事を心の中で願った。

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