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2-13.格差とらしさ

 東中ペアーズの手によってすっかり可愛らしく着飾った遥はその後、賢治、真梨香、美乃梨の三人と共に奏家の自家用車に乗せられ、辰巳の運転でとある施設まで連れて来られていた。

 真梨香と美乃梨はその施設にはしゃいだ様子で、遥も本来ならばそれなりに好きな場所なのだが、今はかつてない非常に切迫した心境と共にあり、とても楽しめる様な状態ではない。

「んじゃ行くかー」

 受付で施設の使用料を支払って来た辰巳が賢治を促し歩き始めたので、遥もそれについて行こうと慌てて兄の背中を追う。しかし、そんな遥の眼前には賢治が立ち塞がり、後方からは美乃梨が手を掴み引き留めた為、遥は先に進むことが出来なくなった。

「遥くんはこっちだと思うなぁ」

 やや後方で真梨香がゆるい笑顔で手招きすると、遥は必死に首を横に振って賢治に上目遣いで救いを求める。

「ハル…流石の俺もこればっかりは力になれん…」

 賢治が憐れみの視線で見下ろしてくると遥はこの世の終わりかの様な気分になった。

「まぁ、保護者同伴って事でこっちでもいいけどな?」

 兄の助け舟に一縷の希望を見出した遥だったが、当然の如くそれを断固として許さなかったのが美乃梨だ。

「そんなの駄目! お兄さんはともかく賢治さんと一緒とか絶対駄目!」

 美乃梨は掴んでいた手で遥を自分の元まで引き寄せると、遥を庇う様にして半身になって威嚇の視線を賢治に向ける。

「この件に関しては俺も美乃梨に賛成だ…」

 珍しく美乃梨と同意見の賢治は、遥が美乃梨にしっかり取り押さえられている事を確認すると一言「すまん」と謝罪してから背を向け足早に歩きだす。

「まー、そういう事みたいだから、遥はそっちで楽しくやってくれ」

 終始愉快そうに笑う辰巳はもう助け舟を出してくれる事は無く、青い顔をする遥を残しひらひらと手を振ってさっさと賢治の後に続いて行ってしまった。

 身柄を抑えられ動けない遥は賢治と辰巳が「男」と書かれた青い暖簾をくぐっていくのを絶望と共に見送ってからぎこちない動きで美乃梨と真梨香を交互に見やる。

「ボク…、ここで待っててもいい…?」

 遥が情けない声でそう進言すると、真梨香は相も変わらずゆるい笑顔で否定も肯定もしなかったが、美乃梨が「駄目!」ときっぱり一刀両断だ。

 美乃梨はがっくりと項垂れる遥の手を引いて、賢治達が消えて行った方向とは逆の方へと向き直る。

「あたしたちも行きましょう!」

 そんな美乃梨の号令に真梨香はウキウキと歩き出し、遥は有無を言わせない美乃梨に引きずられて眼前に迫る「女」と書かれた赤い暖簾をあの世の入口かの様に錯覚する。

 遥達一行は今、日帰り温泉施設に来ていた。


 女湯の脱衣所に強制連行された遥は、目の前で躊躇なく服を脱ぎ始めた真梨香と美乃梨の二人を極力視界に収めぬ様下を向いて、どうしてこうなった? と自問する。そもそも何故辰巳は急に温泉などに連れて来たのかと、予測不能な兄の意図を推し量ろうと考えを巡らせるが、独創的なその思考は到底図り切れるはずもなく、「温泉」「女湯」という自分が今置かれているかつて無い状況を確認させる以上の意味は持たせられなかった。

 頭の中をぐるぐると巡る「温泉」と「女湯」という二語に遥が目を回しそうになっていると、服を脱ぎ終えた真梨香がゆるりとした動きで近づいてくる。

「遥くんばんざーい」

 その間延びした声に遥がぎょっとし、これは不味いと思った次の瞬間は既にもう手遅れだ。

「ほらほら、遥ちゃんも早く脱いじゃおっ」

 真梨香に両手を掴まれ無理やり万歳をさせられた遥の眼前に、肌色面積しか残っていない美乃梨が怪しい手つきで迫りくる。今朝の強制着替えに続いて今度は強制脱衣の始まりだが、裸の女の子二人に肉薄された遥は最早それどころではない。

 とにかく直視してはいけないと、遥は咄嗟に美乃梨から視線を外し横を向いたがしかし、そこには真梨香の顕な姿が有り、また慌てて真梨香とは逆方向に視線を向ければ、そちらでは他の入浴客である若いOL風の女性が服を脱ぎ始めた所だ。どちらを向いても肌色しかない環境下に置かれた遥の取れる選択肢はもう後は目を瞑ること以外には残されていなかった。

 視界をゼロにし、これで取りあえずは何とか大丈夫だと、遥が一安心しかけたその時、真梨香と美乃梨による、女の子ならではの会話が耳に飛び込んでくる。

「真梨香ちゃんまた胸おっきくなったの?」

 美乃梨の驚嘆する声に真梨香が間延びした調子で「そうなんですよぉ、またブラ買い換えないとぉ」と答えると、目を瞑っている遥の脳裏につい先程見てしまった真梨香の良く発育した身体が鮮明になって蘇る。

「花房先輩は相変わらずスタイルいいですねぇ」

 真梨香のうらやむ様な口調に美乃梨が「入院中ちょっと痩せたの!」と答えれば、遥の脳裏には真梨香の良く発育した身体と共に先程眼前に迫って来ていた美乃梨のしなやかな肢体の様子が並び立つ。目を開けても瞑っても肌色ばかりの遥は頭が沸騰しそうだ。

 遥がもう少し開き直った性格であったのならば、裸の女の子に囲まれている今の状況を天国の様に感じ思うさま満喫しただろうがしかし、現実は天国どころか地獄その物である。これまでの人生を非モテ系男子として過ごしてきたが為に奥手で女の子に免疫が薄い遥には、良く知る女の子の裸をガン見できるような度量の持ち合わせなどあろうはずもなく、ただただ気まずさが募るだけであった。

「あの…二人とも…タオル位巻いて…ください…」

 堪らず遥がおずおずとそう進言すると真梨香がクスクスと笑い、美乃梨は「遥ちゃん可愛い…」とだらしのない声を上げる。

 遥は真梨香と美乃梨の二人は自分が元々男だと知っている筈なのに、どうしてここまで明け透けなのかとその神経を疑ってしまう。特に美乃梨は以前近くに可愛い女の子が居たら襲いたくなるのが男心だと力説していた筈なのだが、可愛い女の子が近くにいるどころではないこの状況についてはどう考えているのかと、何だか少しばかり理不尽を目の当たりにした気分だ。

 遥がそんな事を考えている間にも真梨香と美乃梨は着々と手を動かし、遥も今ではすっかり生まれたままの姿にされていた。

「遥ちゃん、タオル巻いたからもう目開けても大丈夫だよ?」

 遥を裸に剥き終えた美乃梨が一旦間を置いてからそう申告してくると、遥は恐る恐る瞼を開け怖々と目の前の光景を確認する。

「ねっ? 大丈夫でしょ?」

 美乃梨と真梨香はちゃんとタオルを巻いてその肌色面積を減らしてくれていたので遥は一先ずほっと胸を撫で下ろした。しかしいくらタオルを巻いてくれたからと言ってたかだか薄布一枚だ。さっきよりは若干マシ程度の物で、相変わらず目のやり場に困る事には違いがない。

「女の子の裸なんてもう自分の身体で見慣れてるでしょ?」

 赤い顔をして俯き加減でいる遥に対し美乃梨は平然とした様子でそんな事を言うがしかし、物事はそう簡単ではない。

「そんな事言われても…」

 言いながら遥が自分の裸体を見下ろせば、その身体は凹凸に乏しくすとんとした実に潔いフォルムで、目の前にいる年頃の娘二人の滑らかな曲線を描くそれとはだいぶ様子が違っている。余りの違い様に遥は一時羞恥心も忘れて妙に切ない気分になってしまった。

 遥が落胆から一層俯き加減になっていると、足元に散らばっていた衣類を拾い集める為にしゃがみ込んだ真梨香の見事な谷間が目に飛び込んでくる。焦った遥はそれを直視せぬ様自分の身体に焦点を合わせたが、視界の端には依然として真梨香の谷間がちらついており、対する自身の身体はやはり何度見ても凹凸に乏しくほぼ平らで、谷間どころか丘すら認められない。遥は格差社会という単語を脳裏に思い浮かべ謎の切なさに打ちひしがれた。健全な十五歳男子の心情としては、自分もどうせだったらそれなりに年頃の娘の方が良かったと、そんな不埒な事を考えてしまうのも無理からぬ事だろう。

 そんな遥の足元で衣類をちゃくちゃくと回収していた真梨香が、途中一枚の白い布を手にとるとそれを両手で広げまじまじと観察し始めた。

「遥くんのパンツ地味だよねぇ」

 その言葉にぎょっとした遥が見やれば真梨香が広げているのは間違いなく、ついさっきまで自分が身に着けていた下着に他ならない。遥は咄嗟にそれを奪い取ろうと手を伸ばすが、真梨香は部活で培った高度な反射神経をもってそれを躱すと、あろうことかそれを美乃梨へと手渡してしまった。

「あたしも今朝から思ってた!」

 真梨香からのパスを受けた美乃梨も先刻真梨香がしていた様に、遥の下着を両手で広げまじまじとそれを観察する。年頃の女の子に自分の履いていた下着を手に取って観察されるという、新手の羞恥プレイを受けている形の遥は堪った物ではない。

「返して―!」

 遥は必死で自身の下着を奪還しようと試みるが美乃梨も真梨香に劣らず高い反射神経を発揮するために一向に奪い取ることが出来ない。

「あっ、これ病院の売店で売ってたやつだね」

 遥の攻撃を躱しながらも遥の下着を観察していた美乃梨が思い出した様にその出自を明らかにすると、真梨香が「だからかー」とゆるい感嘆の声を上げる。

 遥の下着は美乃梨の言う通り病院の売店で売られていた物で、真梨香が指摘した通り機能性だけを備えた色気も味気もないかなり地味な代物だった。

「遥ちゃんのお母さんパンツは可愛いの買ってくれなかったの?」

 クローゼットに収められていた洋服がどれも遥に似合いの可愛らしい物ばかりだった為に、下着は病院で売られていた簡素な物である事が美乃梨には意外に思えた様だ。遥にとってその事は出来れば今後も目を背けていたい事柄だった為しどろもどろになってしまう。

「ある…けど…」

 遥を可愛く着飾る事に余念がない母の響子は、当然の如く遥の為に可愛らしいデザインの下着を用意する事を怠りはしなかった。しかし十五歳男子の精神を持つ遥にとって、女の子らしい下着という物はスカート以上に禁忌の存在である為、断固としてそれを身に着ける事を拒んできたのだ。ただ生活面で下着の存在は必要不可欠なので、仕方なく病院で売られていた極シンプルな味気のない物を着用しこれまでを何とかやり過ごしここに至っている。

「遥ちゃん、女の子は下着にも気を遣わなきゃ駄目だよ?」

 美乃梨は遥の下着を脱衣籠に放り込むと腰に手を当て遥の顔を覗き込む。前傾になった美乃梨の控えめな谷間が目に飛び込んできた遥はとっさに顔を背けたが、そんな遥の顔を美乃梨が両手で掴み強制的に自身の方を向けさせた。

「ご…ごめんなさい!」

 美乃梨の身体を視界から外せなくなった遥は罪悪感から咄嗟に謝ってしまったが、美乃梨はそんな様子には構わず引き続き遥を真っすぐと見据えて真面目な面持ちを見せる。

「遥ちゃん四月から女子高生でしょ? クラスの子にダサいパンツ見られたら恥ずかしいよ?」

 美乃梨は真剣そのものだが、女の子特有のその価値観は遥には到底理解できるはずもない。ダサいパンツを見られる事と、女の子らしいデザインのパンツを身に着ける事、どちらがより恥ずかしいかと問われれば遥にとっては断然後者である。

「遥くん見てぇ、マリのパンツこれ、可愛いでしょぉ」

 遥と美乃梨のやり取りを見ていた真梨香が自分の脱衣籠から下着を取り出だすと、本人もお気に入りなのか嬉しそうな笑顔で自身の下着を披露してくれた。

「真梨香、し、しまって!」

 真梨香のその明け透けな行動は遥をかなり慌てさせた。

「ここのフリルが段になってるのが良いでしょぉ?」

 真梨香は最早完全に遥の事を男だとは意識していないようで、特に恥ずかしがりもせず自身の下着の可愛いポイントを解説しはじめる。それを見ていた美乃梨も思いついたように良い笑顔になると先程自分が脱いだ下着を脱衣籠から取り出してそれを広げ見せて来た。

「遥ちゃん、あたしのはこんなだよ!」

 年頃の娘二人に自分達の下着を見せつけられるという狂気のシチュエーションに晒された遥は恥ずかしさから頭に血が上り今にもオーバーヒートしそうだ。

「わ、わかったから! 二人ともしまって!」

 遥が目を覆いながら必死になって懇願すると美乃梨は一旦自分の下着を取り下げ遥をじっと見つめ良い笑顔を見せるが、遥にとってその笑顔は有無を言わせぬ脅迫じみた笑顔に見える。

「じゃあ、遥ちゃんも可愛いパンツ履くよね?」

 遥には何が「じゃあ」なのか全く分からなかったし、いくら拷問紛いの状況下で脅迫されようとも流石にそれだけはすんなりとは受け入られない。

「い、いや…それは…」

 美乃梨は遥が頷かないと見るや、今度はパンツに加えブラジャーまでも持ち出して来た。

「ほら、あたしのは上下でお揃いだよ!」

 そんな事を言われても、遥としてはどう反応したらいいのか全く分からない。そもそも今の真っ平な自身の胸には到底必要のない物で、肌着代わりのキャミソールを着る事ですら抵抗のあった遥にとっては完全に未知の世界だ。

「もう許してー!」

 遥が心の叫びを発露させるも、美乃梨は一歩も引かず、真梨香も面白がって便乗する為に、二人の可愛い下着プレゼンは結局遥が折れて自身も同様に可愛い下着を身に着けると半ば強引に認めさせられるまで続いたのだった。

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