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5-20.謝罪と嘘

「ついてこいよ」

 そう言って歩き出した賢治に付き従うこと二分足らず。

 少しばかり入り組んだ細かい路地を幾つか抜けて辿り着いた先は、住宅街の奥まった場所にポツンとある小さな公園だった。

「ふむ…、良さそうだな」

 賢治は入口からでも見渡せる狭い公園内の様子を一瞥して何やら満足げな頷きを見せていたが、その一方で、この状況下における「良さそう」な部分など何一つ見いだせないでいたのがもちろん青羽である。

 遥と「二人で」文化祭の打ち合わせが出来るものと思ってやって来た青羽からすれば、こうして賢治と相対さねばならなくなってしまった現在の状況自体がまずもって望むところではなく、その上、「話」とやらをする為に連れて来られたこの公園ときたらどうだろうか。土曜の昼間だというのに子供の影一つなく、あるのは手触りを想像すると寒気がしそうな錆びた小型のジャングルジムと、腰を落ち着けるのを思わず躊躇いそうになる朽ちかけた古びたベンチが一つだけ。

 青羽には、賢治がこれからどんな「話」をしようとしているのかは分からなかったが、その為に連れて来られた場所がこんな寂れた公園となれば、それはもうどうしたって良くない予感の方が先に立ってしまう。

「し、静かで…その…良い感じ…ですね…はい…」

 賢治が「良さそうだ」と言った手前、青羽も何となく気を回して精一杯にマイルドな感想と共感を述べてはみたものの、言葉とは裏腹に、その表情はあからさまに引きつり気味であった。

「ハハッ、まぁ確かにハルなんかは、本を読むのにちょうどいいとかで、時々来てるみたいだけどな」

 静かな公園で一人読書に耽る遥なんて如何にも絵になりそうな光景だが、残念ながら今の青羽にはゆっくりとそれに想いを馳せてる心の余裕などは無い。

「へ、へぇー…そう…なんですねー…」

 せかっくの遥情報だったというのに、青羽が示せたのはそんな間の抜けた感嘆が精々で、流石の賢治もこれには思わずの苦笑いだ。

「別に取って食おうって訳じゃないんだ、もうちょいリラックスしろよ」

 そうは言われても、話に付き合えと言われて、こんな辺鄙な場所にまで連れて来られた青羽からしてみれば、気を張るなという方が無理な相談である。

「す、すいません…」

 他に良い返しが思いつかずに青羽が何と無しに謝ってしまうと、賢治は今一度の苦笑いを浮かべなら、ここで一つ思い掛けない事を告げて来た。

「なぁ青羽、実を言えばな、謝らなきゃならないのは俺の方なんだよ」

 賢治の言葉が其処で終わっていれば、青羽はそれを雰囲気だけで何となく無く謝ってしまった自分に対するフォローか、でなければちょっと皮肉だと捉えかもしれない。ただ、賢治の発言は其処で終わらずに、その後に続いた言葉こそが正しく青羽にとっては思いがけない一言だった。

「だからお前をここに連れて来た」

 正味な話、前後の繋がりがサッパリ分からない。

 それが、賢治の発言を聞き終えて、青羽が真っ先に抱いた偽らざる感想だった。

「えっ…と…?」

 例えばこれが逆だったなら、文脈的には、「こんな寂れた公園に連れて来てしまって申し訳ない」という事になって、青羽には意味が理解できただろう。しかし賢治の発言をそのまま順当に捉えると、その文脈は、「謝りたい事があって此処へ連れて来た」という事になるのだ。

「えっと…」

 青羽は賢治の言葉を胸中で何度も反芻して、それが一体どういう事なのか理解しようと試みるが、「どうにも意味が分からない」以外の結論がどうしても出て来ない。

 百歩譲って、賢治には元々、何かしらの改まった謝罪をするつもりがあった事を取りあえず認めるとしよう。それならば確かにこの寂れた公園は、ぱっと見の印象が控えめに言っても「サイアク」な事にさえ目をつぶれば、中々どうして悪く無いロケーションだ。

「えぇっ…とぉ…?」

 賢治がしようとしていた「話」の主旨、その為に選択されたロケーション。取りあえずそこまでは何とか筋立てられた青羽だがしかし、それでもなお至れる結論は、先ほどから変わらず「どうにも意味が分からない」以外に無かった。

「えぇぇ…?」

 現段階では疑問と混乱があるばかりの青羽は、何かせめてもの緒はないものかと頻りに考えを巡らせてみるも、分からないものはどうしたって分からない。何しろ青羽には、一番肝心な部分、つまりは賢治が自分に対して謝らなければならない様の事柄なんてものに、これっぽっちも心当たりがなかったのだから。

「えっと…ようするに…、どういう事ですか?」

 結局、いくら考えてもサッパリだった青羽が疑問と混乱をそっくりそのまま賢治にぶつけるしかなかったのは至って当然の流れだったとして、さて問題は其れに対する回答である。

「そうだな…どこから話せばいいか…あー…、まぁ、とりあえず…、座るか」

 僅かな逡巡を経て、賢治がまず告げて来たのは、そんな割とどうでも良い提案で、青羽は若干の肩透かしを食らった格好ではあるが、事ここに至っては、腰を据えてじっくりと話を聞くのも断然吝かではない。

「分かりました!」

 賢治の提案に威勢よく応えた青羽は、当初の消極的な態度が嘘のように、今回は自ら率先して公園内に足を踏み入れ、例の古びたベンチにも躊躇なく腰を下ろす。

「お、おぅ…」

 若干遅れて後を追ってきた賢治が少々微妙な面持ちだったのは、青羽の豹変ぶりに面食らっていたからか、それともこれから始める「謝罪」に思う所があったからか。

 実際の所は、もちろん当人のみぞ知るところではあるが、少なくとも「謝罪」に際する賢治の心情は、もう間もなく聞けるに違いない。

「さて…」

 男二人、肩を並べる形で無事に腰を据えられたところで、賢治がゆっくりと口を開けば、青羽は自然とその身を乗り出して、幾らも前のめりになる。

「…青羽…近い」

 青羽の疑問と混乱が依然として大絶賛フィーバー中だった事を思えばそうなるのも仕方の無い話だが、どうやら賢治としては大変にやり難かったらしい。 

「おわっ! すいません!」

 指摘されて初めて自身の前のめり加減に気付いた青羽が少々慌てながら姿勢を改めると、ここでようやく賢治の「謝罪」がスタートした。

「ったく…あー、それでな青羽、俺は…、そうだな…、言うなれば、ずっと嘘をついて来た」

 それは、出だしから中々に衝撃的な告白で、その言葉に偽りが無いのなら、確かに賢治が謝罪するに足るだけの事柄だったのかもしれない。ただ、話の全体像としてはまだ漠然としていて、この段階では何とも判断し難かった青羽は、ここで余計な口を挟むことなく、一先ずはただ黙って賢治の話に耳を傾け続ける。

「だが、これからはもう、嘘をつくのは止めにしたいと思っている」

 そこで一旦言葉を止めた賢治は、僅かに目を細めて、ふっと空を仰ぎみた。青羽にこのあたりの土地勘があったら、このとき賢治が何を見ていたかに気付けただろう。

「なぁ青羽、俺は…ハルが好きだよ」

 もしもそれが賢治の付いていた「嘘」だとするのなら、青羽はそんな事とうの昔に承知の上で、わざわざ謝罪してもらうまでも無い。確かに賢治の口からそうだとハッキリ聞いたことは今まで一度も無かったが、同じ想いを持つ者として、其れに気付かないほど青羽は鈍く無かったのだ。

「知ってましたよ…」

 それを聞いても賢治は特に動じる事は無く、「そうか」とだけ答えて視線を空から地上へと引き戻す。

 賢治が視線を戻した時、青羽はまた幾らも前のめりになっていたが、今度はもうそれを咎められはしなかった。それどころか賢治は、その瞳を真正面から見据え、揺るぎなく、臆する事も無く、そしてどこか誇らし気に、想いの丈を言葉として編み上げていった。

「青羽、悪いな…俺はもう…」

 ここで告げられた謝罪の言葉。青羽はもうそれに疑問を抱かない。

「ハルを諦めないと決めた」

 それは、とても不器用で、けれども力強い、その眼差しと同じにただひたすら真っ直ぐな言葉だった。

「…悪いな」

 今一度告げられたぶっきらぼうな謝罪が締めの言葉だったらしく、賢治はもうそれ以上は何も言わずに再び空を仰ぎ見る。

「賢治さん…」

 賢治の話は、総合的には言葉足らずもいいところで、全体としてはまだまだかなり漠然としていたかもしれない。ただ、青羽には、それでもう十分だった。

 賢治が付いていた嘘が何だったのか、それが誰に対する嘘だったのか、賢治が謝りたかった事が何だったのか、その全てが余すことなくしっかりと伝わっていた。

 だからだろうか、青羽は今、その胸に熱くたぎる想いを抱いて、らしくもなく闘志を燃やしたりもする。そうで無ければ、賢治の想いに応えられないから。賢治が武骨な言葉で紡いだものはそう、何の事は無い、謝罪という体の宣戦布告だったのだから。

「分かりました! 賢治さん、そういう事なら遠慮はいりません!」

 遥を好きな気持ちなら負けはしない、否、負けたくない。そんな想いから青羽が真っ向から受けて立つ事を高らかに宣言すると、賢治は空を仰いだまま僅かに笑みをこぼした。

「上等だ」

 これまでは、遥を守る会とでもいうべきある種の協定を結んでいた賢治と青羽だが、それもこれにて解消だ。その代りに、今日から二人の関係性は、互いに認め合うライバル同士という事になるだろうか。

 そう思うと、青羽は身が引き締まる思いで、ますますの闘志を燃やし、それに対する賢治の方も心持としてはもちろん負けてはいなかった。何故そう言い切れるのかといえばそれは、ここで早速とばかりに先手を取ったのが賢治だったからだ。

「あぁ、そういやハルん家な、小父さんと小母さんが今朝から旅行に行ってて、今日はハル一人しかいないんだわ」

 健全かつ純朴な男子高校生がこんな事を知らされたら一体どうなるか。

「いっ!? そ、そ、それっ、ま、マズくないですか!?」

 青羽がこの時、何を以てしてマズいと思ったのかは、議論の余地があるとして、反応としては期待通りだったらしい賢治はこれを如何にも愉快そうに笑った。

「ハハハ、どうする青羽? なんだったら俺も文化祭の打ち合わせとやらに同席してやろうか?」

 正直なところ、出来ればそうしてもらいたいというのが青羽の偽らざる本音ではあったが、流石に宣戦布告を受けて立ったその直後ではそれも頼み辛い。

「い、いや…そ、それは…うぇぇ…」

 青羽は一体どうした物かと真剣に頭を悩ませるも、幸か不幸かその必要性は直ぐになくなった。

「あぁ、つうか俺、お前に頼まれなくても、ハルの小母さんから、今日はハルと一緒に居てやって欲しいって頼まれてたわ」

 殊更愉快そうにする賢治の言い様で、ようやくからかわれていた事を悟った青羽は勿論そのまま黙ってはいられない。

「け、賢治さん!」

 口では抗議の声をあげつつも、このとき青羽が内心かなりホッとしていた事は言わずもがなであった。

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