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5-4.放課後の溜息

 二学期二日目の放課後、遥はもうすっかり憔悴しきっていた。

「…はぅぅ」

 今日も今日とて訪れていたカフェ『メリル』で、席に着くなりテーブルに突っ伏してしまった遥がこうして深々とした溜息を洩らすのは一体何度目の事だろうか。

「カナちゃん、ドンマイだよー」

 横に座る楓がいつにもまして小さく見える遥の背中をさすりながら慰めの言葉を掛ければ、対面に座る沙穂は自分のこめかみあたりを抑えて苦々しい面持ちを見せる。

「まさかあんな事になるなんて…ね…」

 沙穂の言う「あんな事」とは、言うまでも無く、今朝実施された席替えで青羽が遥の隣の席を引き当ててしまった事についてだ。そして勿論、遥が今現在こうして酷くぐったりしてしまっているのも完全にその事が原因だった。

「…あぅぅ」

 遥は今日一日、青羽が隣の席に居るというただそれだけの事で、学校に居る間中ずっとモジモジソワソワとし続け、その結果として出来上がったのがご覧の有様という寸法だ。

 因みに言っておくと、青羽も何となく察するものがあったのか、朝の席替え以降は休み時間などにも遥に話しかけて来たりはしなかった為、今日の所は二人の間に何か直接的な絡みがあったという訳では無い。

 それについては取りあえず不幸中の幸いではあったとしても、逆に言えばそれにも拘らず遥は「コレ」なのだからもう相当に重症である。

「…はぅあぅ」

 二学期はまだ始まったばかりだというのに、今からこんな調子では先が思いやられて仕方が無く、遥の口からは堪らず今日一番の深々とした溜息がこぼれ出た。

「何か…ごめんねカナ…」

 沙穂が如何にもバツの悪そうな面持ちで告げて来たその謝罪は、おそらく今回の席替えで遥は「大丈夫」になる筈だと、昨日そんな見解を披露していた事についてのものだろう。

 確かに今朝までの遥は、沙穂の披露してくれた見解に一切の疑いを持たず、席替えさえすれば平穏な二学期が手に入るものと信じ切っていただけに、誤解を恐れずに言えば「期待を裏切られた」形であり、それもあって今は余計に参ってしまっている節が無きにしろ非ずだ。

 ただし、だからと言って、沙穂が嘘や適当であんな話をした訳では無い事くらいは遥にだってちゃんと分かっていたし、ならばその事で責める気持ちなどは毛頭有りはしない。

 考えてもみれば、沙穂が昨日披露してくれた見解は、席替えで青羽と席が離れる「確率」を試算した上での「予測」でしかなかったのだ。

 ならばそれがものの見事に外れてしまったからといって、それで沙穂を責めるのは筋違いというやつであり、不確定な話を鵜呑みにしてしまった自分にこそ少なからずの非があると思ってしまうのが遥なのである。

「うー…」

 遥にもう少し元気があれば、「気にしてないよ」くらいの事は言えただろうが、残念ながら今はそんな余力もなく、テーブルに突っ伏したまま呻き声を返すのが精一杯だった。

「だからゴメンってば…」

 意味合いの判然としなかった呻き声を抗議の意志表示だと受け取ったらしい沙穂が重ねての謝罪を告げて来るも、遥がこれに返せるのはやっぱり呻き声程度である。

「…うー」

 これには流石の沙穂も珍しくちょっと困った顔をして、そんな二人のやり取りを見ていた楓が何やらクスリと笑い声を洩らした。

「ヒナちゃん、ヒナちゃん、多分だけど、カナちゃんは『気にしてないよ』って言いたいんだと思うよ?」

 楓は「うー」しか言わない遥に代わってその気持ちをズバリ代弁してくれたが、沙穂には一体全体どこからそう読みとったのかサッパリだった様で、これにはキョトンとして小首を傾げさせる。

「えっ…そうなのカナ?」

 沙穂が直接確認を入れて来ると、遥は相変わらずテーブルに突っ伏したまま、今回は微妙な頭の動きだけでこれを肯定した。

「あ、うん…、そうなのね…、っていうかミナは何で分かったのよ…」

 呻き声よりは判り易かった意思表示で遥の心積もりについては取りあえず承服できた沙穂だが、どうして楓がそれを理解できていたのかはやはり分からずに、引き続き首を傾げさせる。

「んー、カナちゃんの背中がね、最初にヒナちゃんが謝った時にはぐったりしたままだったんだけど、二回目に謝った時にはちょっと強張ったから、それでかな」

 と言う事らしく、意外な判読方法もあったもので、沙穂もこれには「成程」と納得だ。

「あー…まぁ、それでもカナには今度なんか改めてお詫びはさせてほしいけど…」

 色々納得した所で、沙穂は自分の所為で遥に余計な期待を持たせてしまった事についてはそんな落としどころを提示しつつ、次には眉間にしわを寄せて神妙な面持ちになった。

「とりあえず、どうしよっか…」

 ここへ来て沙穂の口から飛び出たその問題提起には主語が欠けてはいたものの、差し当たってどうにかしなければならい事柄といえば、それはもう一つしか無い。

「今日一日でコレだもんね…」

 沙穂の問題提起を受けて、楓がお得意の困り顔で論った「コレ」とは、勿論今もテーブルに突っ伏したまま生ける屍の如くすっかり憔悴しきっている遥の事で間違いなかった。

「誰かに席を代わってもらえればよかったんだけどねぇ…」

 沙穂が口にしたそれは、一見すると現実味の在りそうな案ではあったが、過去形で語られているという事はつまり、既に試みた結果、実現し得なかったのである。

 何故実現し得なかったのかといえば、それはとても簡単で、誰も遥と席を代わりたがらなかったからだ。

 そもそもの話をすれば、席替えの時がそうだった様に、中邑教諭が言う所の「都合上」、遥は最前列である事が必須条件である為、その時点で大分条件が厳しかった。

 最前列は窓際から、遥、青羽、楓の順で並んでおり、当然ながらその三席は選択肢からは外れる事になる訳で、そうなって来ると残りは後二席しかない。

 そしてその残り二席には中条徹と小森茜が座っており、二人は揃いも揃って「青羽の隣は嫌だ」という理由で、遥と席を代わってくれなかったのである。

 因みに一つ捕捉しておくと、同じ理由で青羽の隣を嫌がった二名だが、そのニュアンスはそれぞれ微妙に違っており、中条徹は青羽がというよりも隣が男子だけになるのを嫌い、小森茜の方は後ろの席が仲のいい田澤奈々子だから動きたくないとの事だった。

「あっ、じゃぁさ、カナちゃんじゃなくて、早見くんに席を移ってもらうっていうのはどうかなぁ?」

 楓は逆転の発想とばかりにそんな提案をしてきただが、沙穂はこれに大変渋い顔をする。

「早見がカナの隣を誰かに譲りたがると思う…?」

 尤もだったその意見に楓は同意せざるを得なかった様で、「あー…」と力のない感嘆の声を上げて反論の言葉も無い。

「うーん…、まぁ、カナがどうしてもって頼めば、もしかしたら早見は席を移ってくれるかもしれないけど…」

 沙穂はそこまで言ってその続きを言葉にはしなかったが、楓はこれにも「あー…」と微妙な感嘆の声を上げる。

 今日一日、青羽と会話どころか、ろくに目も合わせられなかった遥を目の当たりにしていた沙穂と楓なだけに、それがどれ程非現実的な話しであるかは考えてみるまでも無かったのだ。

 そして実際その通り、今は遥のどこをどうひっくり返してみたところで、例えそれがどんな内容であれ、青羽にお願い事をできる勇気なんてものは只の一片も出てきはしない。

「うぐぅ…」

 自身の不甲斐なさに遥は大変に情けない声を上げてもう只々テーブルとの親交を深めるばかりで、その様子に沙穂と楓は思わずの苦笑いである。

「まぁ、いよいよともなれば、あたしから早見に頼んでみてもいいんだけど…」

 そこで一旦言葉を止めた沙穂は、一瞬だけ何やら妙に険しい面持ちになったが、テーブルに突っ伏していた遥は勿論、楓もそれには気付かなかった。

「…それまでに、カナが慣れてくれたら一番ね」

 直ぐにいつも通りの様子に戻っていた沙穂が述べたその意見に、今の段階では到底慣れられる気がしなかった遥はビクッと身体を強張らせる。

「カナちゃん、ガンバだよー」

 そうは言われても、遥としては一体何をどう頑張ったらいいのかも分からないので、頑張り様が無いと言うのが正直なところだ。

「…じゃぁさ」

 遥の心中や立場を慮ってか、沙穂はここで根本的な解決には至らないいながらも、せめてもの助け舟を一つ出してくる。

「とりあえず早見には、カナが慣れるまで、教室では必要以上に話しかけたりしない様にしてもらおっか」

 青羽が隣に居るだけでドキドキソワソワしてしまう遥なので、それだけでは焼け石に水といったところだが、現状それくらいしか対策の取り様が無いのも確かだった。

「うぅ…分かったよぉ」

 もしかしたらそれは、遥がカフェ『メリル』に入ってから初めて発したまともな言葉だったかもしれないが、その刹那である。

「えっとさ、LIFEくらいは、してもいいのかな?」

 一体全体、何時からそこに居たのか、ずっとテーブルに突っ伏しっぱなしだった遥には勿論分からなかった。それだけに、遥は一瞬、意識しすぎるあまりに自分の脳内で作り出してしまった幻聴の可能性を疑ったくらいである。だが、沙穂の方針に対して実に素朴な疑問を投げかけて来たその声は、紛れもなくそこに居た実在の人物、つまりはそう、青羽が発したものに他ならなかった。

「わっ早見くん…! ビックリしたぁ!」

 その驚き様からして、どうやらこちらも声を掛けられるまで全く気付いていなかったらしいが、おそらくそれは楓が通路側に背を向けて座っていた為だろう。

「…!? っ?! …!!」

 楓と同じく通路側に背を向けて座っていた上、テーブルに突っ伏していた遥の方は、まさかの青羽登場にビックリどころ騒ぎではなく、最早軽いパニック状態だ。

「で…アンタは、何しに来たワケ?」

 唯一、遥と楓の対面に座っていた沙穂だけは、青羽の存在に予め気付いていたらしいが、流石に何故ここにやって来たのかまでは関知していなかったらしい。

「何って事は…、別に無いんだけど…」

 沙穂の問い掛けに対して、一旦はそんな判然としない回答を述べてきた青羽は、それから何やら少しばかり気恥ずかしそうな笑顔を見せた。

「えっと…奏さんに会えたらいいなって…思って…」

 青羽を意識し過ぎてしまう現状を何とかできないものかと、そんな趣旨の話をしていた所の此れである。

「むー!? むー!!  むぅー?!」

 テーブルに突っ伏したまま、床につかない足をジタバタとさせて、遥が思わずの悶絶を禁じ得なかったのも無理からぬ話しであった。

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