4-42.男子高校生と噂話
遥たち三人が間もなく花火大会の会場に辿り着こうとしていたその頃、青羽もまた同じ様に高校のクラスメイト達数人と連れ立って今晩のお祭りを訪れていた。
因みに、青羽のグループは男子ばかりの六人連れで、その内半数は遥とあまり接点のない面子である。つまりもう半数は接点の有る人物という事になる訳だが、現状、クラス内で遥とまともに会話した事のある男子生徒の方が稀である事を考えると、これは中々に驚異的な割合かもしれない。
「いやぁ、やっぱり持つべきものは男友達だよなぁ!」
遥たちよりも一足先に堤防を越えて夜店の立ち並ぶお祭り会場を散策している中、そう言って青羽の肩に腕を回して来たのは、遥と会話した事のある稀な男子生徒その一、新山耕太だった。
「耕太…」
青羽は肩に回された新山耕太の腕を面倒臭そうに振り払いながら、些か呆れた面持ちで深めの溜息を一つつく。
「おまえって、ほんっと…調子いいよなぁ…」
新山耕太が「調子いい」のは何も今に始まった事では無く、それは今更と言えば今更にすぎる話しで、普段なら青羽は敢えてこんな突っ込みを入れたりはしない。それにも拘らず、青羽が今日に限っては敢えてそれを指摘せずにいられなかったのには、勿論少しばかりの訳があった。
「そうだぞ新山ぁ、おまえ一週間前に誘った時は『リア充の俺様が男と花火大会に行くなんてありえねえ』とか言ってたよなぁ?」
青羽と新山耕太の間に割って入って来たこの人物は上谷渉といって、その発言からも分かる通り今晩の面子は彼によって集められている。
「おう、俺も聞いてたぞ! それなのにお前はなんでしれっと参加してんだよ! あぁ、一昨日彼女に振られちまったんだったな、ザマーミロだ!」
上谷渉に続けとばかりに、新山耕太を後ろからヘッドロックに捉えたこちらは中条徹、通称「ジョー」だ。
「新山このやろう! 彼女の友達紹介してもらう約束はどうなるんだよ!」
一人だけ物凄く個人的な事を主張している彼は本名を下村翔というが、何故か皆からは「マサオ」という由来不明のあだ名で親しまれている。
以上の三人が遥とはあまり接点のない半数側の面子で、青羽は上谷渉が論った新山耕太の「リア充俺様」発言を知っていた為、今日に限ってはその調子の良さを突っ込まずにはいられなかったという訳だった。
「ぬーっ! お前らひでーな! ちっとは傷心の俺を慰めてくれても良いだろー! アオっちー! お前だけは何だかんだ言って俺の味方だよな? な?」
そうは言われても、「リア充俺様」発言の所為で、如何にお人好しの青羽でも正直なところ、今回ばかりは新山耕太を庇いたくないと言うのが偽らざる本音である。
「耕太…残念だけど自業自得じゃね…?」
青羽があっさり見捨ててしまった事によって、新山耕太は最早敵だらけの四面楚歌になってしまったがしかし、そんな彼の庇護に回らんとする奇特な人物が一人だけいた。
「まぁまぁ、それくらいにしておいてあげなよー」
颯爽、と言うにはやや遅まきながらも、新山耕太を助けに入ったその人物こそは、今回集まった六人の花火大会メンバー最後の一人にして、クラス内どころか夏休み中にも遥と会話した事のある相当に稀な男子生徒、つまりはそう、ただの最上篤史である。
「おぉ…モガっち! やっぱり持つべきものはモガっちだぜぇ!」
来る援軍に表情を明るくした新山耕太がその肩にガシッと腕を回そうとしとするも、当の最上篤史はそれをヒョイっと躱しながら憤る他の面々たちへと向き直った。
「いまやコータも寂しい独り身なんだしさ、非リア充同士、皆仲良くしなきゃー」
最上篤史としてはフォローのつもりだったのかもしれないが、その言い草たるやあんまりといえばあんまりであったし、そう言う彼は何を隠そう今回のメンバー唯一の「リア充」なのである。
「最上てめぇ! 一人だけ彼女持ちだからって余裕ぶりやがってぇ!」
「お前こそ彼女いんのに何で参加してんだよ!」
「このさい最上でいいから彼女の友達紹介してくださいよコンチクショー!」
マサオがまたも極めて個人的な主張をしているのはともかくとして、「非リア充」達はその矛先を一斉に最上篤史へと向けて新たな憤りを爆発させる。
もし最上篤史が本当に新山耕太を庇うつもりで先の発言をしていたとするならば、実に見事なヘイトコントロールだ。
「モガっちひでぇよ! お前がいちばんひでぇよ!」
訂正しよう、新山耕太にまでヘイトが及んでいたようなので、最上篤史の発言はただ無差別に反感をかっただけの様である。
「いやー、俺ってば友達付き合いも大事にするタイプだからねー、それにカノジョとはこんな地元のショボイ花火大会じゃなくて、臨海公園のやつに行く約束してるし―?」
ヘラヘラと笑いながら余計な一言で一層火に油を注いでいるところをみると、どうにも最上篤史は単に他の面々をからかって楽しんでいるだけなのかもしれない。
「あー…、おまえら、周りの人に迷惑だけはかけるなよー」
青羽は今にも軽い取っ組み合いでも始めそうな面々に一応の注意喚起だけして、後は我関せずとばかりに静観の構えである。がしかし、一度悪ノリを始めた男子高校生たちの輪にその身を置いておきながら、その様なスタンスがいつまでも許容される筈は無いのだ。
「早見ぃ! お前なに他人事みたいな顔してんんだよー!」
飄々としている最上篤史は与しにくいとでも思ったのか、上谷渉が不意にその矛先を青羽に向けて来れば、中条徹とマサオもそれに追従して来る。
「そうだぞ早見! お前こそ女子にモテるからって余裕ぶってんのか!?」
青羽としてはそんなつもり毛頭有りはしなかったものの、何やら遥と両想いになっている事を指摘された気がして、内心では少しばかりギクリとしてしまう。
「つうか早見が一声かけてくれたら女子とか沢山集まったんじゃね!?」
これまで極めて個人的な発言しかしてこなかった所為で皆から殆どスルーされていたマサオであったが、これに関しては一同が同時にハッとした顔になった。
「マサオ! お前たまには良い事言うな!」
「そうか! その手があったか!」
「マサオっちナイスアイディアじゃん!」
上谷渉と中条徹に加えて、新山耕太までもが何やら嬉々とした様子になって、三人は一度それぞれに目配せをしたかとおもうと勢いよく青羽に詰め寄ってくる。
「早見! 今からでも女子に声かけてみてくれよ!」
上谷渉がまずはストレートな要求から入るってくると、続けて中条徹が補足的にそれをもう少しだけ具体的かつ現実味のある話へと押し上げた。
「女子達も結構来てる筈だし今からでも合流できるって!」
確かにクラスの女子も半数以上は地元出身である為、今晩の花火大会に来ている確率はかなり高く、青羽が声を掛ければ合流できる可能性も中々に高いだろう。
「頼むよアオっち! 傷心の俺を慰めると思って!」
新山耕太がまたしても調子の良い事を言っている気がしなくも無い青羽だが、実のところ先だっての「リア充俺様」発言はともかく、彼女に振られてしまった事自体には多少の同情が無い訳でもなかった。
それに青羽もなんだかんだ言って健全な「男子高校生」である以上、折角の花火大会を女の子達と一緒に楽しみたいという友人達の気持ちが分からないでも無いのだ。
ならば元来お人好しの青羽としては、ここで友人達の為に一肌脱ぐのも吝かでは無かったのだがしかし、それには一つの大きな問題が有る。
「いや、でもさ、俺…、女子の連絡先とか、ほとんど知らないんだけど…」
青羽が差し当たっての問題点を申告して一同の顔を見回すと、これには今一度皆がハッとした顔になった。
「「「「なっ…!」」」」
愕然とする声を重なり合わせた最上篤史を除く四人は、それぞれにお互いの顔を見合ってから皆一様にかぶりを振って肩をすくめさせる。
その様子から察するに、どうやら四人もまた青羽と同じく女子達の連絡先をろくに知らないと見て間違いは無さそうだ。
「なんてこった…」
上谷渉は頼みの綱があっさり断ち切られてしまった事に失意を露わにして、それは中条徹と新山耕太も同様ではあったのだがしかし、そんな中マサオただ一人だけはまだ諦めていなかった。
「なぁ早見、『ほとんど』って事はさ、ちょっとは知ってるって事だよな!?」
それは存外に鋭い指摘であり、実際その通りであった青羽はこれに思わずギョッとしてしまう。
「ちょっ! マサオ!」
確かに青羽はクラス内に三人程連絡先を知っている女の子が居て、彼女達が今晩の花火大会に来ている可能性はかなり高い。と言うか、その三人とは他でもない遥たちの事であり、青羽は彼女達が今晩の花火大会に来ている事はほぼ確信していた。
何せ、青羽はつい三十分ほど前に、沙穂と楓からそれぞれに送られて来た遥の浴衣姿を収めた写メを受け取っていたのだから、これで来ていないと考える方が難しいのだ。
「早見! どうなんだ!?」
断ち切られたはずの綱がまだ僅かにつながっていたらしい事を察した上谷渉が今一度勢い良く詰め寄って来るも、当然ながら青羽は素直に真実を答えられはしない。
「い、いやぁ…それは…その…う、うーん…」
もちろん青羽だって、出来る事ならば遥たち、と言うか遥とお祭りを回って一緒に花火を見たい気持ちは人一倍である。寧ろ、沙穂と楓から写メで送られて来た遥の浴衣姿が超絶に可愛かっただけに、今直ぐ会いに行きたい気持ちで一杯だ。
「なんだよ早見! はっきりしろよ!」
要領を得ない様子に中条徹が焦れた様子で追及して来るも、青羽としては、自分の欲求についてはともかく、どう考えてもこの面子で遥たちと合流するのは得策に思えない。
青羽は遥がクラス内で余り交友関係を広げたがっていない事をその事情を含めて知っていたし、そもそもこんな餓えた男子高校生の輪に好きな女の子を混ぜたいと思える男はそうそういないだろう。
「早見ぃ、勿体ぶるなよぉ、もうこの際だし女子なら誰でもいいからぁ!」
この割と失礼極まりない発言はやはりマサオのものであるが、それに続いて青羽の気も知らずに思いがけずズバリと確信に迫って来たのが新山耕太だった。
「あっ! もしかしてアオっちが連絡先知ってる女子って、カナっちのことじゃね!」
思えば、クラス内で青羽だけが唯一例外的に遥と比較的親しくしている事は一同にも周知だった為、誰かがそこに辿り着くのは遅かれ早かれだったのかもしれない。
「か、奏さんとか…早見、お前…ま、マジかよ!?」
「おおお! 早見! 直ぐ呼べ! 今直ぐ呼べ!」
「うおおぉぉー! 奏さんキターーーーーーー!」
遥とあまり接点のない三人は俄かに異様なテンションになって、これにて青羽は万事休すかと思われたがしかし、これまでニヤニヤしながら状況を見守っていた最上篤史が思わぬ助け舟を出して来た。
「ねー、キミらさ、奏ちゃんは流石に無理じゃないかなぁ?」
この時点では最上篤史が何をもって遥は「無理」としているのかが分からなかった為、ならば当然これでおめおめと引き下がれる男子高校生達では無い。
「えー? そりゃー、カナっちは教室でも男子と殆ど話さないけどさぁ、こっちにはアオっちがいるんだから大丈夫くね?」
一同を代表して新山耕太が青羽の存在を根拠にして反論をすると、最上篤史はこれにうすら笑いを浮かべながら肩をすくめさせる。
「奏ちゃんを呼んだらさ、もれなく水瀬ちゃんと日南ちゃんが付いてくるよね?」
餓えた男子高校生達からすれば、女の子が三人も来てくれるのならそれは願っても無い話しかと思いきや、意外にも一同はこれにかなりの険しい反応を見せた。
「そうか…そうなるよな…! なら…ダメだな…!」
さっきまでの盛り上がりが嘘の様に、上谷渉はがっくりと項垂れながらも、あっさりと遥を断念する。
「あぁ…それは無理だ、奏さんだけならともかく…」
「だなぁ…、流石に俺たちだって命は惜しいからな…」
中条徹も上谷渉と同様に項垂れながら口惜しそうにして、「誰でも良い」とまで豪語していたマサオまでもがすっかり意気消沈だ。
「…えぇ?」
青羽としては、四人が存外にあっけなく遥のことを諦めてくれた事は何よりだとしても、沙穂と楓が加わる事の何が駄目なのかが良く分からなかった。
「お前ら…、水瀬さんと日南さんが一緒だと何で駄目なんだよ…?」
沙穂と楓は特別に可愛い方という訳ではないが、「駄目」なんて事は決して無い筈で、それこそマサオが言う様な命を惜しまなければならい理由なんて青羽には皆目見当もつかない。
「まぁ…水瀬さんは…別にな…?」
青羽の疑問に対して上谷渉は何やら言いにくそうにしながらも、楓に関しては別段問題が無い事を告げて、他の面々もこれには頷きをもって同意する。
「そうな…水瀬さんは中学から知ってるけど、普通に大人しい子だし」
「高校に上がってから、ちょっとあか抜けて、寧ろアリなんだけど…」
中条徹とマサオの言い様からしても、彼らが恐れているのは必然的に沙穂という事になる訳だが、その理由については新山耕太が端的に述べてくれた。
「ミナっちはともかくヒナっちがヤバい…! ヤクザだか政治家の『パパ』が居るとかで、逆鱗に触れた奴は社会的に抹殺されるって、俺らの間じゃもっぱら噂さなんだよ…!」
新山耕太は口にするのも憚れると言わんばかりの様子で顔を青ざめさせるも、これに青羽の目が思わず点になってしまったのは言うまでも無い。
「…はぁ!?」
百歩譲って、沙穂が怒ると怖い事や男子に対するあたりがキツい事は、青羽も些か認めざるを得ない部分が無きにしろ非ずではある。
外見的にも派手で、一見すると「遊んでいる」印象を受ける事が妙な噂の元になったのであろう事も何となくだが察しはついた。
ただそうは言っても、沙穂が友達想いの「良い子」で、男子の自分にもたまには優しくしてくれる事を知っている青羽からすれば、新山耕太の話は荒唐無稽が過ぎるというものだ。
「なんだよそれ! 日南さんはそんな子じゃ―」
持ち前の正義感から、沙穂の名誉を守るべくありもしないおかしな噂を払拭しようとした青羽だったがしかし、突如背後から伸びて来た最上篤史の手によって口をふさがれてそれは叶わなかった。
「んー! むー!」
口を封じられた青羽が言葉にならない抗議の声を上げると、最上篤史はスッと顔を寄せて何やら耳打ちをしてくる。
(まぁまぁ、日南ちゃんはちょいと気の毒だけど、これで奏ちゃんは安心でしょ?)
確かにそれはその通りであり、ならば沙穂には申し訳ない限りではあるが、無暗に噂を訂正しない方が良いのではないだろうかと青羽はついつい考えずにはいられない。そして、青羽のそんな逡巡の隙をついて、最上篤史は更に次の無様な事を耳打ちして来る。
(日南ちゃんの噂は後で俺が穏便な感じに訂正しておくからさ、大丈夫よん)
そう言った最上篤史が一瞬だけ大変に悪い顔でニヤリと笑ったのを青羽は見逃してはいなかったが、そこそこ長い付き合いである為、「大丈夫」といった言葉自体にはそれなりの信頼が置ける事を知っていた。
そもそも沙穂の噂が新山耕太の言う通り「俺ら」の間だけの限定的なものであるのならば、元よりそんなに心配する必要も無かったのかもしれない。
「…ぷはっ! じゃぁ…任せるぞ…? マジで…」
ようやくその腕から脱した青羽が一応念を押してみると、最上篤史は愉快そうにへらへらと笑らいながら手をパタパタと振る。
「だいじょぶ、だいじょぶー」
そのぞんざいな態度に少々判断を早まった気がしなくもない青羽だが、結局は何を措いても優先すべきは遥の安全である以上、今は最上篤史を信じておくのが取りあえずの最善ではありそうだった。




