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4-28.夏の風物詩

 夏といえば。

 そんな上の句を聞いた時、真っ先に思い浮かぶのは一体どんなイメージだろうか。

 情景ならば入道雲や蝉しぐれ、食べ物ならばスイカや流しそうめん、行事ごとならばお祭りや花火大会。おそらく、この辺りが世間一般における代表的な夏のイメージだろう。

 無論、それ以外にも夏の風物詩は様々に在り、その全てを挙げてゆけば切りは無いが、あと一つだけ、敢えて上げるとすれば、それはきっと次の様なもので在るべきだ。

 頭上に広がる突き抜ける様な青い空、眼前にきらめく紺碧の水平線、そして照り付ける日差しよりも眩しい水着姿の乙女たち。

 夏といえば、つまりそう、だんぜん海なのである。

「いくよー!」

 珍しく溌溂とした声を上げながら、白波の打ち寄せる浅瀬でビーチボールをトスしたのは、大人っぽい黄色いチューブトップビキニ姿の沙穂だった。

「わっ…とっ…とぁっ!」

 多少よろめきつつも、沙穂がトスしたビーチボールを何とか捉えて再度打ち上げた楓も海となれば勿論水着で、こちらはカラフルなスカート付きワンピースタイプだ。

「よぉし! いっくよぉー! そぉれっ!」

 楓の上げたビーチボールを空中で捉え、見事なスパイクを放ったこのスポーティな赤いタンキニ姿は、海にやって来て殊更元気いっぱいの美乃梨である。

 そんな訳で、夏休みの余暇を利用し、海へと遊びにやってきていた女子高生達であるが、勿論これだけの面子が揃っていて遥だけ参加していないなんて事は当然無い。

「みぎゃっ!」

 正しくたった今、美乃梨の放ったスパイクを額に直撃させて、へんてこな悲鳴と盛大な水しぶきを上げながら尻餅をついてしまった可愛らしいフレアトップ水着の幼女こそが遥に他ならなかった。

「ぎゃー! 遥ちゃん!」

 美乃梨は自分でスパイクをぶち当てておきながら、遥がひっくり返ったのを見るや否や、甲高い奇声を上げながら大慌てで傍まで駆け寄ってゆく。

「遥ちゃんごめーん! つい力が入っちゃったー!」

 美乃梨が申し訳なさそうな顔で助け起こそうと手を差し伸べて来ると、遥はそれを掴まずに、大きく黒目がちな瞳をスッと細めてちょっとばかり悪戯っぽい笑みを見せた。

「美乃梨、お返しだよ!」

 言うが早いか、遥は自力で立ち上がり様、両手を勢いよく海面に走らせ、撥ね上げた水飛沫を美乃梨へと浴びせ掛ける。

「へぶっ!」

 遥を助け起こそうと屈みこんでいた事が災いして、顔からもろに「お返し」をもらってしまった美乃梨であるが、勿論こうなるとこのままでは終わらない。

「やったなぁ!」

 前髪から海水をポタポタとしたたらせながら、今度は美乃梨が悪戯っぽく笑って、目には目をと言わんばかりに遥よりも豪快な水飛沫を片手で巻き上げる。

「わにゃっ!」

 遥は単純に背が低い所為で、こちらは顔といわず頭からからもろに水飛沫をかぶって、もうすっかり濡れ鼠だ。

「むぅ…」

 無論、水着を着ているので濡れた処でどうということは無いが、お返しのお返しを食らってしまったとなれば、遥も当然更なるお返しを敢行するのが当然の道理である。

「よぉし!」

 かくして、ここに第一次水かけ合戦の開幕であるが、もちろん普通にやれば運動量と力学的な観点から、ちんまりとした貧弱な幼女である遥には勝ち目がない。

 そもそも水のかけあいに勝ちも負けも無いのだがそれはそれとして、自分の不利を重々承知の上だった遥は、馬鹿正直に正面からやり合わずに搦め手の奇策に出た。

「美乃梨! こっちだよ!」

 遥は申し訳程度の水飛沫弾幕を張りながら、一番近くに居た沙穂の傍まで駆け寄って、更にはその後ろにサッと身を隠す。

「ちょっ! カナ! なんでこっちくんの! 花房さんもストップ!」

 盾にされた沙穂はギョッとした様子で抗議の声を上げ、遥の安い挑発に乗って迫りくる美乃梨にも制止を掛けたがしかし、残念ながら時既に遅い。

「邪魔するなら沙穂ちゃんだって容赦しないよー!」

 等とのたまった美乃梨が運動部で鍛え上げたその健脚をもって豪快に海面を蹴り上げれば、憐れ沙穂も遥と仲良く頭からずぶ濡れである。

「ぷはっ! あんたたちー!」

 沙穂は自分を盾にしてくれた遥と水飛沫を浴びせてくれた美乃梨の両方を相手取る構えを見せ、第一次水かけ合戦における第三勢力がここに堂々の誕生だ。

「あはは! ヒナがおこったー! ミナぁたすけてー!」

 沙穂が敵性勢力になったと見るや、遥は次なる盾を求めて今度は楓の方へパシャパシャと駆け寄って行いく。

「わっ! か、カナちゃん、ちょッ―わふッ!」

 どうすればいいのか逡巡したのが運の尽き、遥を追撃して来た沙穂と美乃梨の放った水飛沫を立て続けに食らった楓は、もしかしたら今日一番の被害だったかもしれない。

「ほらミナ、ヒナと美乃梨に反撃だよ!」

 楓が被害を被ったのはそもそも遥のせいであるが、そんな事は完全に棚上げで、沙穂と美乃梨を相手取る様にと焚きつける。

「よ、よぉし! カナちゃん、一緒にがんばろー!」

 まんまと乗せられた楓が遥との共闘という形で参戦を表明すれば、第一次水かけ合戦は遂に女の子全員を巻き込んだ壮絶なる大戦の様相を呈していった。

 砲煙弾雨の如く飛び交う苛烈な攻撃、それによって次々と拡大してゆく戦火。等と大袈裟に言ってはみたものの、傍から見れば水着の女の子達がキャッキャと戯れているだけの大変に微笑ましい光景でしかなく、当人たちも概ねそんなノリであった事は言わずもがなである。

 水着の女子高生達に混じって普通に海を満喫できているあたり、遥も随分と成長したものだが、何の事はない。海に付いて早々、着替えの場でもっと強烈なもの体験していた為、既に動揺もし尽くして今は単に居直っているだけだ。

 因みに、着替えの場で遥が味わった強烈な体験の大半が美乃梨によってもたらされたものである事は、これまた言わずもがなである。

「夏だなぁ…」

 浅瀬でじゃれ合う遥達を遠巻きに眺めながら、そんな妙にしみじみとした感慨を洩らしたのは、砂浜に立てられたビーチパラソルの下で荷物の番をしていた賢治だった。

「夏ですねぇ…」

 賢治の感慨に深々とした共感を示したこの人物は、こちらもビーチパラソルの下で荷物の番をしながら、やけに遠い目で遥達の戯れを眺めていた青羽である。

 二人が何故ここに居るかといえば、それは今回の海水浴を言い出したのが賢治だったからであり、それに乗った遥が女友達三人に加えて青羽にも声を掛けたからだ。

「青羽、荷物は俺が見ててやるから、お前もハル達と遊んで来ていいんだぞ?」

 せっかく両想いの女の子と一緒に海に来たのだからと、そんな気を利かせてみた賢治ではあったが、青羽はこれに相変わらずの遠い目をしながら小さな溜息までつく。

「俺には刺激が強すぎて…、あそこに混ざる勇気なんて無いですよ…」

 その余りにも純朴だった青羽の返答に、賢治は大いに納得すると共に思わずの苦笑いを禁じ得ない。

「刺激…ねぇ…」

 運動部らしいしなやかな身体つきで健康美あふれる美乃梨、地味で控えめな印象に反して意外にも一番グラマラスな楓、大人っぽくてスラっとしている沙穂なんかは、賢治の目から見ても中々のものだ。

 瑞々しい十代の柔肌を惜しげもなくさらけ出す水着姿の女子高生達は、確かに皆眩しくそれぞれに魅力的ではあるだろう。

 では、そんな面々の中に在って、おそらくは青羽が一番の「刺激」を受けているだろう筈の遥はと言えば、果たしてどうだろうか。

「ふむ…」

 遥は肉体的に色気なんかとは程遠い十歳前後の幼女ではあるものの、今日は胸元にボリューム感を持たせられるフレアトップの水着を着ているお陰で、その平坦な幼児体型に多少の誤魔化しが効いている。

 それでも流石に他の女の子達に比べればかなり物足りない身体つきである事は否めないが、だからといって魅力が全く無いなんて事は、それこそ全く無い。

 そもそも遥は賢治や青羽の欲目を差し引いても余りあるくらいには見目麗しい類まれな美少女である。それが華やかな水着姿にもなれば、刺激的であるかどうかはともかく、魅力的で無い訳がなかった。

「うぅむ…」

 賢治は遠巻きであるのをいい事に、ついつい遥の水着姿をまじまじと堪能して、思わずその可愛らしさに唸ってしまう。

「賢治さんから見たら、高一なんて子供に見えるかもしれないですけどね…」

 青羽が自嘲気味に洩らしたそんな呟きに、高一どころか幼女である遥に見惚れてしまっていた賢治は思わず内心でギクリとせずにはいられない。

「あー…いや…まぁ…、その…、なんだ…、そ、そういうお前こそ、ハルの水着なんて興味ないんじゃなかったのか?」

 スクール水着姿を激写された一件を遥から聞き及んでいた賢治が苦し紛れにそれを論うと、青羽はこれに思いの他アタフタとしだす。

「だ、だからそれは誤解なんですって! 俺だって男です! 好きな女の子の水着姿なら見たいに決まってるじゃないですか!」

 アタフタする余り青羽は思わずのぶっちゃけ発言をしてしまい、これには今一度の苦笑いを禁じ得ない賢治だ。

「だったらこんなところに居ないで、もっと近くで見て来いよ…」

 純朴かつ健全な男の子心理が良く理解できただけに、背中を押す気持ちで再度の出勤を促してみた賢治であったがしかし、青羽はやはり動く素振りを見せず、代わりに何とも気まずそうな顔を見せた。

「い、いやぁ…やっぱり俺には刺激が強すぎて…、その…、遠くから見てるだけで満足って言うか…、それに…今はちょっと立ち上がれないって言うか…」

 これには賢治も思わず成程道理で動かない訳だと大いに納得するしかない。

「立てはしないが勃ちはしていると…」

 賢治が遠回しかつダイレクトな事実確認を入れると、青羽はこれに殊更気まずそうな顔で頷きを見せる。

「す、すみません…俺も…男なんで…」

 それが遥の水着姿を眺めての結果であるのならば些か穏やかな話では無いが、賢治自身、遥に劣情を抱いた経験は過去に一度や二度ではない。

「まぁ…しょうがない…な…」

 結局、賢治は自身の経験則も有り、男子としてはいたって健全であった青羽の劣情を無暗と責められるはずも無かった。

「はい…しょうがないんです…」

 賢治からの理解を得られた青羽は僅かにホッとした様子を見せたがしかし、それもほんの束の間である。

「何がしょうがないの?」

 いつの間にやって来ていたのか、直ぐ目の前に立って不思議そうな顔で小首を傾げさせていたのはそう、賢治や青羽の劣情をくすぐって止まない遥その人に他ならなかった。

「か、奏さん…!」

「ハル…!」

 突然現れた遥に、賢治と青羽は二人揃ってギョッとせずにはおれず、であればその問い掛けにも当然ながらまともに答えられる筈などはどこにも無い。

「い、いや…、その…そう! 夏が暑いのはしょうがないって話を賢治さんとしてたところなんだ!」

 動揺のあまり青羽の口をついて出た誤魔化しは余りにもお粗末が過ぎて、賢治はこれに堪らず頭を抱えそうになる。

「あー…、その…あれだ…、年々暑くなってるだろ? だから地球温暖化に付いて少々議論してたんだが、人類が文明社会を維持していくには仕方がないって結論になってな」

 取りあえず口裏を合わせる以外に他なかった賢治は、一応尤もらしい事を言ってはみたものの、取って付けた感はどうしたって拭えず、案の定遥は怪訝な顔をするばかりだ。

「へー…? なんか壮大だけど、とりあえず海に入ったら少しは涼しいよ…?」

 それは実に尤もな意見ではあったが、只でさえ遥の水着姿を遠巻きに眺めていただけでアレがソレな感じになってしまっていた青羽に今それ勧めるのは酷という物である。

 実際に至近距離で見る遥の水着姿はまた格別の愛らしさであり、よく見るとスクール水着の日開け跡が薄っすらと残っていたりする辺りも、青羽にはかなり来る物があった。

「い、いや、俺は…、こ、ここで…だ、だ、大丈夫! だよ!」

 実のところ全くもって大丈夫ではない状態だった青羽は、遥にそれを気取られまいとして、両膝をさりげなく胸前に引き寄せ強固な体育座りになる。

「もしかして早見君、具合でも悪いの? 何か顔が赤いし…」

 それはもう顔くらいいくらでも赤くなるという物だが、もちろん青羽はどこも悪くはないし、寧ろ局所的にはこれ以上ないくらいに元気そのものだ。

「あー…、ハル、青羽が赤いのはあれだ、日焼けだよ…」

 見兼ねた賢治が割とおざなりなフォローを入れると、遥はそれで一応の納得がいったらしく、青羽の顔が赤い理由に付いてはそれ以上追及してこなかった。がしかし、これで青羽がこの少々困った状況を切り抜けられたかと言えば、それはまた完全に話が別である。

「日焼けかー、それならいいけど…っと」

 あろうことか、遥がちょうどいい具合に隙間の空いていた賢治と青羽の間に何のためらいもなく腰を落ち着けてしまったのだからさあ大変だ。

「か、奏さん!?」

「お、おいハル!」

 二人揃って同時に声をあげずにはいられなかった青羽と賢治であるが、遥は実にのほほんとした様子で大きく伸びをする。

「んー…ボクちょっときゅーけー…」

 そう宣言するなり、その場でコテっと横になったかと思うと、そのままスヤスヤと寝息まで立て始めてしまったとなれば、これはもういよいよもって手に負えない。

「…マジかよ」 

「えぇぇぇ…」

 余りにもマイペースで、余りにも無防備な遥の振る舞いに、もはや唯々唖然とするより他ない賢治と青羽である。

 賢治と青羽がどれだけ「女の子」として意識しようとも、思うさまはしゃいで突然電池が切れた様に寝入ってしまう当たりは、その外見に違わず正しく幼女的な遥であった。

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