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4-26.心構えと願い

 カフェ『メリル』で賢治が亮介相手に管を巻いていた頃、そこからほど近い駅前のファストフード店でも全く同じ様な光景が全く別な組み合わせによって繰り広げられていた。

「―そんな訳なんですけど…、こんなのってあんまりじゃないですか…?」

 事の次第を大凡で語り終えるなり、如何にも納得できないと言わんばかりの顔で口を尖らせたこの人物は、賢治と同じかそれ以上にモヤモヤとした気持ちを抱えたまま今日まで来ていた沙穂である。

「…んー、まぁ、欲のない遥らしい話なんじゃねーの?」

 対して、賢治の話を聞き終えた時の亮介とほぼ同じ感想を述べたこの人物は、何時ぞやの合コン以来、沙穂とは久々の再会となる淳也だった。

 沙穂と淳也というと、それこそ合コンでも無ければ中々成立しない珍しい取り合わせの二人であるが、何故こんな事になっているかと言えばその経緯は至って簡単だ。

 沙穂は遥や楓との待ち合わせ、淳也はバイト前の腹ごしらえと、それぞれが別々な目的で駅前のファストフード店を訪れた処、そこで偶然にもバッタリと鉢合わせになったというだけの話しである。

 因みに言うと、先に声を掛けたのは気安い性格とノリの良さには定評がある淳也の方で、普通なら沙穂はこれを挨拶程度に留めて適当にあしらっていた所だろう。

 沙穂は見た目こそ派手で如何にも遊んでいそうな今時の女子高生だが、一度会った程度の男に馴れ馴れしく話し掛けられるのを良しとしない程度にはガードが堅い。

 しかしながら今回ばかりはその限りでは無く、遥の事情に精通している淳也は、先日の件でモヤモヤとしていた沙穂にとってはそれを吐き出すに丁度良い相手だったのだ。

 そんなこんなで、ある種の利害が一致して出来上がったこの珍しい取り合わせの二人だったのだが、主題となった遥と青羽に纏わる話に関しては今一噛み合わせが悪かった。

「カナらしいって…、だから仕方ないって言うんですか…!?」

 遥の性格を論った「らしい」というその意見は、亮介と淳也、そして賢治ですらも一応の一致を見せた見解ではあったものの、沙穂はそれすら納得がいかないと言った様子で明らかな不服を訴える。

「んー…、遥ってさ、すげー奥手な上にまともな恋愛経験なんてろくに無いじゃん?」

 だから「仕方がない」と言うのであれば、沙穂は益々の憤りを募らせねばならない処であったが、幸いと言うべきか淳也の主張しようとしていた意見はまた少々趣が異なるものだった。

「だから俺は思う訳よ、そもそも遥には、両想だから付き合うって発想自体が元々あんまりなかったんじゃねぇかなぁって」

 淳也が述べたその意見は、遥と青羽が「付き合えなかった」という観点で物事を見ていた沙穂には全く無かった視点で、これには少々キョトンとしてしまう。

「えっ…、で、でもカナは一度、早見に振られたと思って凄い泣いたんですよ?」

 実際にそれを目の当たりにしていた沙穂が至って当然の反論をすると、淳也は何やら不思議そうな顔をして肩をすくめさせた。

「ん? そりゃぁ、振られたら普通は泣くんじゃね?」

 実際にそれが誰しもに当てはまる「普通」であるかはともかくとして、淳也はそれの一体どこに不自然が有るのか全く分からないといった感じで頻りに首を傾げさせる。

「えぇ…?」

 沙穂の方も何故こんなに話が噛み合わないのか意味が分からずにしばし首を捻るばかりであったが、ややあってから淳也の言わんとしている事に気付いてハッとなった。

「あっ…、そうか…! 振られて悲しかった事と、付き合えるかどうかは、カナの中じゃ別にイコールじゃないんだ…!」

 沙穂が思い至った事を口にすると、淳也も話が上手く噛み合っていなかった理由に気付いたのか、「あぁ」と感嘆の声を上げる。

「そうそう、俺はそんなトコも遥らしいと思う訳なんだけど」

 確かに言われてみればそれは如何にも遥らしいが、女子高生としては歳相応の恋愛観を持つ沙穂からすれば少々の盲点ではあった。

 この辺りは、遥に対する理解度の違いというよりも、沙穂が「同性の友達」として今回の件に感情移入しすぎてしまっていた事が原因だろうか。

「遥はそんなだから、割と本気で現状に満足してると思うし、寧ろそれ以上の事なんてまだ具体的にはイメージすら出来て無いんじゃねぇかなぁ?」

 話がうまく噛み合った所で淳也が改めてそんな推測を述べて来ると、今度は沙穂も無暗に噛みついたりはせず、一連の出来事を少しばかり慎重に今一度頭の中で精査する。

 無論、幾ら遥の恋愛観が小学生レベルとはいえ、両想いの先に恋人という関係性がある事くらいは流石に承知している筈だ。事実「彼女云々」と発言していた事からも、遥がそれを概念として持ち合わせている事はまず間違いない。

 ただ、だからといってあの初心で奥手な遥がその概念通りに関係性を即進められるかどうかについては、実際にいくらでも議論の余地がある。

 世の中に「何となく」で恋人を始められるカップルがごまんといる様に、その逆だってごく普通にあり得る訳で、遥がどちらかと言えば断然に後者だ。

 そう考えてみれば、確かに遥なら例え美乃梨が危惧していた様な問題が無かったとしても、淳也が推測している様に、青羽と両想いになれた事にまず満足して、現段階では「付き合わなかった」のかもしれない。

「な、成程…今まで思いもしなかったけど…すごく有りそう…」

 よくよく考えてみれば、遥はあの晩、最終的な結論を出す前に、ちゃんと「今が幸せ」だと一生懸命にそう主張してくれている。

 沙穂は自分から見て腑に落ちない結末だったという事実に引っ張られ、あれは遥なりの周りに対する気遣いか、でなければ一種の虚勢か何かだとそう思い込んでいた。

 しかし、淳也の見解とここまでの精査を踏まえた上で、「今が幸せ」だと言った遥の言葉をそのまま素直に受け止めてみると、沙穂の中で一連の結末がまるで違った様相を呈して来る。そしてもしそれが正しい見方だったとすれば、沙穂にはもう一連の結末には何ら不憫が無かった様にすら思えて来た。

 無論、実際の所は直接本人にでも聞いてみなければ確かめようも無いが、遥の性格や恋愛観からして、そうである可能性がかなり高い事は確かだ。

「あんまり難しく考えずにさ、遥には遥のペースがあるって事で、取りあえずは暖かく見守ってやれば良いんじゃないの?」

 沙穂は一連の結末に関する真実については未だ確固たる確信は持てないながらも、遥を見守っていきたいと言う点では異論がなかった為、これについては素直に頷きを返す。

「それは、そうですね…」

 淳也はその返答に満足げな笑みを見せると、それから不意に目を細めて何やら妙にしみじみとした面持ちになった。

「まっ、俺としちゃぁ、賢治にベッタリだった時よりもよっぽど安心だよ…」

 深い感慨がこもっていたその言葉で、沙穂の脳裏には、かつて淳也が語ってくれた「遥の世界」に関する話が鮮明になって蘇る。

 望まず女の子になってしまった遥は自身の存在意義を、賢治に対する恋心で保っていたというあの話しだ。

「世界の強度…でしたっけ…」

 倉屋藍の一件で実際に遥がその世界を崩壊させかけた瞬間に立ち会っている沙穂は、淳也の感慨には少なからずの理解を示さずにはいられない。

 結局あの一件は、誤解と早とちりだったという事で最終的には事なきを得ていたが、実のところそれだけでは済んでいない事に沙穂は薄々ながら気が付いている。

 遥はあれ以来、どこか気が抜けた様子でぼんやりとしている事が多くなったように感じられたし、何よりも賢治の話しを余りしなくなっていた事が大きい。

 そんな近頃の遥が沙穂には時々ひどく辛そうに見えて仕方がなく、今回の事が起こる以前にはずっとその事が気掛かりだった。

 そこへ来て、紆余曲折ありながらも遥が青羽との新しい恋を見つけて、本人が言う通り本当に「幸せ」であるのなら、それはきっと友達として素直に喜ぶべきだ。

「カナは…もう大丈夫なのかしら…」

 青羽との恋は遥の世界を補強し得るのか、そんな想いから沙穂がポツリと漏らしたその呟きは半ば独り言の様な物だったが、これには存外明瞭な応えが直ぐさま返ってきた。

「大丈夫じゃないなら、俺達が大丈夫にしていけばいいさ!」

 それは、楽観的でありながらも、その実深い思い遣りに溢れる実に淳也らしい答で、沙穂はこれに自然と共感を覚えて小さく笑みを零れさせる。

「そう…ですね…」

 青羽との事は、例え遥自身が今はそれで満足しているのだとしても、付き合えていないという事実には変わりがなく、二人の関係性には幾らも危うい物がある。賢治との事も、辛そうに見えていたくらいなのだから、遥はまだきちんと割り切れてはいない筈だ。

 そう考えると問題は山積みで、それだけに遥はこれからも沢山悩んで、今までの様に度々辛い思をするのかもしれない。

 ただ、そんな時には、淳也が言った様に、自分たちがそれを大丈夫にしていけばいいだけだ。

 淳也との対話を経て、そんな結論と心構えに辿り着けた沙穂は、それまで心にあったモヤモヤの代わりに、いつか願った一つの想いにより一層明るく灯をともす。

 自分もまた遥の世界を強く保つための一助で在れますようにと。

「なんか…おかげで色々とスッキリしました…ありがとうございます」

 一応の落としどころが見つかった沙穂が穏やかな面持ちで感謝の言葉を述べると、淳也はそれに屈託のない笑顔と軽口を返して来る。

「そりゃぁ良かった! 遥の事だったらいつでも相談に乗るよ! あっ、もちろん沙穂ちゃんの個人的な悩みだって聞いちゃうぜ? なんだったら今度は二人っきりなれる場所で…、なんてどうだい? げへへ」

 今回の対話で淳也の事をけっこう尊敬しかけていた沙穂だったのだが、最後のあからさまに下卑た余計な一言で完全に台無しだ。

「…サイテー」

 そんな辛辣な一言にも淳也は殊更愉快そうな笑顔を見せていたが、ふと店内の壁に据え付けられていたアナログ時計をチラリとみやったかと思うと、話をしている間にもすっかり平らげていたバーガーセットのトレーを手にして席を立つ。

「沙穂ちゃんともうちょい話してたかったけど、残念ながら時間切れだわぁ」

 どうやら淳也はバイト先へと向かう時間が来てしまった様で、沙穂としてもこれを引き留めるべくは無い。

「そうですか、バイト、ガンバッテクダサイ」

 かなり棒読みではあったものの、沙穂から労いの言葉を掛けられた淳也は、実に嬉しそうな笑みを覗かせながらトレーを持っていない方の手をひらひらと泳がせる。

「おうよー! 今日はいつもの八倍頑張っちゃうぜ! それじゃまたな!」

 そんな軽妙な別れの句を残して淳也はファストフード店から立ち去ってゆき、残された沙穂がそれなりに有意義だった対話の内容を振り返る間もなく、本来の予定であった遥と楓が少々慌てた様子でやって来たのはそれから程なくの事だった。

「遅くなってごめん! 補習が終わった後にちょっと色々あってー!」

 やって来るなりそんな少々気になる言い訳を口にした遥は、さっきまで淳也が座っていた席に付いたかと思うと、妙に疲れた様子でテーブルの上にぺたりと突っ伏してしまう。

「ヒナちゃんゴメンー、カナちゃんがちょっとねー…」

 楓の方は遥の横に座って何やら困った顔を見せ、二人の言い様と様子からしてどうやらさっそく何かしらのトラブルが有ったらしい。

 遥がトラブルに巻き込まれたとなれば、いつもの沙穂なら少々穏やかでは居られない処であったが、幸い今は淳也との対話で得たばかりの心構と一層明るく燈した願いがある。

「何があったか知らないけど、大丈夫よ! あたしに任せなさい!」

 らしくないと言えばらしくなかったその何とも力強い沙穂の言葉に、遥と楓が二人揃ってキョトンとしてしまったのは言うまでも無い。

「えっと…うん」

「お、おー…?」

 二人のイマイチだった反応から、沙穂自身、柄にもない発言だった事に気付いて、これには堪らず恥ずかしくなってしまう。

「と、とにかく何があったのかさっさと話しなさいよ! 気になるでしょ!」

 沙穂は照れ隠しで少々乱暴に二人の話を急かしながらも、淳也から教わった心構えと、熱く燃える願いの灯がその胸の内から消える事は無かった。

 因みに、遥の見舞われたトラブルが何だったかと言えば、それについては沙穂が敢えて介入するまでもない様な実に平和で下らない内容だったとだけ言っておこう。

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