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4-13.予定調和の急転直下

 美乃梨と沙穂、それに楓の三人が慌ただしくファストフード店を飛び出した頃、駅前ではちょうど遥と青羽がそれぞれにお互いの事を見つけた所だった。

 厳密に言うと先に見つけたのは遥の方で、青羽が気付いたのはそれよりも僅かに後だったが、タイミング的にはほぼ同時だったとしても差し支えは無いだろう。

「わっ…、早見君もう来てる」

 遥がロータリーを進みながら少し遠巻きにその姿を発見したこの時点では、まだ青羽の方は気付いておらず、視線は手元のスマホへと向けられていた。

 青羽は待ち合わせの時刻が迫るにつれて、例のそわそわルーティンの頻度を上げていた為、おそらくはまた寝癖チェックでもしていたのだろう。

「早見君キッチリしてるなぁ…結構待たせちゃったのかな…?」

 いつごろからかは定かでないとしても、先んじられていた事を少々申し訳なく思った遥は若干足早になり、青羽がその接近に気付いたのは正にこの時だ。

「…!」

 パッとスマホから顔を上げた青羽は、一度辺りにキョロキョロと目線を泳がせるも、すぐにそれを一点へと定め、自分の方へ真っ直ぐ向かって来ていた遥の事を発見した。

「奏さん…!」

 美乃梨たちが思わず大騒ぎしてしまった程には愛らしかった今日の遥を目の当たりにした青羽の双眸は、遠目にもそれと分る程に大きく見開かれる。青羽がこの時どんな感情を抱いたかは本人のみぞ知るところだが、普段中々見る機会が無い遥の私服、それも夏物のワンピース姿は相当に新鮮だった筈だ。

「あっ…早見君もボクに気付いたみたい」

 青羽の様子で向こうもこちらを見つけたらしいことを察した遥は、本人が思っているよりは早くない早足で歩み寄りながら軽く手を振って見せる。

「はやみくーん」

 この後無事に合流出来た二人が「待った?」とか、「今来たところ」なんていうやり取りを交わしたりすれば、それは待ち合わせにおける良くあるお決まりのパターンだ。

 お気楽能天気な遥と、あからさまに意識しまくりの青羽がそれをやれば、如何にも初々しいカップルの初デートといった様相で、きっとかなりの見ものだった事だろう。

 ただ現実は、そのようなお約束や予定調和等とはまるで程遠い、見様によってはある意味ドラマティックだったかもしれないかなりの急展開だった。

「奏さん!」

 青羽が名を呼びながら遥の元に向かって真っ直ぐとスタートを切った処までは、まだいくらかはお約束の範疇だったかもしれない。ただしそれは、この時の青羽が駆け寄って来る等という生易しいペースでは無く、正真正銘の全力疾走だった事をどう見るかによって変わって来る。

 それ程までに白いセーラーワンピ姿の遥が可愛くて辛抱堪らなかったとするならば、それは確かにまだ初々しくて幾らも微笑ましい。がしかし、青羽が全力疾走だったばかりでなく、何やら明らかに切羽詰まった様子で鬼気迫る形相だったとなればどうだろうか。

 少なくとも遥は、青羽のある意味「奇行」と言っても言い過ぎでは無かったその行動にすっかりと呆気に取られてしまっていた為、この時点でもう予定調和は不成立だ。

「へっ? はやみ…くん?」

 遥は思わず足を止めてその場でキョトンとすらしてしまっていたが、そうしていられたのもほんの一瞬で、そこから先の展開は正しく急転直下というやつだった。

「奏さん、走って!」

 瞬く間に距離を詰めた青羽は、言うが早いかおもむろに遥の腕を取って、迫って来た勢いそのままに地面を蹴って疾駆する。

「にゃわっ!?」

 こうなってはもう、小さく非力な遥に出来た事は、全くもって訳が分からないまま引っ張られるに任せ、青羽に言われた通り走る以外に一つも無かった。

 近頃は毎日体育の補習で身体を動かしていたとはいえ、基本的には貧弱で運動神経皆無の遥だ。そんな遥が高校のサッカー部で慣らしている青羽のペースに付いて行く事は中々に至難の業で、あっという間に軽い酸欠で頭が真っ白になってゆく。

「奏さんごめんっ! 後で説明するから!」

 できれば今直ぐそうして欲しいと思う余裕も無く、ひとたび走り出した遥はもうただただ青羽に付いて行くのが精一杯だ。

 無論、お荷物を引っ張りながらだった青羽は本来の速度を出せてはいなかったが、それでも遥からすれば付いて行けたのが奇跡という位にはギリギリのペースだった。もしかしたら、この時の遥は単独で全力疾走するよりもずっと速く走れていた可能性すらもある。

 それ故に、遥はこの時全く気付いていなかった。ロータリーの向かい側にある横断歩道の前で、赤信号に阻まれた美乃梨と沙穂、そして楓が中々の大騒ぎをしていた事を。

「あおばぁぁぁ! まちなさぁぁぁい!」

「はやみぃ! カナに何かあったら只じゃ置かないからねぇぇ!」

 こんな美乃梨と沙穂のこれぞ正しく遠吠えという雄叫びや、青羽がそれにピクリと反応して若干スピードを上げた事も遥は全く気付いてはいなかった。

「ヒナちゃん! 花房さんもぉ! 二人ともお願いだから落ち着いてぇ…!」

 いきり立つ美乃梨と沙穂を何とか宥めようと楓が半泣きになりながら孤軍奮闘していた事等は、それこそ遥の与り知らぬ事であった。


 そんなこんなで、訳も分からないまま全力疾走させられる羽目になった遥は、これまた訳も分からないまま、気付いた時には青羽とバスに乗っていた。

「はぁ…はぁ…はやみ…く…はやい…よ…」

 思い掛けないオーバーワークですっかり汗だくの遥は、バスの座席にぐったりともたれかかかって息も絶え絶えながら、ここへ来てようやくの抗議をする。

「奏さんゴメン…いきなり無理させちゃって…」

 隣に座る青羽は軽く肩で息を切って多少汗をかいている程度で、その当たりは流石運動部といったところだが、遥としてはそんな事どうでも良い。今ここで何よりも肝要なのは、どうしていきなりの全力疾走を強いられて、何故バスになんか乗ったのかという点である。

「はぁ…はぁ…、きょうは…すいぞくかんじゃ…なかったの…?」

 乗り込んだバスが一体どこ行きかまではまだ把握できていなかった遥だが、これでは予定していた水族館になど辿り着けない事だけはハッキリと分かっていた。遥が知る限り、水族館へ行く為には電車に乗らなければならない筈で、だからこそ今日の待ち合わせ場所は駅前だったのだ。それがバスなんかに乗り込んでしまっては辿り着けるものも辿り着けず、予定変更にしたって急が過ぎるという物で、遥としてはますます訳が分からない。

「それは…そう…だったんだけど…その…水瀬さんが…」

 青羽は当然と言えば当然だった遥の疑問に対して非常にバツが悪そうな顔をしながら、全力疾走の挙句バスに乗らざるを得なかった理由の一端として、ズボンのポケットから取り出した自身のスマホを見せて来た。

「ミナぁ? ミナがなんなのぉ…?」

 遥は青羽の上げた意外な名前に益々の疑問を増やしながら、一先ずは促されるままスマホの画面を覗き込む。そこに表示されていた物は、楓が青羽に宛てて送った一通の短いメッセージだったが、それは少々理解に苦しむ次のような内容だった。

『にげて』

 楓が一体どんな状況でそれを送ったのかはまず置いておくとして、これでは幾らなんでも簡潔が過ぎるという物で、ともすればダイイングメッセージか何かである。

「…なにこれ」

 何かといえばそれは、楓が何とか今回のデートを成立させようと頑張った結果だったのだが、美乃梨や沙穂があの場に迫っていた事など露とも知らない遥からすればこんな物は只の意味不明な怪文書でしかない。

「…うん、なにこれ?」

 謎が解消されるどころか益々それが深まった遥は、今一度同じ疑問を口にしながら眉を潜めて青羽をジト目で見やる。

「えっと…その…水瀬さんからこれが送られてきて…そしたらロータリーの向こうに日南さんと美乃梨が見えて…それで…えっと…なんて言うか…俺…その…」

 青羽は事の次第を説明してくれようとするが、言葉として上手く纏められないのか、はたまた何か言いにくい事でも有るのか、いずれにしても今一要領を得ない。ただ、そんな青羽の説明でも、その中にあった三人の名前、特に美乃梨というワードで遥には十分ピンとくるものが在った。

「もしかして…、美乃梨があそこに来てたの?」

 その問い掛けに青羽がコクコクと頷いた為、遥は元々美乃梨に今日の件を猛反対されていた経緯があっただけに、大凡で事の次第が飲み込めて来る。

「あー…うん、何となく分かったかも…。要するに、美乃梨とヒナに邪魔されそうだったから、早見君はミナの言う通りボクを連れて逃げたんだ…?」

 これにも青羽が気まずそうな顔で頷きを返してきた為、委細な経緯はともかく遥は大筋で一連の出来事に付いて納得がいった。

「ゴメン奏さん…よく考えたら皆で遊びに行けばよかっただけなのに…なんか…こんな事になって…」

 青羽が本当にそうしても良いと思っているのかどうかは定かでは無いが、確かにそうしていれば遥が全力疾走させられる事は無かったかもしれない。ただ、こんな風に謝られてしまうと遥がそれを責められる訳は無く、寧ろ逆に申し訳なくもなって来る。

「あー、う、うーん…早見君が謝る事じゃ…ないよ…うん」

 そもそも、今日の事を美乃梨に喋ってしまったのは他ならぬ遥自身で、それが半ば自分で蒔いた種だったとなれば青羽を責めようも無い。

「それに…、そう! 今日は元々二人でっていう約束だったしね!」

 正直遥としては、青羽がそれで良いというのならば沙穂や楓が一緒でも断然良かったのだが、そこへ美乃梨が混ざって来るとなれば流石に話は別である。何せ、美乃梨は今日の話をした時点で「絶対に駄目」の一点張りだったので、どう考えても青羽に対してのお礼が成立しなかっただろう事は明白なのだ。それだけに遥は、うっかりと美乃梨に今日の事を喋ってしまった事を今更になって後悔すること頻りである。

「とりあえず…美乃梨達にはボクが後で言っておくから―」

 若干の後ろめたさもあって、これでこの話は終わりにしようとした遥だったがしかし、そうは問屋が卸さないとばかりに、何とも絶妙なタイミングで青羽のスマホに美乃梨からの着信が入った。

「おわっ!」

 この突然の着信に驚いたのは遥よりも青羽だった様で、思わず素っ頓狂な声を上げてその手からスマホが半ば放り投げられる様にして滑り落ちる。

「わっ…と!」

 遥はすかさず青羽のスマホをキャッチしようとするも、如何せん運動神経共々反射神経ももれなく壊滅的だ。そんな遥が空中で青羽のスマホを捕まえられたはずも無く、その手はただ虚しく空を掴んだだけである。その代りと言っては何だが、青羽のスマホは遥のそんなには柔らかくない薄い太ももの上に着地して一応は無事だった。

「あ…あはは…」

 遥は恥ずかしいやら情けないやらで乾いた笑いを洩らしながら、自身の膝から青羽のスマホを拾い上げる。

「…えっとぉ…これ…美乃梨からみたいだけど…ボクが出ても良い?」

 キャッチ未遂の気恥ずかしさはさて置き、美乃梨に少々物申したい事が有った遥は拾い上げたスマホの着信画面を指差して、自分が話したい旨を青羽に申告してみた。

「えっ…、い、いやぁ…うーん…あー…そ、そうだ、今はバスの中だから…」

 青羽の歯切れが妙に悪かった事はともかく、TPOを弁えるべきだというその意見は大変ごもっともであり、遥はならば仕方がないと赤色のアイコンをタップする。ただ案の定というべきか、そんな事でへこたれる様な美乃梨では無かった様で、青羽のスマホが待ち受け画面に切り替わるよりも早く、すぐさま再びの着信を入れて来た。

「あっ…またかかって来た…」

 如何にも美乃梨らしいやり様に、遥は思わず苦笑いしながらも、世間一般のマナーに従うべきだという青羽の意思を尊重して再び赤色のアイコンをタップする。ただ、そうすればまたもやノータイムで美乃梨からの着信が入ってきてと、以降は堂々巡りの始まりだ。

「あー…これ、出るまでかかって来るヤツだよー…」

 その執念たるや相当のもので、切っても切っても切りがなく、こうなると遥と青羽はもう適当なところでバスを降りて、大人しく美乃梨の通話に応じるより他なかった。

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