7. melancholy
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「合同演習?聞いてないけど。」
その瞬間、なんとも言えない沈黙が走り、各地で哀れみの視線が放たれる。
「な、なに。その目は。」
「マリアってツンっとしてて、いかにも勝ち気そうな我が強いタイプかと思ったら全ッ然そうじゃないよね。」
「その点は、マゼンタの、言うとおり、かも…。」
「むしろ、ボケーッとしてて肝心なとこ聞き逃してるタイプ。」
「否定、しなくもない、かも…。」
「ちょっと二人とも…。」
いったいさっきから何なのだ。知らないことは知らないのだからしょうがないじゃないか。理不尽ないわれに少しムッとすると、二人は大きなため息をついてこちらを見た。
「再来週行われる、他クラス合同魔術演習よ。」
「でも合同演習って各期末考査後じゃないっけ。」
「それが、今年から方針が変わって、抜き打ち、になった。」
「は、はあ!?」
き、聞いてない、それは全然聞いてない!
「はあ!?はこっちの台詞。あたしなんか担任教師の顔ぶん殴りたくなったわ。」
いや、それはやり過ぎである。
キリアは手元のロールパンをかじりモガモガ噛み締めながら、突然の新事実に放心していた。今は昼。ランチコーナーの人がピークを迎え、あちこちでお昼ごはんを食べる生徒でいっぱいになる。いつものお昼ごはん友だちであるシアリスとマゼンタが向かい側に座っていた。
「てかマリア、あんた本当に聞いてないの?」
「恥ずかしながら…。それ言ったの朝でしょ?今朝のホームルーム、私軽く死んでたし。」
「いつもの辛気臭い病ね。」
「マ、マリアっ…。」
あぁ、しまった、シアがいた。キリアがしばしばなる低血圧のことをいうとシアリスは心配になる。
「あ、でも今は平気だから、大丈夫!」
軽く微笑むと、シアリスは渋りながらも押し黙った。
「それにしても、はぁ…。抜き打ちになったんならしょうがないね。合同ってことは、うちはBとでしょ?アリス、一緒に組もう。」
項垂れながら昼食のロールパン2個目を手にしてそう言うと、またもや沈黙が帰ってきた。
「どうしたの?」
「そう、ここからが本題なのよ。」
「今回は、わたし、マリアとパートナーになれない。」
「え…、なんで?」
まさかまだ何かあるというのか?むしゃむしゃと食べていたロールパンを危うく落としそうになった。
「あんたとは合同クラスじゃないからねー。今回はあたしがアリスと組むから。」
そういうとマゼンタは隣に座るシアリスの肩をよせ、ぎゅっと抱きしめる。
「え…ちょっと待ってよ!だってマゼンタ、Cでしょ?CだったらDとするんじゃ…ってまさか…!」
「ご察しのとおり、今回の合同演習はBクラスとCクラスがするんだって。」
「えぇぇ…っ?それどう、どう、どういう…?」
まって、まってくれちょっと。ならうちのクラスはどうなるの。いったいどことやる…。
「もしや、SSかSと合同とか、ないよね…?」
「いや、多分そうでしょ。それ以外にあんたのクラスがどことやるのよ。」
「個人…?」
「マリアばか。」
散々二人に呆れられながら、キリアはごくりとオレンジジュースを飲んだ。
聞いてなかった。本当に全然聞いてなかった、こんな大事なこと。何でいつも通りホームルームで死んでいたのか…。今更ながらこの低血圧症も考え物だと、改めて感じる。しかし少し冷静に考えてみれば、これは一大チャンスでもあると気付く。そうだ、これを利用して彼らと接触が計れる。
「ねえ、それで演習内容は?実技なら簡単な戦闘演習とか?」
「…………………。」
「何でまた無言になるのさ。」
「この演習の点が、悪かったら、自動的にクラス格下げ、成績にも響く、とか、聞いた。」
「マリア、まじ頑張れ。あんたはうちらCクラスのホープだから。本当尊敬してる。」
「…二人とも、余計な予備知識とおだていらないから。逆に恐ろしさを強調させなくてもいいから。」
というか、そこまでされるとむしろ想像ができる。さっきから、まさかまさかの大連続、もう多分驚かない…。
「…今回は、魔法薬だって。」
「やっぱり、そうきたか…。」
死刑は執行された、とでもいうようにがっくりと机に突っ伏す。いや、余命宣告が告げられた瞬間だ。
どうしよう、お先が真っ暗である。さっき魔法薬の本読んでたけど、あの調合法通り出来る気がまったくしない。戦闘での小型ナイフの扱いは得意だが、繊細な扱いはダメだ。どうしてか手を切る。その不適合率はミステリーなほど。
「誰か、助けて…。」
キリアは無様に助けを求めた。
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「なんで、こんなことに…。」
答えは一つ、出来ないからである。
放課後の薬学調合室に一人、キリアは椅子に座り込んだまま目の前の原石を力なく見つめる。
メモリアルストーンの原石だ。加工するとその石に記憶思念と記憶映像をこめることができる。よく授業の補助としても使われることが多い石だが、それを作るとなると結構大変。微量な魔力をこめつつ、慎重に研磨するのだ。くわえてナイフの形状も砥石変化させ、その上で微妙な光の魔力反射を計算していく。
ナイフなんざ使わなくとも砥石があればいいじゃないか。そう、その通りである。しかしそれでは自分の刃物の扱いが上達しない。そういうわけで、先ほどシアリスにこの課題を出された。
しかし、さすがはシアリス。この後のことを考えての課題。このメモリアルストーンを使って色々な魔法薬の調合法を記憶させていくらしい。確かに、映像で細かく見れると助かる。
「だとしても難しいって…。」
メモリアルストーンの作り方はただ研磨していけばいいだけではない。
無事に削り終わったあと、こめた魔力が安定し長く留めることができるよう、水に溶けた0.7gのスターリーパウダーを沸騰させ、その中に石を入れる。そして石がぐつぐつと水上に浮き上がったら取り出し、熱を冷ませば晴れて完成だ。
何でスターリーパウダーなんか…。大っ嫌いである…。
スターリーパウダーとは星のように輝くそれはそれは綺麗な粉末だ。このパウダーを振りかけるだけで、その物体を長く維持することができる。外見だけでなく、“星のように輝き続ける”という意味も由来だとか。
だがこのスターリーパウダーの作り方が鬼畜だ。
擦り下ろした万能リーフ0.045gと、種類は問わないが魔力量0.008gの魔法の光を、合成させる。考えるだけでイライラする作業である。一つ一つの作業を取ってみても気分が萎えるのだが、最後の合成というのが涙が出るほど大変。一瞬で合成させなければならない。本当に一瞬である。
なぜこの世は魔法薬学という学問を作り出したんだ。呪いたい…。
キリアは頬杖をつき、もう一度目の前にある磨きかけの石を見た。これはまだまだ磨かなければならない。見つめていても石は出来上がってくれない。仕方なく傍にあった愛用の小刀を砥石変化させ、研磨を再開した。
かれこれ2時間は余裕で経っている。確か、メモリアルストーンの作業時間はだいたい1時間弱。スターリーパウダーはおろか、磨き終えてすらいないなんて…。絶望的だ…。
机によりかかり、肘をついたままのろのろと作業を続ける。せめて傍に誰かいたらなぁ…。この薬学調合室はAクラス専用であり、他クラスは入れない。昔どこかのだれかが薬品を盗んで、大事件になったとかならなかったからだと聞いている。そんなことがなければ今頃シアリスと共に作業していたのに…。
キリアはごしごしと袖で目をこする。何となく目がかゆい。ちょっと渇いている気もする。
心細く一人で作業していたからだろうか、柄にもなく寂しいのか自分。そう思うと、だんだんそんな気分になってきて自然と目が潤み始めた。
ちょっとまて、自分。まさか寂しすぎて泣くのか…?
ごしごしと今にもこぼれ出しそうな涙を拭い、なんとか作業を続ける。
すると寂しかったのか、作業に疲れたのか、だんだんと瞼が垂れ下がってきた。
すごく……眠い…………。
するりとナイフが手から滑り落ち、石が手から離れる。
意識は徐々にまどろんでいった。