6.
「…グレイディさんって頭いい。」
「まあ、あなたよりは。」
「……………。」
確かにまごうことなき事実だが。
キリアがAクラスになってから最初の席は一番後ろの窓際。日当たり抜群、居眠り抜群の席である。そして隣の席はシェリル=グレイディという子。三つ編みに黒縁のメガネをかけた、いかにも真面目な優等生オーラが出ている。時々彼女とは不毛な会話を嗜む仲である。なかなかに毒舌で清々しすぎるところが魅力的、とでも言っておこう。
「…グレイディさんほど頭が良くても、Sクラスに上がるのは難しいのだろうか。」
正攻法でSクラス以上に上がる一縷の望みは、自分の持っているなけなしの学力である。というか、最初から普通に考えてそれしかないのだが…。
「なに、あなたは私よりも上にいきたいってこと?」
「いや、そういうことが言いたいのではなく。」
さっきからカリカリと羽根ペンを走らせて勉強しているようだが、ちゃんとこちらの独り言には耳を傾けているらしい。器用だ。
「前から聞いてみたかったんだけど、グレイディさんってSクラスに行ったことある?」
そう聞くと、ぴたっとペンを動かす手がとまる。
「…いきなり何を言い出したかと思えばそういうこと。」
「私今まで万年Cクラスだったし。Sクラスに行った知り合いなんていないから、もはや雲の上の話みたいで。」
「あるわよ、1回。去年の半ばすぎ。」
「え、うそ、本当に?」
「嘘ついてどうするの。」
「自慢とか?」
「すぐバレるわそんなの。」
そういってシェリルはまた視線を羊皮紙に戻し、カリカリとBGMを奏で始めた。
…驚いた、初めてSクラスの人に会えた。
「そのこと、もう少し教えてよ。あっちの校舎の人たちってどんな感じなの?」
願ってもない新情報に心の中ではフィーバーである。
ただそれを悟られないよう、顔はいつもどおりを装うが。するとそんなキリアを一瞥し、シェリルは平淡に言った。
「…あなたって、意外とミーハーなのね。少し失望したわ。」
「し、失望って…。」
それはちょっとばかり言い過ぎではなかろうか。
確かに傍から見たらミーハーには映ってしまったかもしれないが。
「何となく気になってたことだから。というかみんなそうだと思うけど。」
「確かにみんな知りたがるわね。」
「それは知りたいと思うでしょう、謎すぎる。」
ふいにシェリルの目と合う。
シェリルはじっとこっちを見つめる。しばらくして短いため息を一つすると、面倒そうに呟いた。
「あなたは実技が得意なんでしょ?」
「え…?」
「ならじきにSクラスにへいけるのでは?これからそういう考査試験が増えていくだろうし。」
「つまり、グレイディさんからは教えられないってことね。」
「つべこべ言ってないで勉強したら。」
そういうと、完全に体を机の前に向けた。
シェリルは一旦突き放すと、気が向かないかぎり絶対相手にしない。数か月隣の席のクラスメイトをやっていてキリアが気付いたことである。その一線が分からないと、結構大変だったかもしれない。
またいずれチャンスがきたら聞いてみよう。
キリアはまた自分の魔法薬の本に目を向けて頬杖をついた。
最近習った調合薬がズラリと並び、キリアは内心顔を引きつらせた。魔法薬の調合は苦手中の苦手。もうじきテストも近いため、この本を借りたものの…。
「んん…眩しい…。」
ふと窓の外を見ると可もなく不可もなく、よく晴れていた。ゆらゆらとカーテンを揺らして、風が吹きこむ。とっさに目を細めた。
最近の太陽はさんさんと照らして働き者すぎるんじゃないだろうか、窓辺の席の自分に直射である。
「グレイ…。」
ディさんは、勉強中である。隣を見れば、もはやすべてを遮断して独自世界を作り出している。
今話しかけても聞いていなさそうだ。
キリアは黙ってカーテンをきつく閉めた。