2. Anfang
ジリリリリリリリリっ!
「ん…、」
頭痛を覚えながら、顔を盛大に歪ませる。まぶたは鉛のように重たく、もしかしたら瞼の裏に接着魔法でもかかっているのではないかと思うくらいだ。寝たい寝たい寝たい。
そう思いながら、キリアは約10秒以内に起き上がる。
朝はものすごく嫌い。だが、他人に朝を干渉されるのはもっと嫌いだ。しかし、いつまで経ってもキリアの動きは亀のように遅い。
ベッドの上でダランと人形のように座り込み、これまた亀並みのスローモーさでベッド脇の窓のカーテンを開けた。
「っうぅ、…!」
目に突き刺さるように朝日の光線が入る。眩し過ぎて目を開けていられない。
さながらヴァンパイアだ。
朝の日が弱い、ヴァンパイア。
窓の外に向けていた視線を伏せ、唇をつぐむ。相変わらずひび割れていて、仄かに血の味がする。ぴりっとした痛みで眠気の気だるさも徐々に消えていく。それゆえにどんどん現実味を帯びていき、朝から気が重くなりそうだった。
「あれは、正夢だろうか…。」
ゆっくりとベッドに腰掛け、若干血が滲んでいそうな唇を撫でた。キリアの中で、薄れかけつつあるさっきの夢を反芻する。
相手の顔はもやがかかってしまっている。自分の反応からしてとても美しい顔立ちをしていたのは確かだ。そしてあの場所。壁は大きな鉄球を打ちつけられたかのような、笑えないほどの巨大なヒビが入っていた。加えて、密偵という言葉も聞こえた。ゴクリと唾を飲み込む。少しドキリとする。
しかし何にせよ、最後に自分はシアに謝っていた。
これはやはり、私の使命を全うできなかったという意味の…、
「キリア?」
聞き慣れた鈴のような声。
「シアリス様、どうかなさいましたか?」
「どうもなにも…キリア、の方が、心配。具合が悪いの?」
「いえ、そんなことは。いつもの低血圧です。ご心配なさらず。」
きっと目やにとかで、シアに失礼なところを見せているに違いない。私は立ち上がると、すぐに洗面室へと向かった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
アリンガム大陸の西の端にグランヴィル王国という大陸随一の魔法超大国がある。くわえて気候、立地ともどもそれなりに優れているため商業、農業にも恵まれている。グランヴィルの西側では海上貿易に賑わい、南の内陸地ではとくに新鮮な農産物が採れた。
しかしこのように繁栄しているグランヴィル王国ではあるが、何よりも力を入れているのが魔法学であった。
昔から貿易や流通に適したため人の移動も多く、これを一早く目につけた先のグランヴィル王が、内外から秀でた魔術師を育てるための独自の魔術学校を設けた。
結果、この学校は大きな発展を遂げ、今では世界最先端を走る超エリート学校へと成長した。
そして時がたつに連れ、魔法国家の未来の卵たちを少しでもグランヴィルに留めたいということで、今から100年ほど前に王立魔法機関の属校となった。
その学園の名が、王立魔法機関附属ライトメリッツ高等魔術学校である。
などとまぁ、このあたりはキリアが入学前、事前に仕入れていたライトメリッツの知識であるが、何せこの時、王立附属の学校など全く眼中になかったため知らなかった。
ライトメリッツの入学試験が、毎年狂気の沙汰とも言える倍率を誇っていることを。