1. omen
「良い判断だ、密偵。」
マリア=カーリーこと、キリア=ナイトレイは瞬時に察した。
やや釣り目がちの瞳は鮮やかなアメジストの色へ変貌していく。なぜ?なぜだ?なぜバレている?いや、まて、まだそうとは限られていない。ハラハラとこぼれ落ちる壁の残骸を、目の当たりにしつつ、必死に冷静さを体中に取り付ける。
「な、何のご冗談を。私はAクラスで、ただの生徒です。み、密偵なんて、そんな…。」
恐れ多くて口にも出来ない。
そんな口調と態度を全面に引き出し、振り返りながら顔を引きつる芝居をする。いや、芝居、といってしまったら語弊がある。本心から顔が引きつっていたと言った方が正しい気がする。
「お前は、この国出身らしいな。どう見ても普通だが。」
「そ、それは、そうですね。」
貴方も、人にしては少々どころか、かなり普通を逸脱し過ぎた容姿に思われますが…?
面と向かってそう言ってやりたいが、ここでそんな好戦的な態度を取るのはご法度だ。
「……………。」
「……………。」
「あ、あの…?」
長い沈黙が続きそうな気がするため、出来るだけ弱々しく、いかにも挙動不審な普通の人の反応を取り繕う。普通を徹底的に研究した成果を今十分に発揮した。
なんて感心している場合ではない。早くここから立ち去れ。立ち去るのだ。全身から漏れだしそうになる焦燥をなんとか堪える。
「申し訳ございません、私、これから用…、」
「面白いな、身体に聞いてみよう。」
「は……?」
黒髪をさらりと流し、切れ長で涼しげな目元がきゅっと細められる。と同時にそっと左手首を取られる感触。
とっさに判断し、右手で相手の手首をギリッと掴み、制した。
危なかった、不用意に触れられては何が起こるか分からない。
「あっ、うぅ…!」
しかしほっと一瞬、気をおいた瞬間、くるりと右手を取られ、動脈から容赦なく鋭利な痛みが突き刺さる。
い、痛い、なんでこんな、なんて馬鹿な…。
「良質な魔力だ。才能が窺い知れる。加えて処女の血。なぜAクラスにいる?」
いつの間にやら近くなっている作り物めいた美麗な顔立ち。もう、アウトだ。普通?そんなことは気にしていられない。でなきゃやられる、ぱくりと、造作もなく。
シャランと左手のブレスレットが鳴る。
親指で引っ掛け、思いっきり引きちぎった。
申し訳ございません、シアリス様。