くいちがう記憶
怖い話というと語弊があるかもしれないが。これは私の実体験だ。
まずひとつめ。おそらく小学生低学年のころ。そのころ兄が漫画を単行本で買ったのを見た私は、それを何故かカッコいいと感じ、初めて書店で漫画本を一冊買った。叔母さんの車で書店に行ったことも覚えている。「ドラえもん7巻」だけを持って車に帰って来た私を見た叔母さんは、可愛いものを面白がる感じで、悪意のない笑い声を上げた。曰く、「なんで7巻なんて古い巻を選んだのか」云々(理由はなかったのだが)。そして私は羞恥に身もだえした。ところが、である。この7巻、侮れなかった。有名どころも押さえてあり、かなり面白いのである。それを私は兄弟と共有している物置の本棚にそっと置いておいた。不思議なのはここからだ。時を経てカバーも外された「ドラえもん7巻」は何故か“祖父母の家にもともと置いてあった漫画”という共通認識を得た。弟も兄もいつの間にかそう思っているのだ。ドラえもんのアニメで7巻に載っていた漫画の内容が放送されたときには「ばーちゃんちの漫画にあったやつだな」という会話が交わされたこともある。でも、だ。その時点ではうちに置いてあったのだ、その「ドラえもん7巻」は。
その「ドラえもん7巻」は私たちが成長し、必要を感じなくなるにつれ、本当に祖父母の家に置かれることになった。
ふたつめ。これは私が成人し、大学を中退する少し前の話。不安定な時期だった。私はどういうわけか、自分の本やCDの趣味をさらすことに強烈な恥ずかしさを覚えていた子供時代を悔しく思っていた。それで、母に「もっと自由に本や漫画やCDを買ってみたかった」という傍から見たら不思議と思われる怒りをぶつけた。ならば、と母とふたりでブックオフのCDコーナーに向かった。そこで私は「輪るピングドラム」というアニメの作中歌のCDアルバム(断っておくが私は特にオタクというわけではない)とサンボマスターのCDアルバムを選んだ。サンボマスターのCDアルバムは1300円ほどだった。これはなんとなく買ったもので、(確かに「電車男」のドラマ主題歌は印象的だったが)特に彼らが好きだったわけではない。ところが、カーステレオで聞いてみると、(ファンの方には申し訳ないが)喉が潰れるような発声法がとにかく嫌な感じで、好みからはかけ離れていた。それで、車内でしか音楽を聴く習慣のない私たちは「電車男」の曲ばかりリピートしていた。
そして、私が大学を休学し中退して一年ほど経ったころ。つまり、CDを買ってから二、三年経ったころ。弟が車内に置いてあるCDを漁って、例のサンボマスターのCDアルバムを見つけた。それを見た母は、「それは中古で100円で買ったやつなんだけど、ひどすぎて、100円損した」と言ったのだ。いや、待てよ、それは1300円だったはずだぞ、と私は思った。思ったが、母にこのCDに1300円も払ったと思われるのが悔しくて、言えなかった。




