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8  ジェフメル市への救援

 ダロンの部隊と合流を果たし、そこからも脱落者を出した義勇軍は、昼過ぎに南へと進発したが、そこで目にしたのは予想の通り、点々と転がる死体だけで、すでに逃げ延びた難民や悪魔は立ち去った後であった。


「よし、全員、北西へ、ジェフメル市へと戻るぞ」


 南への進撃が空振りとわかるや、ミルシースは転進を命じて、一同を仰天させた。


 このまま南下して、安全な土地まで逃げると誰もが思っていた中で、そう指示を下した根拠は、戦った悪魔の数が少なかったからである。


 最初に目撃した悪魔の群れは、五百は下らなかった。なのに、ミルシースらが倒したのは百五十に満たず、三百五十ほどの魔が残っている計算となる。そして、それだけの数が南へ逃げた難民たちを追ったとは考え難く、ミルシースはジェフメル市へと向かうことを決めた。


「おそらく、魔は戦力を二分し、ジェフメル市と我らに振り分けたと思われる。当然、ジェフメル市は昨夜から悪魔の攻撃を受けているだろう。悪魔の強さとやり口を思えば、ジェフメル市は地獄のようなありさまとなっているのは明白。私としては彼らを助けられるだけは助けたい」


 女聖騎士の唱える人道的な方針に、応じる者は少なかった。


 今、ジェフメル市へ向かうということは、昨夜のような地獄めいた状況に再び足を踏み入れることになるのだ。家族と共に辛くも生き延びた義勇兵が応じないのは当たり前であり、それこそミルシースの狙いである。


 ジンの正体を知った今こそ、守勢から攻勢に切り替えるタイミングであり、反撃に余分なものは切り捨てる時でもある。弱者や戦意の低い兵など足手まといにしかならないというもの。


 神に仕えし騎士の目論見の通り、義勇軍の大半が去り、残ったジンとセリエール、そして昨夜に悪魔によって家族を失い、目を血走らせる三十四名の義勇兵を率い、ミルシースはジェフメル市へと向かうが、もちろん数百の魔とマトモに戦う気はない。


 夕刻までいくらかの猶予のある時刻、ミルシースにとって都合がいいことに、すでに悪魔が北の市壁を突破し、市内に乱入している状況で、女聖騎士がまず命じたのは東の門を封鎖する悪魔たちの撃滅であった。


 ジェフメル市には北と南と東に一つずつ門があり、現在、南と東の門の前にはそれぞれ五十弱の悪魔が陣取っていて、市民の脱出を阻んでいる。その内の東の五十体に対して、十の触手を生やしたジンを先頭に、愛馬をゆっくりと走らせるミルシースとセリエール、異形と化したジンをどうでもいいと思うほど、悪魔への憎悪を募らせる三十四名の義勇兵が続く。


 悪魔の配列はこれまでと変わらないので、最後列に突進したジンは、まず三体の上級の悪魔と相対するが、三つの頭と六本の腕を持つ黒骸骨らは、十の触手に打ち据えられ、二つのドクロと八本の腕が砕け散る。


 先手を取られたとはいえ、三体の上級悪魔を圧倒するジンに、十の中級の悪魔たちが振り返り、暗黒皇帝の作品に襲いかかるも、どうにか互角に戦うのがせいぜいだった。


 そこにミルシースとセリエールが加わると、形勢が再び魔の劣勢へと傾く。二人の少女が強いのもあるが、手にする剣と槍が命中するや、その部分の黒い骨が溶けて消え、悪魔らに致命打を与えていく。


 ミルシースとセリエールは自分の得物に、ジンが触手から吐き出した精液を塗っている。それも、服用のために水で薄めたものではなく、原液のままのものであり、その抜群の効能は今、悪魔たちの身でどんどん立証されていった。


 何しろ、同様の処置は三十四人の義勇兵が握る三十四本の棍棒にも成されているのだ。これまで一撃でヒビを入れるのが精一杯だったのに比べ、今は一撃で魔の一部位が消えて無くなり、人はこれまでとは比べものにならないほど魔を一方的かつ短時間で倒し尽くした。


 フタが全滅するや否や、ジェフメル市の市民らが凄まじい勢いで市外へと飛び出し、新たな難民が大量発生していく。


 東の門を解放したミルシースは、少し休んで息を整えると、南の門に向かい、そこの悪魔たちも撃滅し、市民の脱出を助ける。


 これで残る魔は北の市壁を突破し、市内で暴れている二百ほどと思われる。ミルシースとしてもそちらに向かいたいのだが、現在、東も南の門も脱出を計る市民が殺到していて、とてもそこから市内には入れそうにない。


 そのため、一同は西に少し移動すると、ジンが触手で市壁を何度か叩き、人が通れる穴を穿つ。


「これだけの威力で殴られたら、悪魔もたまらんだろうな」


 さほど厚いものではないとはいえ、町の壁を砕く様に、ミルシースがそう感嘆の声をもらしつつ、十の触手を生やす異形に続き、愛馬を引いてジェフメル市内へと入って行く。


 いかにジンが強くとも二百の悪魔には勝てない。ミルシースらが加わっても同様である。が、この状況で、さらに女聖騎士の想定内に事態が推移すれば、充分な勝算が生まれる。彼女からすれば、今からの戦いは、人が魔に勝てるかどうかを見極めるための試金石なのだ。


 ジンを先頭に、一同は逃げ延びようとする市民の逆を進み、逃げ遅れている者たちの背後を襲う数体の悪魔を見つけるや、それらをあっさりと討ち取る。


「よし、思った通りだ。逃げる人間を追って、悪魔たちが方々に散っておる。各個撃破の好機だ」


 内心でミルシースがほくそ笑むのも当然だろう。魔に対する勝機を見出だしたのだから。


 悪魔は、人間が戦力を集中させれば、それに応じて動き、その逆もまた然り。逃げる市民を追うのに、広く薄く分散した方がたしかに多くの人間を殺せるが、その分、この状況で戦うミルシースらは魔を倒し易い。人々の悲鳴を聞きつけ、女聖騎士らはそこに駆けつけ、悪魔たちを次々に倒していく。


 が、さすがに悪魔の側もバカではなく、被害が三十を突破したあたりで、戦力を再集結し出す。


 もっとも、集まり出したばかりの悪魔たちは、ジンにとっては格好の標的でしかなく、小柄な黒骸骨らがあっさりと砕け散る。


「こんな時でも、基本の隊列か」


 ミルシースが顔をしかめてつぶやく。今は調子が良く撃破できているが、このままでは最後の方で強い悪魔をまとめて相手することになるからだ。


 撤退という選択肢もなくはない。悪魔たちをここまで引きつけたのだ。ジェフメル市の市民が脱出する援護としては充分だろう。


 ただ、復讐を原動力としている義勇兵たちがそう命じて応じるか。正に捨て身で戦う彼らは激戦の中、七人が戦死するが、それでも戦意が衰えることはなかった。


 結局、彼らの戦意と憎悪に引きずられる形ではあったが、ジンに負傷しながらも余力があった点と、切り札が温存できていたので、ミルシースはそのまま突き進むことを選んだ。


 ジェフメル市の守備隊を打ち破るのに、悪魔たちは下級を中心に四十ほどの犠牲を出しており、今、ミルシースたちによってその倍以上を失ったが、何とか六十前後の悪魔が最後の局面で戦力を集結させるのに成功した。


 中級を主とした戦力を。


 ここでミルシースは全員の足を止めさせ、


「例のモノを投げつけろ!」


 腰の水袋を手にし、悪魔に投げつける動作を、二十九人の人間が揃って行う。


 水袋の中身はジンのアレ。量を得るのに水で薄めているが、それでも効能は充分で、眼前の悪魔が一挙に半減する。


 数がほぼ同数となった双方は、共に進み出て激突し、これまでで最大の激戦を始める。


 さすがに中級が相手では分が悪く、一対一になった義勇兵が次々に死んでいく。ジン、ミルシース、セリエールも、目の前の悪魔を倒すのに手一杯で、全体のフォローができない。


「強い悪魔が固まるとこうまで手強くなるか」


 女聖騎士はそう心にメモしつつも、自分の戦術が正しいことに確証を得る。


 多数の弱兵で魔を分散させ、そこを強兵で各個撃破していく。


 昨日、ジンが死にそうになったのは、悪魔の集中攻撃を受けたからだ。だが、一度に多数と戦わずにすむようにすれば、暗黒皇帝の作品は単体で魔を百も二百も砕き得る。


 義勇兵の犠牲は無駄ではなく、彼らが悪魔の攻撃をその身で分散している間に、ジンの触手のみで魔がさらに半減していた。


 つまりは、非情に徹すれば、女子供でも弾除けとして戦力に数えられるということになる。


 義勇兵からさらに十人の死者を出したが、その間にジン、ミルシース、セリエールが悪魔を残り五体まで追い詰めていた。


 そして、女聖騎士が大柄な黒骸骨の頭部を剣で真っ二つし、


「勝った」


 そう確信すると同時に、一番、後ろにひかえていた悪魔が動き、闇の波動を放つや、一頭の白馬と四人の人間を薙ぎ倒す。


 ミルシースを含んだ四人を。



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