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6   悪魔対魔人

 義勇軍は今にも内部分裂しかねない状態にあった。


 ミルシースがディアネー砦から率いてきた戦力は六十、それが夜が明けた時には、約三分の一を失うことになった。


 ディアネー砦から南下したミルシースは、夜になり、この付近に来た時、明かりがまばらに動いている点から、異常事態が起こったことを察し、義勇兵たちに急ぐように命じた。


 その命令からいくらもしない内に、逃れて来た難民たちから状況を聞くと、ミルシースはすぐに他の難民たちの保護と、追って来た悪魔の排除にかかった。


 悪魔によって背中に致命傷を受けた者が三十人以上も出たが、ミルシースとセリエール、義勇兵らの奮戦、何よりもジンの薬の効能によって、この方面への追撃に来ていた五十を数える悪魔を何とか倒したが、義勇軍の真の問題は、その後に発生した。


 この時点で、北に逃げた難民を助けることはできたが、東や南に逃げた難民の惨状は想像もつかない。ミルシースはさらに南下を命じたが、一部の義勇兵がそれを拒んだ。


 悪魔との戦いを拒んだ兵は皆、この場で助かった者たちの身内であった。魔にあわや殺されかけた家族から泣いて引き止められ、彼らは一様に「否」を口にした。


 当然、ミルシースは見せしめに一人を殺して、強引に引き連れるようなマネはしない。家族と共に在るためなら、全員が命がけで戦うのは明白だ。ヘタな手を打てば、同士討ちになりかねないだろう。


「どのみち、助けた者たちを守るのに、兵を割かねばならん。ここはこの者らに任し、我らだけで進むしかあるまい。こんなことでグズグズしている方が良くないぞ」


 ミルシースが双方の不和をそうまとめて、憎々しげに残る戦友らを睨みつける四十人の男を率いて、さらに南、正確には南東へと進む。


 まだ朝日が少しばかり出た頃合いなので、暗くはあるがもう明かりは必要ではなくなっていた。もちろん、一晩中、動き続け、誰もが疲れてはいるが、同時に気が張っており、何より今はそんなことで足を鈍らせる者は一人もいなかった。


 目先の怒りに任せて、悪魔ではなく、人間に棍棒を振るう者がいないのを確信してから、ミルシースはセリエールと共に馬を走らせて先行し、難民を少しでも早く助けんとする。


 先程の戦いで、手持ちのジンの薬や聖石をほとんど使い果たしたミルシースは、厳しい表情で馬を走らせつつ、


「もう義勇軍は終わりだな。それも私の読みが甘かったせいでここまで酷い事態を招いてしまった。なるほど、これまで町に逃げ込まない方が助かったからと言って、今度もそれで良しとは限らんか。安易な考えで指示した結果、百か二百、いや、それ以上の死者が出るか」


「何を言う! たしかに酷い結果ではあるが、悪魔の行動をすべて予測するなど不可能だ。そもそも、ミルがいなければ、皆はもっと酷いことになっていた。私も父も兄も故郷も失い、三十人の同胞と共に途方に暮れていたところを助けてもらった。今もその時の感謝の気持ちはいささかも変わっていない!」


 女聖騎士の沈痛な独白に、セリエールは喉の痛みも忘れて、力一杯に彼女の非を否定する。


 だが、ミルシースは厳しい表情を崩さぬまま、

「私は最善を尽くした。悪魔が行動を変え、我らに襲いかかってきた、仕方なかった。いくらでも言い訳はできる。セリ、汝のように私の非を受け入れてくれる者もいよう。だが、許さぬ者もいる。これも事実だ」


 この言葉には、女騎士も何も言えなかった。


 先ほどの、離反を口にした者たちを、殺しかからんばかりに睨んでいた後続の兵たちの姿。それを見ているだけに、セリエールは楽観的なことは言えなくなり、同時に「義勇軍は終わり」と言った意味を理解した。


「今更、私の器が足らなかったとわかっても遅く、反省しても意味はない。だが、そう理解した上でも、これから起こることを考えれば、気分が暗くなってしまうのだ」


「すまない。私の責任だ。どれだけ被害を出ようが、皆をまとめられていたら何とかなっただろうに」


 セリエールが悔しげにつぶやく。


 寄り合い所帯の義勇軍は、相互信頼が無くば成り立たない。家族を守ってもらえると思えばこそ、一部の義勇兵が野営地を離れて行動できたのだ。しかし、今回でその信頼は崩れた。悪魔に襲われた際、家族が見捨てられるとわかっていて、全体のために働けるものではない。


 これがまだ、犠牲者が多く出ても、一つにまとまっていたら組織の維持は可能であった。悲しみを全員で共有できるからだ。が、現実には難民たちは離散して逃亡し、それを守っていた義勇兵らは自分の家族などを優先した。ある意味で、義勇軍は壊滅より悪い状態にあるのだ。


 いざという時、家族や知り合いを優先する。人としては当然の反応だが、家族を失った側からすれば、許し難い背信である。


 そして、それはセリエールとて例外ではないのだ。同郷の者に助けを求められたから、ただ応じただけ。それで家族を失った怒りと悲しみを忘れられるわけがない。


「聞いた限りの状況からすれば、誰にもどうしようもなかったとは思う。しかし、今回の被害者の遺族がそう受け取らなかった時、どのような暴挙に出るか、わからん。私やセリに責任を求めてくるのも充分にあり得る。セリ、正直なところ、汝には故郷の者らと、今すぐこの地を離れるのを勧めるぞ」


「私は昨夜、あの地獄のような光景を知っている。あの渦中にまだ残っている者がいると知っていて、見殺しにはできない。ミルこそ、留まれば、リンチにあうかも知れないのだぞ?」


「それはゴメンこうむるつもりだが、やはり組織の長として、最後まで責任の一片でも果たしたい。まあ、このまま突っ込めば、死ぬ公算が高いが」


 淡々と自分たちの疲弊を指摘する。


 ミルシースたちは疲労し、戦力が低下しているが、そうでなくとも、昨日、目にした数の悪魔に勝てるわけがない。勝てるなら、逃げる必要はないのだ。先の戦いも、ジンの薬という意外な幸運で勝ちを拾えたが、その切り札も大して残っていない。


 次に先ほどと同数の魔と激突すれば、今の状態では確実に負ける。ましてや、残っている悪魔の数は、四百は確実にいるのだ。


「それでも、逃げている者たちは一人でも多く助けたい。となると、ダロンの部隊と合流できていないのは痛すぎるな」


 三十人もの戦力、何よりジンがいるといないでは、倒せる魔と助けられる人の数が、大きく違ってくるというもの。今のミルシースたちにとっては、ジンらの戦力が戦列から外れているのは痛すぎた。


「彼らはどこにいるんだ? こんな時に」


「わからん。当初の予定では、もっと東の地点で合流する段取りだった。まさか、悪魔がこっちに襲いかかるとは思わなかったからな。そうなると、指示の通りに、ここより東に行っているのかも知れん」


 神に仕える騎士の声に、苦いものが混じるのも無理はない。自分が命じたこととはいえ、状況が状況だけに、臨機応変に動け、と思わずにいられない。


「ダロンは真っ正直な男だから、何があっても、当初の命令の通りに動くだろう。合流は望み薄か」


 セリエールの声にも、思わず苦いものが混じり、さらにそう言わずにいられなかったのだろう、


「ジンが指揮をとっていればなあ」


 気は弱いが、頭は悪くないよそ者なら、万が一を考え、南寄りのルートで東に向かうなり、ミルシースのようにまばらな明かりで異変を察することができたかも知れない。


 この辺りは、ジンに高い地位を与えておかなかったミルシースのミスとも言えるが、それはそれで各集団の代表の中から不満を口にする者が出るだろうから、ミルシースもためらったのだ。


 ヘタに希望を抱かず、厳しい現実を受け止める覚悟で、馬を走らせる二人は、程なくジンが思っていたよりも賢く、とんでもなかったことを思い知る。


 激しい物音が耳に届き、そちらに向かったミルシースとセリエールが目にしたものは、数十体の悪魔と大立ち回りを演じるジンらしき姿であった。


 らしき、とあいまいな表現なのは、ジンが肩や脇、背中から、子供の腕の太さくらいある、ピンク色の触手が十本も生やしていたからだ。


 その奇怪な変貌に、二人が戸惑っている間にも、十の触手が踊り、黒骸骨を次々と砕いていく。


 小柄な黒骸骨はもちろん、巨大な黒骸骨さえ数撃で砕き、鎌を持った黒骸骨の毒ガスを受けてもダメージも無く、すかさず反撃して粉砕する。


 が、相手は悪魔だけあって、そう一方的な展開とはならなかった。


 剣と盾を持つ黒骸骨が素早い動きで触手をかわし、ジンの腹に刃を突き立てる。すかさず別の触手を振るい、頭部を砕き、上級の悪魔を倒すも、ダメージを受けて動きが鈍ったところを、他の悪魔らが殺到する。


 四方八方から押し寄せる悪魔は、一対一なら問題なかったが、その数は多く十の触手では完全に対応できなかった。


 ジンは攻撃力の低い小柄な黒骸骨は後回しにすることで、数十の悪魔と辛うじて渡り合っていたが、その身はいくつもの傷を負い、人間なら五、六度は死んでいる状態で立ち続ける。負傷しているのは触手も同様で、半分の触手が力なく垂れ下がり動かない。


 半減した攻撃力で戦い続けるジンだったが、黒骸骨の数はまだ四十体はいる。特にその内の二体、頭部が無い黒骸骨が手にするドクロの杖を掲げると、暗黒の槍が出現し、それがズタボロのジンを貫き、ダメージを深刻なものとしていく。


 ドクロの杖を持った黒骸骨は、明らかに上級の悪魔で、優先して倒すべきなのだが、相手はジンの触手が届かない辺りから術を放ってくるので、ジンは一方的にやられるしかない状況で、このままでは人を上回る生命力が尽きてもおかしくなかった。


 その二体が、輝く刃と槍の石突きによる不意打ちを食らわなければ。


 疲れている馬から降り、歩いてドクロの杖を持った黒骸骨に接近したミルシースとセリエールは、ジンに集中していたためだろう、うまく不意打ちができ、上級の悪魔をあっさりと倒す。


「ミルさん! セリさん!」


 助勢に気づき、満身創痍のジンが叫ぶが、当然、悪魔たちも二人の乙女への対処に動く。


 ジンを囲む悪魔たちの内、剣と盾を持った黒骸骨が三体の猿型の黒骸骨をそれぞれ率いて、ミルシースとセリエールへと向かう。


 死に体のジンは残した三十強で充分、二人の少女も計八体で倒せるとの判断は、決して間違ってはいない。ただ、少し目算が甘かっただけだ。


 悪魔の対応にミルシースはほくそ笑み、


「聖なる石よ! 傷つきし者を癒やしたまえ!『ホーリー・キュア』!」


 半透明な小石、光の結晶が一つ消えた途端、完全とまではいかずとも、ジンのダメージはだいぶ回復する。


 そして、死に体でなくなったジンは、十の触手を力強く振るい、再び黒骸骨を盛大に破壊していく。


 三十強による囲みが、すぐに二十程度のものとなると、そこから離れた八体は、慌てて戻ろうとするも、ミルシースとセリエールが進み出て、包囲の強化を阻む。


 上級悪魔を二体も含む二対八、二人の側に勝ち目はないが、別段、倒す必要はない。少し足止めすれば三対二十八が、三対八になるからだ。


 そして、人の目算は外れず、少しの間、苦しい防戦をしのいだ二人は、目の前の悪魔が背後から触手で砕かれていくのを目撃し、最後の一体が粉砕された後、四つの瞳に映ったのは、異形に変じたジンがバツの悪い表情で佇む姿だった。

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