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4  作戦会議

 ミルシースはガイア帝国の北岸部の商家の生まれで、家族と大ゲンカして教会に身を寄せ、そこで聖騎士となったほぼ直後、例の大津波と悪魔来襲が起こった。


 彼女のいた教会は山の方にあったので、水や魔に襲われる前に、資産を抱えて逃げる余裕があった。


 魔に対して背を向ける点には、ミルシースも同調した。悪魔の来襲を防げる状況ではなかったからだ。ただ、司祭に教会の資産を難民たちのために用いるよう進言し、それがはねのけられると、彼女は聖職者を何人か神の御元へと送り込んだ。


 清貧を唱える教会がたくわえていた多額の資産を得た女聖騎士は、それを持って南に走り、大量の物資を買い込んで、それを難民らに配る活動を始め、多くの者が野垂れ死にせずにすんだ。


 ちなみにセリエールとは、この活動の早い段階で出会った。彼女は北岸部の漁村のひとつを治める領主の一族で、大津波で大打撃を受けた直後、悪魔に襲われた際、父や兄が魔を食い止めている間に、三十人ほどの民を率いて逃げ延び、ミルシースのおかげで上に倒れずににすんだ集団の一つである。


 北岸部の受けたダメージは大きく、ミルシースの元にはワラにもすがる思いで、集まって来る難民が、すぐに三百人を越え、手持ちの資金が尽き、近隣の町や村の善意で日々をしのぐ状況となったが、当初はそれほど危惧は抱いていなかった。自分の活動は、国が本格的な支援に着手するまでの間だけのこと、そう考えていたからだ。しかし、ガイア帝国が南、リュードファン帝国しか見ていない愚行を理解すると、難民たちを組織して義勇軍を結成したが、その目的はあくまで生き延びるためとしている。


 悪魔の来襲から日が経ち、大量の難民は追い詰められている。難民の中には、野盗と化し、同じ難民や集落を襲って、当座の糧を得ている者たちも出始めていた。自衛というだけでも、難民の武装と訓練は必須であった。


 他の義勇軍が故郷を取り戻さんと、悪魔に無謀な戦いを挑む中、ミルシースはそれを固く禁じている。勝ち目がないのは、無数の義勇兵の死体が証明している。悪魔との戦いは遭遇して避けられない時のみに留め、義勇兵は回収作業と自衛だけとしているが、現在、それが難しい状況となっていた。


 聖騎士に統率された千を越える難民の、三度目の野営地は、ジェフメル市の北側の平野にある。邪悪なる孤島から押し寄せる悪魔たちに対して、ガイア軍は敗退を繰り返しているので、その度に南へ南へ逃げねばならず、彼らは三度も野営地を築かねばならなかった。もちろん、これだけ大きな集団が素早く逃げられるのも、ミルシースがあらかじめそう指示していたおかげである。


 ジェフメル市はガイア帝国の北部のほぼ中央にある。これは悪魔に、北部の半分ちかくを蹂躙されたことを意味する。その悪魔たちに対して、そこそこの都市でしかないジェフメル市の防備は実に頼りないが、あまり南に移動しすぎると、回収作業に支障が出てしまうので、この辺りは仕方ないというもの。


 千人以上の人間が流入すれば、混乱するのは目に見えているので、ミルシースたちは市外に留められているが、悪魔が来襲した際は、防衛に協力する代わりに、市内に逃げ込んでいいことになっている。ゆえに、ミルシースたちはジェフメル市の外で暮らしているのだが、それが難しい状況に、ついに至った。


 手近な廃村で、回収作業ができる所がもうないのだ。


 この問題をどうするか話し合うべく、アトスの村から戻ったばかりだというのに、野営地の集会所にミルシースは二十五人の代表とジンを集めた。それだけ切迫している問題なのである。


 集会所と言っても、苦しい生活を送る難民たちのものである。建物どころか、野営地の一角に、イス代わりの大きな石を円形に並べただけで、机さえない。ここに二十七人が座り、手の空いてる者たちが遠巻きに様子をうかがう。


 ちなみに代表というのは、それぞれの難民の集団を統率している者が努め、大半は村長であるのだが、セリエールのようなケースもある。村長が死んでいる場合は、その息子なり他の有力者が努めている。


 一応、各代表の権限は同じとしているが、どうしても数の多い集団の方が幅を利かせている。セリエールのように、小さな集団でも代表の実力で、実質的にナンバー2となっている例外もあるが、基本的には従える数が発言力に比例する。


 そして、年がいもなく、大きな声を出せる連中が、声を揃えて、


「悪魔に奪われた土地を取り戻しましょう! もうそれしか方法はありません! 皆もそれを望んでおります!」


 そんな無謀な意見にミルシースが同調しないのはもちろん、セリエールやジンなど、難しい顔をしている者も少なくない。


「そういった意見は勝ち目がないゆえ、却下してきたはず。悪魔との決戦は、国が動いてから、そうと決まったではないか、以前」


 ミルシースとしては「バカがっ」と吐き捨ててやりたかったが、さすがの彼女もそれは自重した。こういう無謀な意見が出る背景には、長くなってきた先行きの見えない、不安定で苦しい難民生活に耐え切れなくなってきているという点がある。厳しい統制で抑え込んではいるが、全体的にストレスのせいで苛立ち、小さなケンカが目立ちだしているし、逆に気鬱の兆候が見える者も何人かいる。


 この状況が長期に渡るのは良くないが、さりとて根本的な打開策がない。とにかく、ガイア帝国が動くまで、ひたすら日々をしのぐしかない。この時点では、ミルシースはそう考えていた。


「聖騎士様、勝ち目がないとおっしゃるが、これまで何度も悪魔を倒しておりますぞ」


「悪魔が小さな群れに別れて行動しているからだ。だから、こちらも少数精鋭で行動できるし、勝てもしている」


 悪魔たちは基本、三十から五十の小集団に別れて行動している。町を攻めたり、数百のガイア軍と戦う時は、それらのいくつかが集まるが、基本的には多数の小さな群れが広範囲に渡って活動している。


 対して、ミルシースは回収先の出身者を案内役とする他は、セリエールやジンなどの腕利きを厳選して、三十人強のみで回収作業を行う。つまりは、少数精鋭で悪魔の小集団と戦ってきたので、悪魔との小競り合いで遅れをとらずにすんだのだ。


 無論、千人以上の規模になっているので、子供や老人を除いても、男手は四百人ちかくおり、野営地の守りを考えても、百や二百は回収作業に動員するのは可能だ。大人数を動かしたり、もう一隊を作ってセリエールに任せるなど、効率だけを高める方法はいくらでもある。だが、数を増やせば、その分、悪魔の目につき易くなり、遭遇する回数が増える。そして、ミルシースやセリエールのフォローが届かないところで、死者が出るようになっていく。


 三十人くらいで、フォローと安全がギリギリだというのに、百人単位の戦いなど対応できるものではない。すぐに弱い部分が悪魔に負け、大敗するのが目に見えている。難民の寄り合い所帯でしかない、自分の義勇軍を、ミルシースはそう高く評価していない。


「そもそも、こちらには悪魔の総数がわからぬのだ。もし、一戦して勝てたとして、目の前の魔を倒せたとしても、それで全滅とならなかった時は長期戦ぞ。国の支援もなく、魔と戦いながら、故郷を復興させて、日々の糧を得ていく。それが本当に可能と思うか? 邪悪なる孤島に封印されたという悪魔の数、我らが目にしただけでは少な過ぎる気がせんか?」


 邪悪なる孤島に魔王とその配下を封じたのは、百五十年も前の話。実態などわかるものなどいるわけなく、だからこそ誰もハッキリしたことは言えず、黙るしかなかった。


 元々、決戦を口にする者たちの主張は、穴だらけの内容なのでちょっとした理詰めで事足りる。あとは、感情論をどうなだめるかだが、


「聖騎士殿の言葉は正しく思いますが、今の我々に、死中に活を求める他に手立てがありますか?」


「ある」


 激情のまま誰かが「戦え」と叫ぶ前に、セリエールが打ち合わせ通りのセリフを口にし、それに女聖騎士は自信たっぷりの演技でうなずく。


 計算の上であろうが、ミルシースは他の者が注意が集まり、少し焦らすような間を置いてから、


「ここより北東に、ディアネー砦がある。ここを中継点とする」


 もちろん、それだけの説明ではわからず、誰もが首を傾げる。中には、こうなるのを見越して、ミルシースが事前に打ち合わせしていた、セリエールら数人も同じ反応をみせるが、言うまでもなく芝居を打っているにすぎない。


 すでに充分な準備と根回しを終えている女聖騎士は、


「ディアネー砦を手に入れ、そこを拠点に物資を集める。そして、集めた物資は、砦からここに運ぶ」


 回収作業の拠点を北に移し、その近辺で集めた物資を一端、ディアネー砦に集約してから、この野営地まで持って来る。手間は増えるが、現状では最も現実的な解決策と思われる。


 ミルシースの示した方針に、多くの者が感嘆の声をもらすが、問題点を指摘する者もいた。


「しかし、それなら、全員で砦に移動する方が良くありませんかな?」


「砦は小さく、全員を収容するのは無理だ。また、女子供を北に、悪魔たちの活動している辺りに近づけるのは危険すぎる」


「砦を攻め落とすというのは、無謀ではねえですか? どれだけ犠牲が出るかわかりませんぜ」


「人と魔は、そもそも根本から目的が違う。魔は人を殺すのが目的である。だから、町や砦を制圧しても、そこに人がおらねば、あっさりと放棄して次の獲物を求めて去る。これまで回収先の村でゾンビと出くわすことはあっても、悪魔と出くわすことは滅多になかったはずだ」


 実際、義勇軍が悪魔と戦うのは、野原などでの遭遇戦が大半で、廃村で悪魔と戦ったのは一度のみなので、砦に悪魔が立て込もっているとは考え難かった。


 ちなみに、ゾンビとは動く死体で、義勇軍は廃村でこれとほぼ毎回のように戦った。悪魔に殺された者は、必ずというわけではないが、高い確率でゾンビとなるからだ。ただし、悪魔が意図的に人間をゾンビとし、操っているというわけではない。ある廃村で、悪魔やゾンビと三つ巴の戦いを演じた時、ゾンビは人だけではなく、魔にも襲いかかっている。実態としては、自然発生しているのに近いだろう。


 もっとも、動く死体であるゾンビは、ぐちゃぐちゃに破壊するまで動き続けるのが厄介であるものの、動作は鈍く単調で、悪魔と比べれば大した敵ではない。実際、実戦訓練のつもりで、ゾンビと戦う際、顔見知りであろうその村の者の他、ミルシース、セリエール、ジンが手を出さずに対処してきたが、これまで軽く撃破している。


「もちろん、ちゃんと偵察を出し、悪魔がいないのを確かめる。とにかく、正面決戦なと以ての他、それは皇帝陛下が北に軍を動かした後の話だ」


「皇帝陛下はいつわしらを助けてくれるんですか!」


「そんなものは知らん。陛下にたずねろ」


 全員の胸中を代弁するかのごとき、ある代表の叫びを、ミルシースが冷徹に突き放したのは、彼女の若さのせいだろう。


 見殺しのようなガイア皇帝の態度に、誰よりも腹を立てているのは彼女なのだから。


 当然、腹が立っているからといって、トップが口にする言葉ではなく、その場に重い空気が流れ、さすがのミルシースも「しまった」という表情となるが、


「あ、あの、ミルさん、たしか、何かわかったら、ジェフメルの領主様から教えてもらえるって話じゃありませんでしたか?」


「そうだ。そういう手はずだ。この辺りの領主らにしても、目の前に悪魔が迫って来たのだ。他人事ではないのだから、国軍を動かそうと必死になっているはず。いつまでもこのままなはずはない。苦しいだろうが、今は耐えてくれ」


 取り繕うような、ジンのたどたどしい発言に乗り、場の雰囲気を和らげる女聖騎士。


 さらに話題を変えて、ディアネー砦を取る段取りと、その後の運営についての草案をミルシースが口にしてゆく。


 各集団の代表とはいえ、ほとんどが平民ばかりなので、ミルシースの考え、具体的な行動計画を聞かされても、その中身などちゃんと理解できるわけがない。唯一、騎士の家のセリエールも同い年の聡明さに舌を巻くしかなかった。


 ミルシースが語り、他がただうなずくだけの話し合いが終わると、各人は十七歳の小娘が命じるままに、次の準備のために去る。


 セリエールとジンを残して。正確には、立ち去ろうとした二人の女性をジ

ンが呼び止めたのだ。


 義勇軍の中で、唯一、北岸部の出身ではなく、南からやって来たジンは、当然、配下となる難民たちはおらず、本来なら各集団の代表らと席を並べる資格はない。この地の苦境を聞き、わずかでも助けとなるならという理由でやって来た酔狂な男は、見かけによらない剛力で誰よりも悪魔を倒し、単身で各集団の代表と同じ立場にあっても、反対されないだけの功績を挙げているが、彼の活躍の場はそれだけではなかった。


 ミルシースは周りに二人しかいないのを確認してから、


「先程はすまなかった。どうやら、私も思ったよりこの状況にまいっているようだ」


「仕方ないですよ。大の男でさえ、さっきのように耐え切れなくなっているんです。おふたりが疲れてきているのは当然です。だから、おふたりを呼び止めたのです」


「例のアレか」


 ミルシースがそう言った時、傍らのセリエールは何とも複雑な表情を浮かべる。


 何度も口にしてきたし、その効能を理解していても、未だに慣れないからだ。


「はい。気休め程度ですが、飲んでおいて損にはならないはずですから」


「まあ、効き目は認めるが、うら若き乙女としては、もっと何とかならんのかと言いたい」


「すいません。こればっかりは我慢してもらうしかありません。まあ、そう気にせずに」


 申し訳なさそうに頭を下げながら、ジンは木の筒から、やはり木の小さな器を二つ用意し、そこに筒の中身を注ぐ。


 白濁でイカ臭い、ドロッとした粘液を。


 未だ経験のない乙女ふたりだが、当然、これではアレを連想してしまい、気にするなと言われても、顔が赤くなってしまう。


 正直、飲みたくない二人だが、飲まずに済ませられないほど、ジンの作る薬は効能が高い。


 ミルシースの聖石術はそう多用できるものではないし、医薬品どころか食料も満足にないので、難民たちの中では体調を崩す者が多い。彼らを救ったのがジンの薬で、飲んで体力や体調が回復し、元気を取り戻している。


 飲めばたちどころに疲労が回復し、気力が高まる。特にこの薬は男性に効き目が無いわけではないが、女性の方がずっと効果が大きく、加えて若いほどそれが高い。二人も疲れがウソのように吹き飛ぶので、嫌悪を覚えつつも何度も服用している。


 アトスの村の回収作業を終えて戻るや、ディアネー砦の確保を始めとする新たな体制の準備と、文字通り休む間のない状況である。体力的に辛い二人としては、今後の作業量をやり切るにはこの薬に頼るしかないのも事実であり、それを見越してジンは呼び止めて薬を飲まそうとしている。


 二人は顔を見合わせた後、意を決して薬を口にし、毎度の粘液が喉に引っかかる感触を味わいながら飲み下す。


「相変わらず良く効く」


 顔をしかめるミルシースがつぶやく通り、二人は体が一気に軽くなるのを感じた。


「たしかに不思議なほど効くが、いったい、この薬は何で出来ているんですか?」


「えっと、そればかりは秘中の秘なのでお許しを」


 セリエールだけではなく、ジンは誰に対してもそう答え、どれだけ追求されようとも、秘中の秘をもらすことはない。


 ジンは二人から空になった器を受け取った後、迷いを深く見せながら、


「ミルさん、この野営地をもっと南に移すことはできませんか?」


「急になんじゃ? ジンよ、なぜ、そうするべきと考える?」


「確たる理由はないのですが、その方が安全と思ったもので」


 歯切れ悪く答えるジン。


「たしかに南に行けば行くほど安全ではある。だが、砦から遠ざかるほど、

物資の運搬が困難となる」


 この程度のこと、ジンが気づいていないとは、ミルシースは思わない。それでも、口にしたというのが、薬以上に引っかかった。


「何かしらの理由があるならともかく、そんなあやふやなことでは、とても命令は下せん。だいいち、皆が納得すまい」


 これも言わずもがなというものだ。理由もなく移動を命じたところで難民たちが応じるわけがない。すぐに動ける準備こそさせているが、やはり移動となると手間がかなりのものとなる。やっと腰が落ち着いたばかりの難民らの大反発は必至というもの。


 だから、ミルシースはジンの提案を却下した。

 

後日、何か理由をでっち上げれば良かったと後悔するとわかろうはずもないので。

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