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3  義勇軍と聖騎士ミルシース

 凱旋。


 誰ひとり失うことなく、大量の物資を運び、悪魔の領域から戻って来たミルシースたちを、何百人もの難民が歓呼を以て迎える。


 女子供を含めて千人以上の大所帯に膨れ上がっているミルシースの義勇軍は、すでに日々の糧を得るだけで四苦八苦する状態にある。今回、荷車五台に一杯の物資を回収してきたが、それとて今の大人数からすれば、切り詰めても五日と保つかどうか。


 愛想のない女聖騎士は、大喜びする難民たちにニコリッとも応じず、回収した物資をいつも通り保管し、配給するよう指示している最中、彼女に小柄な老人が歩み寄ると、


「おめでとうございます。我が村から無事に物資を回収できたようで何よりでございますな。良く見れば、何となく見覚えがありますわい」


 意味ありげな笑みを浮かべて、深々と頭を垂れる。


 人と魔では、村を襲うにしても、目的が根本的に異なる。純然に破壊と殺戮のみを行う悪魔は、略奪などは全く行わないので、金品や食糧はそのままになっている。


 神に仕える騎士はその点に着目し、何度も魔に滅ぼされた集落から物資を回収して、義勇軍の食い扶持をどうにか確保している。


 今回の回収先であるアトスの村の村長、今はその生き残り七十人ほどの代表である老人は、回収作業に同行していた五人の義勇兵が自分の側に来たのを見計らってから、


「それで聖騎士様、これらの物資が我が村のものである点を考慮していただき、我らの配分をいくらか多くしてもらえませんかな?」


「わかった。今回で得た物資は汝らに全て渡そう。さあ、これを持って早々に立ち去るがいい」


 淡々と告げられたので、最初、その意味がわからなかったが、すぐに老人は血相を変える。


「お待ち下さい、聖騎士様。我々は配分をいくらか多くしてもらいたいと申しているだけでありまして……」


「回収した物資は公平に分配する。その約定を守れないとあれば、話し合うことはない。すまんが、早々に立ち去ってくれ。数日は余裕ができると思ったが、そうもいかなくなった。早急に次の手立てを打たねばならんのだ」


 とりつく暇なく、犬を追い払うように右手を振るう。


 まとまった量の物資は魅力的だが、今の情勢で義勇軍から離反するのは危ういというもの。物資を使い潰すか、悪魔や野盗に襲われたらそれまでだ。


 小娘の明確な態度に、老人は完全に狼狽し、助けを求めて同郷の者らに視線を向けるが、それに応じられる者はなく、オロオロと立ち尽くすのみ。


 ミルシースはため息を吐くと、

「次の手立てについて話し合う。各集団の代表とジンはいつもの場所に集まってくれ。他の者はこいつらを叩き出せ。その後、こいつらがここに再びやって来るようなら、石を投げつけて追い払え。女子供でも手加減するな。もし、手加減したら自分がここにいられなくなると思うがよい」


 この指示にためらう者もいなくはなかったが、結局は七十人ほどの元味方を排斥するのに、十倍以上の難民が動き出す気配が見て取れた。


 勝手なことを言い出したアトスの村長への反感もあっただろうが、それ以前に今日までミルシースに厳しく統制された義勇軍は、逆らえば自分たちも追い出されるのが、神に誓ってウソではないのがわかっているからだ。


 やっと自分が犯したタブーの重さに気づいた老人は、慌ててすがるように謝罪する。


「聖騎士様、申し訳ありませんでした! もう二度と、このような勝手は申しません! ですので、今回だけ許して下され! わしらを見捨てんで下され!」


「わかったわかった。今回の件は不問としておく。キサマの首ひとつで許すこととする」


 淡々と告げられたので、最初、その意味を把握することができず、さらに理解する時間もないまま、ミルシースの抜き放った剣で、ちょうど頭ひとつ分、背丈が低くなって老人が倒れ伏す。


「物資はいつも通りのやり方となった。ただ、疲れている者もいるだろうが、出来るだけ早く次の行動を決めたいので、その点は先ほどの通りだ。それと、アトスの者は次の代表を決めるか、最低でも代理となる者を出席させるように」


 剣についた血を振り払いながら告げると、本当に何事もないように、後の指示を出そうとした時、


「ミル、キサマは何をしている!」


 血相を変えたセリエールが、馬を飛ばし、詰め寄って行く。


 さらに老人の死体の側で立ち尽くしていたアトスの村の男たちも、ようやく事態を呑み込めたか、ミルシースを睨みつけるも、当の聖騎士の表情には一片の変化も見られない。


「やり取りは見ていた。たしかにアトスの側に非があるだろう。だが、いくら何でもこれはやり過ぎだ」


「ふむ。約定を違えたので罰しただけなのだが、それではどうしようないな。私は去ることとしよう。次の代わりは皆で決めるなり何なりしてくれ」


 あっさりと地位と責任の放棄を言い出し、糾弾する側が慌て出す。


「待て、ミル。私は別にオマエを追い出したいわけではないんだ」


「私も無責任なことはしたくないが、違反した者を罰してはならんというのでは、組織を維持していく方法が思いつかん。だから、退かしてもらう。それだけだ。では、私は荷物をまとめたいのでな、失礼させてもらうぞ」


 本当に愛馬を自分の天幕のある方へと進めるミルシース。


 難民の中にはセリエールをトップに望む声の方が多い。統制の厳しいミルシースは、敬遠されているからだ。なので、この展開を大多数が歓迎している、ということはない。これまで統率してきた実績と、それが無くなる不安の方が先に立ち、こういった場面では動揺の色が濃い。怒っていたアトスの村の者でさえ、不安が見え隠れしているほどだ。


 何よりも、その厳格な指導力が自分にないのを自覚している女騎士は、すぐに馬を駆って、ミルシースの行く手に立ちふさがり、自らの首を差し出す姿勢で、


「ミル、正直、納得できない点もあるが、それよりも、今の私たちにはその厳格さが必要だ。今まで通り、私たちの総代表を努めてくれ」


「元は私が始めたことだ。やり方に否がないのなら、自己の責任は完遂しよう。ただ、私の方針に反対であれば、いつでも申し出よ。それが皆の総意なら、いつでも私は退くぞ」


 あっさりと前言と馬首をひるがえす女聖騎士。当然、女騎士の首はつながったままである。


 セリエールを始め誰もが安堵の息を吐く中、ミルシースは悠然と話し合い場である集会所に愛馬を向かわせた。



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