2 ドロスという大陸がある
ドロスという大陸がある。
後世、世界地図の南に描かれる、その世界で最も小さき大陸。
その大きさにも関わらず、ドロス大陸の歴史は群雄割拠の時代で大半を占められ、今も一つの大陸に、皇帝と国王が二人ずつ、教皇が一人、君臨している情勢にある。
北東部を領有するアラハン王国。
南東部を領有するキャノン王国。
中南部を領有する神聖コーラス教国。
北西部を領有するガイア帝国。
そして、南西部を領有していたバモス連合王国を滅ぼし、昨年、建国されたばかりのリュードファン帝国。
実のところ、五つだろうが六つだろうが、ドロス大陸においては、この程度の分裂状態は珍しくもない。にも関わらず、この時代が後の世の関心を大いに引くのは、魔や異形といった存在が、人々や社会と複雑怪奇に絡み合っていたからであろう。
魔法や悪魔は約三百年前に登場している。魔王がドロス大陸を滅ぼしかけたのは、百五十年ほど前の話となる。そして、現在、千の悪魔を召喚し、全く新しい魔法生物を作り、その闇の軍勢を以てバモス連合王国を打ち滅ぼし、リュードファン帝国を建国した暗黒皇帝ファドルドヤーは、二つの歴史的大事件に匹敵するほどのセンセーショナルな存在と目されることとなるには、まだ時日を必要とした。
現時点で最も耳目を集めているのは、ガイア帝国の北岸部である。
ガイア帝国は昨年の後半より、神聖コーラス教国と連携して、北と東からリュードファン帝国を攻めている中、先日、大津波によって北岸部に大打撃を被った上、打ちしちがれる被災者たちをさらに悪魔の大群が襲った。
ガイア帝国の北の海には、魔王と悪魔たちが封印された、邪悪なる孤島が浮かんでおり、それを暗黒皇帝が解放して、南北からの魔による挟撃を謀った、と考える者がこの時には多かったが、真相は海底火山の爆発が、大津波と悪魔解放の原因である。 もっとも、それが判明するのはまだ先の話であり、何よりも原因が何であれ、ガイア帝国で大不運の二重奏が奏でられている事実に違いはないのだ。
もちろん、ガイア帝国で鳴り響く不運の音色のボリュームが、場所によって大きく異なるのは言うまでもない。中央部では悪魔の脅威など遠い出来事も同様だし、南部も最前線の兵馬が死傷する程度ですんでいる。
シャレにならないほど人々の断末魔が鳴り響いているのが北部で、特に北の海岸一帯に住んでいた者は大津波と悪魔の来襲で多くが死に、生き残れた者も難民と化して苦しい生活を送っている。何よりも、悪魔が南下を続けている現在、そうした窮状も広がり続けていていた。
それに対して、リュードファン帝国との戦いに主力を傾けているガイア帝国は、兵馬も物資も南に送るばかりで、北は見殺しも同然の方針をとっている。
国に助けてもらえない難民たちは、自分たちの皇帝を罵りつつ、自力で生き延びねばならない。自然と彼らは武装して義勇軍を形勢するようになるが、素人が武装した集団で、悪魔から故郷を取り戻すなど無理な話で、ひたすら返り討ちに合うだけだった。
そんな中、ある義勇軍は悪魔に幾度も勝利し、過酷な状況下でも生き残り続け、多くの難民が合流し、その数は千を越えるほどの大勢力を成す。
この最大規模の義勇軍を率いるのは、まだ十七歳の乙女、この時はまだ聖騎士であるミルシースであった。
暗黒皇帝と与し、破門されて聖騎士の位を失う前の時ゆえ。