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24  最強の邪神

 ファドルドヤーの術が施された大きな皮袋は、その中で亜空間を形成し、倉庫一棟を上回る収容が可能となる。


 ミルシースがその皮袋の中身をぶちまけると、セリエールとジン、いや、ズンやメタモル・フォーマーらも思わず息を飲む。


 正に、金銀財宝の山がそこにできたからだ。


 宝石だけでも、大皿に山盛りにしてもあふれるほどの量となるだろう。装飾品の類いは百点以上あり、どれも値打ち物などというレベルではない。


 金貨と銀貨は合わせて十万あるかないかで、意外に少ないものの、金塊と銀塊は象どころか、ドラゴンすら圧死させられる重量はあった。


 その中で特に目を見張るのが、真珠と珊瑚であろう。ガイア帝国の西の海はこの二つの宝庫で、質も数もドロス大陸で最大を誇る。艶やかな大粒の真珠と鮮やかな珊瑚の数々は、黄金や宝石に負けぬ輝きを放つほどだ。


「さて、約定では半分を代価とするとしたけど、それに間違いはないか?」


「間違いはない。魔王と悪魔、それを討った礼だ。遠慮はいらんぞ」


「では、皆の者、ちゃんと半分を袋に詰めろ」


 念押ししたナインリュールは、ミルシースの諾を受け、兄の作品に命じて、例の袋の一つに自分たちの取り分を詰めさせる。


 大変な量の金銀財宝だが、二十体のメタモル・フォーマーは手際よくはんぶんこにして、袋詰め作業を終える。


 そして、まとまった金を手に入れた十二歳児は右手を振り上げ、


「よし、これで費用は確保でき、たまった支払いに対処できる。もはや、兄さんとレイラ姫の結婚式における最大の問題は片づいた。あとは、ボクたちの礼服の採寸だけだ。いいか、挙式の日は間近だ。一同、帰国したら、ただちに仕立て屋に行け」


「完全な特注品となると、かなり高くつきそうですな」


 当たり前だが、この世界にゴリラやら大ムカデやらの礼服を吊るし売りしている服屋などない。


「冠婚葬祭が物入りなのは、人の世の理だ。ボクたちも人の世で暮らす以上、その理に従わねばならない。金はたんまり入ったんだ。気にせず、請求書を回せ。ためらっていられるほど、式の日取りに余裕はないぞ」


「御意。ナインリュール様も、どれほど忙しくとも採寸を行い、礼服を新調なさって下さい」


 イボンコにそう言われて、ナインリュールは言葉に詰まる。


 その反応に、ゴリラの黒い瞳が鋭く光り、


「まさか、お持ちの礼服を手直しするだけで良いとお考えではありますまいな?」


「いや、充分ではないか。それに仕事が忙しいから、できれば手直しも省きたいぐらいなんだが」


「なりません! 国家の重鎮たるナインリュール様が国家の行事にそのような態度で臨まれるなど、あってはならないことです! もし、人の風習を軽んじるというそしりを受け、貴族たちに不信感を抱かれれば、リュードファン百年の大計にほころびが生じるかも知れません。私どもは何かと人々に色眼鏡で見られ易いのです。このような時こそ、風習を重んじて、人々の不信の軽減に努めるべきでありましょうぞ」


「わかったよ。どんなに忙しくても、礼服を新調し、帝国宰相として恥ずかしくない姿で参列する。それでいいか?」


「けっこうでございます」

 器用に、深々と一礼するゴリラ。


「シュルシュルシュル、ヤブヘビでございましたな、ナインリュール様」


 二股の舌を出しながら、斑模様の鱗を持つヘビたんがそう言うと、


「ははっ、まったくだ」


 朗らかに笑いながら相づちを打つ。


 そんな和やかなやり取りを尻目に、ミルシースはジンに声をかけ、残った半分を袋に戻そうとするが、


「待って! それはガイア帝国の宝物庫にあったものだろうが!」


 ようやく前回の血戦の意味がわかった女騎士が、怒りを露に叫ぶ。


 ガイア帝国の宝物庫から金品を盗み出し、それを報酬にリュードファン帝国を動かす。セリエールはそう洞察したが、その程度では読みが甘い。


 結婚式の費用に詰まるほど、財政難のリュードファン帝国が先にガイア帝国へ援軍を出した最大の目的は、営利目的の誘拐であった。


 どのみち、カリウスが裏切ることは予想できたので、その背信を逆手にとって皇太子をさらい、ガイア帝国から多額の身代金をせしめ、赤字財政を補てんするつもりだったのだ。それが骸骨魔王によってガイア皇が死に、分裂して混乱するガイア帝国は、身代金を用意できる状況でなくなった。


 ナインリュールは一応、有力な皇族や貴族に打診はしてみたが、内乱で兵や金はいくらあっても足りない彼らの答えはどれも「とりあえず分割払いで」という話にならないものばかりなので、今も石になったカリウスは物置の片隅でホコリを被っている。


 ナインリュールは方針を変え、神聖コーラス教国を攻め、富を強奪せんとした。


 神権の強いコーラスの教会はどこも豊かだ。結婚式の費用を稼ぐため、教会を片っ端から襲い、神の財産を若き二人の祝福に役立てる。


 国内平定が最終段階にさしかかっている多忙の中、帝国宰相は計画を練り、キャノン王国に共同出兵を持ちかけている時に、暗黒皇帝が帰還を果たし、多額の日雇い労働の口が見つかった。


 仲直り、正確には泣き寝入りしたナインリュールは、兄の話を聞くや、ミルシースの意図を察し、ただちにカラスたんを受注を取りに行かせた。


 イボンコなどは魔王と戦う危険性にためらいはしたが、すでに結婚式に向けて各方面が動いており、その請求書が未払いで一枚一枚、重なり続ける危機感は、超魔法生命体の心を折った。それほど財政難が深刻で、ミルシースの読みは的確だったと言えよう。


 かくして、骸骨魔王は金の亡者に滅ぼされ、その顛末にセリエールは、めでたしめでたしとはほど遠い心境にあった。


「金のために、そんな下らない理由で、私たちは戦ったというのか! あの時、死んだ何千もの同胞は、何も知らずに、こいつらを肥え太らせるために、命を失ったのか! その遺族らが今も味わう地獄は、こんなにもバカげたことのためだったのか! そんなに金が欲しければ、こいつらに取りに行かせればいい! たったそれだけで、誰も苦しまず、死ぬことはなかった!」


 当たり前だが、セリエールが号泣し、吠える内容は、ミルシースも検討している。


 セリエールの短絡的な提案をナインリュールに持ちかけた際、ミルシースが最も恐れたのは、骸骨魔王と密約を結ぶことだった。


 相手の目的はあくまで「金」なのだ。極論すれば、骸骨魔王を倒さずとも、カツアゲするだけで充分なのである。


 金は得られて、リスクを回避できるのだから、リュードファン帝国に都合の悪いわけではない悪魔を倒す必要性はない。


 加えて、ミルシースの知らなかったことだが、メタモル・フォーマーは屋内での戦いを嫌う傾向にある。サイズ的に人の建物では、十全に動けない個体が何体かいるからだ。


 もちろん、一番の難点はファドルドヤーとナインリュールのリスクをなるべく回避しようとする、イボンコたちの過保護さだ。その辺りは心や感情の領域なので、完全に読み切るのは不可能と開き直った。


 元から推論を重ねての賭けに近く、不安要素があろうが、他に魔王を倒す策はない。だから、命がけで外堀を埋め、子供ふたりが本丸を攻め落とす環境を整えたのである。


 結論としてはうまくいき、メタモル・フォーマーもただの親バカではなかったのが証明された。


 骸骨魔王が滅びた結末に否のある者はいなかったが、その過程にセリエールはなおも非を鳴らし続けた。


「ミル! キサマのやり方にはこれまでも承服できない点はあった! だが、これは今までの比ではすまない暴挙だぞ! 祖国の資産を盗み出し、それを勝手に他国に渡すなど、正気か、キサマ! 売国奴の所業だぞ!」


「ふむ、セリよ、何か誤解をしているようだな」


「誤解! この期に及んでシラを切るつもりか! 潔白であると言うなら、この宝物の数々はどうしたというのだ!」


「ふむ、これらはな、ある晩、大神バストウルに祈ったところ、魔王を討てという啓示を受けた際、天より賜ったものだ」


 あまりにもな大ウソに、セリエールは空いた口がふさがらず、ナインリュールやジンらも目を丸くしている。


「納得いったか、セリよ?」


「できるかあああっ! 大ウソを吐くなあああっ! 何で大神バストウルがガイア帝国の紋章が入った帝冠や宝剣を持っているんだ!」


「神の御心は広大無辺。私ごとき未熟者にわかろうはずがない」


「わかった! もういい! 金なんかより大事なことがある! 魔王を討った、それもこうもカンタンに倒した点だ!」


 糾弾の矛先をナインリュールに向ける。


「魔王を、悪魔を、こうもカンタンに倒せるなら、なぜ、もっと早く倒さなかった! いったい、どれだけの人間がヤツらに殺されたと思っているんだ!」


「そんな数字を問われても、ボクたちに答えられるわけがないくらい、わからないかなあ。そもそも、その手の実態調査はガイア帝国の領分だ」


「そんな話をしているんじゃない! キサマらがもっと早くに魔王を討っていれば、多くの人間が死なずにすんだんだ! それこそ、何万、何十万の人間が助かったんだぞ!」


「あんた、何か誤解しているみたいだけど、ボクたちは今日、魔王を倒しにきたわけでも、ガイア人を助けにきたわけじゃないんだよ。金に困ったから、出稼ぎにきただけなんだ。仕事ぶりが悪かったならともかく、ボランティアをしなかったって責められても、それは他人に強制されることじゃないはずだ」


「キサマはどこまで性根が腐っている! 何十万人だぞ! キサマが見殺しなかったら、それだけの命が助かったんだ!」


「はあ、それは当たり前の話だよ。人が人を見殺しにするのは」


「違う! 人は助け合うものだ! 人の心を持たぬキサマにはわからないだけだ!」


「それ、理想論なんだけど、そうだなあ、仮定の話として、魔王がガイアではなく、アラハンで何十万人も殺していると聞いて、あんたは槍と全財産を持って、アラハンまで行くか?」


「何だと……」


 十二歳児の指摘に、十七歳の少女は言葉に詰まるだけではなく、表情が固まる。


 その反応を気にせず、ナインリュールは禁断の箱を開ける。


「もちろん、自分の全てを投げうち、他者を助ける人間はいる。ボクもその人格と行動には敬意を表する。ただ、そうした人間がなぜ、称賛されるか、だ。人と人が助け合う、人が当然と思っていることを実際に実行している人が希少だから、誰もが感心する」


 セリエールの表情は色を失うが、十二歳の子供は平然と汚物を汲み出し続ける。


「人が当たり前に暮らすには、人を見殺しにするのが必須。いや、大多数の

人間が死ぬほど苦しむ人間から目を逸らし、自分と身内のためだけに頑張るのみだから、それが人の世の当たり前となったか。どちらが先かはボクにはわからないけど、ただボクたちはそうした多数派を見習い、何十万人を見殺しにしたから、今の生活を維持できている」


「ま、ま、間違っている……」


「それは否定しない。正しくはないし、間違っている。ただ、それを人の世は黙認している。だから、ボクたちもそうしている。ボクたちは人の仲間に入りたいだけだから、人様のやることに文句を言う気はない。それどころか、余計な口出しをすると、人様の反感を買うからねえ。だから、ボクたちは人間と共に間違うことを選んだ。それだけ」


「な、仲間に入りたいだけ、それなのに人を殺し、人を支配するか」


 もう混乱しているのだろう。セリエールの糾弾は完全に個人攻撃に移っていた。


「これも人の世の現実を踏まえてのこと。ボクたちは異端の少数派だからね。社会的には弱く孤立し易い。迫害されないためにも、敵を倒し、味方を増やさないといけない。特に、味方を維持するのが重要だ。それには権力が最適の手段だけど、これが金食い虫でね。必要経費に何万リットルの血がいるんだ。まあ、それを承知でみんなで引っ越しをしたから、人間社会の料金設定に文句は言えないけど」


「まだ小さいナインリュール様にそれほどのご苦労をかけている点、私どもは大いに反省すべきですな」


「いや、気にするな、イボンコ、それに他の者も。たしかに苦労も多いが、やはり皆と一緒にいられるのは楽しい。兄さんとふたり暮らしというのは、まあ、避けたかったし」


 十二歳児の最後のセリフに、ジンとズン、イボンコを含む十七体のメタモル・フォーマーは、視線を明後日の方向にそらす。


 ちなみに、暗黒皇帝は長くなっている話し合いに飽きてしまい、三体のメタモル・フォーマーとカードゲームに興じている。


 帝国宰相の腹黒さ、否、ドス黒さを見せつけられ、怒り狂っていたセリエールの表情は青ざめ、がっくりと地面に両膝を突いている。


「ガイア帝国でたくさん、それこそ何十万人が死んでいるのは、前から聞き知っている。たしかにボクたちが矢面に立ち、魔王や悪魔と戦っていれば、多くのガイア人が助かった点は否定しない。けど、ボクたちがガイアを重んじ、リュードファンの支配者たる責務をおろそかにすれば、築いた権力基盤が壊れ、人間社会での新たな生活を失うはめになる。ガイア人の死には胸を痛めるが、それを何とかするために、自分の生活を投げうちたいとまでは思わない。仕事と他人の命、どちらを大事にするかと問われ、ボクは仕事を選んだ。他人がいくら死のうが生活に影響は無いけど、仕事を失ったら収入が無くなって生活できなくなる。この年でプータローになるのは、育ててくれたミミズたんたちに申し訳が無い」


「宰相閣下のお考えはわかりました。そちらの事情も知らず、仲間が無礼を働いてしまい申し訳ありません。代わって詫びさせてもらいますゆえ、寛大な処置をお願いします」


 激発したセリエールのおかげで、ナインリュールの行動理念を知り得たミルシースは、進み出て頭を下げるが、口にするほど謝罪の必要性を感じていなかった。


 五歳年下の方が圧倒的に強いのだから、本当に無礼を許せなくなったら、力ずくで黙らせにかかるだろう。それこそ、メタモル・フォーマーの一体にでも命じればいい話だけなのである。


 だから、イボンコたちも差し出たマネをひかえている。


「いや、今回の件ではボクも後ろ暗い思いをしている。非礼の十や二十、むしろ働いてくれた方がこっちも気が軽くなるんだ」

「そう言ってもらえ、ありがたい限りです。宰相閣下の大度に感謝の念に絶えません」


「いやいや、感謝しているのはこちらだ。救いの女神と見間違えるほどに。兄の結婚式に加え、戦乱で荒れた国内を立て直すのに、当面、これくらいまとまった金がいるのはたしかだ。その点ではありがたいが、これほどの大金、たかだか魔王を倒しただけでもらうのは、ボクでも心苦しいものがある」


 十二歳児からすれば、今回の短期アルバイトは賃金に対してリスクの低い、チョロすぎる仕事だった。


 骸骨魔王と残りの骸骨魔族など、総出でかかればそちらにリスクが無いのは、すでに実証されている。


 もし、骸骨魔王がガイア皇宮と同化していなければ、ミルシースの仕事を断っていただろう。骸骨魔王がその全能力を以て逃げ回ったなら、こんな半日作業ですまないからだ。ナインリュールからすれば、魔王と戦うよりも、長く国を留守にする方が怖かった。


 日々、帝国宰相として、睡眠時間を削らねばならないほどの激務をこなしているナインリュールとしては、今、この瞬間にも、新たな案件が発生しており、長く国を空ければ、国政全般が停滞するが、それ以上に気がかりなのは不穏分子の暗躍である。


 建国して一年に満たないリュードファン帝国は、安定にはほど遠く、面従腹背の者はいくらでもいる。暗黒皇帝たちがいなくなれば、どのような策動をするかわからないのが現状だ。


 だから、ナインリュールはほぼ全戦力で、出稼ぎに出た。例え半数に留守を任せたところで、暗躍しようとする者はするだろう。重要なのは、時間であり、魔と人を同時に相手にせず、戦力と余力を常に確保する点である。


 骸骨魔族を短時間で倒し、リュードファン帝国で新たな反乱が起きても、すぐにとって返して鎮圧できるようにする。実際に今の彼らには、それが可能な状態にある。戦力にならない復元中のザンを連れて来たのも、反乱が起きた際に、人の手で討たせないためだ。


 骸骨魔族を倒すのに、充分以上の戦力を揃えたのは、人との連戦も想定し、それに備えての意味合いの方が強い。


 ただ、ナインリュールは国内に百体ほどの悪魔を残している。それは反乱を起こさせないためではなく、反乱を起こしそうな者を見張らせるために残したのだ。悪魔たちの報告によっては、何組、あるいは何十組かの家族を、処刑場に招待することになるだろう。


「ふむ。ならば、私も無理を頼み易い。また悪魔を貸してもらえないだろうか? もちろん、別料金……」


「ああ、それくらいはサービスさせてもらうよ。兄さん、お願いします」


 ずっと貸し潰している女性の申し込みを、愛想と気前良く請け合えるだけの額を稼いだナインリュールは、あっさりと承諾する。


「うい、わかったお」


 軽く応じるファドルドヤーだったが、カードゲームに熱中したままで待つことしばし、瓦礫の山と化したガイア皇宮の周りに展開する悪魔の内、二百体、正確には二百十六体がこの場に集い、ミルシースに対してひざまずく。


「さて、これで上がっていいなら、ボクたちは失礼させてもらうけど、どうかな?」


「ああ、最後にひとつだけ。先程、邪神の脅威が迫っていると申されたが、そのような危機が訪れようとしているのですか?」

「それは当面、何とかなった。こんだけ金があれば、最強の邪神、貧乏神の猛威もしのげるからな。本当、金がないのは首もないのも同じとは、人間社会の真理だよ」


「まったくです。私も物資の確保に頭を悩ませてきたので、その気持ちと真理は理解できるつもりです」


 規模の大小はあれど、組織の長たる両者の感想は、実にしみじみしていた。


 人は飢えれば死ぬ。食べ物を得るには対価がいる。当たり前の理屈を身に染みて知るからこそ、二人の長は他人の金を山分けにしているのである。


 語ることも、利の山分けも終えると、双方は撤収の準備にかかり、魔王などというショボイ敵ではなく、それぞれの真の戦いへと赴き出す。


 カードゲームに熱中するファドルドヤーを止めさせるのに苦労しながら、リュードファン帝国へと戻る準備が整った矢先、二体のメタモル・フォーマー、どぎつい縞模様のクモと人を掛け合わせた外見のクモたん、紫色の派手な色合いのハエと人を掛け合わせた外見のハエたんが、おずおずとミルシースの前へと進み出る。


「シャア、少なくて申し訳ないのですが、これをこの地の苦しむ人たちのために使って下さい」


 言って、二体は小さな皮袋、自分たちの財布を差し出す。


「汝らの気持ち、しかと受け取った。この地の者に渡しておこう」


 義勇軍の遺族に悪魔以上に恨まれている女性は、二つの財布と善意を承る。


「イボンコ、こういう時は、空気を読む、というのが、人間社会の理だったな」


「御意でございます、ナインリュール様」


 ナインリュールと他の十八体のメタモル・フォーマーも、財布をミルシースへと渡す。


「ただし、一時のテンションで全てを投げ出すべきではない。これも重要だったな」


「御意でございます、ナインリュール様」


 金貨が一枚も入ってない二十一個の財布は残すが、金銀財宝の詰まった大きな皮袋はしっかりと抱えたままでいる。


「では、これにて去らせてもらおう。ミルシースよ、貴殿の行動には本当に助けられた。魔王を倒しただけでは、足らぬほどと思っている。この先、釣り銭が欲しくなったら申し出よ。今すぐはちと厳しいがな」


 ミルシースは深々と頭を垂れ、謝意を表す。


 非公式な同盟を締結した帝国宰相は、兄にGOサインを出すと、


「ワープアウトお」


 それだけで空間が歪み、ファドルドヤーたちの姿が消え去る。


 そして、その場にはミルシース、セリエール、ジンと二百十六体の悪魔が残された。


 この地、ガイア帝国で戦う者と道具だけが。



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