20 暗黒皇帝の過去
「たしか、ファドルドヤー様たちはコーラスの南の島にいて、六年ほど前にそこから逃げられたとか」
「っん、もうそんなになるのお。そだねえ、ミミズたんに乗って、海を渡ったのお」
のっけから、不安になるあいまいな説明を始める。
ミルシースはしばし考え込んでから、
「たしか、そこには子供を人体実験の材料にしていた組織がいて、昨年、コーラスに叩き潰されたはずだ」
「はい。お二人もそこにいたそうです。不幸中の幸いとして、生まれつき強大な力を持っていたおかげで、酷いことはされなかったそうです。が、何よりも幸運なのは、とある実験に失敗して、ミミズたんが生み出された点です」
「とある実験?」
「そだお。ミミズに小便かけたら、ナニが腫れるって聞いたお。けど、膨れたの、ミミズの方だったお」
魔人は目を伏せ、二人の少女は微妙な表情となる。
「で、ミミズたんがここはダメって言うから、弟と一緒に逃げたんだお」
「ちょっと待て。他にも子供がいたはずだ。その子たちはどうしたんだ?」
「知んないお」
問うたセリエールは、非情な答えを返され、肩を怒りに震わせる彼女に、すかさずジンがフォローを入れる。
「ボクたちも絶対無敵の力があるわけではありません。腕の立つ人間が何人もいれば、倒されることとなります。ファドルドヤー様たちも幼く、ミミズたんのみで全員を助けるのは難しかったのです。決して、他の子供たちを見捨てたかったわけではありません」
「その時は仕方ないでいい! が、その後も結局は助けなかったのでは、見捨てたとしか言いようがない!」
「と、ともあれ、お二人には、もし、ウワサ程度でも構いませんから、ファドルドヤー様たちの家族につながる話を耳にしたら教えて下さい」
女騎士の鋭い指摘に、魔人は目をそらしながら、創造主の身元捜索について頼み込む。
そう言われては、暗黒皇帝の生い立ちに同情する点もあり、セリエールは怒りを抑えて、
「何か手がかりはないのか? 家族や故郷について覚えていることは」
「何もないお。気づいたら、島にいたし」
「しかし、弟が赤子でも、最低、三歳だったはず。さすがに少しは覚えていることがあるだろう」
「ナインリュールの赤ん坊の頃なんか知らないお。気づいたら側にいて、弟って言われただけだお」
リュードファン皇室の秘密を知り、ミルシースとセリエールは驚いて顔を見合わせる。
「それよりも、お二人が気になっている、リュードファン帝国が建国された経緯に移りましょうか」
暗黒皇帝の出生にディープな関わりたいわけでもない二人の少女に否はない。
「ミミズたんに連れられ、リュードファン公国の山中にある廃屋で、お二方は五年の歳月をすごされたそうです。その頃には、ボクたち以外、だいたい作り出されていました」
ちなみに、ファドルドヤーが異界の偏った知識を得たのは、この三年前の出来事。
「お二方は大きくなられ、ボクたちが足下にも及ばぬほど強くなられたので、イボンコたちはお二方を人の世界に戻す算段を始められました」
「だいぶ、弟がごねたけど、そういう話になって、弟らが出かけたお」
ちなみに兄が残って、弟が物件を探しに出かけた理由は言うまでもないだろう。
実際、ナインリュールやイボンコなどがいない間に、暗黒皇帝の建国秘話の幕が上がっていた。
「ルドムファンが非道にもリュードファンの村を襲っていたので、それをクモたんが助けたのが始まりです」
「なぜ、クモたんとやらは村人を助けたのだ?」
「クモたんのパーソナリティはボクに近いところがありますから、見過ごしにできなかったのでしょう。ただ、そうして一部隊を叩いた結果、他の部隊を呼び寄せることとなった」
弱くはないメタモル・フォーマーだが、多人数を相手にすれば傷つき、倒されることになりかねない。何より、一体では村と村人を守り切るのは難しく、
「けど、朕が皆殺しにしたお」
創造主とその作品では、力とパーソナリティーが大きく異なる。その強大な力を何の思慮もなく使えば、当然のように大騒ぎになる。
「まあ、そういうことがありまして、ファドルドヤー様たちの存在が公になり、リュードファン公国からのオファーがあって、それに応じたようです」
ヘタに逃げれば手配がかかり、ファドルドヤーたちが人の社会で暮らすのに悪影響が出かねない。だから、仕方なく居残り組はリュードファン公国に取り込まれることを選んだ。
「リュードファンとしては、ファドルドヤー陛下を利用しようとしたのだろうが、メタモル・フォーマーを軽視してそんなことをすれば、滅ぼされるか、乗っ取られるか、この場合は後者か」
「はい、その通りです。リュードファン公国はファドルドヤー様を自らの野心の道具にせんとしたので、仕方なく皆は彼らを始末し、実権を掌握したところで、ナインリュール様たちが戻られました」
「その時点で元の隠れ潜む生活に戻れただろうが、支配者たる道を選んだわけか。まあ、考えるまでもなく、ナインリュールがそうと強く望んだのだろうな」
そっと目を伏せるジンの口から否定の言葉が出ることはなかった。
沈黙を肯定と見なし、ミルシースは言葉を重ねる。
「退いても、一時的に一緒にいられるだけで、いつかは兄との二人暮らしは避けられん。が、ここで権力を手に入れれば、むしろイボンコたちがいないと、人間社会での生活が維持できん。黒を白と言わすのに、権力に勝る手段はないからな」
「ふざけるなよ! 子供のワガママでどれだけの混乱が起きたと思っている!」
「だが、セリよ、これは私たちにとってはありがたい話だぞ。バモス連合王国が滅びたからこそ、ジンが生み出され、私はあの状況で活路が見出だせた。ジンとの出会いがなくば、とっくにくたばっているか、何の希望もなしに戦い続けいるかのどちらかだぞ」
「そんなものは結果論に過ぎない! こいつらがリュードファンの、いや、バモス連合王国の人たちを力と恐怖で服従させている事実は、何があっても認めるべきじゃない!」
「ナインリュールがそんな阿呆なら、手を組むに値せんな」
聖騎士でなくなった少女は苦笑する。
「ほう、では、ミル、この男に誰もが心酔していると言うつもりか!」
正式な騎士ではない少女は、正式な皇帝に指を突きつける。
「そんなわけはない。おそらく、リュードファン大公を殺した後、その身内を次の大公にして、ファドルドヤーやナインリュールはその養子になってから、ファドルドヤーがリュードファン大公になったのではないか?」
「はい、その通りです。あっ、念のために言っておきますが、ファドルドヤー様は義理の父君を殺していません。リュードファン皇帝に即位された後は、ガルファン大公位と国父の称号を与えて優遇されています。ちなみにリュードファン帝国で他に大公位にあるのは、ナインリュール様とレイラ姫の父君にしてバモスの最後の王アクセル殿の三人だけです」
形だけとはいえ、実質的な最高権力者たる帝国宰相と同格として、暗黒皇帝は二人の義理の父を遇するというポーズを取っているのである。
「何だ、その茶番は!」
セリエールは不快げに鼻を鳴らすが、ミルシースがナインリュールらを何より評価をしているのは、その圧倒的な力ではなく、こういった姿勢だったりする。
人間社会の建前、ルール、風習を守ろうとする態度は、人を従える上で、悪魔を上回る力よりも、ある意味で有効に機能するからだ。
「そんな茶番にだまされるとは、バモスの者たちも情けない!」
「もちろん、それだけではないだろう。ナインリュールらは実際に勝ち続けている。勝てば官軍という言葉が示すように、正しさを勝ち取れる一面を持つ。さらに戦利品たる富、領土、利権をばらまけば、味方となる人間はいくらでも集まる。一部を味方につけ、多数を管理させる。オーソドックスな分断支配だな」
特にリュードファン公国はドロス大陸で最弱の国家だったゆえ、列強と肩を並べられるほどの繁栄に熱狂し、その点では十二歳児もやり易かっただろう。
「まあ、その後は知っての通り、ファドルドヤー様はリュードファン帝国の建国を成し遂げられましたが、ボクたちの存在が誤解の原因となり、コーラス、ガイアの両国とは不幸にも争うことになりました」
「今やその両国は不幸な状況にあるがな」
ガイア帝国は骸骨魔族に北部がほぼ壊滅状態された上、帝都を占拠され、皇帝が殺された。皇太子もさらわれ、内乱も起きている。神聖コーラス教国はリュードファン帝国との戦いで多くの兵を失い、国境の民の反乱が続いている。何より、十二歳児の抜け毛で、日々、何十人もの死者を出している。
それに対して、北と東の外敵による圧迫がなくなったこともより、リュードファン帝国の国内はかなり安定してきている。未だ数人の貴族が死を賭した抵抗を続けているが、メタモル・フォーマーらはその鎮圧に向け、戦史上の名勝負を参考にし、舞台演出の検討を重ね、国民にウケる戦いの企画立案に取り組んでいた。
「ミルさん、あるいは危険な賭けに出るより、リュードファン帝国が落ち着くまで待たれた方が安全なのではありませんか?」
「ふん、助けてくれるとでも? 先の戦い、我が国が刃を向けたのだから、非難などできるものではないが、だからこそ見捨てられるのがオチだ」
「この件に関しても、セリに同感だ。いずれリュードファンが魔王を討ってくれるだろうが、今は後回しにされる。おそらく、ナインリュールはコーラスへの強襲を考えているだろう。もう、キャノン王国に密使が走っているやも知れんな」
キャノン王国は神聖コーラス教国の東にある。相手国の承諾が得られれば、リュードファン帝国は東西からコーラスを挟撃できる。
「なぜ、そのようなことになるのです?」
「言ってしまえば魔王のせいだな。それが原因だ。まあ、これは私の推測に過ぎんから、外している可能性はあるぞ」
三人の目の前には、そのリュードファン帝国の頂点に立つ少年が説明に飽きてしまったらしく、横になって寝ている。もちろん、彼を起こして国の政策・軍略を問い質しても無意味なのは、この場にいる誰もが思い知っている。
「正直、この場でこの男の首を斬り………冗談だ、ジン」
魔人に困った顔を向けられ、半ば本気のつぶやきを引っ込めるセリエール。
「こうした人と人の争いが、今のドロスが陥っている現状の源だ。誰もが手を取り合えれば、悪魔など大した敵ではないのだ、本来は」
そう言われては、思い当たる点はいくらでもあり、セリエールもリュードファン帝国のみに非があるわけではないのに気づく。
「ミルさん、セリさん、ファドルドヤー様のお世話はボクが努めますので、お二人はもう休んで下さいと言えたらいいのですが、出来ましたら一日でも早く次の戦いの準備を整えてもらえないでしょうか?」
「言われるまでもない。一時でも早く再度の決戦を挑み、今度こそ魔を全て討ち果たし、人々が安心して暮らせるようにしてみせる」
「是非にそうして下さい。時間をかけると、ファドルドヤー様が気まぐれでどっかに行っちゃうかも知れないので」
「それは由々しき問題だな」
切実なる魔人の訴えに、セリエールはこめかみに青筋を浮かべ、ミルシースは美しい顔を大いにしかめ、事態の深刻さを痛感した。




