16 決戦! 骸骨魔王!
カリウス皇太子の率いる約八千のガイア軍、ファドルドヤーの率いる約二千三百のリュードファン軍と悪魔五百体強、聖騎士ミルシースが率いる約五百の義勇軍と悪魔二百二十八体と百匹の怪物は、くもり空の下、小川を挟んで三千はいるであろう骸骨魔族と対峙していた。
言うまでもなく、約三千の骸骨魔族の内、最後方に位置する一体は、その王たる骸骨魔王である。
骸骨魔王は全長十メートルに及ぶ巨体で、九つの頭を持つ。足は太く短いが、両腕は異様に長いが細く、その掌はその身より濃い闇が貼りついていて、その偉容は爵位級ですらはるかに及ばない。
リュードファン帝国から借り受けた悪魔が七十二体ほど返却不能となるほど、遊撃戦を展開して極力、骸骨魔族の数を減らしてきたミルシースだが、十倍以上の数を慎重に削いでいった結果、三千以上も黒骸骨らを残してしまい、骸骨魔王には傷の一つも与えることはできなかった。
だが、骸骨魔族の南下を鈍化させ、リュードファン軍のせいで期日より四日も遅れたにも関わらず、所定の決戦の地、バーナ平原で戦えるよう、誘導することには成功した。
バーナ平原は起伏が激しく、雨季の時期にはそこかしこの低地に水がたまる。ただ、双方の間に流れる小川はさして増水しておらず、人の腰が浸かる程度のものである。
当然、川にかかっていた小さな橋は全てガイア軍によって叩き壊されており、人間たちは高所に陣取り、正規兵は弓矢を構え、義勇兵は投石ヒモを振り回して、骸骨魔族が川を渡るのを待ち構えていた。
投石ヒモは弓矢より飛距離、速射性で劣るが、安価で、取り扱いで勝り、何より血肉のない骸骨魔族に有効なので、ミルシースは義勇軍に装備させ、ガイアとリュードファンの両帝国にもその点を進言したが、ガイア側はまったく取り合わず、ナインリュールは出費を嫌って却下した。
相変わらず、人の姿に気づくや足を止めることなく、乱れた隊列のまま数の多い下級の悪魔を前面に押し出し、川を渡って殺戮を楽しまんと動く。
その骸骨魔族の頭上に、数千本の矢が、少し遅れて数百個の石が降り注ぐ。
石は確実に黒い骨を欠けさせ、矢は骨の表面を滑るものの、当たればヒビくらいは入り、しかも数が多いので、川を渡る前に五十以上の黒骸骨が砕け散る。
魔に対する人のアドバンテージの一つが、飛び道具の有無である。悪魔の中には魔法が使い手は多いが、飛距離において飛び道具に勝る術はほとんどない。
魔の数が少なければ接敵する前に倒し尽くすのも可能だが、矢戦のみでは二百体も射倒せないだろうから、ガイア軍の陣中から狼煙が上がる。
水攻めの計。
上流でせき止めた水を解放し、人為的な濁流で敵を一気に押し流す。さらに水かさを増した川はずっと渡り難くなり、その行動を阻害した上、先に渡った敵を後続とも分断できる。
何日もの事前準備が必要で、また敵を罠を張った地点まで誘い込まなければならないが、うまくいけばその戦況を一変できるほど効能はでかい。
ただし、そうした人の方程式が通じるほど、魔王は甘い存在ではない。
キッキッキッ!
九つの口が、魂を凍てつかせる奇怪な呪音を唱和するや、骸骨魔族を呑み込まんとした濁流が、その直前に張られた闇の障壁に阻まれ、一滴と魔に届くことなく勢いを失う。
数千の配下を渡海させた骸骨魔王からすれば、この程度の水量など脅威でも何でもない。
必殺の計略が無力化されたことに、この場にいる人間、ミルシースですら例外ではなく、動揺して唖然となる中、
「手を止めず、矢を放て! 何をオタつく必要がある! 魔王の動きは計略によって止まっているのだぞ! この好機を逃すな!」
三つ首の竜の鎧をまとったファドルドヤーがすかさず馬上から一喝すると、まずリュードファン軍が、それにつられるように次いで義勇軍、ガイア軍が飛び道具による攻撃を再開していく。
無論、矢と石の雨の中、前進を続ける骸骨魔族の先頭集団は、その魔手を人に届かせて、戦死者が出始めている。ただし、ガイア軍のみ。
基本的に人の側は高所に陣取り、前衛が食い止め、その後ろから矢や石が尽きるまで攻撃し、なるべく損耗させてから決戦に移るという方針で戦っている。ただ、ガイア軍が前衛に重装歩兵を配しているのに対して、リュードファン軍と義勇軍は悪魔で悪魔を食い止めさせている。
そして、悪魔の他に、子馬ほどのピンク色の肉塊から同じ色の触手が十と生える百体の怪物も借り受けている女聖騎士は、
「よし、ジンよ、怪物らを悪魔にぶつけてくれ! 良いか、一匹のもれも出ぬよう、絶対に固めて運用するのだぞ!」
危険な生物兵器の投入に、我知らず固くなる声での命令に反応し、真の姿を晒しているジンは、淡く輝く魔方陣の上で、何かを操るかのように十の触手を動かす。
異界からの知識を元に、この剣と魔法の世界を完成たらしめるため、暗黒皇帝が張り切って大量生産したのが、今、義勇軍の陣中にある百体の触手の怪物らである。
知能などなく、ただ女を襲い、犯し、孕ませるだけの手抜き作業は、弟を筆頭に全員からの説教と却下を受け、厳重に亜空間に封印されていた。
元来なら表に決して出してはならない存在だが、ジンによってその吐き出すシロモノが悪魔に極めて有効であると判明したので、骸骨魔族との戦いで足りない戦力を補うため、ナインリュールは苦汁の決断の末、廃品を亜空間の奥から引っ張り出した。
もちろん、廃品をそのままでは利用できない。幸い、知能などないので、少し手を加えるだけで、同種のジンが支配し、コントロールできるようにはできた。創造主の組み上げた魔方陣の上で鎮座する触手の魔人は、ひたすら精神を集中させて、百体もの怪物の把握と操作に努めた。
人格に多々と問題のあるファドルドヤーだが、魔法による作成と加工の技術度は高い。わずか一体で百体の制御に成功し、十の触手の動きに合わせて、千の触手が骸骨魔族を襲った。
特殊能力のみならジンと大差ない怪物が百体もいるのだ。黒骸骨は次々と砕かれ、溶かされていく。
ちなみに怪物らを突撃させている今も、人は飛び道具による攻撃を続けており、ピンク色の肉塊には矢が突き刺さり、石が当たっているが、実のところ矢と石をすぐに集中させて葬るべき存在なのだ。魔人以外の触手は。
触手の怪物を掌握できるのは、創造主たるファドルドヤーと近しい存在のジンのみ。当然、暗黒皇帝のいい加減さを思えば百体の管理を任せるわけにはいかない。一方で、怪物らを操るため同調と制御に専念している間、ジンは身動きが取れなくなるが、妖刀を携える彼は、この後、骸骨魔王との正面対決が待っているので、それまでに怪物らは徹底して一本も残さず使い潰さねば、作戦全体に支障が出るどころか、ドロス大陸を破滅させかねなかった。
ジンの制御で従順な怪物らも、そこから脱するとすぐさまミルシースやセリエールに襲いかかるだろう。
当然、彼女らのみならず、この大陸の出産の可能な女子を全て苗床と見なし、種を撒くのは明白なのだ。そして、それが芽吹いた時、ドロス大陸の生態系は根底からトチ狂うことになる。ある意味で、悪魔よりタチの悪い存在であり、一匹でも逃そうものなら、ファドルドヤーの妄想する完成された世界が実現する。
もし、ジンの制御に何らかの不具合が生じたら、即座に骸骨魔族との決戦を止め、全戦力を怪物退治に切り替えることで、ナインリュールとミルシースは合意している。
それだけ危険な作品だけあって、怪物らの数は中々、減らなかった。下級や中級の悪魔では、束になってやっと一体を仕留めているのが現状だ。千の触手が骸骨魔族の約一割を倒しても、まだ九百本ちかくが健在であった。
「ジン、ガイア軍の援護に向かわせるな。魔王にぶつけろ」
骸骨魔族は触手に数を減らされつつも、人間への攻勢をゆるめていない。悪魔を前面に押し立てているリュードファン軍と義勇軍の守りが突破される心配はないが、最も数で勝るガイア軍は、百人以上の重装歩兵が死に、数倍が傷ついていて、その重厚な守りが崩されかかっていた。
人が傷つき、死にゆく様を黙っていられない魔人は、ガイア軍を助けようと触手をそちらに向けようとするが、ミルシースはそれを制止した。
ファドルドヤーの魔道技術でも、ジンが大雑把に動かすのがせいぜいで、複雑な操作をしようとすれば、全体の制御に支障が出る可能性が高い。そして、人と魔の間に割って入るなど、魔人の触手でも対応できない操作となりかねなかった。
百より減っているとはいえ、残りは全て傷ついて勝手に動き出そうという本能が高まっていて、一段と制御が厳しくなっている。もちろん、ずっと精神を集中させているジンの気力は磨耗しているが、
「聖なる石よ! 弱まりし心に強きに戻せ!『ホーリー・ハート』!」
女聖騎士が神に祈り、自然ならざる存在の精神力を回復させる。
ミルシースの助言とサポートを受け、何十もの単調だが強い本能を無理矢理に抑え込んでいるジンは、危険物を人助けのためではなく、魔王に処理させるために動かす。
当然、魔王との間には数多く黒骸骨がひしめいている。しかも、その周りは上級で固められており、中には爵位級の姿もあるが、問題はないというもの。
しゃにむに突進させられている怪物は、魔王の前にその配下に倒されていくが、当たり前だが一方的にやられているわけではない。動かなくなるまで精を放ち、触手を振り回し続け、倒した悪魔の数は、七、八百に及ぶ。しかも、その中には上級どころか爵位級も含み、ミルシースやナインリュールの計算を上回る戦果を挙げ、最後は魔王の放った闇にズタズタにされて全滅した。
ジンがミルシースに精神力を回復してもらいたい、魔方陣から自由に動けるようになった頃、骸骨魔族の数が三分の二には減ったが、ガイア軍は前衛をついに突破され、躍り込んできた黒骸骨らと騎士たち主力が白兵戦を繰り広げていた。
そして、弱い部分に戦力を集中させるのは悪魔も変わることなく、骸骨魔族は残りの四分の一でリュードファン軍と義勇軍を押さえつつ、約千五百体が八千弱のガイア軍と乱戦を繰り広げることとなった。
「まずいな。どうする?」
ミルシースが迷い、心中でつぶやく。
作戦ではまだ、打って出て総力戦を展開する段階ではない。が、劣勢にあるガイア軍の様子では、作戦に修正が必要なのは明白だ。
が、彼女が迷っている間に、リュードファン軍が前進を始め、
「そうか! 悪魔たちよ、骸骨魔族を蹴散らし、骸骨魔王を攻めよ! 私たちもそれに続くぞ!」
女聖騎士の号令の下、悪魔が進み人が続き、少し遅れてリュードファン軍と同様、魔王へと向かう。
大多数の骸骨魔族をガイア軍が引き受け、それを受け止めている間こそ、手薄となった魔王を討つ絶好の機会であった。
今なら手元の悪魔の方が多い。魔王への道を切り開けば、直接対決に持ち込める。当初の予定では、まだ魔王へと向かうタイミングではないが、行動を前倒ししなければ、ガイア軍が敗走してこの戦いに負けるだけだ。
ミルシースの命令に、悪魔が、次いで人間が、最後に足元の魔法陣をキレイに消した魔人が応じて動く。
ジンが魔法陣を消したのは、当然の配慮である。ファドルドヤーの知識と技術はあまりに危険すぎるのだ。この大陸で一流の魔術師とてレベルの違うほどの力である。その一端でもちゃんと理解しないまま使われたなら、大惨事を招くのは必至であった。
もっとも、冗談でもシャレにならない魔術師だからこそ、触手の怪物らは千に近い悪魔と相討ちになれたと言えるし、ジンとズンはそれぞれ一振りの妖刀を携えているのだ。
七百と五百、普通ならば数に勝る側が蹴散らせるものだが、
キッキッキッ!
劣る側の九つの頭の唱和が、あっさりと数の差をひっくり返す。
強大な闇に大量の闇が打ち消されていき、魔王の側に骸骨魔族がまだ四百はいるのに対して、リュードファン軍と義勇軍の悪魔が二割ほどにまで減ってしまい、ガイア兵に続いてリュードファン兵や義勇兵も骸骨魔族との白兵戦を余儀なくされる。
彼らの武器にはガイア軍と違い、触手の怪物からしぼり取った白濁汁が、ミルシースの剣やセリエールの槍も例外ではなく、べったりとついていて生臭いが、その分、悪魔に対して有効打を与え易い。
無論、その程度で魔王の圧倒的な力に対処できるものではない。対抗策はあるのだが、それには四百体の骸骨魔族を蹴散らして、魔人と魔王が直接対決できる状況を整える必要がある。
ジン、ズン、ミルシース、セリエールも黒骸骨を倒していくが、何しろ数が多く、まだ切り札が切れないので、最後方で強大な闇を放ち、悪魔だけではなく人間も消し去るようになった骸骨魔王までたどり着けないでいる。
このまま骸骨魔王の自由にさせれば、兵士たちが恐慌をきたして潰走しかねない。特に、士気も練度も低いリュードファン兵は、劣勢になると脆く崩れかねない。
そうした危機よりも、人が無惨に闇の餌食となる光景に耐えられなくなったか、
「ミルさん! 妖刀を抜く許可を! このままでは一方的にやられるだけです!」
「……わかった。抜刀せよ!」
棍棒と触手を振るう魔人の求めに、迷いはしたが、宝の持ち腐れよりマシという判断は、結果的に最高のタイミングと重なった。
突然、骸骨魔王が前進したからだ。しかも、何体もの黒骸骨を蹴飛ばし、踏み潰す、強引な前進だった。
向こうから距離を詰めてくれるだから、ミルシースらからすればありがたい展開だが、なぜ、骸骨魔王が自らの不利を招いたか、その理由はすぐに判明した。
予定より遅れはしたが、ガイア軍の別動隊三千が、背後に現れたからだ。
それを察して、すぐに前へと逃げた骸骨魔王の鋭敏さが、今回は完全に仇となった。
あるいは、人の側が悪運に恵まれたか。
骸骨魔王が前進した先に、棍棒を捨てて腰の妖刀を抜き放ったジンと、器用に背中の妖刀の柄を口でくわえて抜き放ったズンがいたからだ。
さらに魔王の前進に呼応して、乗馬を疾駆させるファドルドヤー、否、その影武者を務めるザンが、リュードファン軍の指揮権を放り捨てて、ジンたちと合流せんとする。
「うおおおっ!」
雄叫びを上げ、十の触手でジンが殴りかかると、さしもの骸骨魔王も足を止めて闇の障壁を張り、それらを防ぐ。 いつものジンの攻撃なら、魔王も無視できただろうが、今の爵位級すら撲殺できる十の触手では、そういうわけにはいかなかった。
レイラ姫によって届かぬことを痛感させられたファドルドヤーが作り鍛えた妖刀、その銘は『極太丸。長くて太くて硬いの〜』という。
その銘の通り、抜き身で持つ者の男性生殖器を長く太く硬くする効能を備えるので、現在、ジンから伸びる十一本は、普段とは比べものにならないほど、長くて太くて硬くなっている。
元来は武器ではないのだが、その切れ味は上級の悪魔を軽く切り裂くほどなので、イボンコに取り上げられた。
「人間より様々な体験談を聞き集めたところ、不慣れな内は両手で押さえていても抜けてバランスを崩すことがあるとのこと。慣れれば片手どころか、手放しでも、体の微妙な動きでバランスを取れるそうですが、ファドルドヤー様がその域にない以上、レイラ様が害される可能性を認めるわけにはいきません」
そうした曰くを経て、ジンの手にある妖刀は、魔人の攻撃力を高めてはいるが、まだ単体では魔王に通じるレベルには至らなかったが、魔人はもう二体いる。
馬ごと闇の障壁にぶつからんとした直前、ザンはその本来の姿、馬や牛を包み込めるほどの体積はある、鮮やかなブルーの粘液状の怪物、スライムとなると、闇の障壁に貼りついて溶かしていく。
魔人三人衆、スライムのザンは、ファドルドヤーの作品の中で最高の防御突破力を誇る。その特殊能力を以てすれば、魔王を丸裸にすることすら不可能ではなかった。
そして、ザンの空けた大穴から飛び込み、俊敏に駆けて肉薄した骸骨魔王に飛びかかり、くわえる妖刀を股間の辺りに突き刺し、一条の強力な魔力の一撃が、魔王の尻を撃ち貫く。
その銘を『双穴攻』という、ファドルドヤーが極太丸を作る際、面白半分
にこしらえた妖刀は、前か後ろ、どちらかに刺すと、もう一方を強力な魔力撃で刺される。その威力たるや、アナルをファックされた魔王が、短い足を折ってひざまずくほどであった。
当然、この程度で魔人の責め苦は終わらない。ズンによって膝を突く骸骨魔王に、ザンによってボロボロになった闇の障壁をかいくぐり、ジンは十の触手の先端から、普段とは量も濃さもはるかに上回る第一射を九つのドクロにぶっかける。
ギギギッ!
九つの頭部から激しく蒸気が立ち昇り、苦しげな金切り声を上げる骸骨魔王の背後、水かさが高くなっていた川の水量が一気に減る。
水でできた竜が出現し、骸骨魔王の背中に大量の水を高速で吐き出したゆえ。




