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14  新生義勇軍による遊撃戦

 邪悪なる孤島から解放された悪魔、骸骨魔族の内、四十ばかりの小集団は、倍以上の闇の集団と、小雨の降る平地で真正面から激突する。


 石のような硬く黒い肉体の妖硬魔族。


 艶かしい人に近い外見の淫妖魔族。


 のっそりとした巨体の妖歪魔族。


 悪魔と悪魔の戦いは、激しいが短く、数で勝る側は人間らの手をわずらわせるどころか、小雨の中で長く待たせることもなかった。


「よし、皆の者、ジンの部隊と合流してから引き上げるぞ」


 馬上でミルシースの指示が飛ぶと、雨の中、長居はしたくないのだろう、五十人ほどの義勇兵らは手早く撤収の準備を整え、残った八十弱の悪魔と共に、南東へと移動していく。


 リュードファン帝国に赴き、ミルシースが三百体の悪魔と一体の魔人を借り受け、雨季の訪れと共にガイア帝国に戻った時、祖国の戦況と被害は一気に悪化していた。


 二人の乙女が二体の魔人と南へと去った直後、悪魔たちの主力がガイア帝国の北岸部に上陸を果たし、その中に骸骨魔族の長たる骸骨魔王もいたため、今やガイア帝国の北部は壊滅状態にある。


 雨季に入り、ガイア帝国の河川が軒並み増水し、悪魔の行動を妨げている一方、長雨で大量に発生した難民たちがバタバタと倒れていく最中、ナインリュールとの話し合いもうまくこなしたミルシースが帰国し、悪魔に対して悪魔を使った遊撃戦を展開した。


 何千と数が増えたであろう骸骨魔族だが、その行動原則は変わっておらず、小集団に分かれて人間を襲っているので、女聖騎士が貸与されている魔で三隊を形成して、局地戦での勝利を積み重ねていくと、彼女の元に難民らがまた集まり出し、新たな義勇軍を結成するに至った。


 新たなと言っても、そこには先の義勇軍の者たちも多く含んでいる。あの苛烈な悪魔との戦いに生き残った者たちは、激変する情勢の中を自分たちだけでしのぎ、多少の犠牲を出すだけで野盗として生き抜いてのけた。


 ミルシースの下で厳しく鍛えられた彼らからすれば、集落を攻め落としたり、難民からなけなしの食料を奪うなど、魔と戦うことに比べれば大したものではない。彼らはガイア兵の部隊すら返り討ちにするほどなのだ。セリエールも三人ほど欠いているものの、血の跡がこびりついた武器を手にする同郷の者らと再会でき、複雑な表情を浮かべたものだ。


 今もミルシースらの拠点より南の方では、一部の元部下たちが村々を荒らし回っている。


 もちろん、今の義勇軍を形成しているのは、新たな被害者たちの方がずっと多い。当初、姿は違えど悪魔と同じ陣地で暮らすのに抵抗を示したが、困窮している彼らに長々とためらっている余裕はなかった。


 幸い、物資の類は国から支援を受けられるようになったので、ミルシースが餓死者を弔う事態は避けられている。また、カリウス皇太子を通じて、ガイア帝国と交渉し、ミルシースは義勇兵として悪魔と戦えば罪を免じるとの約定を取り交わしたので、野盗化していた難民や敗残兵らも集まり、実戦力も高まっている。


 すでに前以上の規模に膨らんでいる義勇軍の拠点に帰投中、女聖騎士の部隊は、同程度の悪魔と義勇兵で構成されるジンの部隊と、予定より遅れはしたが合流を果たす。


 悪魔を借り受け、戦力が前回と比べものにならないほど増強できたが、もちろん魔王をいただくようになった骸骨魔族と正面決戦に踏み切れるものではない。それ以前に、数は増えてもそれを指揮できる人材が確保できてないのが現状だ。仕方なく、明らかに不向きなジンにやらせているが、気弱な性格が災いして、指示が遅れがちになるという問題を抱えている。今も、ミルシースは部隊の行軍を遅らせることで、ジンの部隊が追いつけるようにせねばならなかった。


 合流した後も、悪魔の襲撃に備えた隊列を組むのに、ジンの部隊は明らかに動きが鈍い。


 ただ、遅くとも全体を見回す才はあるので、時間はかかったが隊列は整い、ジンが馬を駆ってミルシースの元に報告をやって来る。


 ちなみに、二人が跨がる軍馬は、この辺りで活動を始めた当初、悪魔に敗れたガイア軍の戦場で拾った七頭の内の二頭である。前に乗っていた軍馬に比べて質で劣るが、視点の高い馬上の方が指揮が執り易いので、ジンも移動と指示を出す際は、拙い馬術を駆使している。


 不慣れな手綱さばきで馬を寄せた、腰に一振りの刀を下げるジンは、しょぼくれた表情で頭を下げ、


「申し訳ありません。また悪魔たちを逃がしてしまいました」


 失敗の報告を受けたミルシースは渋い表情で天を仰ぎ、雨粒で顔を濡らす。


 ミルシースは深々とため息をつき、


「またの失敗の理由は、進軍が遅れて悪魔を捕捉しそこねたか?」


「はい、その通りです。申し訳ありません」


 馬上で魔人は身を縮めて、前回と同じ失敗で謝罪する。


 全体をミルシースが指揮している状態ならフォローもできるが、離れて別行動している時は、部隊の進退は全てジンの手腕にかかってくる。


 性格が不向きなのに加え、悪魔の管理とその害を受けぬよう義勇兵を運用する難しさ、雨季による悪条件の中で常に魔に備える点もあり、兵を動かした経験のないジンがうまくいかないのは無理からぬこと。


 ただ、ミルシースは国境のガイア軍との戦いで、雑多な集団をまとめ上げ、見事に運用していたザンの手腕を見ているだけに、ジンにも期待したのだが、結局はファドルドヤーの作品は個体によって様々な能力があるように、得意分野にも個体差があるというのが判明したのみ。


 部隊の指揮ならば、セリエールの方がうまくこなすが、彼女は出撃させてジンに拠点の防衛を任せる方が不安である。悪魔が襲来した際、気弱な性格が災いして、撤退命令を出すタイミングが遅れたでは、本当に集団として致命傷になりかねない。


「いっそ、他の人に任せませんか? ボクよりも向いている人はいると思いますよ?」


「私たち以外に悪魔を用いる危険性がわかっているなら、そやつに一隊を指揮させてもみよう。が、そんな者がおらんのだから汝にやってもらう他ない。それに本番を思えば、他を動かず術に慣れておくべきだろう」


 こう言われて反論できるジンではないし、また説かれている内容が理解できぬほど頭も悪くなかった。


 悪魔の本性は狡猾で残忍であり、何より高い知能を秘めていて油断ならない個体がいくらでもいる。実際、ミルシースだけではなく、ナインリュールやメタモル・フォーマーらも出し抜かれ、見えない所で悪魔が悪行にふけっていた苦い経験がある。それゆえ、ミルシースもリュードファン帝国も悪魔の運用には細心の注意を払っている。


 そして、その苦い経験というのは、どれだけ語って聞かせても実感できるものではない。ミルシースやセリエールはもちろん、ジンも悪魔の管理と把握を何より優先しており、例え部隊の行動に遅れが生じても、悪魔に対する手順をいささかも省くことはしない。


「不向きなことは承知だが、今だけではなく後のことを思えば、できるようになってもらわんと困るのだ。焦る必要はないからゆっくりと習得にはげんでくれ」


「お言葉はありがたいのですが、自分が取り逃がした悪魔が誰かに害を加えるかと思うと、自分の無能さがイヤになります」


 そう悔しげに言いつつ、肝心な悪魔の運用ではミスしない点を女聖騎士は高く評価しているので、ジンを続投させているのだ。


「けど、ボクたちの活動も間もなく終わるのだから、それまで皆さんにはボクのヘタな指示を、もう少しの辛抱と我慢してもらわないといけませんね」


「ジン、何を言っているのだ?」


「何をって、ミルさんがナインリュール様やカリウス皇太子を説得してくれたおかげで、リュードファン帝国はガイアやコーラスと停戦でき、近々、ファドルドヤー様が援軍を率いてやって来られるのです。いかに魔王と言えど、皆で力を合わせれば必ず倒せますよ」


「正直、この策が成功しないと魔王を倒す手立てがない。うまくいってくれなければ、本当に困る」


 すでに、たった一枚の切り札を出しているミルシースからすれば、是が非でも次の戦いを思惑の通りに運ばねばならない。


 リュードファン帝国に赴き、ファドルドヤーには失望させられたものの、幸いその後に会談を果たしたナインリュールは、ミルシースの、何の権力もない小娘の作戦にちゃんと耳を傾け、その有効性が理解して、それが実現するように手を打ってくれた。


 戦争中だからこそ、ナインリュールはガイア帝国の有力貴族に、積極的に密使を送っている。もっとも、そうしたコネよりも、レイラ姫に書いてもらった手紙が決め手となり、暗黒皇帝、帝国宰相、第三王女に続き、ガイア帝国の皇太子と、やんごとない身分の御方に次々と会うことができた。


 婚約者だったレイラのことを心の底から愛しているのか、カリウスは女聖騎士の美貌に何ら関心を示さず、ただその話、ファドルドヤー自ら援軍を率いて来るという内容にのみ興味を示し、リュードファン帝国との停戦に踏み切った。


 渡りに舟という面もあったのだろう。折しも、南ではリュードファン帝国との戦いに大敗し、一万五千の大兵が四割にまで減った上、その約六千も餓死者が出るに至って撤退してしまい、何千もの兵と領土の一部を失う結果に終わった。


 さらに骸骨魔王が何千もの悪魔と共に暴れ回っていて、北部の貴族を中心に北の災厄をまず何とかしろという声が高まり、もはやカリウスのワガママが通る状況ではなくなっていたのも大きい。


 カリウスは一刻も早くリュードファン帝国の援軍を得んと、ミルシースの提案に従い、自国のみならず、神聖コーラス教国にも働きかけ、リュードファンとコーラスの停戦も実現させた。


 こうして共闘の体制が整うと、ガイア帝国は大動員をかけて兵を集め、リュードファン帝国も援軍の準備を整えている。


 当然、両国の兵馬が揃って骸骨魔族に決戦を挑むには、それなりの日数がかかる。ミルシースはその日まで、遊撃戦を展開して、悪魔の勢力を削りつつ、その南下を鈍らせるのを目的にしており、それは今のところ成功している。


 物事の表面を都合のいい方に見ている魔人を、真実でへこませるカンタンだが、そんなことは意味がないどころか、次の戦いの勝敗を左右しかねない。


「それよりも、その刀は使いこなせそうなのか? 魔王と正面から戦うのは汝なのだ。いや、そもそも序盤で汝がしくじれば、この大陸はおしまいなのだぞ?」


「正直、自信はありませんが、悪魔を倒すための手札がそれしかないのも理解しています。頑張ってやってみますので、フォローの方をお願いします」

「その点は心得ている。問題は本番まで、暗黒皇帝が作ったという二本の妖刀、その真価を発揮できないところだ。その刃では、上級の悪魔を斬り裂くのがせいぜいのはず。もし、爵位級とやらがきたら、他に対処する手立てがないぞ」


 爵位級とは、ジェフメル市でジンを一対一で圧倒した悪魔である。魔王に次いで強力な魔であり、ファドルドヤーでも召喚できず、その作品も単体では及ばないほどだ。


「ズンがいれば対処できます」


「なら、二体がきた場合、汝は三体の同胞を必要とするわけか」


 実のところ、この計算は間違っている。ファドルドヤーの作品の中でも魔人三人衆は新しい部類に入り、どれも基本スペックが高い。対して、戦え!


 超魔法生命体メタモル・フォーマー!も年数を重ねたものとなると、爵位級と渡り合うのに三体を要するような固体もいる。最大のネックは、魔に極めて有効な能力を備えているのがジンとズンのみな点だろう。


 人の計算ミスを魔人は指摘しない。悪魔は弱きを前にして、強きを後ろとする。つまりは、魔王は最後列におり、そこまで切り札を残すなど、最初から不可能なのは目に見えている。


「やはり、ファドルドヤーを主力に……」


「ダメです! それだけは! ファドルドヤー様の身に何かあったらどうするのですか! そもそも、そんな作戦、ナインリュール様を初め誰もお認めなりません! 援軍そのものが取り止めになりますよ!」


 普段の気弱さから想像できぬほど、魔人の力一杯の否定は、女聖騎士のみならず、周りの義勇兵らも驚かせ、魔人は人間たちの注目を集める。


「わかっているわかっている。言うてみただけだ。当初の作戦は変えん。だから、落ち着け」


 意図的に大きな声を出し、義勇兵らが動揺せぬようにする。


 どんなに強くても主君に危険な役割を割り振れるわけがない。加えて、リュードファン軍は魔王を倒した後も余力が必要なのだ。


「私は妖刀の真価を魔王までとっておきたい、そう考えただけだ。暗黒皇帝が己の限界を越えるためのシロモノだからな」


「はい。ボクに託されたのは、ファドルドヤー様がさらに先に進むために作られたもの。リュードファンの将来を左右するほどのものなのです。そう思うと、責任の重さに身が震えます」


 本当に馬上で震え出す魔人を見ながら、ミルシースは少し顔を赤らめ、


「気負うな、と言っても無駄か。私は詳しいことがわからぬゆえよく知らぬが、危険なシロモノでもあるのだろう?」


「その辺りはボクも詳しくありませんが、イボンコらは様々な人間からデータを集め、それらを多角的に検討して、そう結論づけたようです。今の未熟なファドルドヤー様では妖刀を扱い切れず、レイラ姫を害する公算が高い、と」


「あの男が勝手に使わぬための処置でもあるのだろうな。ただ、そういうシロモノだから、魔王に対向できる可能性となるか」


 もちろん、あくまで可能性であり、何の保証もない。当然、それが通じなかった時、作戦が一挙に破綻するが、それ以前に彼女らの行動は常に破綻の可能性を孕んでいる。


 ゆえに、雄叫びを上げながら、人と魔の間をぬうように走り、やって来たズンが、


「ケッ、魔王が動き出しやがった! 西から来ている! あと、北回りの別動隊もいて、東でこちらの頭を押さえようとしている! オレはこのままセリエールんトコまで走る!」


 報告するやそのまま走り去る。


 分散している悪魔たちをある程度、各個撃破すると、大きな集団を形成してその原因を叩こうとする。前回でそのことを痛切に学んだミルシースは、悪魔たちの動向を把握するため、常にズンを偵察として出している。


 鼻と小回りが効き、速力で魔に勝る魔人は、斥候としてミルシースの期待に充分に応え、少し前も魔王から逃げ切るのに成功している。


 今回も、ズンの報告が届けば、セリエールは早々に撤退の準備を始めるだろう。当然、ミルシースとジンもすぐに行軍を早めて、悪魔たちから再び逃げ切ろうとする。


 前回、東へと逃げたためか、魔はそちらの方向に手を回したようだが、南へと走れば今回はまだ何とかなるだろう。


 ただし、次回はうまくいくとは限らない。悪魔にも知能はあり、同じ手が通じないのは前の義勇軍で証明されている。


「うまく予定のポイントまで誘導できた。ただ、決戦が予定より遅れたら、せっかくの準備が無駄となる。最悪、再び義勇軍を失うのも視野に入れ、魔をここに釘付けすべきか」


 リュードファン軍の到着を絶望視するほど、ミルシースの浴びる雨の勢いは急に強くなり出した。


 あるいは天に見放され、鈍くなった逃げ足によって、次について考える必要がなくなる可能性もあった。


 もちろん、今は次につなげるため、豪雨の中をひたすら駆けるしかない。


 無情なる天に祈りながら。



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