13 真・暗黒皇帝との拝謁
幸いにして、暗黒皇帝の帰還は魔人によって却下され、女聖騎士は今度こそ援軍を申し出る機会に得ることができた。
もっとも、すぐにその場で、というわけにはいかなかった。それどころか、再び三日ほど下働きしながら待つこととなった。
ファドルドヤーの術とその後の追撃で、千を越す兵を失ったガイア軍だが、彼らの真の地獄はそれからだった。
破れたとはいえ、ガイア軍はまだ六千人以上の兵を有している。敗戦の後、近くのローガス城に逃げ込み、軍を立て直している間に、魔人ザンはファドルドヤーを使って戦わずに勝利を確保した。
ザンは捕らえた敵の士官らに情報を吐かせ、それらを素早く分析して、この一帯におけるガイア軍の補給の拠点を割り出すと、主君を動かし、それらをことごとく破壊すると同時に、兵も動かして遠方からの補給もできなくしてのけた。
これで守りを固めているだけで、ローガス城のガイア軍はわずかな物資を食い潰し、遠からず撤退するしかなくなる。
いかに暗黒皇帝がいるとはいえ、わずか三日で戦わずに勝つ状況を整えた点を、正確に評価できた人間は、残念ながらミルシースだけだった。
「暗黒皇帝のあの力、あれならば容易く勝てるはず。なのに、連中はなぜそうしない?」
ザンの回りくどい作戦の手伝いをしながら、セリエールなどはそんな疑念を抱いているし、消極的な戦い方にリュードファン騎士や降った元ガイア騎士らは不満たらたらであった。
女聖騎士からすれば、神に問わなくても、現在、二十数体をいる暗黒皇帝の作品が手元に五体しかいない点で、答えは明白である。
リュードファン帝国には拡大した戦線を支えるだけの戦力がないのだ。本当なら、国内の治安回復と反抗分子だけで手一杯で、他国とこの時点で戦うのは避けたいのだが、向こうから仕掛けてくるのだから迎え撃つしかないというもの。
ガイア軍を自発的に撤退させ、一時的にでも戦を沈静化して、その間に降伏した元ガイア軍でこの辺りを守れるようにする。それがザンの抱く構想であった。
そのため、ザンはこの地に残ることになったが、ファドルドヤーを帰還させる目処はついている。やはり、三日分の労働の対価として、ミルシースとセリエールは天幕の一つで、同じテーブルにつき、暗黒皇帝と対話する機会を与えられた。
もちろん、二対一の話し合いではなく、三体の魔人と二体のメタモル・フォーマーも同席している。
「私たちのような者のために貴重な時を割いていただいたことに、まずは礼を述べさせてもらいます。私どもが口にする内容は変わらず、援軍をお願いしたいというもの。どうか、ガイアの民が助かる決断を頼みます」
まずはミルシースが再び嘆願するが、ザンの時と暗黒皇帝の反応は大違いで、
「え〜、面倒くさいお。そんなの何でオレ、いや、朕に振るわけ?」
一国の主としてだけではなく、一個人としてもあるまじき返答をする。
あまりな答えにセリエールは目をむいて驚き、次いで顔を赤くして怒気をみなぎらせたが、何とか自制したのも数瞬、
「だいたい、悪魔なんて、鼻にピーナッツを詰めて飛ばせば倒せるお」
「倒せるかあっ!」
ぶちギレ、敵国の皇帝に怒りにをぶちまける。
明々白々な非礼に、むしろ開き直ったセリエールよりも、珍しくもミルシースの方が動揺の色を見せる。
「おい、セリよ……」
「ミル、もう我慢ならん! 今までこれが最善と黙ってきたが、これでハッキリした! リュードファンは悪魔と戦う意思などない! むしろ、この男が邪悪なる孤島の悪魔を解き放ったんじゃないのか!」
「え〜、そんなことしてないぞお」
たかだか騎士家の娘に指を突きつけられている皇帝は、その非礼に怒ることなく、少し困った感じで否定する。
心中でヒヤヒヤしている女聖騎士の祈りが天に通じたか、五体の異形は創造主への乱暴を警戒して目を光らせつつも、暴言に対しては見て見ぬフリをしている。
暗黒皇帝に否定され、元々が言いがかりに過ぎない非難ゆえ、一瞬、言葉に詰まってから、セリエールは別のネタを持ち出す。
「ぐっ、なら、ならば、キサマはこの世界を完成させると聞いた! そのジンを使って、何やらよからぬ企みがあるんじゃないか!」
女騎士が糾弾した途端、三体の異形の鋭い視線が的確にズンを、秘密をばらした同胞に向けられる。
が、究極の目的の一つが知られていても、ファドルドヤーは平然と更なる秘密をもらす。
「企みっつうか、ファンタジーな世界なんだから、剣と魔法と触手があんのが基本だお? 朕の頭に流れ込んだ異界の知識じゃ、それが当たり前だったぞお」
「異なる世界の知識! それがキサマの力の源か!」
思わぬところで暗黒皇帝の最大の秘密を知り、セリエールは目を輝かせるが、
「いや、違うお」
「なっ! それでは、その異界の知識によって、ジンたちを作り上げたのではないのか!」
「ジンらはそうだよお」
矛盾した返答に、女騎士が混乱するのを見かねて、カマキリたんがフォローを入れる。
「ファドルドヤー様が異界の知識を手に入れたのは、おおよそ三年前。対して、戦え! 超魔法生命体メタモル・フォーマーの最初の一体が生まれたのは約六年前とのこと」
「……ああ、つまりは元から汝らを作り出す力があるところに、異界の知識とやらを得て、それらを取り込んだ存在を作り出すようになったというわけか」
「そうそうそんな感じお。魔人とかは、特にそんな感じだお」
ミルシースの解釈に当人が太鼓判を押す。
一方、一時は激情のまま糾弾していたセリエールだが、時が経つにつれ、ファドルドヤーの態度に怒るのもバカらしくなってきたか、さっきの勢いがすっかりとなくなった声で核心を問う。
「結局、その異界の知識を手に入れ、何をしようと言うんだ?」
「ん? 特に何もないお。いまんとこ、これといったネタもないしい」
「そんなはずはない! それなら、なぜ、バモスを滅ぼしたのだ!」
「っんなの、覚えてるわけないお。もう一年近く前のことだお」
あまりな放言は、二人の人間を呆れ果てさせ、五体の異形は深く嘆息させた。
さすがに黙っていられなくなったか、
「私たちがバモス連合王国と戦うに至ったのは、様々に複雑な事情があるのだ。が、そちらにとって重要なのは、すでに滅びた国ではなく、滅びつつある貴国であるのではないのかな?」
ゴリラがフォローを入れると共に、話を軌道修正してごまかそうとする。
当然、セリエールはそれで納得できるはずもなく、さらに追求するのをミルシースが右手を軽く振って制しつつ、
「たしかに。私たちはお願いをしにきた身だ。それにバモスのことはこの際、祖国と関係ない」
暗に、自分たちの弱い立場を認識させるが、女騎士の舌は止まらなかった。
「ふん、もう立場も何も関係ない! 皇帝自身が私たちを助けぬと言ったのだからな!」
セリエールの底の浅い見方に、ミルシースはそっと嘆息する。
先日まで、その皇帝はザンの指示に従って、近隣の補給基地を叩いていたのだ。その点を踏まえれば、皇帝の意思を覆す方法は明らかというもの。
ミルシースは同姓同年の相手に黙って見ているように言いくるめてから、
「ザン殿、貴公の主は我ら助けるのに否定的であるが、貴公はどう思われる?」
ザンに話を振った途端、ファドルドヤーは露骨にイヤな顔をする。
魔人は創造主の心情を察しながら、
「我が見解はすでに述べている。ガイアを助けるのは我が国の利益になるのは明白です。ファドルドヤー様にはお考え直しを願いたい。それと、聖騎士殿、敬称など我らには不要ですので、呼び捨てで願いたい」
「そうか。では、省かせてもらって、ジン、ズン、カマキリたん、えっと……」
「ああ、そう言えば、慌ただしかったから、まだ名乗っていなかったか。私はファドルドヤー様より、戦え! 超魔法生命体メタモル・フォーマーの指揮・統括するために作られた総司令官イボンコだ。ガイアに援軍を送るとなれば、貴殿を通しての話となろう。その時は長いつき合いとなるだろうから、よろしく頼む」
魔人のみならず、メタモル・フォーマーも賛意を示し、ファドルドヤーはうげえという表情になる。
この逆転劇にセリエールは目を丸くするが、それもすぐにイボンコによって水を差されることとなる。
「ただ、二点ばかり、付け加えれば、援軍を出すというより、余剰戦力を貸すという形になるだろう。私たちが魔の討滅に本格的に動けるのは、国内のゴタゴタが解決してからのこととなるのは避けられない」
「戦力を貸してもらえるだけでもありがたい。あるいはその方が現実的であろう。汝らの準備が整うまでに、こちらも状況を整えておこう」
「聡いな、娘よ。では、もう一点、ファドルドヤー様がうなずいても、貴国に援軍が出せると決まったわけではない。これは言うまでもないか」
「貴国の宰相が同意せねば、皇帝の承認も無意味となる。その点は理解しているゆえ、同意を得るための機会を作ってもらいたい」
宰相は最高位の官職というだけのものではない。皇帝の全権代理人と言うべき地位であり、皇帝の認可の元、皇帝と同じ権限を有するのだ。その巨大な権限ゆえ、宰相というのは必ずしもいるわけではなく、今のガイア帝国に宰相は置かれていない。
皇帝だからと言って、宰相の権限を無視していいとはならない。むしろ、皇帝だからこそ宰相の権限を絶対に犯してはならないのだ。そういう姿勢を貫かねば、皇帝と宰相で命令系統が分裂してしまい、国内が混乱するのは明白というもの。皇帝が配慮するからこそ、宰相の命令が全権代理人として機能するのだ。
イボンコの口にした内容に、内心でファドルドヤーは「面倒だなあ」と、セリエールは「また移動と話し合いか」と思い、うんざりした表情となる。
ただ、セリエールの方は相手の言うことに理があるのを理解し、何より魔の打倒が現実味を帯びてきたので、多少の不満は我慢したが、ファドルドヤーの方が駄々をこねた。
「マジですんの? 面倒だお、ホント。弟もお前らが決めたことは反対しないし、どうせ、今回みたいに、朕がヒマだからって、やらされるに決まっているお。余所の国の話なんだから、ほっときゃいいお」
「陛下、たしかに今は余所の国の話ですが、ガイア帝国が敗れれば、我が国が当事者となるのです。ガイア帝国が魔に勝てる確証がない以上、何よりも優先すべきは魔を討つこと。傍観すればガイア帝国が滅亡するまでに魔は少なくない損耗を強いられるのはたしか。が、それと同時に大量のゾンビと難民が発生して、魔と戦うより困難な局面を迎えるのです」
ガイア帝国が敗れた後、リュードファン帝国は最悪、国内の乱れに対応しながら、悪魔、大量のゾンビと難民、神聖コーラス教国に相対することになる。特に、倒して解決というわけにはいかない難民に、どれだけの国庫と労力を割くことになるか、想像するだけでイボンコとザンは、目の前が真っ暗になる思いだ。
「我もイボンコと意見を同じくします。ガイア帝国と敵対しているからと言って、魔の侵攻を傍観するなど、愚かに過ぎます。ガイアが危機的状況にあるからこそ手を握る可能性が見出だせるのです。ガイア軍と共に戦えば、それだけ我らも有利に戦え、ガイア帝国の内で魔を倒せば、リュードファンの民も国土も傷つくことはありません。何よりも我らが道義に基づいて魔を討ったと見られれば、これほどの大益はないというもの。我が国は信用という財産を得られるのですから」
イボンコとザンの高度な見解は、セリエールからすればここでようやくリュードファン側が援軍を出す理由が理解できたが、ミルシースにとってわかりきっていた話だ。
実のところ、ミルシースは二体の口にした内容をファドルドヤーに説くつもりだったのだ。彼女からすれば、ジンの知性を見て取り、このくらいのことは言えばわかるか、言わずとも理解していると踏んだのだ。まあ、その点は読み違いをしていたわけだが、幸いにもイボンコやザンがいてくれたおかげで、最高権力を握るバカなガキを動かせそうだった。
それでも、この大陸の魔術師が総力を結集しても作り上げることの出来ない魔法生命体を生み出した魔術師は、
「あ〜、やっぱり全員が面倒……おお、そうだ、ここにはジンがいるじゃん。っつうわけで、ジン、お前からみんなに言ってくれお」
「えっ、ボクが、ですか? ですが、ボクは誰よりもファドルドヤー様にミルさんを助けてもらいたいのです。陛下の命に背いた罪、この命で償いますから、どうかガイアで困っている人たちを助けて下さい」
「え〜、お前までそゆこと言うのお? 何だよ、お前だけが調教に反対しなかったから、期待したんだお?」
「調教? たしか、女に酷いこと……まさか」
あることに気づき、女聖騎士は鋭い眼光を暗黒皇帝に向けるが、自らの作品に後ろめたい気持ちが全くない十五歳の少年は、たるんだ表情のまま更なる墓穴を掘る。
「うん? ああ、異界じゃ捕らえたお姫さまを調教するのが当たり前な感じだから、魔人を作ったんだお」
「ちょっと待て。魔人とは、悪魔に対抗するためとかに作ったんじゃないのか? ジンもズンも悪魔に有効な能力があるぞ?」
「ああ、何か、ズンはそんな感じなこと、言ってたお。けど、ジンってそんなのあったお?」
「はい、不覚にも気づきませんでしたが、例の白い液体は、悪魔に用いたところ、魔を滅することができました」
「ふ〜ん、悪魔にぶっかけたお。まっ、言われてみれば、あの成分なら魔にきくお」
ファドルドヤーの気のない言いぐさに、ミルシースはこめかみを押さえながら、
「つまりは、本当に、そうした目的のためだけに、ジンを作ったというわけか?」
「当たり前お。正直、ジンが一番、作るのに手間がかかったんだお。ジンの十連射に人間の女性が耐えられるように工夫するのに、超苦労したんだお。それこそ何日も赤くなって痛くなるまで頑張ったんだお、朕は」
自分たちを初め何百人ものガイア人を救ったジンの開発秘話に、二人の少女は吐き気で顔を青くする。
顔を青くして、口を押さえているのは同じながら、セリエールと違って、ミルシースは汚物を見るような目をザンに向けながら、
「つまりは、ジンは創造主の命令に逆らって去り、その元に残った二体は、どうしていたか、口にするのもおぞましいな」
ジンの行動を是とする少女に対して、ズンが何やら吠えようとするのを手で制しながらザンが口を開く。
「娘よ、試みに問うが、女性を調教するのは良いことと思うか?」
「女の身として答えさせてもらえば、地獄に堕ちろ、クソ共、といったところだ」
「その通りだ。ファドルドヤー様は明らかに間違っておられた。ならば、臣としてすべきは、命を賭してお諌め申し上げて、主君に改めてもらう、それあるのみ。ファドルドヤー様は御年十五、まだ若く未熟な点もあられるが、幸いにも間違いを指摘すれば、それを受け容れる度量をお持ちだ。その時とて、たった一人、我が身の安泰のみを計った者を除き、皆で諫めたならば、ファドルドヤー様は間違いを正された」
「いや、朕、お前らに正座させられて、ひたすら交代で説教された感じだったぞお」
主君の泣き言を聞き流し、ザンは射抜くような眼光をジンに向け、
「主君の間違いを見逃すというのは、主君の汚名を看過することでもある。また、キサマは何も言わずに去ったが、ジン、ファドルドヤー様には言葉が通じず、道理を説いても無駄と思うたか!」
ただ一体、同胞と違う行動をとった魔人は、人の娘とは比べものにならないレベルで、哀れなほどに蒼白となっていた。
ジンの姿に同情しつつも、二人の娘はその擁護はとてもできるものではなかった。
明らかにジンに非があるからだ。無論、最も悪いのはファドルドヤーだが、主君と家臣では立場が違う。何より主君の間違いは正された話であるが、ジンの間違いはまだ正されていない話なのだ。
名君ならば、ここは家臣の争いを止めねばならない場面だが、暗黒皇帝はつまらなさそうにアクビするのみなので、仕方なくイボンコが仲裁に乗り出す。
「ザン、それとズンよ。同じ魔人でありながら一人だけ役目を放棄したジンに腹が立つのはわかるが、そう感情的になるな。私たちは作られた命だが、それは私たちで自由にして良いとナインリュール様が明言され、ファドルドヤー様も許可された。ジンは自らの生を自由にしたのだ。その裁定を無視するのは、主家を軽んじることとなるぞ」
こういう論法を展開されては、ザンは自らの非を認めねばならず、つまらなさそうにしている創造主に深々と頭を下げる。
暗黒皇帝の悪いウワサは色々と耳にしていたミルシースだったが、予想に反したタチの悪さに彼女はある意味、本気で大神バストウルに願った。
弟のナインリュールはせめてマトモであれ、と。




