恐竜くんとメガネ男子
その時、坂崎猛は今までの人生で一番という程緊張していた。
といっても坂崎猛はまだ16歳、南山高校の1年生だ。
ちなみに1年A組、クラブ活動は天文部に在籍している。
人生の試練はまだ高校受験しか、経験はしてない。
しかし黒い短髪、黒目の大柄でつり目三白眼のキツイ目つき、無口無表情が標準仕様の坂崎の変化は、幸か不幸か誰にもまったく気づかれなかった。
坂崎は強面でよく顔が怖いとクラスの女子に言われている。
普通にしているだけなのに、なぜかクラスの女子に睨んだ恐いと泣かれ。
通りすがりの子供に目が合っただけで、狂ったように泣き喚かれるのも、彼にとっては悲しいことだがよくあることだ。
―サックリ言うと彼はヤクザ顔だ。
テレビに出てくる○○組系暴力団の組員に強面の為よく間違われ、道を歩くとたまに警察に職務質問されるのはもはや彼の日常だ。
いっけん無愛想な顏で内心ひどく緊張しながら、坂崎は同じ天文部の先輩2回生の春川比呂人に、天文部部室の前でぎごちなく話しかけた。
はんたいに春川はおっとりと自然体だ。
薄い茶色の柔らかな前髪が長めの短髪に、肌が白く整った顔立ちにパッチリとした二重の、薄くて甘そうな飴色の大きな瞳が柔らかな印象を春川にあたえている。
春川は、背は中背痩身でスタイルがよく。
頭が小さく、すらりと手足が長い。
モデル体型な男子だ。
スタイリッシュな黒ぶちのメガネを愛用している。
余談だが彼は俗に言うメガネ男子でメガネオタクだ。
彼のメガネに対する愛は果てしなく深く、天より高い。
メガネに関することならアラビアンナイトできると彼は豪語している。
ようはメガネで千夜一夜語れるらしい。
ちなみに春川はメガネ部の部長だ。
入学当初なかったところを、春川が抑えきれないメガネ愛でメガネ部を作った。
人数は春川入れて八人。
末広がりの人数で、春川は気に入っている。
天文部は友達に頼まれて入った。
いわゆる掛け持ちだ。
春川の激選メガネコレクションは!!
百三十種類は軽くいく。
―ハッキリ言ってヤリすぎ。
いやメガオタ。
おっと、失礼。
いやいや―メガネ愛が溢れすぎだ。
あまりの春川のメガネLOVEぷりに周りはドン引きしている。
「春川くん―アレさえなかったらね。」
クラスの女子は春川をたまに、ひどく残念な人を見る目でみている。
「センパイ、ちょっと話があるんすけど。」
「なに?」
「じつは、少しセンパイと二人きりで話がしたいんすけど。」
「んーいいよ。」
「―放課後、屋上でいいすか?」
「わかったよ。」
「あざーす、お願いしまっす。」
「じゃーね。」
放課後、暮れなずむ町を校舎の屋上からフェンスにもたれて、春川は見下ろしていた。
夕闇が忍び寄る夜空は黒い山の端から濃いオレンジ、淡い色へと複雑で美しいグラデーションができている。
グラデーションの一番上辺り限りなく薄いブルーが少しずつ濃くなり濃紺に変わっていくさまが、とてもキレイに春川にはみえた。
こんな色のメガネフレーム。
メガネの両端がブルーから濃紺へグラデーションがかかっている。
ウエリントン型のプラスチックフレームがあったら絶対買うのにと、心の中でポツリと呟いた。
ちなみに今かけているメガネは黒ぶちの流行りのウエリントン型のメガネだ。
ダサカッコイイ感じが気にいっている。
気分はジョルジニー・ポルプだ。
テレビで見た彼は黒ぶちのウエリントンがすごく似合っていた。
何かの映画関係の会場入りするところでメガネをかけていた。
ジョルジニーはクールだから、春川はファンだ。
演技がすばらしい。
なによりメガネが似合うのがすごくイイ。
無意識のうちに春川は歌を口ずさんでいた。
小学校の時習った曲。
曲はたしか有名なミュージシャンが作ったそうだ。
でも春川は誰が作ったかあまり覚えていない。
でもたまに何かの拍子に、曲が頭に流れる。
春川の澄んだテノールの声が流れる。
近くで感嘆の声が聞こえた。
「春川センパイ、歌もうまいんすね。」
いつの間にか、坂崎は春川のすぐ傍まで来ていた。
「そんなに、上手くないよ。」
「うまいっすよ。あんたの声って、とおりが良く、艶があって少し甘い。
聞いてるとクセになりそうっすね。―いつまでも、聞きたくなる。
―タチの悪い声すね。」
「ハハッ誉めてるのかい。それとも、貶してるのかい。
わからないな?」
「一応―誉めてるんすけど。」
「ふふッ何か、あまり誉められると照れるよ。
それで、坂崎話って何かな?」
「春川センパイ。」
坂崎は春川に近づき、右手を伸ばし春川の少し長めの前髪の一房をとり、人差し指に絡めた。
絡めた髪の匂いを坂崎は顏を寄せて香りをかいだ。
「すげぇ―いい匂い。花の匂い?
―あんたの香りがする。くくッ」
吐息がかかるほどの至近距離で春川に目を合わせて、目を細めて
坂崎は嗤った。
―その笑顔はひどく兇悪だった。
肉食獣が捕食者を見るような眼つき、恐怖を相手に刻みつける。
―残酷な笑顔。
――ワ―オォォッ――!?……ジャングルズパンク~~!!
――春川は思わず心の中で映画の題名をシャウトした。
ージャングルズパンクは恐竜とパンクとがコラボした。
ーSF超大作で若者に人気の映画だ。
――春川の脳内でジャングルズパンクのテーマ曲が流れる。
――もちろん恐竜登場シーンの曲だ。
――坂崎って、ティラノザウルスみたいな顏で笑うよな。
ちなみにティラノザウルスは凶暴な肉食系恐竜だ。
――坂崎は今はやりの草食系男子と真逆だよな~!?
――そう言えば自然界では笑顔は威嚇だったよね?
春川は柔らかな笑顔の裏で、大変失礼な事を考えていた。
「春川センパイ。
俺はあんたのコトが好きだ。
俺の彼氏になってくれ。」
「――坂崎。オレは男だよ。」
「くくッそんなの今さらすっよ。
春川センパイ。
あんたがタラシで見かけによらず
中身がメチャクチャ男前で、俺より十センチ身長低いのも。
全部わかった上で、あんたがイイんだよ。
―あんたしか、欲しくない。」
「しかも……タラシって?
―身長はよけいなお世話だよ。」
「……あんたはタラシだろ。
女も男もみんなアンタを好きになる。
性別年齢関係なく。
マジで、春川センパイって―タチ悪いっすね。」
「酷い、言われ方だなぁ~。
ふふッ坂崎はズルイ男は嫌い?」
「好きっすよ。何回も言うけど。
―あんたのコトが好きだから。」
「ありがとう。」
春川はにっこりと花のような笑みを浮かべた。
華やかにスタ―オーラを振りまく春川に坂崎は顔をポッと赤くした。
「そ―ゆうところが、タチ悪いんすよ!!」
「―オレも素直な坂崎が好きだよ。
カワイイ後輩だと思ってる。」
坂崎はうつむいた。
「―後輩すか?
あんたは、そう言うと思ってましたよ。
でもオレは、春川センパイを諦めませんから!!」
坂崎はうつむいてた顔をあげて、春川の瞳を自分の目でロックオンした。
挑戦的にニヤリと嗤う。
目には情熱の焔がメラメラ燃えている。
「困った顔したって
―俺は逃がさない。
―絶対、あんたを捕まえる。」
ふいに坂崎の低い囁くようなハスキ―ボイスが
春川の耳になぜか、ひどく甘く響いた。
「・・・・・・・・」
肩を微かに揺らし、ひそかに動揺した春川を坂崎は見逃さなかった。
春川は頬に柔らかいものが押しつけられるのを感じた。
「―――おい。」
春川はキスされた右頬に片手をあて顔をあからめた。
春川の頬にいつの間にか坂崎が素早くキスをしていた。
咎めるように春川が坂崎を見ると
坂崎は片側の口角を少しあげてクツクツ笑っている。
――ハハッ笑ってる顔やっぱ、コワイな坂崎。
――兇悪に哂う坂崎が春川はなんだかちょっぴり一生懸命でカワイイかも?と思った。
――しかし、ごくごくあっさりとした性格の春川はさっさと打ち消した。
――まぁ、きっとオレの気のせいだよね~。
哀れ坂崎、だが現実とは時にビターなものである。
スルリと指から髪をほどき、坂崎は春川と少し距離をとる。
「それじゃ春川センパイ。
俺は用事があるので行きます。」
「ああ、またな。」
春川は苦笑した。
「東センパイ。盗み聞きすか?
バレバレっすよ。
―あんた、ホントカッコ悪いね。」
去り際に、坂崎はチラリと目線を給水塔に向け、ガシャリと屋上の扉を閉めて去って行った。
坂崎が去った後―給水塔の裏側から東匠が出てきた。
東は春川と同じ部活で二年B組のクラスメートだ。
ひょろりとした長身に、さわやかな笑顔が明るい好男子だ。
春川とは気が合うのか仲が良い。
「くそッ!?坂崎あいつ生意気でムカツク!!」
「ふふッでも確かにカッコ悪いよ。匠、盗み聞きは―見つかってはダメだろ。」
「まーな。それにしても相変わらず、モテモテだなヒロト。」
「ハハッ―うらやましい?」
「ジョーダン!?カワイイ女子ならいいけど、俺は坂崎にはもてたくねーよ!!」
「ハハハッ」
「でも、何で匠がここにいるんだ。」
「俺が屋上で寝ていたところ、かってにお前らが話を始めたんだろう!?」
「―ふふッ」
「なに笑ってんだよヒロト?」
「いや。……嘘がへただね匠。」
「なッ!?おい…どこに行くんだ。」
「ん…家に帰るよ。」
「そうかファミレスよってかない?俺は腹がへった。」
「いいね。行こうか?」
「ああッ」
二人は連れ立って歩きだした。
ファミレスは夕方だからか、店内は混んでいた。
タイミングが良かったのかすぐに春川達はテーブルに案内された。
「―――注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい。」
「匠―オレけっこう恐竜好きかも。」
「へッ!?お前――ゲッ…悪趣味だな。」
「ふふッそう?ティラノザウルスって意外と可愛くない?」
にっこりと春川は華やかに微笑んだ。
「はぁ?つーか、お前のコトだからどうせ坂崎がティラノザウルスだろ…お前マジでセンスゼロだろ~?」
「いや、オレのネームセンスは最高だし。ちなみにオレのメガネセンスは神レベルだね!!」
「アホか~!?お前のネームセンスは微妙だし!!それに誰もメガネのこと聞いてねぇ~よっ!!」
妙に自信あり気に薄い胸をドヤ顔でバーンとはる春川にイラッときた東はつい突っこみをいれる。
ボケと突っこみ。
若手芸人コンビのような会話が、それからしばらく二人の間で交わされたそうな。
まったく、つきあいのいい東である。
ごゆっくりお楽しみください。