六話
白煙が晴れた時、部隊は全滅寸前だった。
たった一息の炎で、防ごうと庇った両手は焼かれ、衣服は灰に変わり、鎧を身に着けたまま蒸し焼き状態になった。
皆、かろううじて息はある、が、絶え絶えの部隊の中、かろうじて動けるのは三分の一ほどにまで減っていた。それも全員満身創痍の状態だった。
「くっくっく」
そんな状況に場違いな、軽い笑い声が響く。
「まったく無様よのう。人間風情でわらわに逆らおうとするからじゃ」
それを放っていたのは、龍が現れる寸前に見た少女だった。
少女は口に手を当てて漏れ出す笑いをこらえようと仕草したが、その表情から哄笑は消えなかった。ふと少女がこちらを見る。
「ふむ。不思議そうな顔をしておるの。ならば自己紹介しようぞ。わらわこそがそなた等の目的である『獰猛な龍』クローディアそのものである。この幼い見た目はあくまで仮の姿。本性はあの巨龍である。くく。あっさり騙されよってからに。不意打ちに嵌るなど迂闊なもの達ぞ」
クローディアと名乗った少女は、自分を見つめる敵意を持った無数の目を、嘲るように見返した。
「どうしてわらわがここに居るか不思議そうであるな。よいぞ。冥途の土産にきかせてやろう。そなたらの存在はすでにわらわは知りえていた。洞窟内の魔物は全てわらわの眷属である。草木の生えぬ地に重装備の部隊が進軍していると報告があればわらわを狩りに来た愚者の他あるまい」
その迂闊さは、誰しもの胸を抉る。結果がこの状態では無理なかった。
「それを見過ごすほどわらわは慈悲深くは無いというわけでこうして向かい出てきてやったのだ。どうじゃ。岩をもドロドロに溶かすわらわの吐息は。甘かろうてとろけてしまったかの」
「ちい」
皆が一斉に龍を睨む。
「くっく。卑怯と罵るかの。だがラスボスは最奥で待ち構えて然るべしとはそなたらの論理である。わらわがそれに従う由はない。見ものだったぞえ。意気に満ち溢れたそなたらの顔が恐怖に変わる瞬間の滑稽さは。もはや巨龍と成ることも必要とあらず。この姿でも容易に貴様らを屠る事叶おうぞ」
ベアトリクスが睨みながら立ち上がった。
「封炎部隊。ただちに陣を展開しろ! 重装部隊は壁となり援護、動ける残りは我に続け!」
おう! それに応えた数は少なかったが、雄々しく叫び、兵たちは意志がくじかれていない事を証明した。部隊は、それぞれが適正な位置に来るように広がる。
「舐めるなよ。我ら全員死を覚悟で臨んだ戦士。不意打ちごときで打ち崩せるほど甘くは無い」
ベアトリクスが先陣を切る。
「うおおおおおおおおお!」
剣を構え、猛然とクローディアへ迫った。その背を追うように矢が放たれる。
渾身の力を込めて振るわれた剣閃。波状に飛ぶ矢の雨がクローディアに迫る。
しかし、ふわりと宙に浮いた巨龍の少女に、それはあまりにも簡単に避けられてしまった。
「畜生以下の分際で良く吼えるぞな。しかしそれはわらわの専売特許ぞ」
クローディアが顔を後ろにそらした。
喉元が掻き切られるのを待つようにさらけ出され、その白い肌が脈打つように胎動した。
「クウオオオオオオオオオラルルルルルルルルル」
振動。クローディアの放った嘶きはもはや兵器として、空気を伝わりすべてを震わせた。
「洞窟で反響して!」
空間が揺れる。地が震える。
「わらわの住処ゆえ地形は百も承知。そなたらの勇敢さは我の術中に組み込まれておる。愚かさとしてな。さあ岩の雨に埋まってしまえ」
天井が、落ちてきた。
巨大で尖った岩の穂先が、地にて仰ぐ兵たちを貫き押しつぶさんと降り注いでくる。
「でりゃあああああ」
ベアトリクスの剣を振るった。
同時に巻き起こる上昇気流。突風が頭上の岩雪崩を少しだけそらした。
岩が地に落ち、埃が舞う。しかしそれによるダメージは部隊には無かった。
「ほう。人間にしてはやるぞな」
ほめたたえるというよりは、意外なものを見るようにクローディアが言った。
「だが今のような技、そう多用は出来まい」
その言葉通り、ベアトリクスは急激な疲労に見舞われ、膝を地に付き息を喘がしている。
「ふむ。懸命に生き延びようとする小花。放っておいても萎れるが定めのようだが。だがわらわの策に堪えた褒美として自ら手折ってやろう」
凶悪な笑み。クローディアが口を開く。その向こうにまた白い閃光が見える。
「ベアトリクス!」
僕は咄嗟に二人の合間に飛び込んだ。
「え」
ベアトリクスは避けるための身動きができない。その縮こまった身体を抱きしめ、炎に背を向けた。
再び辺りが白い閃光に包まれる。