一話
決戦を前に、部隊では最後の集会が行われていた。
強固な防具に身を包んだ戦士たちの前に立つのは、金の鎧姿に剣を携えた女だった。
「まずは一人も脱落することなくここまでたどり着けた事を喜ぼう。
これまでの旅路は苛烈なものであった。襲いくる凶暴な怪物。人の踏み入れぬ魔境は我らの勇壮をくじくには十分な辛苦であった。だが我らは裂けた大地を超え氷の山を制覇し炎の川を渡った。そしてこの地獄へとたどり着くことが出来た」
紅い髪を風になびかせ、凛々しく引き締まった顔で女は謳った。
「見よ。この焼けた地面を。むせ返る溶岩の滾りを。陽を通らぬ岩の天井を。息をするたび肺が焼け、歩くと肌が焦げる熱波を。この洞窟こそが我らの討伐すべき龍の寝床だ。最悪と言っていいだろう。我らはここに半ば死にに来た」
彼女の名前はイスイール・ベアトリクス。
「だが我らの全てが死ねば、故郷で我らの凱旋を待つもの達に危険が及ぶ。そんなわけにはいかない!」
故郷でその名は奇跡の英雄として人々に口ずさまれ、また絶世の美女と噂された。
「制圧部隊!」
ベアトリクスが声を張ると、集団の中で喚声が上がる。
「勇敢なる者たちよ。我は貴様らに敬意を表する。最も過酷で最も命を落とす可能性の高い任務に従ずる気高き挺身の心。貴様らこそ真の勇者だ。真っ先に危険へ飛び込み後に続く者の道となるその背の、千年語り継ぐ雄姿を見せてくれ。だがあえて言う。死ぬな」
おうっ! 揃った返事が大きく響く。
死の切っ先を喉元に突き付けられ、なおそれでも前に進もうという気概の戦士たちは、その精悍な眼差しを大きく見開いた。
「封炎部隊!」
再びベアトリクスが叫ぶ。集団の中で一糸乱れぬ敬礼をする者達がいた。
「貴様ら次第で我々の生死が決まる。小指の先ほどの穴も無く火炎から我らを守ってみせよ! 失敗は全滅を意味する。だが臆するな。貴様らはこの『龍騎士候』、『輝炎皇女』と称賛される我が認めた者たちだ。その誇りを胸に最大限の力を発揮しろ」
不動。それこそが彼らの揺るがぬ意志の証明であり。最大限の返答だった。
「重装部隊!」
さらに音量を上げ、怒声を上げるようにベアトリクスは言った。そうでなくては重い鎧を着た者の意志に触れることが出来ないのだ。
「怒れ! 野蛮で高潔な猛者達。その知性幾何も無い純粋な暴力で全てを屠れ。龍の血を啜り。鱗を噛み砕け。その手の剣で肉を裂き臓腑を抉るのだ。我が凶暴を許可する。今宵の貴様ら悪鬼羅刹をも凌ぐ破壊の嵐だ。存分に滾れ」
怒号、とも歓喜とも取れる喝采と、携えた武器と鎧の触れある金属音が高らかに響く。それは何時までも鳴り止まない。
隊全体がその音でいきり立ち、興奮を高ぶらせていた。しかし。
そして、とベアトリクスが放った静かな声が、それをそっと静まらせた。
「我が愛しき者よ」
ベアトリクスはえへへと笑った。
「ミっちゃん。えっとね。今日は龍討伐に付いてきてくれてどうもアリガトヾ(@^∇^@)ノ。
しぶしぶでも来てくれて嬉しかったよ。
最近みっちゃんとあんまり遊べなくてゴメンね(。-人-。)。
さみしい思いさせちゃったかな?
でもみっちゃんの事キラいになったんじゃありません。
むしろ大好きな想いがあふれちゃって作戦会議中でもずっとみっちゃんの事考えてます(〃´ x ` 〃)ポッ
そして騎士団長にバレて怒られちゃった。・゜・(*ノД`*)・゜・
けどこの想いは変わらないよ。えっと。そういうわけだからこれからも一緒に居てくれるかな。というか居てほしいです。あとでいってきますのキスしてね」
チョコレートにハチミツをかけたような声色でそう言った。
もし俺がこれを聞いたのが、ベアトリクスのすぐ隣ではなくあの集団の中だったら。左手をがっちりと彼女に握られていなかったら。あとで、と言ったくせに目をそっと閉じて唇を突き出してくる顔が無ければ。少しは違った気持ちで聞けたのかもしれない。
ヤッホー。俺もキスしてー。妬けるぜコンチクショー。ベアトリクス隊長カワイー。と先ほどまで真剣な眼差しをして覚悟の声を上げていた集団を見ていると、これが本当に重大任務に臨む寸前の状況かとあきれることも無かったかもしれない。
悪ノリした集団は叫び声をキスコールに変えてきた。
キース、キース、キース、キース、キース、キース、キース、キース。
合間に手拍子を挟んでまで盛り立ててくる、が。
「いや。キスしねえよ」
俺がそう言うと煽りは落胆の声と、へたれー、と叫ぶ声に変わった。
「あんた等さっきまで決死の覚悟してたのにそれどこ行った。学生の修学旅行じゃないんだぞ。国家を脅かす龍を討伐するって重大任務なのにはしゃいでんじゃないよ。あとへたれって言った奴後で覚えてろよ」